第二十三話:フリーター、腹を立てる
「無茶なことをいう男だねえ……仕方ない。あんたが行くなら、あたいも行くよ」
「我が領主。私も地獄の底までおつきあい致します」
ゴブリン族の争いへの介入を決断した俺に、守護龍ヴァスケルと女騎士エリカ・ヤンセンも当然のように同行を申し出てくる。
「ヴァスケルは火を消せるか? 嵐を呼ぶとか、雨を降らせたりできるか?」
「あたいは火をつけるのは得意だけど、火を消すのはあんまり得意じゃ……」
「できるのかできないのか、はっきり言え!」
「い、一応できる。けど、雨雲を集めるのに時間がかかるし、あんたたちを抱えながらは無理だよ」
屹立する岩場の上から、俺は戦場を睨みつける。
ジーグフリードの軍勢はいまや完全に浮き足立っている。
彼らが動揺する原因が村の火災なのは明らかだ。家族の身が心配でゴブリン兵たちは気が気でないのだろう。
「ヴァスケル! 俺と女騎士エリカをジーグフリードの軍勢の近くに下ろせ! そのあと、お前は消火に専念しろ!」
「そしたら、あんたの身の安全が……」
「エリカ・ヤンセンがいる。領主を護る女騎士だ! 地獄の底まで付きあってくれると約束してくれた。女騎士を信じろ!」
「わ、わかったよ!」「我が領主! 仰せのままに!!」
守護龍ヴァスケルが、俺と女騎士エリカを抱え込む。
頼もしき龍は大きく咆哮し、大空に飛び立つ。オーデル村を囲むゴブリン兵をなめまわすように旋回し、つむじ風をまきおこしながらジーグフリード軍の目の前に降り立つ。
「なんだあ! でっかい龍まで出たぞお!」「おでたち、もうお終えだあ」
突如出現した龍に怯え、ジーグフリード軍は潰走寸前の様相になる。
「ゴブリン族の兵たちよ、狼狽えるな! 俺はリューキ・タツミ。ワーグナーの領主だ。この守護龍ヴァスケルはお前たちの敵ではない!」
ジーグフリード配下のゴブリン兵が静まる。
俺の言葉を受けて気持ちが落ち着いたというより、どう行動したら良いか判断できない様子。
ゴブリン族は好戦的な種族で、身体は人間族より大きい者が多い。
ただし、頭の回転はそれほど早くない印象を受けた。
「お前たちの大将、ジーグフリードに会いたい。どこにいる?」
俺の問いに応えるかのように、屈強な兵の間から細身の青年が姿をあらわす。
動揺が残る同胞と違い、青年ひとり落ち着いた感じだ。
「私がジーグフリードです。領主リューキ殿、お会いできて光栄です。以後、お見知りおきを」
どちらかといえば細マッチョな体格のジーグフリードは、言葉遣いもなめらかで、ゴブリン族とは別の種族に思えた。俺と同じ人間族と言われても信じてしまいそうだ。例えるなら、技巧派の軽量級ボクサーという感じ。力任せに戦うよりも、俊敏に動いて急所を突くタイプに見えた。
「領主様におかれましては、本日はどのようなご用件でしょうか? わざわざお越し頂いて恐縮ですが、ご覧のとおり、少々立て込んでおりまして……」
ジーグフリードは苦戦を強いられているはずなのに、それを感じさせないユニークな言い回しをする。頭は悪くなさそう。それどころか、なかなかの曲者のようでもある。
同時に俺は、彼の言葉に違和感を覚えた。
ジーグフリードの使者は、俺にオーデル村まで来るよう要請してきたはず。なのに、目の前の青年は「ご用件は?」などと辻褄の合わないことを尋ねてくる。
これは、ひょっとして……
「ジーグフリード、教えてくれ。ワーグナーの使者は、お前に何と言った?」
「いまさら何を尋ねられるのですか? このオーデル村を私に任せて頂けるとのお話だったのでは? ……いや、なるほど。そういうことですか」
ジーグフリードが苦笑いを浮かべる。
開いた口のなか、ヒト族とは明らかに異なる鋭い犬歯が見えた。
「新天地のオーデル村で一旗揚げようと考えたのですが……ダゴダネルの罠でしたか。私としたことが目先の欲に目がくらんで、まんまと騙されました」
「俺もだ。まったく、お互いにしてやられたな」
ジーグフリード同様、俺も苦笑いする。
対して、女騎士エリカ・ヤンセンが理解できないといった顔をする。賢いはずのエリカも奸計の類は少々疎いようだ。
仕方ない。説明してやろう。
「ダゴダネルは俺からの使者と詐称して、ジーグフリードの一族をオーデル村におびき出したんだろう。そのあと、他のゴブリン族を焚きつけて、戦闘状態にしたんだろうな。俺を呼び出したのは、あわよくばワーグナー領全域に争いを広げようとと目論んだんじゃないかな?」
「リューキ殿、的確な分析です。私も同じ意見です。我々はウマが合うかもしれませんね」
ゴブリン・ロードのジーグフリードが、ぬけぬけと言う。実に愉快そう。
俺は別にジーグフリードを喜ばせたくて説明したわけではないが……まあいい。話を進めよう。
「ジーグフリード、あらためて問う。いまでもオーデル村が欲しいか?」
「なっ……当たり前です。私は一族を養わなければならない。領地が欲しいに決まっています」
「お前にその能力があるのか?」
「なんですと!? ……失礼。私には十分な力があります。私はゴブリン族ただひとりのゴブリン・ロード。その気になれば、村どころか、国だって統治できます」
ジーグフリードが言い切る。たいした自信家だ。
よし、その言葉を信じてやろう。
「ジーグフリード、お前にオーデル村を任せる! いや、オーデル村だけではない。ダゴダネルから獲得したローグ山の南西地域すべてを一任する。領地に住むゴブリン族をまとめあげろ!」
「嘘でしょう!? ワーグナー領の三分の一を私に任せることになりますよ!」
「分かってる。ただし、これ以上は領地を与えるつもりはない。お前はゴブリン兵を統率し、俺のために戦場で働けるように鍛え上げろ! 今後、働いた分の報酬は現物で渡す」
「ほう……なかなか興味深いお話ですな。ゴブリン族は戦好きな上に欲深い種族。贅沢したければ戦うしかないとわかれば、よく働きますよ」
ジーグフリードが跪く。
俺に忠誠を誓う証に、頭を深く下げる。
対して、俺は声をかけない。否、ジーグフリードの考えを一族が共有するまで、何も言うつもりはない。
頭の鈍いゴブリン族も状況を理解したのか、ひとり、ふたりと跪いていく。
見わたす限りのゴブリン兵が身を縮ませたところで、俺は声を張り上げた。
「ゴブリン族の勇士たちよ! 俺はジーグフリードに領地を任せると約束した。だが、約束が果たされるかどうかはお前たちの働き次第だ。戦え! 敵を追い払え! 村を焼いた奴らに後悔させてやれ! お前たちの大将を騙した黒幕を捕えろ!」
数百もの鬼の咆哮が重なる。
守護龍ヴァスケルに負けない迫力がある。
士気の上がった屈強なゴブリン兵が敵陣に突撃する。すさまじい勢いだ。
「リューキ……あんた、たいした男だねえ。あたい、感心しちゃったよ」
「ヴァスケル? お前、ここでなにしてる?」
「なにって? あんたの演説を聞いてたのさ」
「俺はお前に村の火事を消すように指示したよな? 雨を降らせるのに時間がかかるって言ったのはお前だよな? おらっ! さっさと行けよ!!」
「ひいーーっ! わかった、わかったから、そんなに怒んないでおくれよー」
守護龍ヴァスケルが慌てて飛び立つ。
その姿を見ていると、俺は腹の底がさらに熱くなってくるのを感じた。
……怒らないでだと? ヴァスケルは何を言っているんだ?
俺は叱ったんじゃない。ちょっと注意しただけだ。多少興奮したかもしれないが、いつもと変わらない。まったく、ヴァスケルがグズグズしていたせいで村が焼けちまったらどうするつもりだ? 領民には女、子どももいるんだ。火傷程度で済めばいいが、死んじまったらどうするんだ。ど畜生! どいつもこいつも勝手なことしやがって! 戦いたい奴は勝手に戦えばいい。だが、世の中には平和に生きたいやつも多いんだ。俺もそうだ。俺だって好き好んで戦場にいるわけじゃない。だいたい……
「女騎士エリカ殿。尋ねてよろしいですか? 先ほどまで熱く語っておられたリューキ殿が急に黙り込んでしまわれました。私は何か粗相をしたのだろうか?」
「ジーグフリード殿。気になさらないでください。我が領主には、よくあることです。ただ……」
「ただ? なにか気になることでも?」
「はい。日に日にリューキ殿の怒りの熱量が増している気がします。同時に、怒りの持続時間も長くなっている様で……」
気づくと、女騎士エリカとジーグフリードがボソボソと話しあっていた。
エリカはまだしも、ジーグフリードは自分の一族の未来がかかっているというのに、何をチンタラしているのやら。まったく、しょうがない奴だ。
「エリカ・ヤンセン、ジーグフリード。なにか言いたいことがあるのか? あれば、言え!」
「マ、我が領主……、そう! 報告があります。岩場の上から戦場を観察していたとき、村の西の高台の……あのあたりに黒い鎧を着た大男がいました!」
「どこだ? 俺には分からないな。ジーグフリード、お前は眼が良いか? 黒鎧の男が見えるか?」
「はい……確かにいますね」
「我が領主。あの黒鎧は、先の戦で捕虜にしたムタ・ダゴダネルと同じ鎧です! 間違いありません!」
「なに!? 確かに、よく見ると伝令らしき兵が行き来しているな。……よし、黒鎧の男を捕まえろ! ジーグフリード、お前の力を俺に見せてくれ!」
ゴブリン・ロードのジーグフリードが配下の兵を呼び寄せる。
すばやく密集隊形を取り、オーデル村の西の高台に向かって進軍を開始する。
ぽつり。
頬に雨粒があたる。
雨脚はすぐさま強くなり、オーデル村の火災は鎮火に向かう。
突然の天候悪化に村を囲んでいた敵のゴブリン兵が右往左往するなか、俺と女騎士エリカ・ヤンセンはジーグフリードの軍勢と一緒に、敵陣に突入していった。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。




