第二十話:フリーター、方針を決める
「ヴァスケル! お前の出番だ! 俺を乗せてダゴダネルの城へ飛べ!」
俺は、エルメンルート・ホラント姫の浪費に経済破綻、すなわち生命の危機を感じた。なので、亡国の微女を迎えに行くため、守護龍ヴァスケルに出撃を命じた。
「リューキ殿! 待ってくれ! オレの話がまだだ!」
ワーグナー城の守備隊長、オーク・キングのグスタフが声を張りあげる。そういえばまだ報告を受けてなかったな。
スマン、ちょっとあせっちまったぜ。
「リューキ殿。ゴブリン・ロードのジーグフリードから使者が来ましたが、問題がありまして」
「なんだ? 説明してくれ」
「割譲された領地は、すでにジーグフリードが掌握したそうです」
「どういうことだ? ゴブリン・ロードが新しい領地に移住すると聞いてから、まだ半月しか経ってないぞ?」
グスタフ隊長が円卓の上に羊皮紙の地図を広げる。すっかりお馴染みとなった見事な筆遣いの地図。中央に描かれた険峻な山がローグ山。その北斜面一帯が、俺がローンを組んで手に入れたワーグナー領。ローグ山の頂上付近にはワーグナー城が描かれている。
グスタフ隊長はローグ山の南西斜面を指さしながら説明をはじめる。
「リューキ殿が新たに手に入れた領地はローグ山の南西一帯。面積は北斜面の半分くらいの広さで、領民の多くはゴブリン族。奴らは、ダゴダネル家の仲裁なんぞ聞く耳も持たず、常に部族間で争っている……、ここまでは以前説明しましたな」
「ああ、覚えている。ヴァスケルも理解したな?」
「当然さ。まったく……あたいが寝てたあいだも、ゴブリンどもは騒がしかったようだね」
ヴァスケルが呆れるように言う。組の若い衆の不始末にうんざりする姐さんのような表情になる。
「一族を引き連れて移住してきたジーグフリードは、争いを続ける他部族を片っ端から制圧し、反抗的な長を残らず始末したそうだ」
「なかなか強引なやり方だな」
「リューキ殿。相手はゴブリン族だ。力がすべてだ」
グスタフが当然のように言う。
……うむ。確かに、俺の世界の常識で物事を考えてはいけないようだね。
そもそも、俺がいた世界には守護龍どころか、ゴブリンやオークも存在しない。ジーナや女騎士のエリカがいなかったら、俺はとっくの昔に頭がおかしくなってたかもしれないな。ん? そういえば、あのふたりはヒトだよな? 姐さんモードに変身するヴァスケルみたいな龍じゃないよな? まあ、別に本体がヒトじゃなくてもいいけど。艶っぽい姐さんのヴァスケルはアリだ。なにがどうアリかはさておき、俺は気にしない。いや、気にならなくなったというのが真実に近いか。うん、俺もこの世界に馴染んだものだ。最初は嫌だったけど、いまではこの世界で生きていくのに抵抗はなくなった。ローンを払い終えたあと、辺境の山城でのんびり生きていくのも悪くない。元の世界で日々の生活に汲々するくらいなら、この世界でつつましく生きていくほうがマシだ。定期的に里帰りもできるしね。そうだな、定住しちゃおうかな……
「リューキはどうしちまったんだい? 目を開けてるのに、意識を失ってるみたいじゃないか?」
「ヴァスケル様。我が領主は急に深い瞑想状態に入ることがあります。強い刺激を与えれば正気に戻るかもしれませんが、基本的にそっと見守ることにしています」
「そ、そうかい。……領主を護る女騎士も大変だな」
「いえ、もう慣れましたから」
……気づくと、円卓を囲む全員が黙っていた。
女騎士エリカ・ヤンセンが慈愛に満ちた目で俺を見つめている。なにかあったのかな?
ヴァスケルの姐さんが戸惑った表情をしている。守護龍にも悩みがあるのだろうか? あとで聞いてやろう。
城代のジーナ・ワーグナーが口元を緩ませながら舟をこいでいる。スイーツを食べる夢でもみているのだろう。まあ、いつものことだ。
オーク・キングのグスタフ隊長が口をモゴモゴさせている。言いたいことがあるならさっさと言えば良いのに。俺たちは、グスタフの報告を聞くために俺たちは時間を割いているんだ。「時は金なり」ということわざを知らないのか? まあ、知らないだろうな。
「グスタフ隊長。報告の続きを頼む!」
「え? あ、ああ、ゴブリン・ロードのジーグフリードだが、寧ろ向こうから領主様に会いたいとの申し入れがあった。但し、多忙のため自分はワーグナー城にはこられないから、代わりにきて欲しいそうだが……」
「なんですって!? そんな馬鹿な話はないわ! まだ正式に臣下にすらなっていない者が、領主に会いにこいと言うだなんて。ありえない!!」
俺が口を開く前に、女騎士エリカがキレる。彼女のクールな物腰は、熱い本性を隠した仮の姿なのかもしれないな。
「グスタフ……あんたまさか、そんな戯言を受けたわけではないだろうね」
「ヴァスケル様! め、滅相もございません!!」
ヴァスケルにも叱られ、グスタフ隊長の声が震える。まるで、姐さんに叱責された若頭のように身を縮める。うん、この例えはほどほどにしておこう。まあでも、それくらいグスタフは冷や汗をかきまくっていた。
「ヴァスケルさまー。あんまりグスタフをいじめちゃだめだよー。それに、どうするかは領主のリューキさまが決めるんだから。グスタフは『こんな提案がありました』って伝えただけだよ」
「むう……ジーナ様。ありがとうございます。このグスタフ、至らぬことばかりで申し訳ございません」
「まったく……ジーナは優しすぎるねえ。で、リューキはどうするつもりだい? 相手はジーグフリードだなんて大層な名前だけど、しょせんゴブリンじゃないか。あんたのためなら、あたいがひとっ飛びして片付けてきてやるよ」
ヴァスケルの発言は頼もしい限り。問題が簡単に解決するね!
けど、ちょっと俺のやり方とは異なるかな。俺は恐怖政治で領地を治めるつもりはない。できるだけ穏便に済ませようじゃないか。あくまで直感だが、ジーグフリードはこれからも役に立つ人材になると思う。碌に統制の取れないゴブリン族をまとめ上げる手腕はたいしたものだ。とりあえず、一度会って話をしてみたい。
「決めた! エルメンルート・ホラント姫に会いにダゴダネルの城へ行くが、その途中でジーグフリードにも会う。奴の処遇は会ってから決める。ヴァスケル。お前の背中には何人乗せられる?」
「安全に飛ぶんなら精々ふたりだね。三人も乗せたら途中で落っことしちまうよ」
「分かった。俺と女騎士エリカで行く。ジーナとグスタフは留守を頼むぞ!」
「はーい。わっかりましたー」「我が領主、仰せのままに」「リューキ殿! 留守は任せてくだされ」「あいよ! ふたりとも落っこちないように、あたいにしっかりしがみつくんだよ!」
城代ジーナ、女騎士エリカ、グスタフ隊長そして守護龍ヴァスケルの四名が即座に返答する。
さて、これからどんなトラブルが待っているやら。
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