第二十一話:フリーター、出立する
「リューキさまっ! 贈り物があるのです!!」
俺が出立の準備をしていると、ジーナ・ワーグナーがやってくる。女騎士エリカ・ヤンセンも同行している。両手いっぱいに荷物を抱えたジーナは妙にテンションが高く、顔は上気していた。
ジーナから受け取った包みを開けると、新品の衣装がひと揃い入っていた。
ふわふわと波打つ襟が特徴的なベージュ色のシャツ、丈夫そうな厚手の黒いパンツ、装飾を凝らした幅広のベルト、革のロングブーツ、ゆったりとしたサイズの茶色のマント。
いずれも舞踏会で披露するような代物ではなく、貴族が遠出の際に身につける服だという。今回の旅に丁度良い。
「いいじゃないか! 俺のために用意してくれたんだ」
「そうでーす!」
「我が領主。ジーナ様はお裁縫が得意です。いま手にされているシャツやマントは、ジーナ様がおひとりで仕立てられたものです。それはもう、生地を選ぶ段階から熱心に励んでおられました」
マジか!? まるで、クリスマスプレゼントで手編みのニットやマフラーを恋人に贈るみたいじゃないか。
俺は、自分の中でジーナの評価が急上昇するのを感じた。
「我が領主。ジーナ様は、贈り物をお気に召して頂けるかをとても気にされていて……」
「気に入るなんてもんじゃない! 感動ものだよ、これは!!」
シャツを手に取り、しげしげと眺める。糸がほつれているとか、左右の腕の長さ違うとか、そんな素人じみた失敗はどこにも見られない。それどころか、俺が持っている既製品のシャツと比べても遜色ない。いや、手縫いで作られたぶん、心がこもっている。右胸にある龍の刺繍も勇ましい。
「リューキさま。胸の刺繍はワーグナー家の紋章ですわ。当家に所縁のある者しか身につけることが許されません」
ジーナが誇らしげに示すのは、様々な色の糸で縫われた龍の図柄。その緻密な造形美は、ちょっとした芸術作品のよう。シャツやマントを仕立てた腕前といい、細かい刺繍を施した技術といい、ジーナの意外な才能に俺は感心した。
頭をなでてやると、ジーナは無邪気にきゃっきゃとはしゃいだ。喜ぶ様が子犬のようでかわいい。
「ジーナ様! リューキ殿は贈り物をたいそう気にいられたご様子。良かったですね!!」
女騎士エリカの言葉に、ジーナは何も答えない。
見ると、彼女は涙ぐんでいた。
おいおい、オーバーなやつだなあ。贈り物をもらった俺より、渡したジーナが感激してどうする。
ああ、そうか。お嬢様育ちのジーナは純粋なところがあったな。
ときどきおかしな言動もあるけど、悪い子じゃない。
よしよし。今度また、俺の世界で一緒にスイーツを買いに行こうな。
エリカに手を引かれ、ジーナが俺の部屋から出ていく。まるで姉妹。しっかりものの姉とマイペースな妹のようだ。
ひとり居室に残された俺は、さっそく服を着替える。驚くほどピッタリ。どうしてサイズがわかったのか? まあいい。これで俺はこの世界の住人と見た目は変わらなくなった。いつまでもポロシャツとジーパンでは領主らしくないからね。
◇◇◇
ワーグナー城の大広間。
真新しい装いの俺は、姐さんヴァスケルと顔をあわせる。
「ヴァスケル。どうだ、似あうか?」
「ああ……ますます男前になったよ。ていうか、その服はもしかして?」
「わかるか? ジーナが用意してくれたんだ」
「なるほどね……胸の刺繍に見覚えがあると思ったよ。ワーグナー家の紋章、つまり、あたいのことじゃないか」
なんと! 紋章の図柄、龍のモデルはヴァスケルだった。
けどまあ、よくよく考えてみれば納得できる。ヴァスケルはワーグナー城の守護龍。ある意味、ワーグナー家の象徴だからね。
「うん……いいねえ。ジーナは、良い男を捕まえてきたもんだ」
いやいや、別に俺はジーナに捕まったわけではない。俺が購入した「1LDK」の格安物件がたまたまお城だっただけだし、ジーナは物件の売り主なだけだ。ただ、長い間眠っていたヴァスケルは、ジーナが勝手に城を売ってしまったことを知らないはず。自分が付属品扱いされたことも。
そんなことを知ったら、怒り狂うかな。
超こえー。
うん、とても言えない。これは墓場まで持ってくレベルの秘密だな。
俺は適当に返事をはぐらかし、そろそろ出かけようと声をかけた。
大広間を出て、ヴァスケルと一緒に城前の広い中庭に移動する。城というイメージにありがちな噴水やら彫像やらは何もない殺風景な空間。実用本位か、単に庭造りにかける金がないだけか。俺は尋ねないでおいておく。
旅に同行する女騎士エリカ・ヤンセン、出立を見送りに来たジーナ・ワーグナー、グスタフ隊長が見守る前で、姐さんモードのヴァスケルが変身する。
ヴァスケルの身体が白光した瞬間、守護龍の姿に変わっていた。なんの力の脈動も感じず、最初からそこに鎮座していたかのように黒い巨体が目の前にいた。
「さあ……背中に乗んなよ」
守護龍モードのヴァスケルが言う。声は姐さんモードのままなので、いささか違和感がある。
「ヴァスケル。最初の目的地、ジーグフリードが住む村までどれくらいかかる?」
「そうだねえ。あたいが全力で飛べば一時間もかからないよ。エリカの足なら十日、リューキの足じゃあ、たどり着くのも無理かもね」
なんだか馬鹿にされた気もするが、否定できない。たぶんヴァスケルの見立ては間違っていない。
「我が領主。失礼ながらお尋ね致します。空を飛ぶヴァスケル様の背中に一時間もしがみついていられますか?」
「一時間か」
俺はヴァスケルの背中を見あげる。当たり前だが座席なんかない。手すりや安全ベルトもない。手や足をかけられるとすれば、背中から尻尾にかけて一列に並ぶ棘のような突起物くらい。おとなしく立っているヴァスケルの背中にしがみつくのならなんとかなりそうだが、何百、何千メートルもの高度を飛行するとなると……うん、こりゃ無理だ。
「なんだい、リューキは自分で背中に乗ると言っときながら、諦めるのかい?」
「ええ、返す言葉もございません」
ヴァスケルが呆れる。
あっさり前言撤回するのは恥ずかしいが、無理なものは無理だ。思慮が足りなかったといえば、その通り。リアルな『ドラゴン・ライダー』は俺には難しそう。てか、俺のいた世界の人間は誰もできないと思う。
「しょうがないねえ。これならどうだい?」
守護龍ヴァスケルの身体が再び白光する。
俺の目の前に現れたのは姐さんモードのヴァスケル。しかも最初に出会ったときと同じ露出の高い衣装。異なるのは黒い羽根を背中から生やしているところだ。
おおお…… 艶めかしさはそのままに、背徳感が上乗せされた姿をなんと表現しようか? 「姐さんモード・堕天使バージョン」とでも言おうか?
「さあ、こっちにおいで。落っこちないように、あたいが抱いてあげるよ」
ヴァスケルが甘えた声を出す。
俺は思わずフラフラと近づく……いや、だめだ! 騙されるな! 罠かもしれない。違う。そうじゃない。ヴァスケルは、飛行中に俺が落っこちないように配慮してくれたんだ。悪魔の囁きとか。堕天使の誘惑なんかじゃない。ただ、姐さんの退廃的な見た目から、そう感じただけだ。
「この衣装かい? 空を飛ぶには、羽根を広げなきゃいけないからね。背中が隠れるような窮屈な格好じゃあダメなのさ」
姐さんヴァスケルがサラッと説明する。
……そうか! セクシーな衣装は空を飛ぶためなんだね!
変に気を回さなくて良いか! では遠慮なく。いやいや、冷静に考えよう。艶っぽい姐さんに抱っこされた男が空から降りてきて、「俺、ワーグナーの領主だ。話しあいにきたよ!」なんて言っても説得力なさそう。交渉に赴くには守護龍モードのヴァスケルの方が良い。けど、セクシー堕天使バージョンも捨てがたい。うむ、実益を取るか快楽を得るか悩みどころだ。おっと、話の論点がズレている。ここはひとつ……
「ヴァスケル様が擬人化されてしまっては、リューキ殿おひとりしか同行できません。このように工夫されては如何でしょうか?」
気づくと、賢いエリカ・ヤンセンが解決策を提示していた。
守護龍モードのヴァスケルが胸の前で軽く腕を組む。腕と身体の隙間、そのあいた空間に俺とエリカが潜り込む。うん、良い感じだ。足場はあるし、四方から包み込まれる安心感がある。多少手狭なのは仕方ない。空から落っこちるよりマシだ。
そうだよな。守護龍モードのヴァスケルの背中に乗るか、姐さんモードのヴァスケルに抱っこしてもらうかの二択じゃないよな。守護龍モードで抱きかかえてもらえば問題は解決だ。
はは。良かった良かった。残念だなんて思ってない。
「それじゃあ、行くよ! ふたりとも、しっかりつかまってな!」
「ジーナ様、グスタフ殿、では行って参りますぅーーーひいいーっ!!」「はうああ?!」
ヴァスケルが勢いよく飛び立つ。
女騎士エリカ・ヤンセンの言葉尻が悲鳴に変わる。
ロケット打ち上げのような勢いに、俺の息は詰まる。
やれやれ、出発できたかと思えばいきなりこれか……
先が思いやられるね。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
いよいよリューキたちが旅立ちました。
強力なふたりが一緒なので、平和にすむはずはありません。たぶん。




