第十四話:女騎士エリカ、お土産を喜ぶ
ワーグナー城の大広間。
ふたつの世界を繋ぐ扉を通り抜けた俺とジーナは、女騎士エリカ・ヤンセンの出迎えを受けた。
「我が領主。無事のご帰還、なによりです。ジーナ様、おかえりなさい」
「やあ、エリカ。留守番ご苦労さま」
「エリカ、ただいまー」
エリカは俺たちに一礼する。女騎士の長い銀髪がさらりと流れる。彼女の視線が斜め横に動くのを俺は見逃さない。それは予想通りの行動だ。
女騎士エリカの鋭い視線の先にはジーナ・ワーグナーのエコバッグ。ジーナが大量買いしたコンビニスイーツやお菓子がいっぱい詰まっている。顔をあげたエリカの口元は微妙に緩んだように見えた。彼女はジーナのエコバッグのなかに自分の好きなスイーツも入っていると考えたのだろう。
かわいそうに……彼女は真実を知らない。
「エリカに貰った手紙だけどねー。雨に濡れちゃって読めなかったのー」
「ジーナ様!? では、私のお菓子は! あっ! なんでもございません」
女騎士エリカ・ヤンセンが狼狽える。それでも彼女は落胆の気持ちを懸命に抑え込み、ポーカーフェイスを決め込もうとする。
うむ、たいしたもんだ。お菓子を買えないといってべそをかいたジーナとは違う。エリカは大人だ。いや、ジーナが子どもなだけか。お嬢様育ちだから仕方ないかもしれないが。
「女騎士エリカ! 俺が留守の間に起きたことを報告してくれ……それと土産だ。よければ受け取ってくれ」
「我が領主、恐縮です。ふえっ! うそっ? これって、ええー!?」
エリカ・ヤンセンの言葉遣いがおかしくなる。いつもクールなエリカも不意打ちには弱かったようだ。なるほど、覚えておこう。
「……失礼しました。我が領主、これはいったいどういうことですか?」
「俺も一緒に買い物に行ったんだ。スイーツの種類が豊富な『パミマ』ってコンビニさ。ジーナと相談して抹茶系スイーツを選んだけど、好みにあってるかな?」
「完璧でございます! 忠誠を誓います! 地獄の底までおつきあい致します!!」
「地獄の底は遠慮しとくよ。どうせ一緒に行くなら、お菓子の国の方がいいな」
「リューキさまっ! そのような夢の国なら、わたしもついて行きますわ!」
「ジーナ、冗談だよ。例え話だ。本気にするな」
「我が領主、お菓子の国だろうが、お菓子の底だろうがどこまでもおつきあい致します!!」
お菓子の底はよく分からないが、エリカは喜んでくれた。はじめて見る満面の笑顔。結構かわいいじゃないか。ツンデレさんか。こんな表情を見られるなら、またお菓子を買ってこようと思った。
「リューキ殿とジーナ様が戻られたか。ちょうど良かった、リューキ殿と相談したいことがあって」
野太い声とともに、石畳をのしのし歩く音が近づく。ワーグナー城の守備隊長、オーク・キングのグスタフが姿を見せる。
頼もしい戦士は、ジーナとエリカの手にあるスイーツの袋を見て目を細めた。
「いつもの甘い菓子ですかな? おふたりとも、ほんとうにお好きですな」
「グスタフにはあげないよー」
「ジーナ様、結構です」
「グスタフ殿。私もこればかりは……」
「女騎士エリカよ。オレはいらない。だから、追い詰められたような顔はしないでくれ!」
「グスタフ隊長。スイーツじゃないけど」
「リューキ殿まで! オレは甘いものなんか……」
俺は、がま口の財布を取り出す。領主専用の収納袋だ。収納袋の口を開け、コンビーフの缶詰を取り出し、グスタフ隊長に渡す。
「リューキ殿。なんですか、これは?」
「グスタフ隊長にあげるよ。口に合うかどうか分からないけど」
「まさか褒美? オレにか!?」
オーク・キングのグスタフ隊長がコンビーフの缶詰を恭しく掲げる。蝋燭のほのかな灯りに照らされたグスタフの姿は神々しい……はずもない。単にシュールな光景だ。
いやだって、普通の缶詰だよ。どう見たって褒美なんて代物じゃないだろ!
コンビーフはタナカ商会で買った型落ち品。賞味期限が半年も残っていない、一ダース五十円の投げ売り品だ。それを三個ばかりグスタフ隊長に渡した。残りは俺用。俺も結構好きなんだよね。もともと、ひとりでこっそり食べようと思っていた保存食だ。みんなには悪いが、異世界の食事は口に合わないからね。
「褒美……オレに……三つも」
グスタフ隊長が、ぶつぶつとひとり言をいう。
もしかして、グスタフは褒美とやらを貰ったことがないのだろうか? 確かに、元領主のジーナはそういう配慮に疎い気がする。
「グスタフ隊長。この缶詰はこうして開けるんだ。俺は、少し温めてから食べる方が好きだが、このまま食べても美味いぞ」
俺はコンビーフ缶を開けてみせる。
巻き取り棒の穴に缶側面のカギ爪を通し、棒をクルクル回す。棒が缶の側面を一周したら、缶の上部をパカッと開ける。こんもりとした台形状の肉の塊が見えたら一丁上がりだ。
「肉か。変わった形の肉だが……おお、うぐぐ、うまい、うますぎる!!」
コンビーフの味に感動したのか、グスタフ隊長は残りの缶詰にも手を伸ばす。俺の説明には従わず、ミカンの皮をむくように缶詰を力づくでこじ開ける。なんという怪力!
グスタフは瞬く間にコンビーフを平らげる。缶詰三つでは食欲を満たせなかったのか、グスタフ隊長は、カップアイスのフタを舐めるように空の缶詰をぺろぺろ舐めはじめる。
「グスタフ隊長! やめろ! 良い働きをしたらまたやるから! ……頼む、止めてくれ! 四百人も部下がいる隊長の行動じゃない。息子のオルフェスが見たら泣くぞ!」
息子の名前を耳にして、ようやくグルタフ隊長は我に返る。引きちぎらえた缶の縁で口を切り、厳つい顔は血だらけ。ホラー映画のワンシーンのようだ。
「はっ、オレはなにを!?」
「グスタフ隊長。大丈夫だ、何でもない。俺に用事があるようだが、先に顔を洗って来てくれないか?」
オーク・キングのグスタフ隊長が了解する。コンビーフ缶の切れ端を大事そうに抱え、一旦俺の前から去ろうとする。
「わたし、着替えてくるねー」
「ジーナ様。異世界訪問用のスーツはシワにならないように吊るしておいてくださいね。シャツは……」
「エリカ、わかってるわよー。でも『ぶらじゃあ』はリューキさまが持ってるから、エリカが受け取って洗濯しておいてねー」
さらっと爆弾発言をして、ジーナ・ワーグナーが立ち去る。
俺は固まる。そりゃもう、カチンコチンに固まった。不意打ちに弱いのはエリカだけではなかった。
我に返り、その場を離れようとする俺。立ちふさがるふたつの影。
前門のオーク・キング、後門の女騎士。
ワーグナー城が誇る武闘派ツートップに挟まれた俺に、逃れる術はなかった。
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