第百一話:フリーター、会議を開く
ワーグナー城の大広間。
コンサートホール並みの広さの部屋に鎮座する円卓に、一同勢ぞろいする。
俺の横にはジーナ・ワーグナー。ワーグナー城の元領主で、俺の第一夫人。いや、まだ結婚式とやらは挙げていないので、正確には婚約者ってやつか。
ジーナの横にはエルメンルート・ホラント姫、通称エル姫。「亡国の微女」の異名を持つ俺の第三夫人。
エル姫の隣はオーク・キングのグスタフ。ワーグナー城の守備隊長。幽霊だと思っていたのが水の精霊のエフィニア殿下だと分かり安心したのか、険しい顔がちょっと緩んでいる。そうはいっても、やっぱコワい顔だけどね。
グスタフ隊長と妙に隙間を空けて座るのはドワーフ族を代表するゲルト・カスパー。俺個人の感覚では一番の新参者だが、ワーグナー家からすれば出戻り組になるだろう。
ゲルト族長の横に座る小柄なドワーフ族の老人は、職人頭のバッハ翁。ドワーフ族随一の職人らしく、城の修繕やワーグナー領内のインフラ整備に尽力してもらうつもりで招聘した。けれど、本人はエル姫の神器に興味津々で、地道な作業は弟子たちが代わりにやることになりそう。まあ、別にいいけどさ。
以上、円卓を囲むのは六名。
ここにいないメンバーも多いので、席は半分も埋まっていない。
第二夫人の女騎士エリカ・ヤンセンは陥落させたダゴダネル家の旧首都、西方都市ホプランで街の復興に勤しんでいる。キリが良いところで帰城するよう使者を送ったが、次に会えるのはひと月先か二月先か分からない。てか、会えるのが待ち遠しい。
守護龍であり愛人のヴァスケルは、艶っぽい姐さんの格好で領主用の予備の居室にいる。俺を魔人化させるために龍の魂を分け与えてくれて、いまは深い眠りについている。早いところ魔人になって、彼女を覚醒させてやりたいものだ。
ゴブリン・ロードのジーグフリードは女騎士エリカ・ヤンセンとともに西方都市ホプランにいる。ドワーフ族を東の盾とすれば、ゴブリン族は西の盾となる。ジーグフリードも早いうちにワーグナー城に呼んで、オーク・キングのグスタフ隊長、ドワーフのゲルト族長と面通しさせておきたい。多くの配下を束ねる三名にはしっかりと連携してもらいたい。
◇◇◇
「集まってもらったのは、これからの予定を話し合うためだ。意見があれば遠慮なく言ってもらいたい。まずはジーナからだ。ヴァスケルの話では、俺が魔人になるにはジーナやエルと相談するようにってことだったが、どうすればいい?」
「リューキさま。わたしに三日ください! オリハルコンが手に入ったので、指輪を作る材料はぜんぶそろいましたー」
「指輪は俺が魔人になるのに必要な道具なのか? 婚約指輪とかじゃなくて?」
「そうでーす! あれ? 言ってませんでしたか?」
クラッとめまいがした。まったく、ジーナはいつもこうだ。けどまあ、とりあえず話を進めよう。
「……じゃあ、指輪を急いで作ってくれ」
「はーい、わっかりましたー!」
「ジーナよ。わらわも手伝うぞよ。遠慮のう、なんでも言うてくれなのじゃ」
「わーい、ありがとー!」
満面笑みのジーナがエル姫に抱きつく。
ノッペリ化粧のエル姫が、ド派手な美人顔の従姉妹の頭をなでる。うむ、仲良きことは良きことだな。
「エルはジーナの手伝いのあとは神器の研究とやらをするんだろ。前にも言ったけど、ワーグナー家のためになる神器も研究してくれると助かるな」
「リューキよ、わかっておるのじゃ。まわりくどい言い方をせずとも、カネ儲けをしろといえば良いのじゃ。『内需の業』は任せるのじゃ!」
「それを言うなら『内助の功』だろ、ってか、産業復興なり特産品作りなりでカネ儲けできればワーグナー家が助かるのは間違いない。俺のローン返済もな」
「まったく。家計を支える妻は大変なのじゃ」
無駄使いしまくったエル姫が言うかよ! と思ったが口に出すのは止めておく。なんだかんだ言って、エル姫には結構助けられたからね。
「ホッホッホッ。いやはや、楽しみで仕方がないのじゃ! 老境の身にして、これほどワクワクする日が来るとは思いませなんだわ」
「バッハ翁。エル姫と一緒に研究にのめり込むのは良いけど、お弟子さんたちの相談に乗ってあげてくださいね。度重なる戦で、ワーグナー城や領内は結構痛んでますので」
「若い領主殿は慎重だのう。安心せい! このバッハ、決して手抜ぬきせぬ! なにごとにも全力で臨むのじゃ!」
「頼もしいのじゃ! わらわはうれしいのじゃ!」
身長150センチ少々のエル姫と140センチにも満たないバッハ翁の、小柄な「のじゃのじゃコンビ」が力強く宣言する。不安だ。頼むから暴走だけは勘弁して欲しい。
「ご安心くだされ。バッハ翁は仕事はキッチリとこなす方ですし、連れてきた弟子たちも優秀な者たちばかり。工事の人手も必要なだけ村から呼び寄せます」
「ゲルト族長。力仕事ならオレの配下のオークたちも手伝うぜ。安心しな、オークはドワーフより不器用だが、やると決めたら逃げずに最後までやる種族だからな」
オーク・キングのグスタフ隊長が冷たく言い放つ。俺が知るグスタフ隊長とは別人のような口調だ。
「グスタフ隊長。気持ちは分からないでもないが、和解する努力はしてほしい」
「リューキ殿、すまねえ。頭では分かってはいるんだが、こればかりは時間をくれねえかな」
「私からもリューキ殿にお願いする。私が口にするのはおかしな話だが、グスタフ殿のわだかまりは、オークとドワーフの両種族の問題ではなく、我々の問題ですから」
グスタフ隊長とゲルト族長は、互いに目を合わせずに言う。相変わらず硬い表情のままだ。
うむ。ふたりの間にはなにかあったようだね。折をみて話を聞いてみようか。けどまあ、少なくとも席順は変えた方が良さそうだね。
これにて、ドワーフ族を加えた新生ワーグナー家の会議は一旦終了だ。
ジーナの指輪ができあがるまでの三日間は骨休みできそうだが、せめてそれくらいの間はノンビリしたいものだね。
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