百五話:フリーター、精霊界にたどり着く
「で、俺はどこに向かってるんだ?」
思わずこぼれた独り言に返事はない。
そりゃそうだよね。
まわりには誰もいないんだから。
幽体離脱の如くワーグナー城をあとにした俺は、雲を抜け、ひたすら上昇する。
身体をひねり、天を仰ぐと、真上に月が見える。
進行方向の先にあるのは、ふたつある月のうち、大きい方の月だ。
「今朝の月はいつもより明るいね……いや、あれはホントに月なのか?」
俺は天空のふたつの月に違いがあるのに気づく。
小さい方の月は高度が増しても大きさが変わらないのに対し、大きい方の月は徐々に大きくなっている。よくよく見ると、大きい月だと思っていたのは、宙に浮かぶ円盤。のっぺりと平らで、ボンヤリ白光する巨輪だった。
ヤバい、このままじゃぶつかっちゃう!
なーんて焦っても時既に遅し。
避ける間もなく、俺は空に浮かぶ巨大な円に真っ直ぐ向かっていく。
スルリ!
衝撃を感じることなく、俺は白い壁をすり抜ける。
数瞬ののち、思わずつぶってしまった両目をおそるおそるあける。
天高く昇っていたはずの俺は、白い平面の円を通り抜け、いまでは逆にゆっくりと降下している。そんでもって、眼下に広がるのはワーグナー城があるローグ山ではなく、緑豊かな平原だ。俺が大きな月だと思っていたのは、どうやら魔界と精霊界を繋ぐゲートだったようだ。
「ココが精霊界か……なんだかイメージと違うな」
草原のど真ん中に、俺はふわりと着陸する。
たどり着いた新世界は俺が思い描いていた世界観と大きく異なっている。ちなみに、魔界を出たときは朝だったが、精霊界は夕方で、辺りは薄暗い頃合いだ。
色とりどりの花が咲き乱れ、小妖精が飛び回り、超絶美人の女王様や長い髭を生やした長老たちが出迎えてくれるーー俺は精霊界にそんな幻想を抱いていたが、実際は片田舎の大草原だった。しかも、人っ子ひとり、いや、精霊ひとり見当たらないときたもんだ。
手を伸ばして足下の草をつかむ。クイっと引っ張ると地面から簡単に引き抜ける。抜いた草を鼻に近づけると青い香りがした。
「ふむ。魂だけ抜け出たはずだけど、精霊界だと実体化するんだね」
俺は慌てることなく、冷静に現状分析する。
いや、正直言って、精霊界の景色があまりにも素朴すぎて拍子抜けしてしまったのが実情だ。
とゆーか、風の精霊の姫デボネアと水の精霊の女王エフィニア殿下はどこにいる? ふたりは俺の守護精霊になるはず。どうして迎えにきてくれないのか?
「おーい、誰かいませんかー?」
声を張り上げてみる。
が、返事はない。
見渡す限り、俺以外に動く者はいない。
「……困った。どっちへ行けば良いのやら」
進むべき方向に迷った俺は、周囲に目を凝らした。
草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草、草……
「ぐわーっ、なんだいまのは!?」
突然の出来事に眩暈を覚える。
いままで味わったことのない超感覚。
俺は、辞書一冊分の情報を一気に脳みそに押し込まれたような奇妙奇天烈な疲労感を覚えた。
「もしかして、これって!?」
俺は足下の草を再度引っこ抜き、『鑑定』してみた。
名称:ササラ草
特徴:精霊界のあちらこちらに生えている通年草
レア度:G
「マジかっ! 今度こそホンモノの『鑑定』さんだよな? 俺の『妄想』さんじゃないよな!?」
二度見、三度見代わりに『鑑定』を何度も繰り返す。
その度、同じ鑑定結果が頭のなかに浮かび上がる。
「間違いない、リアル『鑑定』さんだ! やっぱり『鑑定』さんは実在したんだ! はは、もちろん信じてたさ!」
ホンモノのUFOを目撃した如く、ひとりでガッツポーズする。
俺のオーバーリアクションに、やっぱり何の反応もない。
そりゃそうだよねー、相変わらず誰もいないんだから。まあいいや。
「デボネアたちが俺の『創造力』をベタ褒めしてくれてたけど、俺ってホントにすごかったんだ。人間界や魔界じゃあ大したことないけど、精霊界じゃあなかなかのモノだな」
誰も褒めてくれないので懸命に自画自賛を続ける。
妙に説明臭い独り言が多いのは許してほしい。畜生!
「さて、『鑑定』さんに進む方向を決めてもらおうかな」
俺は四方をぐるりと見まわしながら、『鑑定』さんに登場して頂く。さあ、一丁お願いします!ってな感じだ。
でもって、結果はこんな具合だ。↓
ササラ草、ササラ草、ササラ草
ササラ草、ササラ草、ササラ草、ササラ草、ササラ草
ササラ草、ササラ草、ササラ草、ササラ草、ササラ草、ササラ草
ササラ草、ササラ草、ササラ草、ササラ草、ササラ草、ササラ草
ササラ草、ササラ草、ササラ草、ササラ草、ササラ草、ササラ草
ササラ草、ササラ草、ササラ草、ササラ草、ササラ草、ササラ草
太陽、ササラ草、『ハニワ』、ササラ草、俺、ササラ草、ササラ草、ササラ草
ササラ草、ササラ草、ササラ草、ササラ草、ササラ草、ササラ草
ササラ草、ササラ草、ササラ草、ササラ草、ササラ草、ササラ草
ササラ草、ササラ草、ササラ草、ササラ草、ササラ草、ササラ草
ササラ草、ササラ草、ササラ草、ササラ草、ササラ草
ササラ草、ササラ草、ササラ草
俺を中心に四方八方にササラ草が生えている。(分かりにくくて、スマン)
ただ太陽の沈む方向、遥か彼方にササラ草ではないモノがある。
つーか、『ハニワ』ってなんだ? 精霊界にそんなモノがあるのか?
「……いや、思い当たるモノがひとつだけあるか」
知らず知らずのうちに笑みが浮かんでくるのが自分でもわかる。
ちょっとだけ楽しい気分になった俺は、夕日に向かって駆け出した。




