第二十六話:フリーター、囚われる
リューキの偽名「マイロ・ド・リュッキー」は、エリカの呼びかけの「マイロード・リューキ」から来ています。
念のため、説明させていただきました。。。
オーデル村に朝が来た。
俺はひとりで宿を出て、村を散策する。冷たく澄んだ空気が心地よい。
徐々に薄れゆく靄の代わりに、村のあちこちに煙が立つのが見える。朝メシの支度が始まったのだろう。平穏な朝を迎えられて何よりだ。
見知らぬ領民たちと朝のあいさつを交わしながら散策を続けていると、俺の顔を知るはずの青年と遭遇する。ジーグフリードだ。あてもなく歩きまわる俺と違い、彼はどこかに向かう途中のようだ。他の領民たちはともかく、ジーグフリードまで俺に気づかず通り過ぎてしまう。いい感触だ。
俺はくるりと方向転換し、背後からジーグフリードの名前を呼んでやる。
「領主リューキ殿!? 失礼しました、声をかけて頂くまで気づきませんでした」
「いいんだ。いまの俺の名前はマイロ・ド・リュッキー。覚えておいてくれ」
「はあっ!? あ、いえ、分かりました。マイロ殿」
「『殿』は不要。ただのマイロでいい。俺は、ワーグナーの外交団の正使、女騎士エリカ・ヤンセン様の下僕にすぎない」
「そういうことですか。それにしても見事な変装です。平民の衣装が驚くほど似合っています。これなら誰も領主のリューキ殿だと分からないと思いますよ」
「そうか。誰も俺の正体に気づかないか……」
ジーグフリードの何気ない言葉に、俺は微妙に傷ついた。
でもまあ、仕方ない。もともと、職を転々としながら一日一日を懸命に生きてきた俺だ。まごうことなき平凡な一市民。しかも元の世界に帰れば、俺は職を失ったフリーター。オーラやらなんやらは出てないだろうからね。はは……
「マイロ。では、私はこれにて」
ジーグフリードが一礼し、俺のもとから去る。
俺はゴブリン・ロードのジーグフリードに広大な領地を一任した。彼は今日も多忙な一日を過ごすはず。なすべきことはオーデル村の戦後復興だけではない。明日になれば、兵を率いて俺と一緒にダゴダネル領に向かう。その準備もある。降伏した反ゴブリン・ロード勢力との交渉も続く。俺に対して報連相を忘れず、気配りもしてくれる。
おう。あらためて考えると、ジーグフリードはデキる男じゃないか!
俺がジーグフリードの有能さに感心していると、女騎士エリカ・ヤンセンが小走りに近づいてくるのが見えた。変装していても、さすがにエリカは俺が分かったようだ。なんだか、ちょっとホッとした。
「エリカ様! おはようございます!!」
「……マイロ、おはよう」
機先を制して朝のあいさつをする俺に、エリカは辛うじて話をあわせてくる。
エリカはものすごーく複雑な顔をするが、俺は笑顔でかわす。
だって、しょうがないじゃないか! 俺たちの関係は「外交団の正使エリカ様」と「下僕のマイロ」だ。ダゴダネルのやつらに、俺の正体が領主だとバレるわけにはいかないからね。設定した役割を忘れないようにしなくては。
ん? 寸劇を楽しんでいるんじゃないかって?
ふふ、否定はしないよ。
だが、こういうロール・プレイングを通じて、エリカは新たな自分を発見をするかもしれない。真面目で堅物な彼女は臨機応変な対応が苦手なようだ。旅を終えた暁には、エリカもひとまわり大きな人間になっているに違いない。俺はそう信じている。決して、後からこじつけた理由じゃないから!
「マイロ……もう一度尋ねますが、私をからかって楽しんでいませんか?」
「なにを仰います、エリカ様。遊びだけではありません」
「そうですか、遊びばかりではないと……え? てことは、いくらかは遊びだと認められるんですか!?」
しまった! 口が滑った!
マズい。エリカに怒られる!!
俺は死を覚悟した。(大げさ)
が、エリカは腰の大剣を抜くどころか、曖昧な苦笑を浮かべただけだった。
「……すいません。ジーナ様やヴァスケル様が不在な今こそ、私がリューキ殿のお相手をキチンとしなければいけないのに」
「え? どゆこと?」
「私は女騎士の肩書きにとらわれすぎていたのかもしれません。私の役目は剣を振るうだけだと。立場をわきまえた上で、リューキ殿のお相手をするべきだと。そのように自分の役割を決めつけていました」
「そうだったのか。俺も正直に打ち明けるけど、エリカには真面目すぎる殻を破ってもらいたいと思って……」
「やはりそうでしたか……分かりました! このエリカ・ヤンセン。全力でマイロの上役を演じてみせます!」
「いや、そこまで力まなくても……」
「マイロ! お前の力を借りたい。ついて参れ!」
急に、女騎士エリカ・ヤンセンが力強く宣言する。
迷いが吹っ切れたような晴れ晴れとした表情。うん、いい笑顔。
けれども、なにやら雲行きが怪しくなりつつあると感じた。
気のせいかな? たぶん、気のせいだろうな。そうだといいな……
「マイロ! なにをぐずぐずしている!」
「あ、は、はーい!」
「返事は短く一度だけ!」
「はい!」
俺は、鬼軍曹にしごかれる新兵のようにエリカのあとについて行く。
「エリカ様、ここは?」
「臨時の救護施設です。先日の戦でケガを負った者が治療を受けています。今日一日、我々はここのお手伝いをします」
エリカに連れて来られた場所は大きな平屋建ての家屋。
薄暗い屋内には何十、いや、百を超えるゴブリンの負傷兵が横たわっていた。
「俺たちは、明日、ダゴダネル領に向かうんですよ? なんでまた急に救護施設の手伝いを?」
「オーデル村のゴブリン兵は、村の復興を後まわしにして、我々の護衛に同行してくれます。身動きのとれない者たちを除いて、すべての兵がついて来てくれます。彼らに報いるため、せめて今日だけでも彼らの仲間の救護を手伝いたいと考えましたが、マイロは不満ですか?」
「エリカ様、そうではありません。逆です。俺には思いもよらなかった発想です。むしろ教えてくれたことに感謝いたします」
真面目に返答する俺に対し、エリカは笑みを浮かべる。
「平民には平民の、武人には武人の考えがあります。ワーグナーの領主様には領主様なりの考えがあるはず。臣下としては、いちど聞いてみたいものですね」
「……領主は、臣下の者たちの意見に耳を傾けて、最善の方法を探る方でしょう。固定観念にとらわれず、皆が幸せになれる道を考えようとする方でしょう」
「マイロ……そんな方が領主様だったら、素晴しいでしょうね」
「エリカ様。そんな領主に仕えることができたら、臣下の者は幸せを感じてくれますでしょうか?」
女騎士のエリカ・ヤンセンは微笑みを浮かべたまま、なにも答えない。彼女はくるりときびすを返し、ケガ人を看護するゴブリン族の女性と話しはじめる。俺との問答は終わりのようだ。
なんとまあ。エリカに物を教えるつもりが、逆に領主の心得を教わってしまった。いつの間にか立場が逆転してしまった感があるが、別に悔しくはない。むしろ、エリカとの距離が近づいた気がして嬉しかった。
「そっちのワグナーの方も、救護の手伝いをしてくれるんか?」
「はい。俺の名前はマイロ。なんなりとお申しつけ下さい。いっそのこと、一番の重症患者のお世話をさせてください」
「そうだなあ……じゃあ、こっちの者にメシをくわせてやってくで」
「食事? 薬を飲ませるとか、包帯を変えるとかじゃないのですか?」
「ワグナーのマイロさん。そりゃあ、あんた方のはなしだ。私らはメシくってケガを治すんだ! メシさえくえば、からだは元気になる!」
なんという単純明快な話。
生命力に溢れる種族だと思っていたが、食事をとればケガが早く治るだと!
よし、わかった。彼らにメシをたらふく食べさせてやろうじゃないか!
俺は看護を頼まれた患者の横に座る。
髭もじゃで大柄なおっちゃんは、両手両足を複雑骨折していた。内臓も痛めているのか、全身がむくんでいるうえ、肌の色はどす黒い。鼻骨は折れ、顎も砕かれ、食事をとるどころか呼吸するのも苦しそう。よく生きているものだと感心したくなるくらいの戦傷者がそこにいた。
「ふごっ、ふごご」
身体の大きなおっちゃんが懸命に意思を伝えてくる。
見ると、おっちゃんの脇には大きなカップが置かれている。中身は肉片の浮いたスープ。どうやら、おっちゃんはそのスープを飲みたいようだ。
俺は木のスプーンを使って飲ませてやる。途中、おっちゃんがむせて苦しそうにしたので、背中をさすってやる。呼吸が落ち着いた後は、いっそうゆっくり飲ませてやる。気長で地道な作業だ。ケガ人を看護するって大変だと身をもって感じた。
「ふうっ、ほははり!」
一時間以上かかったが、おっちゃんはスープを飲み干してくれた。気のせいか、おっちゃんの顔色はいくぶん良くなったように見えた。それどころか、総入れ歯が必要なレベルだった口のなかに、乳歯のような歯が二、三本生えてきている。
なんという生命力! いや、再生力と呼ぶべきか。医食同源という言葉があるが、ここまで治療と食事が直結しているのは、なんと表現したら良いだろう? むむ、思いつかない。まあいいや。
「おっちゃん、ちょっと待ってな。いいもん持ってきてやるから」
俺は医務室ならぬ厨房に行く。
スープのお代わりをもらう代わりに大鍋をひとつ借りる。
「ワグナーの方、なにすんだ?」
「俺の患者に特製スープを飲ませてあげようと思いましてね。ワーグナー家秘伝のスープです」
厨房の責任者っぽい感じのゴブリン族の女性と話す。
忙しいようで、それ以上俺の行動に口を挟もうとはしない。
鍋に湯を沸かす。
コンソメスープの素を加え、かき混ぜる。味見してみるとちょっと薄かったが、まあ悪くはない。
そう。俺の世界の薬は元領主ジーナ・ワーグナーの風邪に良く効いた。栄養ドリンクは守護龍ヴァスケルをとてつもなく元気にさせた。だから、メシが薬代わりのゴブリン族なら、俺の世界の食料は劇的な治療効果を発揮するのではないかと俺は考えたのだ。
「おっちゃん、できたぞ。飲んでくれ」
コンソメスープをひと口含んだおっちゃんの上体が、がばっと起き上がる。エサを求める雛鳥のように口を開ける。口のなかには鋭い犬歯がずらりと生え揃っていた。スプーンを持った腕を噛み千切られるかと思い、俺はちょっと焦った。
「うめえ……うますぎるぜ。もっとだ、もっとくれよ!」
おっちゃんが懇願してくる。生きているのが不思議なくらい重症だったおっちゃんが、会話できるまで回復した。
効果テキメン! てか、効きすぎじゃない?
遂には、おっちゃんは俺からカップを奪い取り、ごくごくと喉を鳴らすほどまで元気になった。
ん、んん? おっちゃんの両腕は複雑骨折して変な方向に曲がってなかったっけ? いつのまに骨がくっついたんだよ? しかも普通に動かしてるし。うむ、ゴブリン族の再生力、おそるべしだな。
「ぷはー、うまかった。ごっそさん。ところで、お前はワーグナーの者だって?」
「そうだけど、それがなにか?」
「ほう……これもなにかの縁というのかな? まあ、お前は俺様の生命の恩人だ。殺しはしない。だが、ちょっとおとなしくしててくれよな」
笑顔を浮かべたおっちゃんが、丸太のような腕を俺の首にまわしてくる。
途端、俺は息が詰まる。
おい、それが助けてもらった相手への礼か? いくらなんでもヒドくないか!
文句を言おうにも万力のような力で喉を締め上げられ、俺は声を出せない。
騒ぎを聞きつけたのか。武装した兵を引き連れたジーグフリードが、救護施設のなかに飛び込んでくる。
大剣を抜いた女騎士エリカ・ヤンセンが俺とおっちゃんの背後に廻り込もうとするのも見えた。
「おお! なんだ、いっぱい集まりやがったな。もしかして、コイツはワーグナー家の重要人物か? おい、お前、何者だ? 答えろ!」
おっちゃんが、俺の首にまわした腕の力を緩めながら、凄んでくる
が、俺はこれっぽっちも恐怖を感じない。いまの俺は、この程度の脅しは怖くもなんともない。女騎士エリカ・ヤンセンの放つ殺気や守護龍ヴァスケルの威圧感に勝るものは、そうそうありはしないのだ!
おっちゃんの燃えるような赤い目を睨み返しながら、俺は言い放つ。
「お前こそ誰だ! これが生命を助けてもらったお返しか?」
おっちゃんが、きょとんとした顔をする。
いかにも弱そうな俺が反抗してくるとは思わなかったのだろう。
「がははは! 悪い悪い。よし、教えてやろう。俺の名前はビタ・ダゴダネル。ダゴダネル家の長子にして後継者。先の戦では龍に捕まっちまったが、お前たちをあと一歩まで追い詰めた黒鎧の大将は俺様のことだ!」
おう、なんてことだ! 最悪の自己紹介を聞いてしまった気がする。よりによって、俺は戦の黒幕と目していた相手を元気にしてしまった。
にしても、一番の重症患者を世話したいとは言ったが、ダゴダネルの捕虜をあてがうことはないだろう。まったく、捕虜をどう管理してるんだ!
「我が領主! 必ずやお助けいたします!!」
女騎士エリカ・ヤンセンが力強く宣言する。
うむ、頼もしい。
頼もしいけど、俺の正体をバラしちゃってるよ!
わざとじゃないよね?
「エリカ様と下僕のマイロ」の寸劇を楽しんだ仕返しじゃないよね?
ビタ・ダゴダネルが俺を持ち上げる。
俺の顔をのぞきこみ、ニヤリと笑う。
さて、どうやってこの窮地から逃れようか。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
ついに10万字超えです。
よく頑張ったと思っていただけたら、一度評価して頂けると嬉しいです!




