中務卿異人日記……現代語訳
「中務卿異人日記」は我が国の黎明、源闢元年から二年にかけて執筆されました。
執筆者は当時中務卿であった菅原道真公であり、放射性炭素年代測定に於いても矛盾する結果は出ていません。
然し乍らその内容から国家最重要機密に指定され、原本は正倉院にて絶対不可侵の勅封が為されています。原本の閲覧を望む場合は今上陛下に奏上し、勅許を得る必要があります。
原本の現代語訳は勅封こそされていませんが図書頭、図書助、図書允、図書属の四人のみが閲覧を認められています。閲覧の際に登録情報を入力してください。
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師走廿一日
本格的に寒くなって来た。この世界でも暦通りに雪が降るのかと感心する。
陛下が此方におわしてから五十日ほど。近江国を王化して大和と為し、元々の統治者であった姫巫女の壱与様を皇后と成された。
そして落ち着いて来た最中、夜中に彼女は現れた。
褐色の肌を持ち、尼の様に短い今様の髪。しかもその髪は月の様に透き通る藍白であった。
中務省庁舎で仕事をしていた所に物音がして、見てみれば空の壺を割ってしまった様である。
衛士を呼ぼうとも考えたが、何故か先ず其の者の名を問うていた。
その女は自らを施紗斗と名乗り、直ぐに消えてしまった。壺はそのままに。
音に気が付いて巡回中の衛士が駆けつけて来た。この事を話しても信用されまいだろうから壺の件だけを伝え、今日記を書いている。今日はここで筆を置こう。
師走廿二日
今日は昼間の、しかも別の場所に彼女が現れた。
今度は正倉の整理中、その只中に目の前に突如として出て来た。
本人も驚いた様子で帰ろうとしたので、半ば強引に引き留めて事情を聞くことにした。内裏に一般人が二度も侵入するなど前代未聞である。
その言の旨を違わずに記せば「小説世界の覗き見」だが。何の事だかさっぱり分からん。そうこうするうちに、その女は「多分もう来れないでしょう」と言うものだから思わず「別の話を書くから大丈夫」などと口走った。別の話とは何の事だ。自分でも訳の分からぬうちに女はこれを聞き入れたようで、「では、また来ます」と言ってこの場を去って行った。
今日はもう休もうか。
師走廿三日
最早自宅と化した中務省庁舎で夕餉を摂っている最中に、施紗斗を名乗る女がまたもや現れた。
どうも目の前の膳に興味を示した様で、その目を輝かせている。
あまりにも食べ辛かったので、隅に置いてあった高坏にある菓子を勧めた所、礼を述べた後にあっさりと平らげた。曰く、甘いものに目がないのだと言う。砂糖は薬だと言ったらどんな反応をするだろうか。
次に同じような時間に来たら、干し柿や草餅で我慢してもらおう。
……(師走廿四日から廿九日まで欠落)
師走卅日
庁舎での最後を終えた所で彼女はやってきた。
なんでも今年最後の挨拶をしに来たとか。小説の改変云々は大丈夫なのかと聞けば「これで一つの別の小説になるので正府です」だとか。……正府とは何だ。
それはさておき年末である。彼女の世界では兎も角、此方では源闢元年の末である。先ほどまでの仕事で今年は終わり。明日は新年を迎える為の準備をする。
彼女も恐らく向こうの世界で新年を慎ましく迎えるのだろう。
良いお年を。
源闢二年、睦月二日
昨日は朝賀の儀があった。
尽力の褒美として今日が休みになったので庁舎で寛いでいると、例の彼女がいつも通りやって来た。
「明けましておめでとうございます」と言うので此方も同じく返し、歓談に耽る。
向こうの世界では最近雪が降らないらしい。何でも世界が段々と暖まっているのだとか。風情とは儚いものなのだなぁ。
彼女は明日も休みだそうだが、私は早速仕事がある。また忙しくなるだろう。
睦月三日
今日は貴重な体験をしたと思う。ここに記す。
いつもの彼女に我儘を言ったような形になるが、遂に向こうの世界に入った。
普段彼女が暮らすと言う所は書物が所狭しと並んでおり、下級役人の屋敷よりも小さいと思われる。
壁には暦の書いてあるだろう紙が貼ってあり、その年号は(以下暫く欠落)
その後、気が付かぬうちに元の庁舎へと戻っていた。彼女はもういない。帰ったのだろう。
睦月八日
陰陽頭が三万の兵を率いて西方の隼人国へと出立した。我が国の黎明として大きな出来事となるだろう。となれば、史記の編纂を上奏せねばなるまい。
史記と言えば、元の日本には確か日本書紀が有ったはずである。その存在を例の彼女に聞いたところ「残っているかも知れませんが読んだことはありません」と返ってきた。
国の歴史が後世に良く伝わらないのは、中々寂しいものがある。
さて、陰陽頭はどれくらいで任務を全うするだろうか。
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と言うわけでセシャト様の企画に便乗する形で本作を投稿致しました。
字数は若干少なめやも知れませぬが、気軽にお読み下さいな。
興味があれば元になった拙作「勝満異世界流離奇譚」もお読み頂けると幸いです。