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第十九話:エルメンルート姫、無駄遣いする

「……それでエリカったら。わたしに渡すつもりの手紙を、間違えてリューキさまに渡しちゃって」


「もう、ジーナ様ったら、その話はやめてください!」


 俺の寝床、予備の領主(ロード)用寝室で目を覚ます。

 正確には、俺が意識を取り戻してから五分以上経っている。その(かん)、俺はジーナとエリカの会話をずっと聞いている。寝たふりをして、ベットの上の女子トークを盗み聞きしているわけではない。うつぶせの状態で動けないだけだ。断じて聞き耳を立てているわけではない!


「リューキさまもスイーツ好きかと思ったら、ぜんぶエリカへのお土産(みやげ)だったのよね。もう、優しすぎ!」


「ジーナ様。実は私……感激して泣いちゃいました」


 なにっ!? エリカはそんなに喜んでくれていたのか! 

 クールな女騎士(ナイト)エリカに、そんな女子(じょし)らしい一面もあったのか!!

 うむ、嬉しい発見だ。


「あれ? リューキさまが目を覚ましたみたい。リューキさま、おはようございまーす! 真夜中ですけど」


 腹ばい状態の俺からは顔は見えないが、ジーナが機嫌良くあいさつをしてくる。十日以上も口をきいてくれなかったのが嘘のようだ。うん、女子(じょし)って分からない。


「ヴァスケル、お前も近くにいるか? また俺の(たましい)(しば)りつけたのか? 身体(からだ)が動かないぞ!」


「あん? ああ……悪い悪い。いつものクセでね」


 なぜか、俺の上から声が聞こえる。急に背中の重圧がなくなり、俺の身体(からだ)は自由になった。


 うおっ! なんてこった! 俺は(あね)さんヴァスケルの豊満な臀部(でんぶ)の下敷きになっていた。そう。いわゆる「尻に()かれた」状態だ。比喩表現ではない。実際の話だ。どうりで背中が熱かったわけだ。


「ヴァスケル。俺は敷物(しきもの)じゃないぞ! ……てか、いつものクセってなんだ?」

「狩りの習性さ。エモノを捕まえたら、逃げられないようにするだろ?」


 なるほどなるほど。いうなれば、ライオンが強力な前脚でシマウマを押さえつけるようなものか。それからガブリと……いやいや、喰われてはかなわん。俺を尻に()くのはいいが、ご飯にするのはやめてくれ。いや、できれば尻に()くのも勘弁してほしい。


「ヴァスケルさま、すごーい! 『ドラゴン・ライダー』に乗ったから、『ドラゴン・ライダー・ライダー』ね? わたし、ますます尊敬しちゃいます!」


 ジーナ・ワーグナーが意味不明な称賛をする。

 褒められた(あね)さんヴァスケルは、なぜか鼻高々。

 そんな俺たちを、女騎士(ナイト)エリカ・ヤンセンが温かい目で見つめる。

 いやいや、俺をこのふたりと一緒にしないでくれ!


 女子トークが再開される。

 話題の提供は、(もっぱ)らジーナ・ワーグナー。話す内容があっちにいったりこっちにいったりと、相変わらずまとまりがない。

 けれど、ヴァスケルは嬉しそうに聞いている。妹のとりとめのない話に耳を傾けるお姉さんのよう。いや、(あね)さんか。

 ヴァスケルが擬人(ヒト)化する(ドラゴン)とは知らなかったが、中味はヒトに近いと思った。


「ふあっ……失礼」


 女騎士(ナイト)エリカが小さくあくびをする。

 (こら)えきれず()れてしまった感じのあくび。ちょっとかわいい。


 俺がじっと見てしまったせいか、エリカはイヤイヤしながら(うつむ)いてしまう。

 うん、すごくかわいい!!!


我が領主(マイ・ロード)、そんなに見ないでください……」


「すまん、つい……、ていうか、エリカは疲れてるよな。この数日間、俺につきあって領内を歩き回ったもんな。てことで、みんな、解散! 話の続きは明日にしてくれ。俺も休みたい」


「はーい、わっかりましたー。わたしも寝まーす」


「そうかい。あたいも金庫室の寝床に帰るよ」


 みんな素直に俺の指示に従う。尻に()かれても領主(ロード)の言葉には重みがあるようだ。絶対的な重みではない。一定の重みだ。


「ヴァスケル、ちょっと待ってくれ。お前に頼みがある」


「ダ、ダ、ダメだ! 早すぎる! あんたが一人前になるまで卵はお預けだよ!」


 (あね)さんヴァスケルが(あわ)てる。なぜか赤くなっている。なにを照れてるのか分からないが、カン違いをしているようだ。


「俺の頼みというのはお前の身なりのことだ。ちょっと露出が多すぎる。これから先、他領の要人たちと会う機会も増える。もう少し控えめな衣装はないのか?」


「この格好はダメか? 若い男の新領主(ロード)なら喜ぶと思ったんだけどね……」


 ヴァスケルがしょんぼりする。「てめえ! ウチの(あね)さんになんてこと言いやがる」と、組の若い衆に怒鳴られそうなくらい落ち込む。

 あんのじょう、妹分(いもうとぶん)(?)のジーナ・ワーグナーが口を開きかけたので、俺は慌てて弁明する。


「……嬉しいに決まってるじゃないか! けどな、ヴァスケルの美しい肌を、ほかの男には見られたくないんだよ」


 言った自分が驚く。よくもまあ、こんなセリフが出てくるもんだ。我ながらあきれるやら、感心するやら。


「な、な、なんだって!? ……わかった! 独占欲が強いのは嫌いじゃないぞ! これならどうだ!」


 ヴァスケルの白いドレスが輝く。布地がみるみる広がる。露出していた胸の谷間、鎖骨、肩、二の腕ばかりか、手首、足首まで覆い隠す。ピチピチだったドレスのサイズもゆったりとしたものに代わり、見事なプロポーションを分からなくする。便利な技だ。これなら俺に身の回りの世話をする従者(つきびと)に見えないこともない。


「これで満足かい?」


「申しぶんない。では、明日からはその格好で頼む」


◇◇◇


 翌日。

 城の大広間にL(ロード)D(・ドラゴン)K(・ナイト)が集まる。ようやくLDKが(そろ)った。もちろんオーク・キングのグスタフ隊長も同席している。俺を含めて、この五名がワーグナー城の中核を担うメンバーだ。

 

「ヴァスケル様、お久しぶりです。オレのことを覚えてますか?」


「忘れるはずがない。グスタフもずいぶんと貫録(かんろく)がついてきたな。おっと、いまではグスタフ隊長か。時がたつのは早いものだ」


「……あれから百年過ぎました。ヴァスケル様にとっては一瞬かもしれませんが、オレはすっかり中年のオヤジになりました。結婚し、息子がひとりできました。オルフェスって言う名のヤンチャ坊主で、手を焼いてます」


「ほう、一度会わせろ。顔を見てやろう」


「はい! 是非とも!」


 グスタフ隊長が直立不動の体勢で答える。

 おいおい、俺相手のときと随分(ずいぶん)態度が違うじゃないか。でもまあ、仕方ないか。ヴァスケルは(つや)っぽい(あね)さんだけど、中味は(ドラゴン)でいらっしゃるからな。

 それよりも驚いたのは、グスタフの年齢だ。

 守護龍(ヴァスケル)が長生きなのはなんとなく分かるが、グスタフも百歳を超えていた。なのに、まだ中年だという。オークの寿命はどれほど長いのやら。


我が領主(マイ・ロード)、そろそろ会議を始めましょう。私が担当する人質受け入れの件から報告させて頂きます。今朝、ダゴダネルの使者が参りました。出立(しゅったつ)の準備に手間取っており、当城に到着するまで二月(ふたつき)はかかるとのことです」


二月(ふたつき)? まあこちらは構わないが」


我が領主(マイ・ロード)、構わないどころか大助かりです。人質は、異国人とはいえ皇位に近い身分の姫君(ひめぎみ)。住まいの準備から身の周りの細々(こまごま)としたものを(そろ)えるまで時間がかかります」


「ふーん、そんなもんか」

 

 人質受け入れは意外と面倒臭そう。

 でもまあ、異国のお姫様も()(この)んで辺境の山城に来るわけじゃない。あまり邪険(じゃけん)にしてはかわいそうだ。うん、今日の俺はとっても寛大だね。広い心で姫君(ひめぎみ)を迎え入れてやろうじゃないか。


我が領主(マイ・ロード)……、それで、誠に申し上げにくいのですが、ダゴダネルの使者に同行した商人から請求書を渡されまして」


「請求書? なにを買ったんだ?」


 思わず俺は、ジーナ・ワーグナーの方に視線を向けた。

 ジーナは「ほえっ?」と腑抜(ふぬ)けた顔をする。なにも知らない様子。なんだ、ジーナが無駄遣いをしたんじゃないのか。疑ってすまんかった。条件反射のようなものさ。よく考えたら、ダゴダネルの使者に同行した商人だ。ジーナは関係ないか。


我が領主(マイ・ロード)。ダゴダネルの使者の話では、人質の姫君が購入した品々の代金とのことです。姫君の身柄が我らに移った以上、支払いもこちらになるとの主張です」


「困った姫君だな。で、いくらだ」


「その……これが請求書です」


 女騎士(ナイト)エリカ・ヤンセンが、おずおずと紙の束を差し出してくる。

 一枚二枚どころではない、結構な枚数。請求書の署名欄はすべて同じ名前。『エルメンルート・ホラント』とある。異国のお姫様の名前だろう。勢いのある筆跡に意志の強さを感じる。字体はすべてそろっており、几帳面な性分でもあるようだ。

 だが、俺が知りたいのは姫君(ひめぎみ)の性格ではない。買い物にいくらかかったかだ。


――総額:二万五千G(ゴールド)――


「ふおおっ、キリがいい! エルちゃんやりますわね!!」


 ジーナ・ワーグナーが感嘆の声を上げる。

 俺も一瞬だけ感心した。が、重要なのはそこじゃない! もう一度言う。そこじゃないんだ!!


我が領主(マイ・ロード)、人質のエルメンルート姫が『亡国(ぼうこく)微女(びじょ)』と呼ばれる所以(ゆえん)は、もしかして浪費癖(ろうひぐせ)にあるのでは……」


 女騎士(ナイト)エリカがつぶやく。彼女の意見に俺も賛同する。賛同するが声は出ない。

 そう。コイツエルメンルート・ホラントはヤバい。「美女(びじょ)」か「微女(びじょ)」かは問題じゃない。

 コイツを放っておけば、金が消える。ローンが払えなくなる。俺の生命(いのち)がなくなってしまう。金庫の金は一年は()つとタカをくくってたが、いきなり足元をすくわれた。


 畜生(ガッデム)! 


 城に到着するまで二月(ふたつき)も待てるか! 先に金が尽きる! 

 すぐに無駄使いを()めさせなきゃ、俺は死んでしまう! 

 くっ……、わかった。向こうがすぐに来られないなら、こっちから行ってやる! 

 『亡国(ぼうこく)微女(びじょ)』とやらを俺が迎えに行ってやる!


「ヴァスケル! お前の出番だ! 俺を乗せてダゴダネルの城へ飛べ!」


「なんだい……急に勇ましくなったねえ。あたい、あんたのことをますます気に入ったよ」


 ヴァスケルの(あね)さんが俺にしなだれかかってくる。正直、そんなことされてもいまは喜ぶ気分にはなれない。が、押し返そうとしてもびくともしない。


 まあいい。俺はヴァスケルを好きなようにさせた。

最後まで読んで頂き、ありがとうございます。

新作のアイスがおいしそうに見えるのは暑さのせいでしょうか。 

ホントに食べてみないとおいしいかどうかわかりませんよね? では早速・・・

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