第九十九話:フリーター、ワーグナー領に帰る
翌朝。
俺たちはドワーフの村を出て、ワーグナー城に向かった。当たり前だが、地下洞窟経由ではなく山道を選ぶ。わざわざ怪物がウロウロしている地下洞窟を進む必要はないからね。
俺の左肩にはお人形サイズの風の精霊デボネアが座り、腰には畜生剣こと土の精霊ドムドムがぶら下がる。どちらもすっかり定位置だ。
同行するのはジーナ・ワーグナー、エル姫、ドワーフ族の族長ゲルト・カスパーと腹心のヤン・ビヨンド、ゲルト族長の息子マリウス、職人頭の老人、バッハ翁と腕の良い十人のドワーフの弟子たち。ワーグナー城を出発したときと比べて、ずいぶんと大所帯になったものだ。
職人頭のバッハはワーグナー城の修繕や領内の整備に力を貸してくれる。だが、道中でエル姫と話しているうちに、神器に興味が沸いたという。エル姫の理論にドワーフ族の技術が加わればとんでもない相乗効果が生まれそう。ワクワクするやらドキドキするやら複雑な気持ちだ。現にいまも、エル姫とバッハ翁は小難しい議論に花を咲かせている。
「ほうほう。バッハ翁よ、するとワーグナー紙の品質は材料となる木の怪物トレントの素材次第じゃな」
「ホッホッホッ。そのとおりですじゃ。魔素をたくさん吸ったトレントを素材にすればワーグナー紙の品質はあがり、同様に『神紙』の品質もあがるはずじゃ」
「よい話を聞いたのじゃ! 礼を言うのじゃ!」
「なんのなんの。むしろこのバッハこそ、老境の身ながらも神器の研究にかかわれることに興奮しておりますのじゃ!」
互いに「のじゃのじゃ」言うからではないだろうが、エル姫とバッハ翁は妙にウマが合うようだ。
「バッハ翁。神器に興味を抱かれる気持ちは分かりますが、私がお願いしたのは城の修繕や道路の整備の指導であって……」
「族長! なにを言われるのじゃ! エルメンルート姫さまの神器こそ、ワーグナー家とドワーフ族の未来に不可欠なモノですぞ! 城の手直しなぞ、我が弟子たちで十分できますのじゃ! 我が職分に口出し無用に願いますのじゃあ!!」
「うお……むむ、承知した」
窘めるつもりで口を開いたゲルト族長が、自身よりふた回りほども小柄な老人にやり込まれてしまう。
うーむ、バッハ翁を味方に加えて、エル姫の暴走が加速しないといいな。ホント、マジで……なーんて考えながらも、俺もバッハ翁の豊富な知識に興味を覚えて、いろいろと尋ねることにした。
「バッハ翁。俺にも教えてくれ。そもそもトレントはどこにいるんだ?」
「領主リューキ殿。トレントは森のなかなら、どこでもいますぞ。うっかり普通の木と間違えて伐採しようとすれば、反撃にあいますので注意が必要ですぞ」
「それで、魔素をたっぷり吸ったトレントは森のなかにいるのか? なんとなくだけど、魔素濃度の高い場所に集まりそうな気がするけどな」
「ホッホッホッ。良い点に気づかれたのう。ハイトレントの巣窟はのう、ほれ、あそこじゃ」
バッハ翁が俺の頭の上を指さす。正確にはローグ山の頂上付近。常に雲のなかに隠れている山頂だ。
「ローグ山の頂上? あそこは魔素濃度が高いのか?」
「その通りですじゃ。高濃度の魔素があふれ出る火口付近は、魔素を求める怪物たちが蠢く場所ですのじゃ。とんでもなく希少な素材がゴロゴロ転がっている場所でもありますが、危険極まりないので近づいてはいけませぬぞ」
「なんと……そのような夢のような場所があるとは……」
バッハ翁の警鐘にエル姫はむしろ目を輝かせる。危険だ。ジーナだけでなく、エル姫にも猪突猛進されてはかなわない。ワーグナー家とは、無鉄砲な血筋なのだろうか。勘弁してほしい。
「ホッホッホッ。エルメンルート姫さまは興味が沸いてしまったようですな。ですがやめた方がよいですのじゃ。生命がいくつあっても足りませぬからのう。ときおり発生する火山活動の際、地崩れと共にさまざまな素材が山頂から転がり落ちてくるという話ですじゃ。山頂まで行かずとも、それなりの高地を探索すれば様々な素材が手に入るはずですぞ」
「バッハ翁よ! スゴい話なのじゃ! リューキよ、ワーグナー城に帰ったらすぐに探しに行くのじゃ! ハイトレントはもとより、どんな素材が見つかるか楽しみなのじゃ!」
「分かったよ。けどさ、まずは俺が魔人になるのが先だからな。山に転がってる素材は逃げないし、ローグ山はワーグナー家が完全に掌握したんだから素材は誰にも取られないよ」
「そうじゃったそうじゃった。まずはリューキが魔人になって、ヴァスケルを目覚めさせてやらぬとのう。すまぬ、つい夢中になってしまったのじゃ」
俺が注意すると、エル姫は素直に謝ってきた。ますます危険な感じだ。なにしろエル姫の目はらんらんと輝いている。あれは欲にまみれた目だ。いや、金だとか宝石だとかに目がくらんだのではなく、研究者がとてつもない発見をした目、発明家がトンデモないブレイクスルーを思いついた目だ。却って性質が悪い。しばらくエル姫には監視をつけた方が良さそうだな。
◇◇◇
「ドワーフども、とまれぇ! こっから先はワーグナーの領土だ! 入ってくんじゃねえ!」
ワーグナー領とドワーフ族の領土の境界線。
俺たちは、ワーグナー側の警備兵に行く手を阻まれた。関所には五名のオーク兵がいたが、責任者らしき太っちょのオーク兵は、自分たちの倍以上の集団を相手に一歩たりも引く素振りを見せない。その勇ましい姿に、俺は感動すら覚えた。
「国境警備のオーク兵。任務ご苦労さま。俺だ、領主のリューキだ。ジーナやエル姫も一緒だ」
「ありゃりゃ! リューキ様じゃないですかい! オラぁ、この関所を任されてる二番隊のボビーちゅうもんですわ。こりゃあいったい、どういうことですかい?」
「ワーグナーとドワーフ族は再び手を握ることになった。これから一緒にワーグナー城に向かうところだ。ボビー、ワーグナー城までひとっ走りして伝えてきてきてほしいんだが、誰かに伝令を頼めるかな?」
「オラがいくわい! おめえら、この関所は任せた! んじゃあ、行くわい!」
太っちょのボビーがドタドタと走り去る。
関所には五名のオーク兵がいたが、どう見てもボビーの足が一番遅いような気がするのだが、まあいいや。
関所を抜け、山道をひたすら進む。
見晴らしのよい場所に着くたび景色を眺めると、ワーグナー城の姿が徐々に大きくなっていくのがわかった。
「リューキさまー。数日しか経ってないのに、なんだかお城に行くのがものすごーく懐かしい気がします」
ジーナが浦島太郎チックな感想を述べる。
騒動の発端の当事者とは思えない他人事めいた言い方だが、確かにこの数日間は密度の濃い時間だった。
見ると、前方から猛烈な勢いで駆けてくる者がいる。オーク・キングのグスタフ隊長だ。グスタフに会うのも数日ぶりなのに妙に懐かしい。てか、メチャメチャ怒った顔をしている。もしかして、俺、ジーナ、エル姫が何も言わずに数日消えちゃったから、怒ってるのかな?
さてさてどう説明したらよいものやら。
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