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02 ディーテール試験




 ゴンゴーン、と鐘が2回鳴り響く。授業開始の合図だ。パタパタと遅刻の生徒が駆け込み、慌てて座席にダイブしたけれど、手遅れ。


「減点だ」


 ダークブラウンの髪の教師は、厳しい。鬼畜教師とも囁かれる彼は、整った顔立ちの男性でよく甘い笑みを浮かべている。名前は、アロガン・ウェルス先生。

 4年生の特待生(アンデアス)の担任教師であり、4年生の魔法呪文と歴史を教えている。……歴史は嫌い。

 隣に立つ丸眼鏡で自信無さそうに自分の手を握る男性教師は、4年生の担任。抹茶色の髪をハーフに結んでいる髪型。気が弱いけど、優しい。魔法化学を教えている。名前は、ウィル・ゲネロス。


「えっと、今日はお知らせした通り、ディーテールの試験をします」

「予習はしたはずだよな? この中にいる魔物は、ルプウンカニス。大半は寝ている温厚な奴だが、襲わないとは限らないから気を付けろよ。そのルプウンカニスを起こさないように、髭を撫でるなり尻尾を持ち上げれば合格だ」


 ウィル先生に続いて、にっこりと笑いかけて脅すアロガン先生が言うように、簡単ではない。

 何故なら、ディーテールという魔法は、すぐに使える者と使えない者にわかれる。

 魔力を自在に操る技は、言うなれば念力みたいなもの。

 別名は、妖精の尻尾。妖精が使う魔法の一種から、その名がついた。

 呪文魔法を得意とする者ほど、ディーテールが上手く使えない傾向がある。呪文魔法の魔力を使う方法とは異なり、それに慣れすぎたことが主な原因。

 だからといって、ディーテールから教えると、呪文魔法を上手く使えなくなるため、4年生になってから教えることに決まったらしい。

 先ずは素質があるか否かを調べる試験をやる。最も優秀な者が全く使えない者に、特別に教えることになる。全く使えない者は、大半は特待生(アンデアス)が当てはまるらしい。

 教える側になれれば、成績はアップ。呪文魔法が不得意でも、ディーテールで点数稼ぎが出来る救済システムだ。


「ほら、諸君。手を出せ。今から口を塞いで、手を拘束する。呪文も魔法道具も使用させない」


 アロガン先生に言われるがまま、席に座っている私達生徒は、両手を添えて前に出す。


「ディーテールは、言うなれば見えない手を操るようなものです。そんな風にイメージをすれば、扱いやすいと思います」


 ウィル先生は、ディーテールで白と黒のテープを舞い上がらせる。モノクロの紙吹雪みたい。

 それが生徒1人1人の口を塞いだ。次に両手にも、大きなバッテンが貼られた。


「ウエス・マニカ・カテーナ」


 拘束の呪文をアロガン先生が唱えれば、手は少しだけ締め付けられる感覚がした。


「はは、静かでいいな」


 喋られなくなった生徒達を見回して、アロガン先生が笑う。その性格の悪さは、皆が知っている。


「よし、始めるぞ。先ずは、アンジェリア・ダイアン」


 パン、と手を叩くとアロガン先生は、天使さんを呼ぶ。先生達の向かいの座席の中央に座っていた天使さんは、イケメン達に支えられながらも階段を下りた。

 こういう順番は、成績順で呼ばれる。つまり落ちこぼれ生の私は、最後らへん。


「念のため、グラウンドは隔離をする。1人に10分はやるが、無理なら無理と合図しろ。わかったな?」


 天使さんの手を取って扉まで誘導しながら、アロガン先生は私達に釘をさす。無理なら潔く諦めろ、と暗に言っているように思えた。

 天使さんがベージュ色のグランドに足を踏み入れると、見えない壁が一瞬だけ白く輝く。隔離したみたいだ。うっすらと先生方の間に扉が見える。唯一の出入り口はそこだけだ。


「開始!」


 アロガン先生の頭上に、ブロンズ色の砂時計が現れる。さらさらと白い砂が落ちた。残りわずかになると、赤くなり、そして最後は黒になって音を響かせる。魔法の砂時計。

 その場にいる一同が、天使さんに注目した。

 アンジェリアさんは、そこに佇む。純白のドレスは眩しくて、神秘的な美しさにもう釘付けだ。

 100メートルほどの距離で、巨大な大きな犬のような魔物と天使さんが向き合ったまま、なにも起こらず5分ほど経過する。

 やっぱり総合成績トップの天使さんも、ディーテールは不得意みたいだ。

 誰も喋れないから、魔物の寝息まで聞こえてきた。

 すると、ふわりと魔物の髭を揺れる。風に撫でられるような動きではなく、髭が不自然に逆立った。

アンジェリアさんのディーテールだ。

 それが精一杯のようで、長い髪を揺らして振り返ったアンジェリアさんは、眉毛を下げた表情を先生達に向ける。


 うわああ、可愛い。ディーテールも使える、なにあの天使、完璧すぎる。ああ可愛い可愛い。


「アンジェリア・ダイアン。合格だ」


 アロガン先生が出ることを許可をすると、ウィル先生が羽ペンを走らせて本になにかを書いた。評価だろう。

 長い襟元の橙色の髪を束ねたイケメンが1人、階段を下りていくと、天使さんに手を貸した。

 相変わらずのお姫様扱い。でも天使さんが転んだら大変だから、当然だよね。

 次から、イケメン特待生(アンデアス)が順番に呼ばれた。でもなにも起こらず、全滅。10分粘る者がいれば、潔く諦める者もいた。彼らは、教わる組に決定だ。

 そのあとも、名前を呼ばれた生徒も20人ほどは全く使えなかった。かろうじて、そよ風を起こすくらいは出来た生徒が大半。

 でも私の順番が近付くにつれて、目立つディーテールを使う生徒が出てきた。尻尾を持ち上げた男子生徒が、今のところ最優秀者。

 ディーテールの試験で、今日の午後の授業はおしまい。休憩も挟むけど、退屈な試験で嫌になる。

 私以外にもそう思う生徒は多くいるわけで、だらしなく座席に凭れ始めた。お喋りを封じるためなのか、試験を終えた生徒もまだ口を塞がれている。

 そんな中、特待生(アンデアス)組は、姿勢正しく座って試験を見守る。イケメン達は誰が自分の先生になるか、気になっているから当然か。

 最後から8番目の私は、苦痛でしかないんだけど。


「ベスロット・ルビドット」


 漸くアロガン先生に呼ばれた。軽く背伸びをしながら、1人で階段を下りていく。

 さっさと中に入ろうとしたけれど、アロガン先生の左腕に阻止される。そして肩を掴まれて、向き合わされた。


「ルビドット」


 にっこりと笑いかけるアロガン先生に、ひきつりながらも笑みを返す。口元はテープが貼られているから、伝わっているかはわからないけれど。


「お前、これさえも出来なきゃ、特別補習が必要になるからな。覚悟しておけ」


 甘い笑みのアロガン先生に言われると、ゾクゾク、と背中に悪寒が走る。


 鬼畜な特別補習授業ですね、わかります。


 前に歴史の筆紙試験を白紙で出してしまって以来、目をつけられてしまった。会う度に、ちょっかいを出されてしまっている。


 だってわからなかったんだもん。歴史の授業は嫌いなんだもんっ。


 ガクガクと震えてしまう私を見て、愉快そうに笑いながらもアロガン先生は透明な扉を開いてくれた。


「開始!」


 砂時計が回され、私の試験は始まる。

 アロガン先生の鬼畜補習を回避したい。けれど、アロガン先生が脅す必要なんてなかった。


 ふふふっ、ディーテールは得意だ!


 呪文魔法が不得意なのに、ディーテールまで不得意では救いようがない。だから4年生になってから、試験に備えて練習してみた。私にとっては、とても簡単。超能力者になった気分だ。

 まぁ、だからと言って、派手にディーテールを使って見せるつもりはない。

 だって、アンデアス組の先生になるなんて、考えるだけでも足がすくむ。

 落ちこぼれの私が、成績優秀のイケメン達を教えるなんておこがましい。申し訳なさすぎて、土下座したいくらいにはなる。

 別に成績を上げたいという向上心は思ってもいないので、適当に手を抜く。

 天使さんみたいに、軽く髭を撫でるだけで十分だ。

 なにもかも下手くそな私が、最下位を免れているのは、召喚獣のおかげだったりする。いい召喚獣がついているおかげ。だからと言って、召喚魔法が優秀でもないんだけどね。

 つくづく、向上心もない私は落ちこぼれだと痛感して、涙目になりそうになった。


「……」


 ちらり、と砂時計を確認する。5分くらいにやるべきだと思う。

 ウィル先生は時間も書いている様子だった。早くディーテールを使えた方が、得点は多いという仕組みかな。

 まぁ、でも。4年生達の注目を背中に浴びるのは、なかなかのプレッシャーを感じる。流石は試験。

 それだけではなく、巨大な魔物を目の前にするのは怖い。寝息を微かに感じるほどの距離だと、温厚だと聞いていても身の危険を感じる。

 危機的な状況だとディーテールを使える可能性が高いらしいから、そのための魔物だ。

 まるでライオンの鬣みたいな明るい茶色の髭は、立派だ。鼻の下の髭で羽ばたけそう。ライオンみたいでも、どちらかと言えば犬科。耳は可愛らしく垂れているけど、時折犬歯が見えて怖い。犬のような巨大な手には黒い爪。暴れたら間違いなく、大怪我しそうだ。

 ちらり、と後ろを振り返り、また砂時計を確認する。そうしたら、丁度、砂時計の向こうに見えた天使さんと目が合った。

 休憩時間の時に先生方と話していたから、天使さんだけ口からテープは外されている。だから微笑んでいたことは、はっきりわかった。


 なんで、また私に微笑んでいるの……?


 天使の微笑みは、なんだかほくそえみにも見えた。


「時間はオレが教えてやるから、集中しろ」


 アロガン先生が苛立った声で注意してきたから、慌てて天使さんから目を逸らす。


 次の瞬間、ルプウンカニスが鞭を打たれたように飛び起きた。


 そして、ルプウンカニスは咆哮を飛ばして、私を睨んだ。


 え? 私、なにもしてないんだけどっ!?


 歯を剥き出しにする魔物を目の前にした私は、恐怖で固まってしまった。




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