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悪党美少女・シルバー仮面!

作者: 車輪

 この町は今日も平和だ。

 商店街は寂れているけれど、それでもおばちゃんの笑顔は優しく、子供達は駄菓子屋で買ったお菓子を頬張っているわ。

 ……つ、ま、ら、ん!

 あーつまんないわねーマジで、なんでこんなに平和なのよこの町は? おっかしーでしょおっかしーよねおおおおかしいおかおかおかしいですわわ。こんな何もない田舎町が平和だったら若者は一体何を楽しめばいいというのかしら。ひまでひまでひまひまひますぎてストレス溜まって私の完璧プロポーションが崩れちゃうじゃないですかどうしてくれるんですか。

 それもこれも、この町が嫌に平和なのが悪いのよ。そうに違いない。

 ということで。

 悪党になろうと思った。


 ▽


 おはようございますは英語でグッモーニンですわ。お嬢様ですわわたくしオホホホ。

 窓から差し込む朝の日差しが気持ち良……くないわね。

 危ない危ない。悪党になるっていうのを忘れるところだったわ。一晩寝ただけで忘れるなんて、小学生かボケ老人くらいしかしないミスよまったく。我ながらまったく。


 とにもかくにも日差しを浴びて喜んでいるようでは悪党になんてなれるわけがないわ。

 何よりも宵闇を好んでこその悪。そして光は月光に限るわね。太陽光なんて闇に乗じる悪の貴族には強すぎていけないわ。強すぎる光はいつか我が身を焦がすことでしょう。とかそれっぽいことを言っておくべきね。

 さしあたってはカーテンで窓を固く閉鎖することで対策といたしましょうか。

 おおっ! 部屋が薄暗くなったわね。やはり悪の貴族の自室はそうでなくては。

 薄暗い部屋で悪の会議をするのよ。ここは名付けるなら、悪のアジトね。

 でも会議を行うのなら、メンバーが必要になってくるわね。今はまだ一人でも十分ではあるけれど、いずれは組織の拡充を図らなければならない時もくることでしょう。


 メンバーの勧誘。忘れずにメモっておきましょう。かきかき。

 さあ次は何をしようかしら。

 やっぱり活動計画を綿密に練り上げるところから始めるべきかしらね。


 悪党になるのだったらコスチュームも決めなくてはいけないし。あら、意外と悪党って忙しいお仕事なのね。

 女の悪党と言ったら露出が多めの服を着ているイメージがあるわね。でもああいうのはないわね。悪目立ちしすぎるし、何より値が張りそう。

 コスチュームはありきたりではあるけれど銀色の仮面をつけておけばいいでしょう。丁度、仮面は押し入れに持ち合わせがあるし。

 うちの両親が夜な夜な銀仮面とムチとロウソクであれこれやっているのを私はもう何年も前から知っているわ。今回だけは二人の性癖に感謝しておきましょう。


 あれこれしていたらそろそろ学校に行く時間ね。

 私は町にある木笠高校に通っているわ。花の女子高生というやつね。学年は二年よ。

 学校の授業中に、何をするかをしっかり考えておきましょう。時間は無駄にはできないわ。光陰矢の如し、何て悪党が使うには惜しいことわざね。考えた人を褒めてあげたいほどよ。

 カバンに教科書を揃える。その隙間に、銀仮面を滑り込ませて。


 さて、ご飯を食べたら出発するといたしましょう。


 ▽


 わいわいがやがやと会話を弾ませながら、校門をくぐる生徒たち。


 田舎の学校だから生徒数はそう多くないはずだけど、時間が時間だから、門の付近はかなり混み合っているわね。

 みんな、のどかな、優しい表情を浮かべているわ。

 その表情が歪む様を想像すると、ゾクゾクと、甘美な囁きが背筋を震わせる。

 あぁ、私もあの両親の子ということかしら。


「狂華ちゃん! おっはよー」

 後ろから、トンと肩をつつかれる。


 その衝撃に振り向きながらも、その相手に予想をつけた。「リン、かしら?」

 あったりーと笑いながら、リンは私に目を合わせるようにして続ける。「一緒に行こうよ」

「いいけど・・・もう学校に着いちゃってるわよ?」

 私は頷きながらもはっきりとしない顔をする。

 まあ、一緒に行くのは歓迎なのだけれど。

「だいじょーぶだいじょーぶ。教室まで!」

 リンは私の手をとって、引っ張るように歩き出す。


 まったく。リンは本当に積極的ね。

 でも、もっと人を疑ったほうがいいと思うわ。不用心な人間ほど、悪の餌食になりやすいのよ。覚えておくことね。

 こうして何人かと挨拶を交わしながら、教室へと向かう。


 私は自分で言うのも何だけど超絶完璧美少女だから、学校でも人気があるわ。もっとも敵も多いけど、そんな敵の一人二人を気にするほど私は小さくないの。何せ、超絶完璧美少女ですもの。私が美少女でよかったわねと微笑みかけてあげられるくらいには余裕があるわ。


 なにが言いたいかというと、私の学校での態度を考えたら少々悪事を働いたところで私を疑う人は出てこないだろう、ということ。

 だから、悪党を本格的に始めても、授業中くらいは優等生を続けようと思う。

 簡単な仕掛けではあるけれど、単純というのは効果がわかりやすく現れやすいということでもあるわ。


 ▽


 そんなこんなで、授業中。

 私は真剣な顔で机に向かいながら、悪事についての計画を考えている。

 私の悪党デビューよ。なるべく華々しく飾りたいものね。

 でも、なかなかいい案が思いつかないわ。

 デビュー戦にふさわしい派手さと、作戦の堅実さ。その両方を兼ね備えたものは意外とないものね。


 有名になる悪党集団の中には必ずと言っていいほど頭脳派が存在するものだけれど、確かに、悪党は頭を使わないとやっていけないわね。

 しかも、集団ならまだしも、私は一人。役割の多さは計り知れないわ。

 でも、私ならやれるはずよ。完璧超人スーパー美少女の私のスペックを考えれば、たかだか数人分のカバーなんて朝飯前なのよ。

 まあ、朝食は食べてきましたけれども。おほほ。


「……ん?」


 ふと、視線を感じて辺りを見回すと、ちらほらと目が合う存在がある。

 男子、男子、男子。

 はあ、とため息が出そうになる。

 授業に集中しなさいよあなたたち。

 視姦で時間を浪費して何が楽しいのかしら。そのうちスケベ男子どもを悪事の対象にするのも面白いかもしれないわね。ペロリと、唇を舌で撫でる。


 あ、視線が唇に集まった。



 考え事をしていたら授業が終わって、昼休みが始まった。

 私は自作のお弁当を机に広げて、軽くおかずを味わっている。


「うん。今日も美味しくできたわね」とそれなりの満足感に浸っていると、

「おお〜っ、今日もキョウちゃんのご飯は美味しそうだねえ」

 購買から帰ってきた詩音が覗き込んでくる。


「おお、ほんとだ」

 リンも一緒に行っていたようで、詩音とともに感心した表情になる。

「ええ、今日のは結構出来が良かったわ」

「そんなこと言って、いっつも美味しそうに作ってるじゃん」

「そうでもないわ、まだまだよ」

「これだけできても、まだ向上心を忘れないんだから、うんうん、キョウちゃんは良いお嫁さんになりそうだねえ。うちにお嫁に来ないかい?」

 きちゃいなよー、と体をクネクネする詩音を放っておいて、箸を進める。


「ひっどーい」と無視に苦言を呈しながらも、詩音も席に着き、静かにパンを食べ始めた。

 もう、お嫁さんとか言い出すから、また男子共が妄想モードに入っちゃってるじゃない。

 今頃裸エプロンでも着せられているのかしら。まあそれくらいならお金を山のように積んで、足を舐めながら頼まれたらしてあげてもいいんだけどね。

 あ、やっぱりダメだわ。男子共に足を舐められるのを想像すると、なんかこう、吐き気を催すわ。


 ざわめきの元凶である詩音は席で黙々とパンを食べている。リンは私の隣に座っているけど、詩音は食べる時だけは一人になる。そういう性分なのでしょうね。


「そういえば、購買に珍しく生徒会長がいたよ」

 リンがパンを一つ食べ終えたようで、私に会話を振ってくる。

「それは購買が盛り上がったでしょうね」

「そーなんだよね。詩音なんて、もうガン見だったし」

 ケラケラと笑いながら、リンが詩音を指差す。

「ガン見じゃねーよ」

 遠くの席から詩音がリンを睨む。あまりの目力に、リンが「うぐ」と視線を逸らした。


 木笠高校の生徒会長である赤井重光は、相当の人気者だ。

 文武両道、才色兼備。私も彼のことは認めざるをえない。

 おそらくはこの学校で二番目の人気者でしょうね。

 でも、私は彼のことが好きにはなれなかった。

 同族嫌悪に近い感情を、彼に抱いていた。


 ▽


 ご飯を食べ終え、トイレへと向かう。個室に入って、おぱんちーを下ろす。するり、と衣擦れの音が小さく聞こえて来る。

 スカートが便器に当たらないように気をつけて、便座に腰掛けた。


 ……と詳細に描写してあげたわよ。感謝しなさい。あと、さすがに用足し中の描写は省くわね。妄想で勝手に補足しておけばいいわ。変態さんね。

 そんな感じに省略して、トイレットペーパーに手を伸ばす。


 あまり残ってはいなかったけれど、なんとか足りた。残量を確認するのを忘れていたわ。危なかった。あれって取り替えるのが結構めんどくさいのよね。

 トイレについている用具入れにもなかったら、保健室まで取りに行かないといけないし。さすがにそれには少し羞恥心も堪えるわ。保健室の先生は男性だし。

 私でもそうなのだから、他の女子は本当に恥ずかしいんでしょうね。


 ……と。

 そこまで考えてから、頭の中に衝撃が走る。

 私のデビュー戦内容が決定した瞬間だった。


 ▽


 教室に戻って、仮面をカバンから取り出し、服に忍ばせる。

 そして、再度トイレに戻って個室に入り、仮面を顔につけた。


 ごくり、と喉がなる。

 トイレには誰も来ていない。


 おそらく、生徒会長が購買に来たおかげで女子たちの食事開始が遅くなり、今は絶賛お食事中なのだろう。ちょうどいい。

 トイレは静かだ。その静けさの中に、緊張感が張りつめている。

 こんなに緊張したのはいつ以来かしら。

 手を握りしめる。

 そして、作業を開始した。


 まず、今入っている個室のトイレットペーパーを取り外す。

 すかさず隣の個室に入って以下略。

 そのまた隣の個室に入って以下同文。

 そして最後にトイレの最奥にある用具入れから予備のトイレットペーパーを拝借して……

……「ちょおおっと、まったあああ!」


 ビクッと体が震える。

 誰かが、トイレにいる。


 いえ、まだ私の考えが見透かされているとは限らないわ。

 小さく呼吸を入れて、落ち着きを得る。

「あら、どなたかしら」

 言いながら振り返ると、そこにいたのは赤い仮面の男。制服を見るに男子生徒であるようだが、正体までは判別できない。

「我が名はレッド仮面。正義の味方だ」

 男は堂々と名乗る。そして、お前の考えは全て読めている、と続けた。


「へえ、じゃあ、言ってみてもらえるかしら。一体私が何を考えているというの?」

 男は余裕を思わせる眼光を仮面の奥からぎらつかせる。そして、ゆったりと語り出した。

 声を変えているのか、やけに高い、女性的な声。


「お前は最も女子生徒が訪れるであろう一棟二階の女子トイレから、全てのトイレットペーパーを失くそうと画策していた」

「先生から交換を頼まれただけよ」

「違うな。保健委員会は今そんな活動は行っていない」

 私がごまかそうとしても、男はより正確性のある情報を持ってきて、逃げ道を潰してくる。

 この男、相当頭がキレるようね。


「お前は、トイレットペーパーをなくすことで、ある現象を引き起こそうとしていた。トイレに来て用を足した女子生徒は、その後にトイレットペーパーがないことに気付き、そして、保健室に向かうだろう」

 男は私に哀れむような、悲しむような、苦しんでいるかのような視線を向けて来る。

 私は、肩を落とす。さすがに、ここまで言われてはもう理解できるわ。

 この男、私の作戦を正確に理解している。

 私が何をして、その結果に何を求めているのか。全て把握している。


 男の口が開く。そして、言う。

「女子たちに羞恥心を与える。それがお前の目的だ!」

 私はふっと笑う。「よくわかったわね」

「何がおかしい。お前はもう追い詰められているんだぞ」

 男が迫ってくる。だが、私は余裕の態度を崩さない。


「言っておくけれど、あなたに勝ち目はないわよ」

「ふっ、ハッタリが忙しいな。白銀狂華」

「あら、シルバー仮面と呼んでほしいわね」

 まさか私の正体まで見抜いているとは思わなかったけれど、今更動揺することでもない。

 私が何の仕掛けもなく悪事に及ぶとでも? これでも私は心配性なのよ。

 口が三日月を描くのを自分でも感じながら、口を開く。

「あなた、もう少し場所に気を配った方がいいわよ。ここはどこ?」


「何を言っている? ここがどこかなんて……ッ!」

 男の目が大きく見開かれる。


「気づいた? これでも私、結構人気者なの。私が少し大きい声を出せば・・・わかるわよね?」

 妙な格好をした男が女子トイレで美少女に迫る……構図だけ見ればそう見える状況。

 それに気づいた男は、一歩二歩と後ずさっていく。

「あー、あー。ゴホン。たーすぅーけぇーてー」

 あー、あー。発声練習発声練習。見せつけるように口を大きく動かし、脅しをかけていく。

「く、くそ・・!」

「さあ、そろそろこの戦いにも幕を引きましょうか。レッド仮面」


 指を立てて、カウントダウンを始める。

「ごー、よーん、さーん、にーい、いーち」と、ここまで数えて。

「あら?」ようやくレッド仮面は逃げ去っていくのだった。

 私は勝利の笑みを仮面の裏に浮かべる。

 初めてということもあり動揺はあったけれど、正義の味方を頭脳戦の末に撃退することができた。

 戦闘の高揚に、私は痺れるものを覚えていた。



 ▽レッド仮面



 走って走って走って、校舎裏に滑り込む。

 息が荒く、仮面がもどかしい。

「くそッ」怒りに任せて校舎の壁を蹴りつけても、その胸の内が腫れることはなかった。

 彼の名はレッド仮面。正義の味方である。


 ただ、今の彼の姿に浮かんでくるのは、おおよそ正義の味方には似つかわしくない雰囲気だった。

 彼は敗者だった。


 今回の件に関しては、彼は何をすることもできない。

 教師に言おうにも、男の自分が女子トイレの現状を正確に把握していること自体がおかしいのだ。それに白銀狂華の評判が加わると、もう完全に悪者は彼なのであった。

 彼は仮面の奥に見える双眸に決意する。

 必ず白銀狂華を、いや、シルバー仮面を倒してみせると。


 これが、赤と銀、二大勢力の戦いの幕開けだった。


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― 新着の感想 ―
[良い点]  読ませて頂き、まずもって感じたことは「読みやすい」でした。ストーリーがすんなりと頭に入ってきます。    キャラ設定も、良いです。やや異常とも思われる主人公の性格ですが、やはり、好印象を…
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