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エンドリア物語

「ロウントゥリー隊長がやってくる」<エンドリア物語外伝26>

作者: あまみつ

「東のツルフェス山脈にギガアントが出現した」

 桃海亭にはいってきたロウントゥリー隊長は、挨拶もなしにオレに言った。

 ロウントゥリー隊長に続いて、体格のいい男達が数人入ってきた。厚手のローブに銀の胸甲、隊長の部下の魔法協会の戦闘魔術師だろう。

「それは大変ですね。でも、オレも大変なんです」

 オレは手に持った石版を、どうやって売ろうか考えていた。

 酒を注ぐと1時間ほど半裸の精霊を使役することができる。弱い精霊なので家の掃除くらいしかできない。

「ギガアントが出てきた穴を調査したところ、驚くべきことがわかった」

「知らなければそれですむのに、知ると困ることってありますよね」

 弱い精霊なのは値段を安くすれば済むことなのだが、問題は別なところにある。

「深層にしか巣をつらないはずの女王アリが、地表50メートルほどのところに巣を構えたらしい」

「近くに来て欲しくない…オレにもわかります」

 出てくる精霊が男なのだ。それも、太ったおっちゃんなのだ。

「ロウントゥリー隊長」

「なんだ」

「酔っぱらった半裸のおっちゃん精霊を喜んで買ってくれるのは、どんな人だと思いますか?」

「いないな」

「そうですよね」

「それでは行こうか」

「はい?」

「ツルフェス山脈まで飛竜を使っても半日かかる。いま出ないと、日が沈む前には着けない」

「オレ、関係ないですよね?」

「前に言わなかったか?」

「『ウィル・バーカーには何をしても許される』って、あれですか?」

「その通りだ」

「でも、今回はギガアントですよね。隊長の部隊で楽勝ですよね」

 ギガアント、2メートルほどの蟻のモンスター。生態も普通の蟻とほぼ同じ。女王アリが巣をつくり、子供を産む。主に肉食。普通の蟻と違うのは、地中深くに巣を作り、地表にはほとんど現れない。

 体表面の甲殻が非常に堅いので剣や斧といった物理的な武器は役に立たないが、魔法ならば簡単に倒せる。

「コロニーの蟻の数が異常に多い。千匹を越えるようだ」

「オレのような一般市民には無理そうです」

「お前の準備はできている」

「へっ?」

 隊長の部下が、サッと左右に別れた。

 床に転がっているものが目に入る。

「ムー!」

 猿ぐつわをされて、縄でグルグル巻きにされている。

 さっき、キャンディを買いに行くと出かけていったばかりだった。

「なんて、ひどいことをするんだ!」

 オレはドアの前のムーに向かって駆けていった。そして、ムーを素通りして、扉から外に飛び出した。

 キケール商店街はいつも通り人が溢れている。人波を縫うようにして、商店街の外を目指した。

 強い光が商店街に満ちた。

 誰かが魔法閃光弾を上空に打ち上げたのだ。

 隊長の朗々たる声が響いた。

「いまから、ウィル・バーカーを殺害する。巻き込まれたくなければ、逃げろ」

 商店街の扉が一斉に開き、通りに人影が居なくなった。

「5分やる。その間にしとめろ」

 隊長の後ろから、部下が姿を現した。5人。さすが魔法協会本部の戦闘魔術師、一瞬でオレの目の前に来た。

 オレは前に出た。すれ違いざまに振られた短剣をよけて、数歩いったところで右に転がった。左を炎が走った。

 見る、というレベルじゃない。勘と、経験と、動きに移る前のわずかな気配を感じ取って、避けることに徹した。

「5分だ」

 隊長の声が響くと、5人の部下はオレから離れて隊長の後ろに整列した。

「いまから私が殺しに行くが、もう一度だけ聞いてやる。我々と一緒に来るか?」

 他の5人とレベルが違いすぎる。

 ザパラチ島で隊長から逃げられたのは、魔法が使えなかったからだ。魔法が使えるこの状況ではオレに選択肢はない。

 オレがうなずくと、笑顔の隊長が言った。

「残念だ。また、殺し損なった」





「10分間休憩をとる」

 うたた寝をしていたオレはロウントゥリー隊長の声で立ち上がった。

 ツルフェス山脈の中腹にギガアントが開けた穴があった。オレ達が行くまでは隊長の部下達が、オレ行ってからも隊長の部下が、交互に出てくるギガアントを倒している。穴は幅3メートルほど、高さは2メートル弱しかない。そこから、頻繁にギガアントが出てくる。生命力が強いでの、バラバラにしても簡単に死なない。攻撃魔法で首を落として、離れた頭と身体を吸引魔法で穴の外に引き出して、穴の横に積み重ねる。それをずっと繰り返している。 

 ロウントゥリー隊長としては穴に入ってアリ達を倒したいようだが、いつ実行できるかわからない状況だ。

「テート、状況を報告しろ」

 側にいる部下に隊長が命令した。

「現在、10名で組んだ5部隊で、10分交代で蟻の排除に当たっています。まもなく、日が沈みますので、別の5部隊と交代する予定です」

「いつまで、続けられそうだ?」

「あと2日ほどで限界かと」

「情報部隊からは新しい情報はないのか?」

「ツルフェス山脈一帯の探索をしていますが、新しい穴の出現はありません。穴の中は探索球が壊されたので、いまはわからないそうです」

「大学の研究チームに問い合わせていた、ギガアントの効率的な排除の方法はどうなった?」

「現在、通常の蟻の排除に使われている蟻酸に反応する薬物はギガアントに使用できないそうです。ギガアントの殺害の研究はされたことがなく、資料もないそうです」

 隊長が休んでいる部下の方を向いた。

「この地下に女王蟻と千匹の蟻がいる。敵の数が多い。最低でも10人編成の部隊を4つ同時に入れたい。何か案はないか?」

 部下達が疲れた顔に困惑の表情を浮かべた。

 隊長がオレを見た。

「何か言うことがあるか?」

「帰りたいな、と思っています。帰らせてくれるなら、気になっていることを言いますが?」

「言ってみろ」

「先に確認したいのは、女王アリが地下50メートルに巣を作っていること、千匹のギガアントがいること、この2つは本当なのか、ですね」

「間違いない。ギガアントが出現して、魔法協会本部が探査をかけた。そのあと、私の部下の情報部隊が探査球で中を探査した」

「それって、いつのことですか?」

「3日前だ」

「その探査した人を連れてきてくれませんか?」

「私の部下を疑うのか?」

「しなければならないのは、隊長は蟻を片づけること、オレは急いで店に帰ることです」




「嘘をついてないしゅ」

 連れてきてもらう時間までの間に、ムーに魔法陣を書いてもらった。

 何があったのか調べるためだ。

 書いた魔法陣に探査した部下の人にはいってもらい、ムーに詳しく調べてもらった。

「使用した探査球も問題ないようしゅ」

 ロウントゥリー隊長がオレを見た。

「私の部下が嘘などつくものか」

「嘘でないとすると、困ったことになるのですが」

「さっきから奥歯に物がはさまったような言い方だな。もったいぶらずにさっさと言え」

「気になることを言ったら、帰してくれますよね?」

「約束する」

「ギガアントは肉食です。地下50メートルにいる千匹のギガアントは3日間、何を食べていたのでしょうか?」

 ロウントゥリー隊長が目を見開いた。

「部下の人の報告が聞こえました。この穴以外見つかっていないと。そうすると、地上に出て食事はしていないことになります。出入口の穴がひとつというのも蟻の生態としては不自然です。オレ達の知らない、何かがある、ということになります」

「そうなるな」

 隊長が腕組みをして考え込んだ。

「そろそろ帰りたいので、店に帰っていいですか?」

「いま帰るとなると、死体で帰ることになるがいいか?」

「話したら、帰してくれると……」

 オレの首に隊長の短剣がつきつけられた。

「お前は何があると思う?」

「魚満載の地底湖、もぐらの大群、ドワーフの隠し集落」

「本気で答えろ」

「オレは逆じゃないかと思っていたりします」

「逆?何が逆なのだ」

「なぜ、50メートルという浅い場所に女王アリが現れたのか、そこに千匹ものギガアントがいるのか。

 女王蟻も他の蟻も、別のモンスターから逃げてきたんじゃないでしょうか。蟻の数が異常に多いのも、本来は1つで千匹のコロニーではなく、点在していた別々のコロニーに居たギガアントが集まったと考えれば説明が付きます」

「千匹の餌の件はどう考える?」

「ギガアントの方が餌と考えれば、説明が付きます。地下にいるはずのギガアントは急速に減っている。新しく穴を開ける余裕がなくて、作ってある穴から必死に地上に逃げてきている」

「なるほど」

 隊長が目を細めた。

 数秒後、ため息をつくとオレを見た。

「わかった。ウィル、もう店に帰っていいぞ」

「え、本当ですか?」

 うれしくて、笑顔になりそうなのを、状況を考えて必死にこらえた。

 心の中で『隊長は絶対に帰してくれないと思っていました。疑ってすみません』と謝った。

「テート、誰かをつけて店まで送ってやれ」

「はい」

「じゃあ、これで」

 歩き出したテートの後を、オレとムーがついて行こうとすると、隊長の鋭い声が飛んだ。

「お前はダメだ」

「はい?」

「はいしゅ?」

「ムー・ペトリ、お前にはここに残ってもらう」

「ひぃーーーー!」

 ムーがオレの足にしがみついた。

「ボクしゃんも帰るしゅ、ウィルしゃんと帰るしゅ」

「ダメに決まっている。引き離せ」

「いやしゅ!!!」

 涙目のムーを別の部下が引き離した。

「ウィルしゃん!」

「元気でな。死んだら墓にキャンディを供えてやる」

「ひどいしゅ!」

「テートさんでしたっけ?さあ、店に帰りましょう」

「いいのですか?」

「はい、そりゃもう」

 ムーと別れられる。気をつけないと、頬がゆるんでしまう。

「ウィルしゃんをとめるしゅ!」

 薄笑いを浮かべた隊長がムーに聞いた。

「とめると何かいいことでもあるのか?」

「ボクしゃんが地底探査をしてあげるしゅ!」

 隊長が真顔になった。

「できるのか?」

「20分寄越すしゅ。そしたら、この山の地下の透過図をお空に投影すしゅ!」

「本当だな?」

「ボクしゃん、ムー・ペトリしゅ!」

「わかった。20分やる。必要な物があれば何でも言え。準備させる」

「10メートル四方の平らな地面と」

 ムーがオレを見た。

「ウィルしゃん」

 笑顔の隊長がオレを見た。




「店に帰してくれるって言ったですよね?」

「優先順位が変わっただけだ」

「オレがいたって、何もできませんよ」

「ムー・ペトリがお前を必要とする理由があるんだろう」

 さすが戦闘魔術師の集団だけあって、平らな地面はあっという間に準備された。ムーが広い地面に魔法陣を書いている間も、穴からでてくるギガアントを淡々と始末している。

「隊長」

 部下のひとりが駆けてきた。

「どうした?」

「バーカー殿の推測が当たっているかもしれません。穴から出てくるギガアントに怪我を負っているものが増えてきました」

「蟻の捕食者がいるということか」

「そのように見受けられます」

「報告ご苦労。戻ってくれ」

「わかりました」

 敬礼して穴の方に駆けていく。

「ムー・ペトリ。急いでくれ」

「急いでも無駄しゅ」

 木の枝で地面に魔法陣を書いているムーがダルそうに言った。

「状況がわかれば迎え撃つ準備ができ……いま、無駄と言わなかったか?」

「無駄しゅ」

 隊長が視線を宙に向けた。数秒後、ムーを見た。

「……なるほど、そういうことか」

 隊長は部下が集まっている方に怒鳴った。

「テート、テートはいるか!」

 駆けつけてくるテートが見えた。

「どうかされましたか?」

「すぐに魔法協会本部に連絡を取り、ツルフェス山脈周辺の国々に、危険なモンスターが出現する可能性があるので警戒するよう連絡を入れてもらえ」

「ただちに」

 敬礼するとテートは情報部門の魔術師の方に駆けていった。

 ムーの言った『急いでも無駄』というのは、今できることは限られていて、急ぐ必要はないということだ。

 ギガアントを補食しているモンスターは大型である可能性が高い。そうであれば、オレ達がいる場所に開いている穴から、地上に出ることはできない。

 補食しているモンスターがギガアントを食べ尽くした後、地下深くに戻れば、それでこの事件は終わりだ。

 もし、地上に出てくるとなると、モンスターは地上に出る穴を新しく作らなければならない。補食しているモンスターがどこから出てくるかわからないが、移動を始めるのは蟻を食べ尽くした後になるだろうから、蟻がまだ穴から出てきている現状から考えると、すぐの移動はない。

 今やっておかなければならないことは、モンスターが地上に出てきたときの警戒と、偵察隊を送り込んで、どのようなモンスターなのか確認することくらいだ。

 腹が減ってきたので、持ってきた干し肉でも食おうかと考えたときだった。

 オレは右に飛んだ。

 隊長の短剣が、オレのいた場所で光っている。

「失敗したか」

 全身からドッと汗が吹き出した。

 理屈ではなかった。

 本能か、勘か、気がついたら飛んでいた。

 隊長が何かすると考えている余裕はなかった。

「なんで、オレを…」

「油断しているようだから、この距離ならばうまくいくかと思ったんだが」

 クルリと短剣を回すと、鞘に収めた。

「それって、まさか……刺せるか試してみた?」

「そうだが」

 笑みを浮かべている。

「冗談でも…やめて、ください」

「安心しろ。私の部隊には白魔法を使える者がいる」

「剣の軌道は即死コースに見えましたが」

「そこまでわかるか」

 クックッとうれしそうに笑った。

 オレは素早く後ずさった。

 隊長から目を離さず、10メートルほど離れる。

「おい、誰か」

 隊長が部下達の方に声をかけた。

 小柄な隊員が駆け寄ってくる。

「ムー・ペトリの探査が終わったら、ウィルと穴の中に入る。ウィルに食料と水、薬草とタイマツを持たせろ」

「隊長とお二人で入るのですか?」

「状況によってムー・ペトリも同行させる」

「わかりました」

 隊長に敬礼するとオレの方に駆けてきた。

「どうぞ、こちらに」

 小さいと思ったら、女性だった。きびきびした感じの若い女性で、オレと同い年くらいに見える。

 黒髪のショートカット、丸顔で目が割と大きめ。

 早足でオレの前を歩き、隊の物資を置いてあるテントに案内された。

 掛けてある背嚢をひとつ取ると、整理されている物資から食料や水を手際よく詰めていく。

 その後ろを忍び足で抜けて、音を立てないようにテントの布をくぐった。一番近い茂みに飛び込んだ。

「えぇっ!」

 テントから驚きの声がした。

 オレは闇の中を隊から離れるべく、ひたすら走った。

 相手は魔術師だ。

 探査魔法を掛けられれば、位置など簡単にわかる。隊長は飛翔系の魔法も使える。戦闘に秀でている魔術師達なのだから、他の魔術師達もほとんど飛べるだろう。隠れて地味に逃げることなど不可能だ。

「逃げられると思ったの?」

 オレの荷物を詰めていた黒髪の少女の声が、オレのすぐ後ろから聞こえた。追いつく時間から考えると高速飛翔だろう。

 無視してひたすら走る。

「これ以上逃げるつもりなら、腕の一本くらいはいただくわよ」

 警告がきたが、これも無視してひらすら走る。

 隊長と2人で地下にもぐるなどゴメンだ。ムーが一緒となると危険度はさらに跳ね上がる。

「覚悟しなさい」

 風の動きで予測して、左に転がった。すぐに起きて走り出す。

「……なんで、わかったのよ」

 無視、無視。

「死ね!」

 振り下ろされる短剣のスピードがあがった。

 その分動きが大きいから、場所が予測しやすい。

「このぉ!」

 かなり感情的になっている。

「死ね、死ね!」

 剣に殺気がのっている。

 オレに逃げられたことだけだとは思えない。

「ここで死になさい!」

 魔力の発動を感じた。前にジャンプして、地面にベッタリとはりついた。

「逃げないで、当たりなさいよ」

 飛び起きて、また、走り出した。

 が、立ち止まった。

「わかるのか」

 後ろからロウントゥリー隊長の楽しそうな声が聞こえた。 

 小柄な魔術師ひとりなら逃げ切れそうだったが、追っ手にロウントゥリー隊長が加わると逃げ切れる可能性はゼロ以下だ。

「見逃してくれませんか?」

「本当に楽しい奴だな」

 クッと笑った声が聞こえた。

「おい、そこの。逃がした罰だ。ウィルを抱えて隊まで飛べ」

「わかりました」

「私の可愛いカナリアだ。大切に運べよ」

 ロウントゥリー隊長の気配が遠ざかった。

 また、逃げ出してもいいが、そのときは警告なしで隊長の攻撃がくるだろう。

 細いが筋肉のついた腕が、オレを後ろからガシッとつかんだ。

 ふわりと上昇すると、いま逃げてきた道を飛んで戻っていく。

「…どこがカナリアよ。鳩みたいな顔をして」

 否定したいのを我慢した。

 いまは何を言っても火に油を注ぐだけだ。

 隊長が言ったのは、おそらく【鉱山のカナリア】のことだ。ようするに、オレを危険探知機として使用して、死んだら貴い犠牲だったとでもいうのだろう。

 飛ぶスピードが急にあがった。高速飛翔にうつると、魔術師が手を離した。

 オレが宙を飛んだ。

 予想していたので、片手をついて受け身で落ちた。地面に背中を打ったが、軽く痛む程度で動くのに支障はない。

「すみません。手が滑りました」

 白々しい言い訳をしながら、魔術師が降りてきた。が、オレは動かなかった。

 気絶したふり。

「起きなさいよ」

 足で蹴飛ばされたが、気絶したふりを続けた。

 襟をつかんで引き起こされたが、気絶したふり続行。

 地面の放り出されたが、気絶したふり続行。

 短剣を抜いた音がした。気絶したふり続行。

 近づいてきて、荒い息づかいが聞こえたが、気絶したふり続行。

「……なんで、なんで、こんなやつ」

 暖かい水滴がオレの頬に落ちた。

 オレが苦手な展開なので、気絶したふり続行。

「死んでしまえばいいのに」

 女の子の扱いの下手さには定評があるので、気絶したふり続行。

 鼻をすする音がする。

「…連れていかなくちゃ」

 オレをうつ伏せにして、後ろから腕を回した。

 オレをガッシリとつかんだ魔術師が、オレの背中に密着した。

 その時、オレは気づいてしまった。

 こんな大切なことを、なぜ、いままで気がつかなかったのか。

 つい、声に出してしまった。

「…ペタンコだ」



「お前にも当たる拳があるんだな」

 腫れたオレの左頬を見て、隊長が笑った。

「いえ、まあ」

 体重ののったいいパンチだった。

 そのあと『布で押さえているだけ』と怒鳴られた。オレは『布で押さえても、そこまでペタンコになるには、元が皿以下でないと』と正直に言った。続いてのパンチは避けることができたが、殴ってきた魔術師は地面にうずくまってしまった。『隊に戻らなくてもいいのか?隊長に叱られないのか?』と聞くと渋々オレを抱え上げた。オレは慰めようと『胸がなくても好きになってくれる男はきっといる』と言ったら、地面に投げつけられた。そのあと、拾われて、ここまで運ばれた。

「まもなく、完成するそうだ」

 ムーの魔法陣はいつになく巨大だ。

「そんなに離れていては話ができない。もっと近くに来い」

「この距離でも危ないです」

 オレは用心して隊長から3メートルほど距離を取っている。

 それでも、刺されたら逃げきれるかわからない。

「調査から戻ってくるまでは何もしない」

「それって、戻ってきたら殺すってことですか?」

 隊長は返事をしなかった。

 笑顔でオレを見ている。

 木の枝を投げ捨てたムーがオレのところに来た。

「出来たしゅ」

「やれ」

 3メートルほど離れたところにいる隊長が命令した。

 ムーが呪文を唱えた。魔法陣が巨大なのに、呪文はやけに短かった。

 夜空に浮かび上がった巨大な地下の情景。立体的な半透明な山に、掘られた穴、空洞、亀裂、が配置されている。

「さすがだな、ムー・ペトリ」

 浮かび上がった情景はリアルタイムらしく、映し出された生物達は動いている、女王蟻、蟻、捕食者まで黒いシルエットで判別できる。

「ムー」

「はいしゅ」

「エグイぞ、エグイ!」

 捕食者が蟻をくわえて、モグモグと口を動かしているのまでわかる。

「指摘するところは、そこか?」

 隊長が一瞬でオレとムーのところに来た。

 わずか3メートル移動だが、どうやって動いたのかわからない。

「あの生き物がわかるか?」

「わかりません」

 捕食者のシルエットに見覚えがない。

 蟻から比較すると体長15メートルほど。羽があるようみえる。

「ここ最近、ムー・ペトリは異次元獣の召喚に失敗したか?」

「失敗はほぼ毎日です。ですが、オレはあのような生き物は見たことがないです。オレの見ていないところで召喚したとしても失敗召喚獣は3日間で消えますから、3日前に出現していたなら違います」

「成功の召喚獣にいるか?」

 こっちはムーに聞いた。

「いないしゅ。モンスター図鑑にもいないしゅ」

「しかたない、入るか。ウィル、ついてこい」

「へいへい、お供します」

 オレは女の子の魔術師に渡された背嚢を背負った。かなりの重量がある。隊長の分もオレの背嚢に詰めたのだろう。

「ムー・ペトリはここで待機しろ。1時間経っても我々が帰ってこなかった場合、その先の行動はムー・ペトリ自身の判断に任す」

「わかったしゅ」

 笑顔で言った。

 どうみても、1時間を待たずに逃げる気だ。

「来い」

「わかっています」

 隊長についてオレが歩き出したとき、視線を感じた。振り向いて、先ほど女の子がオレに殺気を向けた理由がわかった。

 隊長の部下たちがオレを見ていた。

 嫉妬、妬み、羨望、憎しみ。

 オレは慌てて隊長に言った。

「隊長、部下の方も連れて行きましょう」

「別にいらないだろ」

「なら、オレも」

「カナリアはいるだろ」

 なんで、こうなるだと叫びたい。

 隊長 → 死んでもいい探知装置

 部下 → 隊長から特別扱い 

 何もしてないのに、適当に扱われ、憎まれる。

「どうした?」

「優しさが欲しいです」

「可愛く鳴けば考えてやる」

 オレは首を高速で横に振った。

 可愛く鳴く → オレの断末魔

 まだ、死にたくない。

「さて、どんなモンスターがいるのかな」

 楽しそうに隊長が穴の中にファイアボールを打ち込んだ。出てこようとしたギガアントの体液が飛び散る。原型をとどめないほど粉々だ。

 隊長が投影図をみた。

「次の蟻がくるには、まだ時間があるな。今のうちに急ぐぞ」

 右手に光を浮かび上がらせた隊長が、穴に駆け込んだ。オレもすぐに続いた。隊長の背中にはりついていれば、少しは命が長らえるかもしれない。




「暗くて、臭くて、イヤになります」

「慣れているだろ、ウィル・バーカーなのだから」

「何度も言っていますが、オレは古魔法道具屋です」

 蟻がでてくる通路は勾配が緩やかだ。それでも500メートルほどは走っているから、そろそろ目的地につきそうだ。

 穴の大きさは入ったときと変わらず、幅3メートル高さ2メートル弱。先を走っている隊長が現れる蟻達を魔法で粉々に吹っ飛ばしてくれる。だから、走るのには苦労しないが、酸っぱい臭いは防げない。

「魔術師でもないのに古魔法道具屋なぞやっているから、私と洞窟に入る羽目になるんだ」

「隊長、意味がわかりません」

「古魔法道具屋は魔術師がなるものだ。お前に魔力があれば、カナリアにされなかったかもしれないだろ」

「『カナリヤにはしなかった』と言ってはくれないんですね」

 前方に影が映った。6本の足を必死に動かしている蟻のシルエットだ。隊長は足をとめることなく、ファイアボールを放った。真っ赤な火の玉は途中で曲がり、蟻のシルエットが飛び散った。

「あの蟻もお前ほど逃げるのがうまかったら、楽しかっただろうな」

「隊長、そこは『命が助かっただろうな』です」

「違うな、『私が楽しめただろうな』だな」

「隊長、本気でオレを狙われないでください。善良な古魔法道具屋です」

 隊長の手に灯っている魔法の明かりに照らされている範囲はほぼ10メートル。続いている前方は薄くぼんやりと映し出されるが、カーブが続いているので先は見通せない。

 空気の臭いが変わった。

 隊長もオレも足を止めた。

「私が足をとめる時には、お前の足もとまっている。これが楽しい」

「命がかかってるんです」

 首筋がチリッとした。

 全力で走り出すと同時に怒鳴った。

「隊長!走ってください」

 2人で走ると前方に巨大な空間が開けているのが見えた。

 投影図でみた15メートル級のモンスターがいる場所だ。オレは迷わず、その空間に走り込んだ。

 穴は、空洞の壁に開いていた。

 オレと隊長は、空中に飛び出した。

 落下約8メートル。

 慎重に足をおろす場所を見定めて降りた。

 ほぼ同時、轟音が響き、オレ達の頭上に夜空が現れた。

 山の上半分が、ガッパリと消えている。

 もし、通路に残っていたら、オレ達も山と一緒に消えていた。

「吹き飛ばすなら、我々が歩いて来る必要はなかったな」

 夜空を見上げながら、隊長が笑っている。

「それより、こいつをどうするか考えてくださいよ」

 15メートル級モンスターが、オレと隊長を見下ろしている。

 オレはシルエットから、ドラゴンか虫だと考えていた。だが、ツブらな黒い瞳でオレ達を見ているモンスターは、どちらでもなかった。

 8本足のナマズ。羽と思ったのが、巨大な胸ヒレだった。

 大きな口からはみ出た、ギガアント達が暴れているのが見える。

「このままだと、あの蟻の次にオレ達が食べられることになります」

 隊長が手のひらに氷の槍を作り出した。それをナマズに向かって投げた。放たれた氷の槍はナマズの右目に突き刺さった。血しぶきが飛び、真っ赤な血が流れ出した。

 ナマズは口を開いて、暴れ出した。ちぎれた蟻が散らばる。

「異次元召喚獣ではないようだな」

「そうですね」

 暴れるナマズを見ている隊長を横から、後ずさりをして離れた。

 隊長と一緒にいたら巻き添えを食う。

「山を吹き飛ばしたのは、ムー・ペトリか?」

 一瞬でオレの隣に来た隊長が聞いた。

「そうだと思います」

 おそらく、オレ達がいなくなったので、1時間を待たずに逃げだそうとして隊長の部下に止められたのだろう。魔力の制御が出来ないことはムーもわかっているから、人に向けず、威嚇のために山に向けて撃ったのだろう。

 オレと隊長が山の中にいることを忘れて。

「もう一個の目もつぶして、切り刻むか」

 隊長の手の平には、すでに氷の槍ができつつある。

「頑張ってください」

 オレはあきらめず、隊長から後ずさりをした。3メートル以内にいたくない。

「そこで待っていろ」

 全開の笑顔の隊長がオレに命令した。

 モンスターを刻んだら、オレを殺る気満々だ。

「ご健闘をお祈りいたします」

 オレが言うと隊長が、上空に飛び上がった。隊長の手から放たれた槍が残った左目に突き刺さる。

 続いて閃光弾を上空に放った。山の外で待っていた隊長の部下達が高速飛行で飛んでくるのが見えた。

 隊長と50人近い魔術師が、魔法で巨大モンスターを切り刻んでいく。

 オレは隊長の死角になるような場所を選んで移動した。山の外に出てからは、ムーが逃げそうな場所を走ると、息を切らせながらトテトテと走っているムーを見つけた。

 方向を指示してフライで飛んで、エンドリアのミテ湖に着水。

 ボロボロになって、店にたどり着いた。

 熱いシャワーを浴びて、パンと野菜スープを食べて、ベッドに転がり込んだ。

 そして、泥のように眠った。



 3日後、魔法協会本部から手紙が2通届けられた。

 1通は協会本部の経理からだった。ツルフェス山脈の事件を手伝った謝礼として金貨5枚、エンドリア支部に送ったのでガガさんのところに取りに行くように事務連絡だった。

 もう1通は、災害対策室長のガレス・スモールウッドからだった。ツルフェス山脈の事件のあと、戦闘魔術師部隊の隊長ブライアン・ロウントゥリーから、魔術師ではないがウィル・バーカーを自分の隊に入れたいという上申がなされた。魔術師でないということで却下されたが、ウィル・バーカーの有益性は認められた。これより先、桃海亭が問題を起こすようであれば、ウィル・バーカーを戦闘魔術師部隊に配属することになるから、心しておくように。と書かれていた。

 手紙をカウンターに叩きつけた。

「オレは関係ないだろう!」

 魔法協会本部の戦闘魔術師部隊はエリート部隊かもしれないが、オレは入りたい思ったことも、入るための試験を受ける予定もない。

「あんたの意志なんて関係ないの」

 手紙を店に届けてくれたのは、ショートカットの少女だった。オレを殴った功績を認められての、特別任務らしい。

「オレには桃海亭がある。隊長にはオレが部隊に入ることはないと伝えてくれ」

「給料、いいわよ」

 一瞬、心が揺らいだ。揺らいだが、金貨と命、選ぶのは決まっている。

「オレは善良で真面目な古魔法道具店屋の店主として生きていくんだ」

「あんたが何と言おうと、今度桃海亭が事件を起こしたら、部隊にはいってもらうわよ」

「オレを入れてもいいことなんてないだろ。部隊の連中は、オレのこと嫌っているんだろ」

「当たり前よ。あんたみたいのが隊長に特別扱いされていたら腹が立つわよ」

「オレがどんな扱いされているのか、その目で見ているだろ。鉱山のカナリアなんて、誰がやりたいものか」

「カナリアですって。カナリアっていうのは」

 ちょうど、お茶を持って入ってきたシュデルを指した。

「こういうのを言うのよ。あんたは鳩よ。それも不細工な土鳩よ」

「どうぞ」

 シュデルがお茶を置くと、一気飲みした。

「帰るわ。隊長には承諾したと伝えておくから」

「待ってくれ」

「給料はいいんだから、そこの綺麗な彼女にせっせと貢ぎなさい」

「違うんだ」

「何がよ」

「こいつは男で、ただの店員だ」

 一瞬固まった。

 その隙をついて、オレは早口で言った。

「オレはニダウでは『不幸を呼ぶ男』と呼ばれているんだ。オレが部隊に入ったら、絶対に不幸な出来事が起きる。想像外のトラブルが降りかかってくる。命の危険が掛かった仕事場でオレを入れるのは危険すぎる。他の隊員と相談して隊長を説得してくれ」

「そんなことできるわけないでしょ!」

「横から口をはさむのは失礼だと思いますが、命の危険のある職場に店長を連れていくのは、危険と言うより、無謀、ではないですね。自殺行為というのが正しいと思います」

「……本当に?」

「これから帰られるのでしたら、店長と一緒にキケール商店街の出口まで歩いてみてはいかがでしょう。そうすれば、実感できると思います」

 ショートカットが、わずかに眉をひそめた。

「大丈夫です。一緒に歩いても、絶対に店長の彼女だとは思われません。あなたのような理知的で颯爽とした女性は、店長には不釣り合いです」

 ショートカットの顔がパッと明るくなった。

 戦闘員でも女、容姿を誉めると喜ぶようだ。

「オレも丸顔童顔で可愛いと思う」

「死ね」

 音を立てて扉を開いて、外に出て行った。

「店長、早く追ってください」

 シュデルにうながされて、慌てて後を追った。出て行くオレの背中にシュデルの声が掛かった。

「店長、絶対に彼女に話しかけちゃだめですよ」



 キケール商店街を出るまでに、魔術師に殺されかけて、空から魚が降ってきて、半透明な異次元召喚獣がオレ達の前を横切っていった。他にも色々あったが、キケール商店街をでる直前、偶然出会ったフローラル・ニダウの女の子が、ショートカットのところに飛んできて『ウィルの側にいたら不幸がうつるんだよ。最低でも2メートルは離れなくっちゃ』と、真剣な顔で注意したのが、かなり堪えたらしい。

 戦闘部隊の隊員の反対運動でオレの入隊はなくなったとガレス・スモールウッドさんから連絡があった。

 オレがカウンターにたたきつけた手紙の中身を知ったシュデルは、あの時、ショートカットに助言したことを後悔した。

「定期的に高収入があれば、この店も安泰なのですが」

 オレをチラチラ見ている目が怖い。

「魔法道具を売らなくても、店がやっていけるのですけど」

「古魔法道具は商品で、コレクションじゃない」

「もちろんです。わかっています」

 笑顔でいったのだが、そのあと、オレが席を外したとき、道具達に話しているのが聞こえてしまった。

「店長がたくさんお金を稼いでくれれば、君たちを売らずにすむのに…」

 いつの日か、ロウントゥリー隊長に売り飛ばされる日がくるのではないかと、ちょっと不安になったオレだった。


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