第百話:フリーター、精霊にしばしの別れを告げる
「リューキ殿ぉおおーーッ!」
オーク・キングのグスタフ隊長が絶叫しながら駆けてくる。ただでさえ厳つい顔は当社比で十倍怖い。いや、当社比ってのは変か。要は、俺の記憶にないくらいすさまじい形相ってことだ。
「グスタフ隊長、出迎えありがとう」
俺は努めて何気ないフリをする。ちょっと近所を散歩してきたくらいの、さりげない態度だ。
「出た! 出たのですぞー!!」
「うん。グスタフ隊長に黙って何日も出てったのは悪かった。心配かけたね」
「心配どころではありませんぞぉ! オレは生きた心地がしませんでした! おかげでこの数日間一睡もできておりません!」
「そうなのか!? すまなかった、グスタフ隊長に断りなく勝手に動いて」
俺は素直に頭を下げた。グスタフ隊長のコワい顔は怒っているからでなく、心配疲れが原因だと分かったからだ。何日も眠っていないだけあって、グスタフ隊長は頬がこけ、目は血走っている。うん、だから顔がいつも以上にコワいんだね。
「リューキ殿の仕業でしたか! イタズラにしても度が過ぎます! 何度も言いますがオレは幽霊が苦手なのですからな!」
「そうだったね、グスタフ隊長は幽霊が……って、なんの話だ?」
「黒檀の塔周辺をウロつく半透明な大女の幽霊のことです! ほかになにがあるというのですか!」
グスタフ隊長が吠えるように言う。
俺は創造力を注入し過ぎて、水の精霊のエフィニア殿下を身長二十メートルの大女王にしてしまった。そのエフィニア殿下は、ワーグナー城の東端の庭園で留守番していた。そんな姿を見たグスタフ隊長がビビるのも無理はない。
「幽霊は消えたから良いようなものの、イタズラはもうおやめくだされ!」
「消えた? エフィニア殿下は姿を消したのか?」
「『エフィニアデンカ』? ずいぶん妙ちくりんな名前の幽霊ですな。幽霊は一時間ほど前に消えましたが、二度とならさぬようお願いしますぞ!」
俺は慌てて腰に下げた神器「畜生剣」を抜く。掲げた剣はボロボロと崩れて、地面にこぼれてしまう。土くれのなかにマリウス少年が作った剣の欠片がコロンと転がっていた。
「なっ! ドムドムもかっ!?」
思わず叫んでしまう。が、土の精霊イチの戦士は、俺に返事をしてくれない。
「リューキはん、心配無用や。エフィニア殿下はんが精霊界に帰りよったから、ドムドムも一緒に帰っただけや。エル姫はんの神紙は一級品やったけど、トラブルが多すぎて、召喚時間が短くなったんやな。ほな、うちもそろそろお暇する時間や」
俺の左肩に座る風の精霊デボネアが答える。いつものヤンチャな感じはなく、落ち着いた口調だ。
「そっか、デボネアも帰っちゃうのか」
「なんや、寂しそうな顔をしよって。ほんのちょっとの間のお別れや。リューキはんこそ早う準備して、精霊界まで迎えに来ておくれーな。ほな、またな!」
デボネアが俺の左肩から飛び立つ。くるりと宙返りして、大げさな身振りで投げキスをしたあと、スッと消えてしまう。あとには糸くずのように細かい紙片がハラハラと舞うが、俺がつかみ取る前に風に乗って空へ飛んで行ってしまった。
「な、なんとぉ!? ここにも幽霊がいたのですか!?」
「違うよ。幽霊じゃなくて精霊さ。俺たちもこの数日間はいろいろあってね。ワーグナー城への帰り道に説明するよ……」
◇◇◇
「グスタフ隊長はゲルト族長と顔見知りか?」
「もちろんです。ゲルト殿は、死んじまったオレの親父のザンギエフと仲が良かったですからな」
「それなら話が早い。ワーグナー家とドワーフ族のイザコザは解決した。お互いに思うところはあるだろうが、元どおりの関係に戻りたい。グスタフ隊長たちオーク族も、今後はドワーフ族と手を携えてワーグナー家を支えて欲しい」
俺が宣言すると、幽霊騒ぎから気を取り直したグスタフ隊長がドワーフのゲルト族長と握手する。ぎこちない握手だが、数十年に亘って直接刃を交えあった当事者同士だから仕方ない。けれども俺が知る限りオークもドワーフもサッパリした性格の種族。多少時間はかかるかもしれないが和解できるに違いない。
「リューキのおじさん。ワーグナー城はもうすぐだね!」
ゲルト族長の息子、マリウスが声をあげる。空気を読んだわけではないだろうが、溌溂とした少年の発言のおかげで、重苦しくなりかけた雰囲気が明るくなる。
「そうだよ。ワーグナー城はマリウスのご先祖様たちが作ったお城だから、いろいろと見てまわるといい。てか、よく考えたら俺も城の全容は知らないな。マリウス、一緒に見てまわろうか」
「ホントに! わあ、楽しみだな!」
マリウスが飛び跳ねて喜ぶ。なぜかジーナ・ワーグナーとエル姫も一緒にぴょんぴょん跳ねる。三人はすっかり仲良しさんだな。
「少年はもしかしてゲルト殿のご子息かな?」
グスタフ隊長が尋ねる。寝不足で落ち窪んだ目元がわずかに緩む。
「そうだ。齢三百を超え、ようやく生まれた愚息のマリウスだ。十歳になる」
ゲルト族長が答える。ただしグスタフ隊長と異なり、表情は硬いままだ。
「ほう、オレの息子オルフェスも同じ十歳だ。ドワーフ族とは、いや、ゲルト族長とは浅からぬ因縁があるが、息子たちの代までは引きずりたくないものですな」
「むう……それは同感だ」
険しい顔に戻ったグスタフ隊長が、厳つい表情のゲルト族長と目を合わせる。なんとなく空気がひんやり冷えた気がした。
むむっ……両種族を代表するふたりには仲良くしてほしいものだね。ホント、頼むよ!
「よーし、じゃあ。お城まで競争だよー!」
ジーナがマリウス少年に声をかける。相変わらず呑気なものだが、こういうときは助かる。
「ぼく、負けないよー!」「わらわも負けないのじゃー!」
城までの坂道をマリウス少年が駆け上がる。なぜかエル姫も一緒に走る。
なにはともあれ、俺たちはワーグナー城まで戻ることができた。
やれやれ、しばらくはノンビリして……ってわけにもいかないか。早く魔人になって姐さんヴァスケルを目覚めさせてやらないとね!
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
ようやく本編が百話に到達しました!
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