21_本格的に巻き込まれた冒険譚はシンプルではありません。
「さて、状況は理解していただけだでしょうか?皆様」
「魔王の手下である、悪魔の使いという怪物に洗脳されて操られていたことは、理解できましたわ、トムさん」
「それではそれを前提としまして、現状ですが、酷いほどの増税に悩まされていた村に、さらに無理難題を、辺境伯のご令嬢がふっかけてきたわけですが、これはどうしてでしょうか?はい、エリザベスさん」
「おそらくは、冷酷に民草を締め上げて、追い詰めようとしていたのではないでしょうか?そして、最終的には、民衆の弱体化とか、壊滅を意図していた?でしょうか?」
「その方向性も間違ってはいませんが、もう少し踏み込むと、領主の娘が勇み足で、警備の緩やかにならざるをえない場所までのこのことやってこさせた上で、領民の怒りの暴動とかで、ころっとそのご令嬢を、こう舞台から退場させてしまって、辺境伯と領民との対立を煽って、反乱状態にして、人間どうしで共倒れ、くらいの筋書きを狙っていたのではないでしょうかね?」
「……そこまで、描けるでしょうか?」
「辺境伯がすでに洗脳済みなら、別に難しくないでしょう?むしろそんな、乱暴な手を使わなくても、さらに領民を締め上げれば、結果として、全体としての力は弱まるとは、思いますけれど、昨今魔王軍が一斉攻勢に出るという噂もありますし、タイミングを合わせたかったのかもしれませんね?エリザベス様」
「我が父上の洗脳済みと、にわかには信じられないというか、信じたくはないのですけど」
「むしろ操られなくてそういう状況であったというなら、魔王側へ寝返っていることになりますから、心情的にはそちらの方がまずいような気もしますね?」
「と、言うことは、急ぎ領都に戻って、父上を正気に戻さないといけないですね。幸いここからなら馬を飛ばせば、2日で戻れますし」
「意外とアクティブなお嬢様でした」
「伊達に、深窓の令嬢役を影武者に任せて、普段から領内を飛び回ってはいませんわ!」
「うかつに外に出張ってくるのは、元からでしたか」
「このシュバルツと名乗っていた悪魔の使いは、いつからお側に?」
「4年前くらいかしらね?後妻に迎えた御義母様からの紹介で、便利なのでいいように使うようにと任されました、執事ですわ。今から思えば、そも当時から思考の制御下にあったのでしょうね」
「とすると、やはり、その後妻さんも怪しいですね」
「そうね」
「そういえば、放逐されたエリザベス様のお兄様については何かご存知ですか?」
「どこかの修道院に閉じ込められていると、聞いたことがあるけれども、詳しくは知らないわ、それがどうしたの?」
「いえ、魔王軍側が、計画通りに領民の反乱を煽ったとしたら、旗じるしに丁度よさそうでありましたので、現状を確認しておきたかったのですが」
「……ありそうね。伝手を使って調べることにしましょう。おそらく、爺は、古くからの忠臣ですから、まとものはずだし、洗脳されてなければ」
「その”爺”系統からの情報取集は気をつけてくださいね、魔王の部下が、どこに潜り込んでいるか、というか、新しくなった面子は基本怪しいですかね?」
「可能性は大いにありますわね、厄介な!」
「すでに、辺境伯が軍を準備している可能性もありますね」
「そのことですが、トムさま」
「あなたは、村に来た行商人、どこかで会いましたね?」
「はい、正直だけなのが武器でありまして、新鋭気鋭のルーキーと呼ばれて15年のベテラン行商人であるところの、ルーコンです」
「あ、テツハサミカニの時の、あの時はどうも、美味しかったです、あの素材」
「その覚えられかたもどうかとは思いますが。ともあれ、辺境伯の領軍ですが、対魔王軍への出兵のために、大方の準備を終えているとのことですよ」
「ああ、なるほど、それならちょっと反乱の目が起こった時にすぐに出れますね。あれ、ある程度反乱する側も頑張ってもらわないといけないのではありませんかね?すぐに鎮圧されたら、あまり後方撹乱としてはよろしくないのではないでしょうか?」
「さあ?その辺りはなんとも?」
「とすると、反乱軍とか反乱勢力とかは、結構煮詰まっている状態かもしれませんね。あとは爆発するだけとか?領民に対する増税は、何もここだけではないでしょうし。
村長さん、ここしばらく、他の村とかから、何か不穏なことを言われたりしてきませんでしたか?」
「いや別に、ただ、現政権に不満があるときは、後押ししますよ、とか、皆さん横暴にそろそろ耐えきれなくなって、現状を打破するために集まっているのですが、どうですか、とか、話し合いへの参加は遠回しに言われていましたが、こちらは、金策に必死になっていましたからな、聞きながしておりましたぞ!」
「あー、それですね。なるほど、結構あからさまに、接触してきていましたが、ニッチ村長には腹芸という概念がないので、通じていなかっただけですね」
「そういう村長もいるのですね、驚きですわ」
「ええと、ニッチ村長が特別だとは思いますが」
「いやそんな褒められても」
「褒めてないです」
「褒めてないわ」
「なるほど、すでに反乱からの騒乱はカウントダウン待ちで、このニチ村でご令嬢が退場するタイミングで、花火を打ち上げる予定だったのかもしれませんね」
「そんな汚い花火になんかになる気はありませんわ!」
「……ところどろこ、何かのオマージュが挟まっているような気がしますね、いい傾向です」
「?」
「タイムスケジュール的には、今日か今晩に夜陰に紛れてご令嬢が、ご退場。そして、早馬か何かで、翌日か翌々日に伝令が到着、領軍を動かすように指示を出し始める、同時に、反乱軍が武装蜂起をして、ニチ村へと集合するか、ニチ村が滅んだ後に、各地で武装蜂起。
戦力に差があるようなら、あらかじめ用意しておいた手駒として、幾つかの領軍の部隊やら、息子がわに義理人情で与するものを、反乱軍側へ寝返らせて、泥沼の戦いへ、ですかね?
辺境伯に放逐された息子が出てくるのは、このあたりでしょうか。もしくは、もっと早めに去就を明らかにして、辺境伯側から、戦力を引き抜く?ですかね」
「その息子さんの名声とはどうです?皆さんから見て」
「アーサー兄様は、結構民衆受けが良かったですわ。庶民派で横暴な貴族に対して、良識的に振る舞うように説いていましたし」
「名前がアーサーというのですか?聖剣でも抜きそうですね」
「そうですよ、領内では結構有名なエピソードですわ、それもあって、神に祝福された者とか言われています。ルックスも、貴族の血脈的な何やかんやで、かなり美形ですので、女性受けもよろしいですわね!」
「……そうですね、そっちが本命だったのですかね?いいえ、中核が辺境伯の息子であると予断するにはまだ早そうです」
「何のことです?」
「世界の法則です」
「よくわかりませんわ?」
「対応策は幾つか。
まずは領都にエリザベス嬢が帰還して、不意をついて、辺境伯を無力化、魔王の手下らしき者達をどうにかして一方的に排除して、実権を掌握し、重税法案を破棄して、反乱の動機を無くす。
同時に、魔王軍の作戦を露にして、責任をそっちに押し付けて、悲劇のヒロインとして同情を稼ぐ、ですかね?
その後、兄のアーサーをその後に呼び戻して、家督を継がせるのが自然?
ただ、中央の王国から、魔王軍の工作にいいようにしてやられた、という失態を突かれて、危機に陥る可能性もありますね。
まあ、魔王の脅威の前にそんな身内で争ってられるか、とか、いうまともな意見が過半数を越えることを期待しましょう。
もしくは、辺境伯と、魔王の手下を素早く排除、までは同じで、同時に息子アーサと接触、そのまま、兄の勢力を受け入れて、アーサーに領主の座についてもらう。
この場合は、魔王軍の何やこれやの工作を表沙汰にしなくても、非道な行いをしていた前辺境伯を註した、という形が取れて、辺境領は安定に向かわせられる。
つまりは、辺境伯一族が魔王の作戦にいいように転がされたという醜聞を避けることができる。
前辺境伯は、あっさりこの世から退場させてもよし、社会的に退場させてもよし。
ついでに、いるだけで害悪になりそうな貴族とかも、巻き込みで、ご退場願えれば、有利な立ち位置を確保できるかも?
領都に帰還しても、辺境伯や、魔王の部下を容易に排除できない可能性も高い。
ですので、このまま反乱が起こるまで放置する。その混乱の中で、中核を占める魔王軍の手下を、個別に排除、おそらく睡眠もいらないという怪物は少ないはず?ある程度、戦場をコントロールして行って、最終的に勝つのはどちらでもいいですが、被害は少ないように立ち回らせる。
先に息子の方へ接触する方向で、おそらくその周囲にも魔王の手下が潜んでいて、戦いを煽っているであろうから、先にそちらを排除する。反乱が起こる前がベストだが、正体が明らかにならなければ、戦場のどさくさを利用する。
いっそ魔王軍に寝返ってしまう。潜伏している配下に、自分の有用さをアピールして、魔王軍の中で、立身出世を狙う。領民とか、辺境伯などは、美味しく自分の栄華栄達のために、美味しく踏み台になってもらう。内乱を涙やら、悲壮な面持ちの深窓の令嬢とかの、技術で、さらに混迷を深めていって、最終的には、魔王軍を呼び込んで、植民地化。その時に地力があまりにも下がっていたら、旨味がないと、言いくるめて、被害を抑えることも。
どうせ負けるなら、うまく負けてしまえばいいのよ、の精神ですな。
被害を抑えるためには、やはり、内乱を起こさせないようにしなければなりませんね。
とすると、領都へ戻るよりは、息子アーサーの方を先に止めるべき?
しかし、今回はまだ、民衆が立ち上がるほどの、危機的なきっかけは発生していない。
となると、辺境伯側から、もうひとアクションかふたアクション用意されている可能性がありますかね?
例えば、横暴貴族が、無慈悲に村を一つ、その気まぐれさとか納税を渋る他の村への見せしめのために、無残に焼き払ったり、滅ぼしたりする、とか?
ご令嬢の花火があがらなった時の、予備として、時間をずらして行うのか、同時にする予定なのか、気になりますが。
ありそうな展開ですね」
「魔王に恭順の意を示すのは、ちょっと惹かれるものもありましたが、ダメだと思うわ」
「惹かれてはいるんですか」
「魅了的な為政者らしいのですよねぇ。それに美形らしいですわ。あれで人を食べなければぐらっときたかもしれませんわ、現実にはありえませんけど」
「似姿とかわかってるんだ、と言うか惹かれるんですねぇ」
「こちらの戦力がどれほど用意できるのかが不明なのが痛いですわね、どれだけ洗脳が進んでいるのかが問題です」
「細かに操るには結構な年月が必要のようですね、特に自然に振る舞うように仕向けるには。あとはそこからの命令系統を通しての、暗示で、ちょっと違和感があるな程度の操り具合、のようですね」
「よくわかりますね」
「まあ、私の関わるところで、何かしら行動をしてくれると、解説が充実するのですよ」
「?」
「とすると、痛いですわね。少なくとも、あの女が来た6年まえからの仕込みですものね、領都では、孤軍奮闘になりそうね」
「というわけで、どうしますか?エリザベス様、一応、誰が怪物で、誰がそうでないのかは、すぐに見分けられる、まあ見ているわけではないですが、わかりますから、適当に理由をつけて、引きつけてくれれば、順次始末くらいはしますよ?」
「へ?ええと、助けてくださいますの?」
「逆に私抜きでどうしようと思ってたんですかね?すっかり利用される気満々でしたが?」
「正直、見合うほどの報酬が用意できるかわからないし、旅人のトムさんにそこまで頼るのも、違うような気がするわ」
「まあ、こちらはこちらで事情がありまして、格安でお嬢様の方へ着きますよ?」
「何か、裏がありそうですけど?」
「裏があるかというと、もちろん有るわけですが、表の理由だけでも十分、協力する理由が、実はありまして」
「何かしら、どうせならはっきりとおっしゃいなさいな」
「ここだけの話、実は私、こう見えても、神様に選ばれて、強くて悪い魔王を退治するために、この世界に遣わされた、勇者でありまして。立場上、エリザベス嬢に与する必要があるのですよ」
「勇者って、勇気ある者って何ですか?」
「正義の味方とかと思っていてくれていいですよ?」
「あらやだ、胡散臭いですわ」
「もちろん裏があるのでそうですね」
「勇者ね……そういえば、あの、幼馴染の子もそんな妄想をしていましたねぇ。流行っているのでしょうかねぇ?」
「……核は、そっちですかね?」
「?」
「いえ、こちらの話です」