01 見下ろす木
前々からツイッターで絵や漫画を描いていたものです。
迷ったのですが、好きの手前の初々しい恋愛シーンや、魔法ファンタジー、それと成長などなどをたくさん書きたいという願望から、連載始めました!
時折挿絵も入れますので、ご注意を!
好きってなんだろ? と恋愛感情がはっきりわからないヒロイン達を書いて、ニヤニヤさせたいです。
20150429
まるで緑色の宝石をたくさん枝につけたみたいに、葉の隙間は光輝いている。緑豊かたな大きな木が、私を見下ろす。
そこで私は夢を見た。
でもそれは記憶だと、わかる。遠い遠い記憶。以前の人生の記憶だ。
夢らしく朧気でも、懐かしさを感じる。
うだるようなコンクリートの道、唸りを上げて走るバイク、聳えて並ぶ灰色のビル、夜景の眩しさ、空を飛ぶ飛行機、人がひしめく満員電車、遥か遠くの人と話せる携帯電話、映像を映し続けるテレビ、インクもなく描くペンタブ、小さな画面の中のゲーム、台詞と絵がびっしり書かれた漫画、離れがたい炬燵、寝そべっていたい床暖房。
不可思議に思えるそれが、みな懐かしい。この世界にないものだ。
「……ベスロット・ルビドット」
自分の名を確認するように呟いてみるけれど、私を見下ろす木が答えてくれるわけがない。
私は休ませるために木の幹に添えて上に伸ばした足を、下ろして起き上がる。
目に映る景色は、どこまでも広がっていきそうな若葉色の草原。まるでふかふかのカーペットみたい。風に揺れる度に、波のように光が駆けていく。
遥か先には、生い茂る森と高い高い山。壮大な大自然。それこそが現実だと実感しながら、私は前世の記憶の中の女の子のことを考える。
「……あの子の名前は、なんだっけ」
前世の記憶の中で、親友と呼んだ女の子の顔が、はっきり思い出せない。でも、美少女だったことは覚えている。どうして私なんかと親友になってくれたのか、わからないくらい、彼女は可愛い子だった。
まるで向日葵のような明るくて、私を照らしてくれる。
世界を敵に回そうとも彼女の味方をするんだ、とさえ思った大切な親友。
大袈裟なことを考えたものだと、前世の自分をクスクスと笑った。小学生くらいだったのに。
後ろを振り返ると、聳え立つ大都市がある。ビルなんてない、車もバイクも電車もない。 明るい煉瓦の館が並ぶ大都市にあるのは、魔法だ。
大都市、カエステルム。
ダイアモンドのように白に輝く城は、学園。王様の住む城は、ここらでは見えないもっと奥の方に在る。
大都市に住む子どもの大半が、12歳になってから通う魔法学園の名前は、ラテラステルス。
当然、魔法を学ぶ学園。この世界は、魔法を扱う職業に溢れているわけで、ラテラステルス学園の成績が良いほど、いい職につける。
今からそこに戻らなくてはいけない。溜め息をついてしまう。
私は、魔法学園の落ちこぼれなのだ。順位では最下位から8番目。呪文は噛むし、魔法薬の調合はミスる。周囲も知っている落ちこぼれ生徒。
でも、友だちがいない。
前世の記憶にある親友のような存在がいない、ぼっちな落ちこぼれ。
昼休みはこの木の下でお昼寝をして過ごすほどに、私は学園に馴染んでいない。
前世の記憶のせいで、親友がいない寂しさが、胸に痛く滲みた。
前世の記憶を蘇らせることは、この世界じゃあ珍しくない。前世の記憶を蘇らせる魔法があるくらいだ。
だから前世の記憶が今の人生に割り込んできても、大して混乱はしない。
そう言えば前世の世界では、前世の記憶を思い出したり、新しく生まれ変わった主人公の物語があったっけ。
ある日、主人公が前世の記憶を取り戻して、その世界がゲームと同じだと気付く。恋愛シュミレーションゲームの脇役に生まれ変わったけれど、何故か恋の相手である攻略対象者に囲まれて、愛される物語だった。
ああ、どうせなら恋愛シュミレーションゲーム……いわゆる乙女ゲームのように、愛されるヒロインに生まれ変わりたかった。
たくさんのイケメンに言い寄られるくらいの美少女に生まれ変わりたかったな。
あ、そうだ。
ラテラステルス学園には、まさにそんな理想な美少女がいる。
「……はぁ、戻らなきゃ」
9月のほんのり冷たい風に、背中を押されるように立ち上がった。
私は首から下げたネックレスを取り出す。
魔力を込めるだけで、指定した場所に繋がる扉を開ける魔法の鍵、ポルクキー。
普段はひし形のチャームで、身に付けていても不自由しない。
赤茶色の鍵は、家と学園へ。鉄色の鍵は、この昼寝をする木の下へ。黒い鍵は、夜にしか扉を開けない設定にしている。
赤子も使える簡単な代物。だから赤ちゃんの手が届かない場所に置かなくちゃいけない。落ちこぼれの私も、失敗せずに使える超簡単魔法。
扉の鍵を回すように、右へ傾けた。赤茶色のポルクキーは、右で学園へ繋がり、左で家へ繋がる。
カチリと鍵が外れる音がすれば、空間が扉のように開く。聳える都市を壁紙にした扉みたい。
「試験かぁ……」
気が重いとまた溜め息を吐きながら、割れ目を潜る。その先は、もう学園。
様々な格好をした生徒が行き交う広間に私は立つ。振り返る頃には、扉はない。
ラテラステルス学園から制服は支給されるけれど、大半の生徒は自分の服を着て来る。女子生徒は特に、ドレスで決めてくるのだ。
私はラテラステルス学園の制服が好き。まぁ、毎日服を決めるのが面倒だということもあるけれど。
幼い頃に家族を亡くした私には、お洒落しなさいと言ってくれる人がいないから。
でも、お洒落は十分だと思う。白いブラウスは、袖が広く手の甲も隠す。黒いベストは、白い襟の下部だけに赤いラインが入っている。基本、女子生徒はドレスだけれど、動きやすいようにズボンもあった。私はズボンを選んだ。まるで折り畳まれた孔雀のようなスカート付き。色は白とダーグレッドを折り重ねている。膝まで覆う白いブーツも、また学園から支給されたもの。
ダーグレッドの短い髪をいつも結んでいる私には、似合っていると自負している。
生徒の流れに乗って歩いた。前世の世界で言う体育館で、4年生の試験がある。
高さ3メートルはある扉を潜れば、アリーナのような施設、呼び名はコロフォルム。
傾斜のある階段状の観客席が楕円形に囲み、中央は変幻自在に変えることが出来る。時には草原、時には岩場、時にはプール。今は通常のベージュ色の床のグランドだ。
でも今日は奥の方に、大きな魔物がいた。今回の試験を手伝う魔物。
それを見ながら、適当に階段を上がり、入り口側の座席に腰を下ろすと、生徒達がざわめいた。このざわめき方の原因はわかる。
特待生組、アンデアス。
成績優秀の生徒達をそう呼ぶのだけど、4年生の特待生達は特別だ。
何故なら、美男子揃いだから。
家柄も良く、成績も良く、ルックスもいい特待生は人気だ。この学園の代表とも認識されている。
この特待生のイケメンには、私もよだれを垂らしてしまいそうなほど呆けて見てしまう。私はとっても面食いなんだ。
中でも、一番目を奪うのは、1人の女子生徒。彼らに常に囲まれている小柄な彼女は、腰まで届く長い髪が白銀に輝き、まるで天使のよう。白を基調としたドレスを身に纏うから、まさに天使と呼びたい。
物静かな雰囲気の持ち主で、時々浮かべる微笑にはうっとりしてしまう。
名前は、アンジェリア・ダイアン。我が4年生の総合成績トップの美少女様。
飛び級生以外とは幼馴染みらしく、仲が良い。というより、彼らは天使さんをお姫様のように扱っている。
「いいな……私も愛されたい」
それは私が羨むポジションだ。イケメンに愛されるヒロイン。美少女ではない私には、到底叶わないことね。
「乙女ゲーのヒロインみたい」
幼馴染みのイケメンに囲まれてお姫様扱い。羨ましくて、また寂しさが冷たく滲みた。
だって、逆ハーレムどころか、私には友だちが1人もいないぼっちだもの。
すると、まるで私の呟きが聞こえたみたいに、天使さんが振り返り、私を見上げた。目が合ってしまい、私は驚いて固まる。
イケメン達と歩きながら、天使さんは私を見上げていた。でも、やがて花が咲くような微笑みを向けてくれる。
天使の微笑み。
それがいわくありげな笑みだと知るわけもなく、私は呆けてしまった。