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第二話:フリーター、家を探す

「ご希望の条件では、物件は見つかりませんね」


 午後四時過ぎ。

 三軒目に訪れた不動産屋から、この日三回目となる返答を受ける。

 言葉は違うがいずれも同じ内容。「該当(がいとう)物件:なし」というやつだ。


『敷金・礼金、諸費用込みで、初月の支払いは一万円以内』

 

 それが俺の出した条件。だが、考えが甘かったようだ。


「一件もないんですか?」


「条件が厳しすぎます。どうしてもとおっしゃるなら、他の手段もありますが」


「ぜひお願いします!」


 俺は快適な住まいを求めているわけではない。

 トイレは共同でいい。風呂はスーパー銭湯にでも行く。部屋の広さは四畳半どころか、畳一枚分のスペースで構わない。寝ることさえできれば、いや、寝られなくてもいい。面接用の書類に住所を記入できれば、それでいいのだ。


「いわゆるワケあり物件なら、見つかるかもしれませんね」


 ベテランぽい感じのお姉さんが、たいして熱心でもなさそうに提案してくる。


「事故物件だろうが、騒がしい隣人だろうが、俺は気にしません」


「でしたら、裏物件サイトで検索できます。ご自由にどうぞ」


 お姉さんが俺にノートパソコンを手渡してくる。あとは自分で検索しろということらしい。(もう)けにならない客だと自分でも思う。文句は言えない。


 画面の案内に従い、各種条件を入力する。職業欄にはいまの職場を入れる。少なくとも今日まで俺は仕事を持っている。虚偽(きょぎ)記載ではない。たぶん。


『名前:辰巳竜騎タツミリュウキ

 年齢:34歳

 職業:〇×電気工業勤務

 年収(見込):〇〇万円


<物件の希望条件>

 賃貸料:一万円以下

 敷金・礼金:なし

 共益費等:千円以下

 最寄り駅:×× ……』


 該当:0件


「お客さま、どうですか?」


 不動産屋のお姉さんが香水の匂いをぷんぷんさせながら画面をのぞき込んでくる。すぐに、あらら残念ね、という顔になる。


「電車で一時間くらい郊外に出るとかしないとだめだと思いますよ」


「この駅周辺がいいんです!」


 通勤の定期代を用立てできない俺はそう答える。


「物件情報をひとつずつ見られてはいかがですか? 思わぬ物件が隠れているかもしれませんよ」


 お姉さんがテキトーな助言をしてくる。それで目当ての物件が見つかる可能性は高くはないが、他に手立(てだ)てもない。


 俺はワケあり物件をしらみつぶしに調べることにした。


『住所:〇×町一丁目二番地 コーポ△□ 102号室

 賃貸料:一万円(入居時、一か月分前払い)

 敷金:一か月

 礼金:二か月 ……』


 だめだ。

 敷金・礼金を入れると、家賃前払い分を含めて四万円もかかる。完全に予算オーバーだ。


『住所:〇×町四丁目五番地 ◇△荘 213号室

 賃貸料:八千円(入居時、二か月分前払い)

 敷金:一か月

 礼金:一か月 ……』


 ここもだめだ。

 初月の支払いに三万二千円もかかる。サイト中でほぼ最安値といっていいが、それでも俺には手が届かない。


 値下げ交渉できないかとお姉さんに尋ねてみるが、聞こえないふりをされる。

 まあ、想定内の反応だけどね。


 いいかげんあきらめかけたとき、中古物件サイトが目に留まる。ダメ元で検索をかけると、思いもよらない物件がヒットする。


『住所:〇×町一丁目一番地 

 月額:一万(十年)

 諸経費、手数料:売主負担 ……』


「マジか!?」


 不動産屋のお姉さんに、月一万の十年払いでホントに買えるのか確認する。


「へえ? こんな物件あったんですね」と、これまたテキトーな答えが返ってくる。


「いますぐ契約を結べますか?」


「できますが、下見したりとか契約条項を読まれたりしないんですか?」


「構いません!」


 俺は契約書にサインする。

 こうして、安アパートを借りるはずの俺は一国一城のあるじとなってしまった。備考欄には「1LDK」とあるので、俺の新居は分譲マンションか何かなのだろう。妙に分厚い「重要事項説明書」とやらが気になるが読んでいる時間はない。なに、あまりにもヒドイ物件なら売り払ってしまえばいい。最低でも明日一日だけ、この物件のオーナーになれればいいのだ。


「お客さんの名前は『辰巳竜騎』と(おっしゃ)るんですか。『(りゅう)』に『()る』と書いて『竜騎りゅうき』。珍しい名前ですね」


「死んだ親父がファンタジー系の売れない小説家だったんで、そんな名前をつけたらしいです。キラキラネームは他にもいたけど、俺の名前は悪目立ちしたんで、『ドラゴン・ライダー』とからかわれましたよ」

 

 あまり触れてくれるなといった感じで、ねるように言う。

 名前をいじられるのは昔からだ。しかも、よりによって苗字は「辰巳」。フルネームを直訳すると「ドラゴン・スネーク・ドラゴン・ライダー」。苗字は自分では選べないとはいえ、親父はどれだけニョロニョロしたものが好きだったのか? まあ、死んでしまった親父に文句を言っても仕方がない。名前をからかわれるのはもう慣れた。言い訳じみた説明をしたり怒ってみせたりするより、さらりと会話を終わらせる方が楽だ。

 

「辰巳さん。売り主さんと連絡が取れました。現地を案内してくださるそうです」


 契約書の記入欄を埋めていると、お姉さんが物件の売り手と話をまとめていた。仕事が早い。


「売り主さんは、もうすぐ到着するそうです」


「え、いま?」


「そうです」


 物件の売り主はせっかちさんか? あるいは一刻も早く手放したいほどヤバい物件なのか? 売り主の行動の速さに、俺はちょっと腰が引ける。


 ガラリ! 不動産屋の扉が勢いよく開く。


 見ると、店の入口に金髪をふり乱した白人のお姉さんが立っていた。相当(あわ)ててやってきたのか、彼女は肩で息をしている。

 お姉さんの背丈は俺の胸までくらいしかなく、年齢は二十歳そこそこといった感じ。海外のモデルさんのようなド派手な顔立ちと紺色の安っぽいスーツはまったくマッチしない。


 若い金髪さんが血走った青い目で店内を見回す。狭い店内に客は俺だけ。金髪さんは深呼吸ひとつしてから、俺に声をかけてくる。


「あなたがドラゴン・ライダーね!」


「……俺は辰巳たつみ竜騎りゅうきです」


「ドラゴン・ライダーではないの?」


「その呼び方は好きではありません。はじめて会った相手にそう呼ばれるのは、もっと嫌です」


 不動産屋のお姉さんは、売り主に何を説明したのだろうか? 相手が外人さんだから、わざわざ『ドラゴン・ライダー』のくだりまで話したのか? 余計なことをしてくれたものだ。 


「あは! それもそうね。私たち、()()会ったばかりだものねー!」


 金髪さんが流暢りゅうちょうな日本語で素直にびてくる。

 なれなれしいだけでなく、これからも交流が続くような言い方に、俺は違和感を覚える。

 

「現地を案内しながら契約書にサインしますわ!」


「もう夕方ですよ。契約は急ぎたいですが、案内は明日で構いませんよ?」


「明日ですって!? そういうわけにはいかないわ! ……ほら、あなたの国では『善は急げ』っていうじゃない!」


 妙にかす金髪さんに不安を覚える。安すぎる物件価格の裏に何かあるのか? だが俺の方は契約書にサインをしてしまった。(あせ)りすぎたかといささか後悔する。


 これは早々に新居を手放す状況になるかもしれない。


 ぼんやりとそう思った。


「ドラゴ……、いえ、リューキさま。現地は、ここから歩いて十分ほどです。一緒に来ていただけませんか?」


 金髪さんが困り顔で上目遣(うわめづか)いに頼み込んでくる。よく見ると彼女の大きな瞳は少し垂れている。なんというか、甘えんぼうの仔犬を思い起こさせた。


 けどまあ、美人さんにそんな表情で頼まれれば、そりゃもうねえ……


 俺は金髪さんについていくことにした。

 もちろん契約のためだ。なんら下心(したごころ)はない。

改訂作業を行いました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 主人公の賃貸希望条件見て絶句。 その後の言動見て納得。 勇者なのですね… お父さんはお子さんの個性に即したとても良い名前付けをしたと思います。
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