第九十八話:フリーター、ドワーフ族を傘下に収める
ローグ山の東、中腹付近にあるドワーフ族の村。
夕刻に村に着くと、お祭りの真っ最中だった。
「リューキさま! ずいぶんと楽しそうですね!」
「さっき話したように『春のドムドム祭り』をやってるんだ。あとでジーナにも土の精霊ドムドムを紹介するよ。個性的で面白いやつだぞ!」
「とっても楽しみですー!」
ジーナ・ワーグナーが笑う。
彼女は母を想って散々泣いたあと、ケロッといつものジーナに戻った。正直いって、俺はホッとした。フワフワしてて予測不能な行動ばかりするが、ジーナは笑っているのが一番だ。
「あれはなんじゃ? ドワーフが大勢集まっておるぞ? 揉め事かのう?」
「エル姉ちゃん、違うよ! お祭りの最後を飾る『ドムドム争奪戦』だよ!」
エル姫とマリウス少年が指さす方向を見る。
村の中心部、大きな円形広場を埋め尽くす、ヒト、ヒト、ヒトの群れ。いや違う、ドワーフ、ドワーフ、ドワーフの群れ。キャーキャーなんて黄色い歓声ではない。ウオーだのギャオーだののダミ声が渦巻く阿鼻叫喚の図。ドムドム争奪戦に参加する屈強なドワーフの集団は、さながらギネス記録にチャレンジした人間ピラミッドが崩れ落ちたかのような様相だ。
「むぉおおおー! リューキ殿、助けてくだされ! 土の精霊イチの精霊といえど、限界でござるーーっ!!」
ん? 名前を呼ばれた気がするけど空耳だろう。俺、疲れてるな。
「リューキさま? 誰かリューキさまを呼んでいませんでしたかー?」
「ジーナの聞き違いだよ。さあ、行くぞ」
「はーい、わっかりましたー」
俺はジーナたちを急き立てて先を急ぐ。「むおっ! リューキ殿、リューキどのぉ……」と、俺を求める声に耳を塞ぐ。いや、空耳に耳を塞ぐってのも変な話だ。聞こえないものは聞こえない。ていうか、ドムドム争奪戦に巻き込まれたら俺なんか一瞬でペチャンコだ。生命がいくつあっても足りないからね。
◇◇◇
村の鍛冶場のなか。
ドムドム祭りの主人公にして、おそらく唯一の被害者のドムドムが合流する。風の精霊デボネアも一緒だ。
「む、拙者が助けを求めたのに知らんぷりとは、リューキ殿は冷たいでござる」
「なぁーにぃー!? ドムドムは俺に声をかけたのかぁー? くううっ、すまない。気づかなかったよ」
ドムドムの愚痴に、俺は棒読みのセリフで応じる。我ながら大根役者だ。
「む、そうでござったか。であれば仕方ないでござるな」
「そうそう。それに、ドムドム争奪戦に参加したドワーフたちはメッチャうれしそうだったじゃないか。もみくちゃにされるくらい我慢してやれよ」
「むむ、歓待されたのはわかるのでござるが……むう? リューキ殿。拙者の声が聞こえなかったのに、拙者がドワーフまみれになった様は見たのでござるか?」
しまった! 口が滑った!
オトボケ作戦の失敗を悟った俺は、すぐさま方針を変更した。
「デボネア。ドムドムはどうだった? ちゃんと春のドムドム祭りを盛り上げてたか?」
「うちに話を振るんかーい! リューキはんはホンマええ性格しとるなー。ま、ええけど。ドムドムはちゃんとしとったで。ドムちゃん神輿に乗って村中を巡ったり、ミスタードム男、ミスドム娘の審査員をしたり、大活躍だったわー!」
「そうか! ドムドム、ありがとう! ワーグナー家とドワーフ族の懸け橋になってくれてうれしいよ!」
「そうやな。うちも褒めたるわー!」
「むほっ! いや、それほどでもござらん……」
ドムドムが満更でもない表情を浮かべる。正確には吊り目のハニワ顔の目元がちょっぴり緩んだだけだが、なんだか幸せそう。俺が感謝したこと以上に、デボネアに褒められたのがうれしいようだ。少し前から思っていたが、土の精霊ドムドムは風の精霊デボネアに惚れているのではなかろうか? 精霊に恋愛感情があるかどうか知らないが、ドムドムにはソッチ系の感情があるに違いない。
ん? すると、風の精霊デボネアが俺の守護精霊になるってことは、もれなく土の精霊ドムドムもついてくるのか……うむ、神器「畜生剣」はこれからも活躍してくれそうだな。
「ところでジーナよ。オリカルクムは見つかったのかのう?」
エル姫がジーナ・ワーグナーに尋ねる。
オリカルクムは精霊たちが使う古語。世間ではオリハルコンの名前で知られている。そもそも今回の騒動は、ジーナがオリカルクムを求めて地下洞窟にひとりで潜り、行方不明になったのが発端だ。
「んー、見つからなかったー。けど、ゲルトが分けてくれるってー」
「当然です。我々が所有するオリハルコンは盗掘したもの。皇帝特使のグロスマンにそそのかされたとはいえ、ワーグナー家に無断で掠めとったものです。本来の所有者は領主リューキ殿。我々はすべてお返しいたします」
ゲルト・カスパーが険しい口調で言う。
真っ正直な態度だが、一族を束ねる族長が「盗掘」を口にするのは、さぞかし勇気が要るだろう。けれども、屈辱的な言葉を怯むことなく口にする姿に、むしろ俺は、ゲルト族長が信用できる男だと確信した。
「ではジーナが必要な分だけ受け取ろう。残りはドワーフ族で使ってくれ」
「なんと!? それでは罰を受けるどころか、褒美を賜るのに等しいではありませんか。とてもではありませんが……」
「なにもタダで与えるとは言ってない。エルの神器研究の手伝いに腕のいい職人を派遣してほしい。ワーグナー城がだいぶくたびれているから修繕して欲しい。いや、ワーグナー領内の道の整備や建物の修復も頼みたい。言っておくが、俺はひと使いが荒いぞ。ローグ山の西でもゴブリンたちをこき使ってるからな! ただし、俺の要求に従ってる限りは、ワーグナー領内での採掘は自由にやっていい」
「領主リューキ殿! 一切合切お任せください! ホンモノのドムドムさまをお連れ下さっただけでなく、鉱物の採掘許可まで頂けるとは……このゲルト・カスパーをはじめドワーフ族は、生命ある限り忠誠を誓います!」
重苦しい雰囲気から一転、ゲルト・カスパーが力強く言い切る。
周りを囲むヤン・ビヨンドをはじめ、屈強なドワーフたちは、賛意を示しながら歓声を上げた。
「リューキよ。ジーナを探すだけのはずが、思わぬ結末になってしもうたのう」
「そうだね。まあ、ドワーフ族との関係はこれから詳細を詰めるとして、明日にはワーグナー城に帰ろう」
やんややんやの喝采を浴びながら、俺は答える。
「リューキさま! そうしましょー! わたしもオリハルコンを受け取りましたわ!」
ジーナが手のひらを開くと、小指のツメくらいの大きさの鈍色の塊があった。
「え? それだけ? てか、ジーナはオリハルコンを使ってなにを作るんだ?」
「指輪ですわ。リューキさまにさしあげるんです」
「指輪!? 婚約指輪ってやつか! こんなに大変な目に遭って指輪って……いや、不満があるわけじゃないけどさ、なにもジーナひとりで慌てて洞窟に潜り込まなくたって良かったんじゃないのか?」
「リューキさま、カン違いしてますわ! 指輪はリューキさまのためでもありますが、ワーグナー家の将来のためでもありますわ!」
「え、どゆこと?」
「内緒です! 指輪ができあがったら教えてあげます!」
ここまできてジーナは肝心なことを教えてくれない。くっ、いじわるさんだな。
お読みいただき、ありがとうございます。




