第十三話:フリーター、スイーツを買う
竹本さんのオンボロアパート。
俺は、気を失ったジーナ・ワーグナーを抱きかかえる。痙攣する彼女の身体は燃えるように熱い。いくら名前を呼んでも返事はない。
しばらくすると、ジーナは大きく身を反らし、動かなくなってしまった。
「た、辰巳君! ジーナちゃんは!!」
「……落ち着いたようです。急に熱が下がったし、呼吸も穏やかになりました」
オロオロする竹本さんに、俺は答えた。
「風邪薬が身体にあわなかったのかな? よけいなことをしてすまなかった」
「気にしないでください。俺だってジーナがこんな風になるなんて思いませんでした。それに、嫌がる彼女に無理やり薬を飲ませたのは俺です」
俺はジーナの身体を布団に横たえ、彼女の横に腰を下ろす。
長いこと待ったが、ジーナの目は開かない。穏やかな寝息が続く限りはそっとしておこうと決めた。
竹本さんがそっと部屋を出ていく。奥の一間で休むのだろう。気を使って俺とジーナをふたりきりにしてくれたようだ。
俺たちはそんな関係じゃないと説明するタイミングを完全に逸してしまった。
ジーナの寝顔をそっと眺める。
静かにしてれば、かなりの美人さん。綺麗な上に気品ある顔立ち。流石は貴族のお嬢様。
ジーナの先代領主になにがあったか知らないが、若くして彼女は領主となった。けれど、ワーグナー家は没落の一途。ジーナは自暴自棄となり、城を売り払ったのだろう。
「何の因果か知らないけど、いまや俺が領主だもんな。まあ、乗りかかった舟だ。やれるだけやってみるか」
俺のひとり言が聞こえたわけでもないだろうに、ジーナの寝顔が少しだけ笑ったように見えた。
◇◇◇
頬に風を感じる。
スズメがちゅんちゅん鳴く声がする。
夢にしては妙にリアルだ。
「ん? あれ?」
座ったままの姿勢で俺は眠っていた。ネットカフェで散々昼寝したのに熟睡してしまった。慣れない異世界の生活が続き、疲れが溜まっていたのだろうか。
「リューキさまぁ! おはようございます。よく眠れましたか?」
窓を全開にして街を眺めていたジーナが振り返る。
声に張りが戻っただけでなく、身体の動きも滑らかになったように見える。風邪はすっかり治ったみたいだ。
「おはよう。ジーナは体調が良くなったようだね。ホント、良かった」
「ほえ? 心配してくれてたんですね! うれしいです!」
「そりゃまあな。でも、お前なあ、雨でずぶぬれになって……」
小言をいいかけて途中でやめた。
ジーナは元気になったんだ。昨晩の騒動なんか、どうでも良く思えてきた。
「竹ちゃんの苦い薬、すごく効いた! わたし、病気になると結構寝込んじゃうのに、ひと晩で治るなんて奇跡! もしかして神薬?」
「いや、普通に売ってる薬だよ」
「リューキさまの世界はお菓子もおいしいけど薬も良く効くんですね! そうだ、いま、何時ですか? 帰る前にお菓子買わなきゃ!」
俺が時計を探していると、奥の部屋から竹本さんがのそっと出てきた。
「ジーナちゃん、元気になって良かった。え? いまの時刻かい? ちょうど七時だよ。ところで、ふたりがよければ朝飯でも……」
「えええーーー!!! いつの間に! リューキさま、残り時間はあと一時間しかありませんわ。急いで戻りましょう! ていうか、リューキさまは竹ちゃんと知りあいなの?」
「竹本さんの話はあとで教えてやる! ジーナ! 急ぐぞ!」
「わたしのスーツは? ところでリューキさま、なんでわたしはダボッとした服を着てるの?」
「その件に関しては後程ご説明致します。ジーナさん、急ぎますよ」
思わずへりくだった話し方をしてしまう。緊急事態だったとはいえ、俺はジーナの身体を……いやいやいや、やましいことは何もない。あれは人命救助だ。役得とか考えてもいない。
「リューキさま、顔が赤いですわ? 熱でもあるんじゃ」
小柄なジーナが懸命に背伸びをして、自分のおでこを俺のおでこにくっつける。
待て待て、待ってくれ! 近すぎる! 「うん、平熱ね!」なんて冷静に言わないでくれ。俺がバタバタしてどうする。いつもと逆じゃないか。竹本さんも生暖かい目で見ないでほしい!
違うんだ! そうじゃない!
俺たちはそういうのじゃないんだ!
「ジーナちゃんのスーツはアイロンをかけておいたよ」
「竹ちゃん! ありがとー。大好き!」
竹本さんが照れる。トイレを我慢するみたいに身体をよじらせる。小太りでハゲたオッサンのクネクネは見れたもんじゃない。天然系のジーナだから計算して言ったわけではないと思うが、六十手前の独身のオッサンに「大好き」は言うもんじゃない。あとで注意せねば。断じて、俺の焼きもちではない!
「ない! ない! バイトのお給料袋がない! 落としちゃったのかな。竹ちゃん! スーツのポケットにお給料袋入ってなかった?」
「いや……見なかったな。古風な感じの手紙はあったけど」
竹本さんが封書を取り出す。雨にぬれてよれてしまっているが、見覚えのある封書。俺が女騎士エリカ・ヤンセンから受け取ったのと同じやつだ。
「それじゃない! バイト代の一万円が……これじゃあ、お菓子買えない! せっかく一生懸命働いたのに! ひと月もお菓子なしなんて耐えられない!!」
肩を落としたジーナがべそをかく。お子さまか。でもまあ、人間なにか楽しみがなければ生きていけないからね。価値観はひとそれぞれ。ジーナの場合、それがお菓子だったわけだ。
おや? 今日の俺は妙にジーナに寛大だね。罪悪感のなせる業か? 否定はしない。よし、わかった。俺も領主だ。お菓子代で許してもらえるなら、万札くらいポンと与えよう!
「ジーナ。ほら、やるよ」
「リューキさまぁ…… ありがとうございますー!! 大・大・大好きです!!!」
ジーナ・ワーグナーに、むにゅんと抱きつかれる。やばい、心臓が破裂しそうだ。ジーナの肩に手を回しかける自分を必死に押しとどめる。
どうどう。落ち着け、俺!
竹本さんの羨ましそうな眼差しに気づかないふりをしながら、俺はジーナを軽く押し返す。
「だから、時間がないんだろ? 急いで帰るぞ! スーツに着替えるなら早くしろ! 荷造りはしておく。帰りにコンビニのパミマに寄ってお菓子を買うぞ。それから、お家に帰ろう」
「はーい。わっかりましたー!」
ジーナ・ワーグナーが俺のスウェットを脱ぎはじめる。
待て待て待て、待ってくれ!
急げとは言ったが、いまここで着替えるのか? わっ、もう遅い。
竹本さんがあわてて奥の部屋に移動する。セーフ。
ジーナが脱ぎ散らかした服を俺が畳む。
彼女はじたばたしながら白いシャツを着はじめる。お嬢様だけに、いつもは従者にでも手伝って貰うのか、ひとりで着替えるのに慣れていないようだ。
まったく、お子さまだな。いや、とてもお子さまの身体つきではないか。
うん、眼福! いや、ごめん、つい。
「あれえ? 『ぶらじゃー』がない」と、ジーナが不思議がる。
俺は、「収納袋にしまった」と反射的に答えてしまう。雨で濡れちゃったからね。それ以上何も聞かれなくて良かった。
「竹本さん、お邪魔しました。また来月遊びに来ていいですか?」
「ああ、いいよ。来月と言わず、いつでも来なさい」
「いえ、来月に来ます!」
「竹ちゃん、またねー!」
バタバタを走り去る俺とジーナに、竹本さんはいつまでも手を振っていた。
◇◇◇
異世界への扉があるマンションに向かい、街中を小走りに駆ける。
途中、新しくできたコンビニのパミマに入る。時刻は朝の七時半。帰還までのタイムリミットは三十分。正直、お菓子を選んでいる場合じゃないが、ジーナが泣くから仕方ない。
競争が激しいコンビニ業界でスイーツを売りにしているパミマだけはあり、店内のスイーツの品ぞろえは壮観だった。ジーナの目が輝いたのも無理はない。
選定基準は分からないが、ジーナは次々と商品を買い物かごに放り込む。いつものフワフワした感じのジーナではない。獲物を狙うタカの目をしている。「さっさと選べ!」と叱るつもりが、俺の方がアタフタする。
ブームなのか、パミマには和スイーツが三十種類以上あった。選択肢が多いのが、むしろ困る状況。アンコ系、抹茶系からチャレンジングな和洋ミックス系まで様々。さてさて、女騎士エリカ・ヤンセンの好みはどんなものがよいのやら?
「リューキさま、おつりです。はいどうぞ!」
ジーナ・ワーグナーが力強く右手を突き出す。俺の手のひらに、体温の残る硬貨を置く。
その額、一円。
ジーナよ……見事だ。よくぞこの短い時間で、きっちりと買い物できたもんだ。万札を渡したのに残金一円まで使い切るとは、おぬし只者でないな。
「リューキさま、早く選んでください。時間がありませんわ!」
ジーナに急かされる。想定とは逆の立場だ。
「和スイーツを買いたいけど、種類がいっぱいあってね。悩んじゃうよ」
「これとかこれなんか、エリカが好きそう。しまった! 自分の分ばっかじゃなくて、エリカのも買ってあげれば良かったなあ」
「そうか。じゃあ、俺が代わりに」
ジーナが勧めてくれたのは「ふわとろ抹茶わらびもち」と「抹茶ババロア」。
そうか、エリカは抹茶系が好きなのか。うむ、せっかくだ。「濃密抹茶パフェ」と「抹茶ロールケーキ」も買おう。しめて八百四十二円。千円払って百五十八円もお釣りが出た。ジーナに比べて中途半端な金額。いや、別に張り合うことないか。
コンビニ「パミマ」を出て、今度こそマンションに向かう。333号室が、異世界への扉がある俺の部屋。残り時間、約十分。よし、ギリギリ間に合う。
虹彩認証のオートロックを抜ける。
さわやかな笑顔のコンシェルジュに軽く手を振る。
自己紹介した覚えはないが、ハンサムなコンシェルジュは「リューキ様、ジーナ様、お帰りなさい」と挨拶してくる。
高級マンションの顧客サービスレベルの高さに驚きを覚える。
ゆったりサイズのエレベーターで三十三階に昇る途中、ジーナが思い出したように女騎士エリカ・ヤンセンからの手紙を取り出す。
「まだ読んでなかったのよね。んー、なんかよく分かんない」
ジーナが、さじを投げる。スイーツ満載の重いエコバッグをふたつも抱えているせいか、手紙を読むのを早々に諦めてしまう。どうやら、エリカの手紙は雨に濡れて文字が滲んでしまっているようだ。
俺は、ジーナから手紙を受取り、解読に協力する。
『++軽率なところがあるかも**』
『***悪い方ではない+++』
『+++ご迷惑をおかけするかと***』
「なんでだろう? エリカ、わたしに謝ってるみたい。リューキさま、おかしいですよね?」
「ああ、おかしいな」
そう答えながら、俺はなんとなく納得がいった。
女騎士エリカ・ヤンセンは、俺とジーナに渡す手紙を間違えたのだろう。
エリカがジーナに渡した手紙は、本来は俺が受け取るはずだったもの。ジーナのことを俺に頼む手紙だ。彼女が俺に迷惑をかけるのを予想して、謝罪もしている。
逆に、俺が受け取った手紙は、エリカが受け取るはずだったもの。エリカが好きな和スイーツの名前が羅列されたリスト。説明は不要だろう。
「エリカって女騎士なのにおかしなやつだよな。元領主のジーナといい勝負だ」
「むー。リューキさま、わたしたちのことを馬鹿にしてませんか?」
「いや。仲が良くて、うらやましいなと思ってね」
今回の里帰りはトラブルもあったが、ジーナが一緒で良かったと思う。
ジーナの好い一面も見れたし、クールなエリカのおっちょこちょいな側面も知ることができた。お土産もたくさん買えたしね。
さあ、帰ろう。わが家へ。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
コンビニスイーツっておいしいですよね。ついつい手が伸びます。
本作を読まれたすべての方に幸運が訪れますよーに!
おいしいものがたくさん食べられますよーに!!




