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第一話:フリーター、クビになる

ページを開いてくださり、ありがとうございます。

 春は別れの季節でもある。

 工場の夜勤を終えた俺は、人事課の竹本さんに契約解除を通告されてしまう。


「俺、仕事でミスしてませんし、周りともうまくやれてると思いますが?」


辰巳(たつみ)君に落ち度はないよ。ただ、会社にも都合があってね」


 またか、と思った。

 いまのご時世(じせい)、どんなにがんばっても俺みたいに学歴や後ろ盾のない奴は安定した生活が送れない。これといった特技もない、平々凡々(へいへいぼんぼん)な三十四歳独身男ともなれば尚更なおさらだ。


「すまない。私の力不足で……」


 薄暗(うすぐら)い事務室のなか、人事課の竹本さんが頭を深々と下げてくる。

 そのせいで、細い髪がわずかしか残らない頭頂部(とうちょうぶ)が見えてしまう。六十近い年齢もあるが、竹本さんの髪が薄くなった原因はストレスが大きいだろう。毎日のように自分の子どもくらいの年の奴らにキレられる人事担当者には、心が休まるときがないに違いない。


「だけどね、辰巳たつみ君に考えてほしい話があるんだよ」


「話? どんな話ですか?」


 俺は興味半分に尋ねた。

 聞くぶんにはタダだ。


「ウチの系列会社が中途採用者を募集している。工場でバイトを取りまとめる役だ。一年間の仮雇用期間が終われば正社員として本採用してくれるそうだ。悪くない話だと思うけど、どうかな?」


「ホントですか? 俺をめさせるためにでっち上げた話じゃないですよね?」


「嘘じゃない、信じてくれ! むしろ真面目な辰巳たつみ君だからこそ話してるんだ」


 一瞬躊躇(ちゅうちょ)するが、俺は竹本さんを信じることにした。

 竹本さんは若い奴らに逆ギレされてすぐ涙目になる気弱な人だが、俺は嫌いじゃない。考えてみれば、竹本さんが他人(ひと)だますのを見たことも聞いたこともない。


 腹立ちもあり、つい疑ってしまったが、俺は素直にびることにした。


「すいません。いままで良くしてくれた竹本さんにヒドイこと言って……俺、面接を受けます」


「よかった、先方に伝えるよ。ただね、急ぎの話だから明日には面接に行ってほしい。必要なのは、履歴書、身分証明書、現住所を示すものから」


「履歴書や身分証は用意できますが、現住所ってどうしても必要ですか? 俺、ネットカフェで寝泊まりしてるんですよ」


 俺の返答に竹本さんは言葉を詰まらせてしまう。

 竹本さんは少し悩んだあと、言いにくそうに口を開いた。


「はっきり言ってそれでは面接に通らない。相手は古い体質の企業だ。住所不定では選考対象から外される。たとえば多少遠くても実家から通勤できないかな? いや、ダメか、辰巳君は確か」


「はい。両親とも早くに亡くなってますし、頼れる親類もいません」


「うーん……人事畑が長い私から言わせてもらえれば、君の年齢と経歴では今回みたいなチャンスはそうそうないからな」


 竹本さんが頭を抱える。

 親身になって心配してくれているのが分かり、俺は感動すら覚えた。


「いまから不動産屋に行ってアパートを探します」


「そうか。賃貸契約書があれば先方も納得するだろう。ところで辰巳君は持ちあわせはあるかい? 家を借りるならお金がかかる。少しなら貸してあげるよ」


 魅力的な提案に首を縦にふりかける。

 でもだめだ、甘えてはいけない。新しい仕事が決まらなかったら、借金を返す当てがなくなり、竹本さんに迷惑がかかる。それだけは避けたい。


「ありがとうございます。でも大丈夫です」


「わかった。辰巳たつみ君の健闘を祈るよ」


 俺は面接書類を受け取り、事務室を出て、更衣室に行く。


 私服に着替える前に、壁掛けの鏡に映った自分の姿を見なおす。

 MサイズではきついがLではブカブカな作業着は、一年近く着続(きつづ)けてもイマイチしっくりしない。日本人にしては濃いめで、自称二枚目半な顔にはうっすらと(ひげ)が伸びている。けれど、太めの(まゆ)の下の眼はまん丸で、子どもっぽい印象を与えてしまう。


 再就職先の職種は工場でバイトを取りまとめる役か。なめられないように、もうちょっと威厳(いげん)みたいなモノが欲しいな。


 まだ面接も受けていないのに前向きな感情を取り戻した俺は、着古(きふる)した作業着を脱ぎ捨て、そそくさと職場をあとにした。

お読みいただき、ありがとうございます。



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