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77_人間の証明って、シンプルにできる方がおられますかね?

 「被創造物としての人間が、創造したであろう存在に抱く感情、というものはどう表現するべきなのでしょうかね?」トムさんが、話題を展開していきます。

「畏怖とか、反骨心とか、負の感情とかじゃねーかな?そこからさらに反発して感謝に至る、みたいな感じ?」タケルさんが、どうでも良さそうな顔で答えます。

「そのあたりも設定できたりするからのー」どちらでも、面白そうなシナリオになるならいいんじゃないかの?とばかりに言うテーブルトークRPGの神様でございます。

「どうにかなってしまうんですか、いえ、そうですよね」ちょっとショックな表情なのはあかねさんでございます。


 「自由意志とか縛ろうと思えば、簡単にできますしね。こう、特定のことに関しては思考の表層にも浮かばないとか、禁句とかの設定とか、発想の制限とか、むしろ簡単な部類じゃないでしょうか」さらりとトムさんがおっしゃておられます。

「まあ、当たり前~と言えば当たり前だよな、物理法則そのものを設定できるのが神様なんだぜ?で、精神活動というか、脳みその働きも物理法則なんだからな」軽く言い放つタケルさんでありました。

「人としての尊厳とか、そのあたりの尊重とか、倫理観とかどうなっているのでしょうか?」純粋に疑問ですね、というあかねさんの言葉です。

「皆無かな?もしくは趣味の範囲?ですかね?」トムさんが語ります。

「神様だからなー」達観したような言いぐさであります、タケルさん。

「そうじゃよ、わしゃ神様じゃからな」まぜっかえしている、テーブルトークRPGの神様でございます。


 「まあ、そもそも自由意志というものが幻想に近いものでありますから、今更ではありますよ、だいたい神様自身、何ものにも影響を受けていない自我なんてものは存在を認められていませんし」そもそもをひっくり返すトムさんでございます。

「ええと、ないんですか?自我?ああまあ、テーブルトークRPGの神様を見るとないんじゃないかなという気にはなりますが」そこそこ辛辣な一撃を繰り出したましたあかねさんです。

「外部入力からの反射的行動しかしていないように、神を言ってしまうのは、噴飯ものではあるな。まあ、ノリと勢いとフィーリングと後からのつじつま合わせを重視する、クーレストなスタイルであることは否定しないわけだが!」無駄に胸を張るテーブルトークRPGの神様でございました。

「冷静の最上位系なのかな?どう転んでもそんな要素が皆無であるわけではありますが」トムさんが解説を加えます。

「酷くないかい?」

「むしろ優しい気もするぜ?」


 「ないですね、おそらく世界の前提となるほどの基準点としての自我、のようなものは、本来何者にも持つことができないものでありますよ。すなわち、夢幻の類でありましょうね。なぜならば、全く他の情報に影響を受けない情報はないからであるからでしょう、思考の始まりからして他からの情報によるわけでありますよ。全く情報を得ない閉じた世界ですと、そもそも自我というか、境界を設定するという動きも始まりませんから、結果として、自我というか、何ものにも左右されない、自由意志、決定する主体というものは、存在しえないというのが、理屈としては正しいわけですね」長口上でトムさん。

「それでは、自分が自分の生き方を決めて、生きているのであるというような矜持とか、喜びとか、達成感とかはなんなのでしょうか?」あかねさんが尋ねます。

「生きる為、次代につなぐ為の種としての本能、つーか、結果として、うまく脳味噌をごまかしてきたからこそ、存続してきたという感じじゃね?まあそういう生き物であるという設定にしている、されている、してしまっている?どのあたりが正義か、わかんねーけど、そういう風になってるわけじゃね?」三日月みたいな笑顔で言い放つタケルさんでございました。

「もしくはじゃな、受けた情報どうしが、響き合っているその現象そのものを自我と呼んでいるでも、いいかもしれんの。物理的な実体は脳とかの働きがあるけれどの、信号の連なり、その場所、時間においての系列が、自我というものであると、認識しているわけじゃな」テーブルトークRPGの神様が老獪に笑ます。

「結局の所、自我とか心とか、それは現象なわけであって、そもそも自分でなんとかなるようなものである、という発想が幻想であるわけだね。なんとかなる、なんとかなっているのは、なんとかなるように、センサからのデータが揃っている、共鳴しているからなわけだ、それは、とどのつまり周囲の環境設定とか、時系列の妙、情報の入力順序やら、タイミングの違いにしか過ぎないわけであってね。しかもそれは、さらに純粋に、大量の情報に振り回されてしまう神様的な存在にとっては顕著な特質なわけであるわけですね」救いはないのでしょうかね、とか呟くトムさんでございます。

「本人の努力とか、善性とか、ええと誠実な行動とか、反映されないのでしょうか?」あかねさんがちょっと拗ねて尋ねます。

「世界の情報のうねり次第でしょうかね?流行り廃りとか、共通認識とか目に見えやすい流れもあるでしょうし、特定のタイミングでクリティカルな情報が手にはいるというのは、これはもう運と言いますか、本人の資質によらないのではないかなと、まあ、脳味噌の作り自体のランダム性もありそうではありますね、同じような情報でもセンサと処理に対するスペックの違いで出力が違うことはありますし、生物としての揺れ幅は、これは物理法則によるものが多いわけでありまして、そこまで細かく設定を作り込むかどうかは、それを作り出そうとする神の趣味に近いものでありますし、そもそも、その神様自体、こうしようと決定する意思そのものを、自由に操れるものではないわけでありますよ、それこそ、システムとなって決まった対応を返すだだけである、と、するまで存在を規定すれば、まあ別ではありますが、それはもう神というよりは法則とか現象とか呼ばれるカテゴリでありましょうね」本日最長の長ゼリフでございます、トムさん、と感嘆の呼びかけが升席からかけられるレベルでございますな。

「ええと、人間はじゃあ結局どうすればいいんでしょうかね?神様に対して?」あかねさんが混乱してしまています。


 「好きにすればいいんですよ、別にどうなってもそれほど神様は気にしませんし?いや、気にはしますけど、実力が隔絶しすぎていますから、どうにかされるとこが決定したら、どうにもならないわけですから、避けられない災厄であるならば、気に病んでも仕方がないわけでしょう。明確に神と敵対すると決定したとしても、おもねり、敬い、崇め奉るにしても、その感情やら意思やらも、そもそも自由になるものではない、という理屈なのですから、そうなってしまったものは、まあ、しょうがないよね、と笑ってもいいですし、どうしてこうなったと悔やんでもいいですし、その感情ですら、自分で決定したものではないとなれば、まあ、究極の無責任生命体として爆発的に誕生してしまえばよろしいのでないでしょうかね?」トムさんが身も蓋もないことを言います。

「あー、まあ、そうだな。自分で選んだとかいうのは、勘違いだし、ごまかしているだけなんだけどよ、ほれ、そうだな、ごまかしで何が悪いんだ、というスタンスだ、うん開き直りともいうかな?」タケルさんがちょっとフォローしようかな、と口を挟みます。

「あと、頑なに、自分の意思であると、信じ込むという、ごまかし方もあるぞ?結構有益らしいから、オススメじゃが、かくゆうわしもよく使っておるし?」テーブルトークRPGの神様が小技を披露します。

「思い込みの力は、すごいですからね。特に神様クラスに成ると、一つの現象として昇華されたりしますしね」頷いているトムさんでありました。

「……それは、神様の性質よってはろくな結果にならないのではないでしょうか?」冷ややかな目で老人の形をした神様を見るあかねさんでありました。


 「自我というものは情報が影響し合っているものであり、情報とは各種センサからの入力からの脳の処理形態とする。判断とか選択というものは、情報どうしが影響を与え合った結果に過ぎず、もし仮に完全にその流れが解明できたのであれば、狙った反応を完璧に引き出すことも可能である。くらいの定義でしょうか?それを行うには、とある悪魔を駆逐しなければならないわけでありますけれども」トムさんがまとめます。

「神様なのに悪魔にかなわないのですか?」あかねさんが尋ねます。

「どうですかね?ごまかすぐらいはできると思いますけど、本職の神様なら余裕でどうにかしたりするのでしょうか?」首をかしげるトムさんであります。

「情報の改竄とかは、できるじゃろうな。だが、それが本当に神自身の望みで、そうしたいと、他からの影響が全くなく、独立して生まれてきた動機であるか、と言われると、証明できないわけじゃな」神様代表が答えます。

「人の心を自由にすることができる存在つーのが、いよーが、いめーが、そもそも心に自由がないのだから、気にするだけ無駄じゃねえか?とも言えるんじゃねえかな」タケルさんが乱暴に言い切ります。

「それでも、客観的に見ても主体的に見ても、私がするはずのない行動を、無理やり取らされてしまうような行為は、嫌悪感がありますね」あかねさんが、冷たい目で言います。


 「催眠術とか、洗脳とか、思考誘導とか、もしくは、勝手に肉体を動かされたりとか。別に超常的、神様もどきがこういうカテゴライズをするのも、滑稽ですが、ともかく、日常の理を外れた力によらなくても、詐術とか物理的なトリックとかミステリー小説の範囲の様なギミックでもいいですけど、それらに対して、不当だと感じること自体は正しい情報の影響だと思いますよ」トムさんが肯定します。

「つまるところ無理やりやらされている感があったなら、それに対して反発するのは、まあ、この世界だと普通だしな」タケルさんが同意します。

「卑怯、卑劣は褒め言葉である、とかいう世界にはしとらんからのー」テーブルトークRPGの神様がぶっちゃけます。

「そいういう嫌悪感とか、反発とかは自由意志関連ではないのでしょうかね?」あかねさんが質問します。

「情報そのものと、相手の処理系を外部から制御して、意のままに操る行為自体に正邪はないですね、ただの技術です。それに付随する不快感とか対立とかは、社会における倫理観のカテゴリでしょう。自由意志という幻想を守るためのごまかしと言ってもいいかもしれませんが、多くの人がそうしたいとしているのであるなら、それは真実であると、ごまかされてしまうわけでしょうね」トムさんが返します。

「ごまかしてはダメですか?」あかねさんがききます。

「別に?良いんじゃないですか、そのごまかすという決定自体を、社会全体が行うということも、誰も制御できないわけでありますし、そこに自我はありません。本質的にはどちらでも同じく意味がありません。ならば趣味に走るべきではありませんかね?」トムさんが飄々と答えます。

「人と人でも、意思を尊重する必要はないのですか?」あかねさんが尋ねます。

「共通認識の方向性によるのでは?全体として幸せになるのであれば、意識の操作をする極小の存在を許容する世界とか、もしくは、積極的に利用する、共生関係のような社会もありそうですし、欲望のままに相手を操り、操られるような、闘争の世界で、均衡している場合もあるでしょう。そこで、さらに上位的存在、神様とかですかね、が関わってきたりもするかもしれませんね、それでもそれら全て、何かが主体になって独立した発想やら思想やら、ええと自我によって好きにできるものではないわけですよ。誰もその歩みとか流れを、制御できないわけですから」トムさんが言います。

「神様でも無理なのでしょうか?」あかねさんが不思議そうな目で問いかけます。

「神様であればなおさら、無理なのでしょうね」

「まー神様によるんじゃねーか?」

「道化ならできるかもしれんぞい?まあ、狙ってなれるものでの無いがの」

「……テーブルトークRPGの神様なら、存在そのものがふざけているから、可能かもしれませんわね」

「あー」

「そうですね」

「泣くぞ!?」



 「つまるところ、


 神様は因果律を制御することはできるけれども、動因そのものを他と断絶させて、独立させることはできていない。


 のですね」トムさんはちょっと笑いながら言いました。


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