30_迷宮でのハックアンドスラッシュというのは、本来シンプルなものであったはずなのだがなぁ。
「とりあえず、そのアレスという方の情報が欲しいのです。所在がわかれば会いに行くつもりですので、辺境伯さま」
「そのあたりの仕事は情報局にしてもらおうと思うがよろしいかな?トムさん」
「情報局ですか、役に立つのですか?」
「まあ、魔王の手下の妨害もなくなったし、予算も増やすから、それほどまずいことにはならない、だろうとは思うよ、トムさん」
「人員の質とか、だいぶ落ちているとか聞いていますけど?」
「やる気がなかっただけだからな。報酬をきちんと用意すれば、働く。これは基本だよ、トムさん」
「なるほど」
「それとは別に、冒険者組合にも依頼を出しておくよ。領都にも支部はあるしな。むしろ人探しならそちらの方が、効率的かもしれん」
「なるほど、組合に所属していたら、話が早いですものね。依頼は辺境伯の権限とかで優先度をあげられるのですか?」
「そのくらいは、地域の権力者による制御は効くぞ。いくら冒険組合が、独立独歩の外部からの干渉をできるだけ受けない組織とはいえ、現地の行政組織をまるっと無視するような真似はできんしな。それに、正式に割増料金で依頼すれば、まっとうに対応してくれるぞ」
「国内に、その意向を無視して動き回る、それも国家間を超えて存在する組織って、どうかとは思いますけど?辺境伯さまはどうお考えで?」
「現地の法は遵守するし、組合独自のネットワークは有益、小回りも効く上に、職業訓練からの斡旋までしてくれる組織だぞ?まるっきり任せるのはさすがに怖いが、互いに利用する価値があるのであれば、拒む必要はあるまい。ただでさえ、魔王とそれが率いる怪物がいるからな、それに対処できる組織と無駄に対立していては、人類、あっさりと詰むぞ」
「確かにそうですね、人間の国同士で啀み合いなんてしている余裕はないわけですからね、辺境伯さま」
「そこのところを分かっていないというか、価値観が違うやからも多いけどな」
「では組織だった情報収集は辺境伯さま側に任せまして、こちらは地道に地力の上昇を兼ねつつ、探してみようと思います」
「本来なら、領都に構えておいて、情報の収集を待てとかいうところだが、トムさんの移動方法とか利便性とかを考えると、あまり意味がないのだよなあ」
「ほぼ一瞬で移動できますからね。基本的には、毎日若女将のところに顔を出しますので、何かありましたら、伝言をお願いします」
「了解した。と、今日動く前に、うちが抱えている魔法の道具とか装備とかを見ていかないか?」
「そういうのもありましたね、よろしくお願いします」
「ここが保管庫だ、無制限に持っていかれるのは困るが、だいたいの物は融通できるぞ」
「なるほど、ええと、武器と防具は結構間に合っているのですよね私」
「炎を吐く魔法の武器とかもあるぞ?」
「強そうですね」
「MPを消費するが」
「微妙に使いづらいですね。攻撃点でいうと、鋼の剣に劣っているようですし」
「その剣、業物であるからなぁ」
「このブーツはどう使うのですか?」
「足音を消したり、足あとを残さない、というものだな。こう言うこそこそしたものは、教会に目をつけられやすいので、大ぴらには使わせないようにしている」
「へえ、結構いいですね、サイズの調整とかできますかね?」
「その辺りは自動的に調整されているはずだ、ダンジョン産の基本要素は詰まっている」
「ダンジョン産?基本要素?」
「つまり、ダンジョンにある宝箱からでてきた魔法のアイテムという意味だな」
「ダンジョンの宝箱?誰が置いたのですか?」
「明確に誰が置いたのかは不明だな、一説には、ダンジョン自身が設置しておいて、それを餌に冒険者とかを引き入れて、そ奴らを狩っているのではないかとも言われている」
「ダンジョンって、施設じゃなかったのですか?生き物であるように聞こえますよ?」
「そうだな、ダンジョン生物説とかも唱えられているな、つまり効率よく冒険者を捕食する生き物ということだ」
「生態系とかどうなっているのでしょうか?それで、基本要素とは?」
「サイズ自動調整に汚れとか匂いとかの浄化機能、簡便な自己補修能力だな。ある程度の力ある魔法アイテムには、それらが自動的についてくることが多い」
「便利ですけど、都合よすぎませんか?」
「まあ昔から、そういうものだからな。で通してきたことだな。ダンジョン学と言って、それ専門の学問もできている。その分野でも、どうしてこのようになるのかという理由まではまだ解明できてはいない、今は分類したり整理したりまでで、精一杯といったところか?未知の原理が多すぎて、正直どうアプローチしていいもやら、頭を抱えているらしい」
「はあ、なるほどです。ちなみにこのブーツの名称は?」
「エルフのブーツだな」
「エルフ?トラックですか?」
「なんだその周回というのは、エルフというのは、森に住む妖精の名称だ。広く言えば、人類の一種だな。魔王とその軍に対抗している。華奢な外見にそぐわぬ、優秀な戦士にして、魔法使いである。人の数十倍とか百倍だかという寿命を誇る、長命種だが子供ができにくく、魔王軍との消耗戦で、種の存続に警戒信号が付き始めている、絶滅危惧一歩手前の種族だ」
「そんな不思議生物がいるのですか」
「数は少ないが、何人がこの領都にも在住しているぞ?まあ、基本大森林の奥深くで独自の文化圏を形成していて、攻め込んでくる魔王の怪物を撃退したり、そこから少人数でチームを組んで飛びでて、怪物を狩ったりしている。ああ、規模は少ないが、きっちり貿易とか、外交とかもしているので、閉じこもっていたりはしていないぞ」
「一度、会ってみたいような気がしますね」
「そうだな、トムさんならいい勝負ができるかもしれんな」
「?」
「結構奴らは、種族的な傾向で、喧嘩っ早くてな、腕試しを挑まれることが多いのだよ」
「あ、途端に会いたくなくなってきましたね」
「この投擲用のダーツみたいなのはなんですか?」
「無限ダーツだな、威力はそれほど高くはないが、投げて消費したダーツが、時間経過とともに、ホルダーに補充される不思議仕様だ」
「へえ、便利ですね。質量保存の法則とかどうなっているかは、聞いたらいけないのでしょうね」
「言っている語句の意味はよくわからんが、ホルダーに一度に生成されるダーツは6本。1本再生するのに1時間必要だ。あとは別に普通のダーツと変わらない」
「やっぱり不思議ではありますが、補給を気にしなくていいのはいいですね」
「投擲した後、そのダーツは1時間くらいしたら消えてしまうので、無限に生み出して売りはらうとかはできないのが残念だ」
「やろうとはしたんですね」
「まあ、スズメの涙ではあるが、無限に湧き出る資源というのは魅力ではあったからな」
「このブレスレットはなんでしょう?」
「ああ、これは30分に1点MPを回復してくれるブレスレットだな」
「かなり、強いような気がしますが?」
「別に、減ったMPなんて、普通に生活していても回復するぞ?ちょっと休憩していれば、日常使いの魔法に費やしたMPなんてすぐに回復するわけだから、あまり役に立つとは言えない、まあ、ないよりはマシかなというアイテムだ」
「あ、なるほど、世界法則が混在しているせいなのか……、これいただいても?」
「そんなもので良いのか?」
「うまく動くなら、私にとっては、かなり有益なものですから」
「それくらいなら、無条件で渡すぞ、他には必要なものはないか?」
「この、針金とか、薄い板の束とか、ピンセットみたいなものとか、工具のセットはなんですか?」
「ああ、鍵開けとか、罠の解除とか、そのまま各種工作に使用するセットだな。軽くて丈夫で、コンパクト。迷宮産の基本セットに加えて、多少の魔法による解除判定のボーナスがあるものだ。例によって、教会がらみで大ぴらに部下に使わせることができないので、こっそりと使っているやつだな」
「へえ、まあ、そのまま犯罪に使用できそうなものを、堂々と持ち歩くことは確かにできないですからね」
「まあな。だが、ダンジョンには、鍵で閉ざされた扉とか、罠が仕掛けられた宝箱とか、普通にあるからなぁ」
「それは怖いですね、ただ、これをいただいても、使い方がよくわからないのですよね」
「ダンジョンにもぐりたいなら、そのようなことが得意な専門の探索者を雇っていくという手もあるぞ?」
「システム的に個人でしか動けないので、ちょっと無理かもしれません」
「言っている意味はよくわからないが、使い方とか習得したいなら、情報局の連中か、若女将のところか、冒険者組合の講習とかに行けばいいのではないかな?」
「そういうのがあるのですね」
「まあ、そういう技能が必須な仕事場だからな」
「この盾はどうだ?頑丈な割に軽い」
「表面が鏡のようになってますね」
「そうだぞ、髭を剃るときに便利だ。その他にも視線に乗せて呪いとか、悪影響を及ぼそうとしている怪物にその効果を跳ね返せたりできるぞ」
「うーん、悪くはないですが、個人で動くのでとっさの時のために片手は開けておきたいのですよね」
「そうか」
「まあ、必要そうな時には借りにきます」
「このハンマーはどうだろう?強い上に、殴ると可愛らしい音がなるぞ?」
「いやその凶悪な形状で、色がピンクとかありえないでしょう?その音響もいらないです」
「殺伐とした現場が、一点明るくなるのだが」
「狂的に明るいのはどうかと思います」
「魔法を使うなら、このステッキはどうだ?」
「ずいぶん可愛らしい素敵ですね」
「そうだろう、このグリップのところのスイッチを押すと、光って回って音が出るのだ」
「え?それに何か意味が」
「そうだな、まず、相手の意表がつける」
「まず?では次は?」
「……意表がつければそれで十分ではないかな?」
「この辺境伯さまも大概な性格でありましたか……」
「そうそう、身にまとう衣装が、瞬時に変わって、認識阻害の魔法が働くぞ?」
「私、そういうおもちゃをうっすらと見たことがある記憶がありますね」
「このバックルはどうだ?ここの差し込み口に対応するガジェットを差し込むと、その差し込んだガジェットの特性による、特殊効果を得ることができるぞ」
「あ、それは幼いときに見たことがあるものですね。何かのオマージュなわけですか、なるほど、確かに私を核として再侵食をしつつあるわけですか?結果として周囲がヘッポコだらけになるのはどうにかしてほしい仕様ではありますが」
「どういうことかな?」
「計画通り、ということですよ、辺境伯様」
「この両手で持って突き通す剣はどうかな?かなり強力な武器で、昔草原を住処にしていた背の小さな部族から譲り受けたものなのだが」
「うーん両手を使うのはやはりちょっと」
「逸話では、とあるアイテムを火口に投げ入れるという冒険のさいにも活躍した一品らしい」
「はい、それは私でも知ってます。ちょっと欲しい気もしますが、いろいろ危ないので必要ありません」
「魔剣の分類であるなら、必ず持ち主を少し不幸にしてしまうが、不屈の精神で持って困難に立ち向かうことができるという、嵐を呼ぶ幼児の剣とか、手に持って切りつけるとなまくらだが、相手に投げつけると凶悪なダメージを叩き出す、伝説の王が使っていた剣のレプリカとか、相手を殺害してでも、手に入れたいと思わせる、冷気まといし剣とか、冷凍された巨大な魚にしか見えない生臭い剣とか、そういうのもあるが」
「ネタの宝物庫ですかここは。いえ、元ネタは知りませんけど。順調に再侵食されつつありますねー、そして加速度的に周囲の人々が役に立たなくなっていきます、もしかして、私が動かない方が、人類は救われるのではありませんかね、これ?」
「結局のところ、しのび足とかが有利になるエルフのシューズと、補給を気にしなくて良いダーツとダーツホルダー、それと、30分に1点MPを回復できるブレスレットと、工作セットをいただきました」
「うむ、もう少しいろいろ、ネタアイテムがあったので、紹介したかったのであるが」
「そういえば、悪魔の管理職に6年乗っ取られていた割には、宝物庫は無事でしたね」
「まあ、辺境伯秘蔵のアイテムとか言っても、それほど致命的なものは持っておらぬし、下手に動かして、水面下で行っていた工作が露見することを恐れたのであろうな」
「なるほど」
「あと、宝物庫というよりは、あそこは、ジョークグッズ置き場と見做されていたからかもしれん」
「……ジョークグッズという認識はあったのですね」
「結果としていいカモフラージュになったぞ。まあ、魔法のアイテムをちまちま使うよりは、魔法そのものでごり押しする方が好みであったからな、私は。なので集めるアイテムも実用性よりは、話題性を重視しておったわけだ」
「なるほど、もともと道楽に近かったわけですね」
「そうだな、そもそも有用なものは、すでに配下へ配分しておるからな。あそこにあるのは、教会がらみで扱いに困るものやら、癖があるものばかりだからな」
「私には、結構有効なものが多かったので、良かったです」
「コレクションが、日の目をみることができて、私も嬉しいぞ」
「左様ですか」