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第七話 変化

 



 周りはあっという間に、白銀の世界となった。


 俺は、そんな中で何とか持ちこたえていた。展開した防御壁は所々綻びが出来て、そこから吹雪が入り込んで来る。 

 

 正直に言ってかなりやばい。もうそろそろ限界だ。でも、だからといって魔法をくらうわけにはいかない。どうするべきか。


 と、俺は防御壁が解けた後の対処法について考え始めたのだが、しかしそれは杞憂だったようで次の瞬間、俺を凍えさせようとしていた凶悪な吹雪は突然止まった。


 暫く様子を窺うが、第二波が来る兆候はない。

 防壁を一部解除し、そこから恐る恐る顔を出す。


 視線の先。凍えるような白銀の世界は相変わらずであったが、その小部屋の中心。この局地的大災害の発生源である彼女は、深々と頭を下げていた。


 もう、なんか彼女のことが全く解らない。やっぱりどこか頭のネジがぶっ飛んでるんじゃないかとも思ったが、また即死級魔法を打ち込まれても困るのでそれは口に出さず、別の質問をした。


 「...........なあ、何してるんだ?」

 「..............」

 「いきなり魔法撃ちやがって。危うく死にかけたぞ?」


 と自分で言っておいて、ふと思う。

 

 原因はあれだが、結果としては両方とも死にかけたのか........。確かに、状況的には同じだな。これが、本当のおあいこってやつか。

 

 その事に気付いた俺は、深々と溜め息を吐く。


 「........いや、もういいよ。これでお互い様だ。だから、顔を上げてくれよ」


 そうして、やっと顔を上げた彼女は、戸惑ったような表現を顔に浮かべていた。

 

 なんだ?どうかしたのか?


 そんな俺の疑問を解決するかのように、彼女は話し出す。


 「...........ごめんなさい。今のはやり過ぎてしまったわ。本当は、もっと軽いやつを撃とうとしたんだけど..............、どうにも制御が上手くいかなくて.........」

 「制御が上手くいかない?」


 確かにそれはおかしい。アルの結界を解除出来るほどに魔力の扱いに長けている彼女が、おいそれと魔力於いては魔法の制御を失敗するとは考え難い。

 とすると、何か異常が起きていると考えるのが常だが.........。


 

 っていうかこいつ、やっぱり魔法撃つ気は満々だったのか。もうあれだ、そう、こいつは俺の中のブラックリストに追加決定だ。危険過ぎる。


 とそんなことは置いておいて、彼女に質問する。


 「どこかおかしいのか?」


 いや、別にこれは頭がおかしいとか言ってる訳じゃないからね。そこんとこ、誤解しないでくれよ。


 「いいえ、寧ろ調子が良いくらいだわ。魔力が、身体から溢れて止まらないの。でも、その割には全然疲れないし。自分の身体に一体何が起きているのか、それが解らないのよ」

 「...............ふむ」


 何となく、原因が分かってしまった。心当たりがありすぎる。恐らく、というより絶対にあれが原因だ。


 「一応聞くけど、それは何時からなんだ?」

 「......そうね、それはあなたに助けてもらった後かしら?」


 やっぱりね。これで確定だ。原因は、俺の涎と涙にある。ここで補足しておくと、俺達竜族の身体は魔力との高い親和性を誇っている。その身一つで強力な魔法を使えるのもそのお陰だ。だから、自分で自分達の事を素材と言うのは嫌な気分だが、竜族の身体から採れる鱗や血液、角などは、魔法を発動する際の良質な媒体であり素材となり得る。

 それを狙って竜族を襲うやつもいるのだが、今はそれはどうでも良い話だ。


 とにかく、俺の涎や涙もそれと同じだったのだろう。

 

 そして、それを身体に取り込んだ彼女は恐らく、以前よりも魔力の通りが良い身体を手に入れてしまった。そして、魔法を発動する際にも勝手が違って、つい強くなりすぎて戸惑っている、と。

 やってしまった感が半端ない。ただでさえ危険なやつを、更にパワーアップさせてしまった。


 だがまあ、今さらどうこう言ってもどうにもならない。



 本人は調子が良さそうだし、副作用も多分無いと思う。

 だが、そうなった事情を話すのは躊躇われる。

 

 自分の身体を構成する水分に、他生物の涎と涙が含まれると知らされれば、誰だって少なからずは嫌な気分になるだろう。

 そして、彼女の場合は身体のほぼ100%が水分だ。事実を知らされた、その後が怖い。


 正直に話すべきか、それともそれっぽいことを言って誤魔化すべきか。

 答えは二つに一つ。


 「......................」

 「..............ねぇ、どうしたの?」


 とはいえ、どちらを選んでも良い結果は生まないだろう。

 正直に話して怒り狂う彼女を前にするか、それともその場凌ぎで誤魔化して、後々真実を知りますます怒り狂う彼女を前にするか。


 失礼な話だが、今俺が心配しているのは、彼女の気持ちではなく俺の身の安全だ。俺の生存確率が高い選択肢を選びたい。

 

 誤魔化したとしても、そのままずっと誤魔化し続ける自信が俺にはない。いつかはボロが出て、ばれてしまうだろう。そして彼女は怒り、俺に向けて魔法をぶっぱなす、と。


 どうせバレるなら、と考えが脳裏をよぎる。


 確かにそうだ。どうせバレてしまうのなら、正直に話した方が断然良いだろう。


 こんなに悩むことになるのなら、ちゃんと水を探せば良かったよ、なんてちょっぴり後悔しながら俺は覚悟を決めた。



 彼女に事情を正直に話す。


 特に表情に変化はない。もしや、嵐の前の静けさってやつか?


 しかし、全てを話し終えた俺に返って来たのは、なんてことのない返事だった。


 「へえ、そんなんだ。だから、こんなに調子が良いのね」


 .............あれ?


 拍子抜けだ。死ぬ気はなかったが、それなりの覚悟はしていたというのに、それが全部無駄になってしまった。

 とはいえ怒ってはいないようなので、最も望んだ結末ではあるから良いんだけど。


 「.......怒らないのか?」

 「はあ?何で怒る必要があるのよ」

 「だって、俺の涎だぞ?涙なんだぞ?お前の身体の殆どは」

 「だからそこよ。何で怒る必要があるのか分からないわ。寧ろ感謝したいくらいよ」


 そうなのか?


 そもそもの話、こいつと俺は考え方が全く違うのかもしれない。まさか、感謝されるとは思いもよらなかった。


 だが、そうなると理由が気になるな。


 「どうしてなんだよ。俺、感謝されるようなことしたか?」


 彼女に聞いてみたのだが、返って来たのは呆れた視線と盛大な溜め息だ。


 「はぁ..........あんた、それ本気で言ってるの?まさか、知らなかったわけ?有り得ないわよ、そんなの」


 うわ、何かめっちゃ馬鹿にされた。俺、何か悪いことした?酷くね?


 「あのねぇ、竜の身体ってのはね、最高の魔力媒体なのよ。そして、竜から出る涎や涙も同じなの」


 それは、知ってた。て言うか、さっき知った。


 「そして、それらは全てが貴重品な訳。竜の涙なんて、普通は水滴一粒分あればそれだけで大騒ぎよ。」


 えっ、マジで?俺、まだ一リットルくらい持ってるんですけど。


 「それをあんたは、私に惜しげもなくかけたって言うから、何かおかしいとは思ってたけど、まさか知らなかったなんて!あんた、仮にも竜なんでしょ?それぐらい知っておきなさいよ!」


 うぐっ、なにも言い返せない。そもそも、アルの知識があったのだから調べれば良かったのだ。それをしなかった俺は確かに、責められても仕方ないかもしれない。


 

 その後、説教精神に火がついたのか、竜はこうであるべきだ、とかあんたはもっと竜としての自覚を持てだとか、何故か彼女の説教を聞かされ続けるはめになったのだった。



 

 

  ◆  ◆  ◆ 




 

 ようやく、長かった説教が終わった。


 最初は聞くのもめんどくさかったが、なんだかんだ言って最終的には楽しみながら聞いていた。というよりはもう、議論と言っても良かったかもしれない。まあ、俺は質問するだけだったけど。


 彼女の話す内容は、アルの知識にあるようなものばかりだったが、やはり生の声を聞くのは違った。

 完全なる客観的視点からの意見というのも、なかなかに興味深かった。


 まあ、そういうわけで、俺達は俺が拠点に考えている奥の大部屋へと向かっていた。


 マリー ── は彼女の名前(あいしょう)だ。説教の時に自己紹介をした。水の精霊族らしい ── には帰っても良いと伝えたのだが、何故か帰ろうとはしなかった。

 理由を尋ねても、何となくの一点張りだったが、裏に何かがありそうなのは気のせいではない筈だ。

 

 とはいえ、始めこそ色々とあったが、彼女とは折角仲良くなったのだし、何よりアル以外で、この世界の住人で初めて話した相手なのだ。俺もずっと独りぼっちは寂しいし、話し相手がいるというのはやっぱり楽しい。だから、心置きなく気が済むまで居て欲しい、と思う自分もいた。


 面倒事に巻き込まれるのは御免だけど。


 そうして、俺達が部屋に到着して一息吐いたとき、マリーが唐突に話を切り出した。


 「ねぇ、ずっと気になってたことがあるんだけど」

 「なんだ?」

 「あなたの身体の色、おかしいわよ?」


 はあ?何を言っているんだ?身体の色がおかしい...........ってもしかして!?


 俺は自分の身体を見回す。


 そしたら何と、今度は身体が青紫色に染まっていた。


 「うわっ、またかよ!!」

 

 まただ。謎現象が起きてしまった。

 自分の身体なのに、自分の身体に何が起きているのかが全く分からない。

 でもまあ、体調に異常はなさそうだし、何よりピンク色じゃ無くなったことで大分ましになったな。

 主に見た目と俺のメンタルの面で。


 「シンジの身体って変わってるわね~、一体どうなってるの?」


 それは俺が知りたい。アルの知識にもやっぱりこの事に関する情報は無かったし、本当にどうなっているんだろうか?


 「そうそう、それよりも聞きたいことがあるんだけどさ」


 一旦言葉を切り、彼女は言う。


 「シンジはどうしてここにいるの?」


 まあ、確かにそう来ることも予想はしていた。俺だって他者がこんな辺鄙な場所に住むか、住もうとしていたならば疑問に思うだろう。


 理由を言うならば


 「成り行きだな」

 「成り行き?」

 「ああ。俺はここで生まれたからな。知っての通り、ここには殆ど誰も来ないだろ?だから邪魔が入らなくて良いんだよ」

 

 ちょっと寂しさは感じるけど。


 「邪魔が入らないって?」

 「俺はここに篭るんだよ。ある程度力を付けるまではここで修行するんだ」

 

 そうだな。この山を出ても、簡単には死なない程度の力は欲しい。


 「.........ふ~ん」


 それっきり、彼女は黙ってしまった。

 意外だな。もっとぐいぐい来るかと思ってたけど。まあ、事情を一から説明するのも面倒だから、良いんだけど。


 「ねぇ、なら私が手伝ってあげよっか?強くなるの。魔法とかなら教えてあげられるわよ?」


 と思っていたら、彼女はこんなことを言い出した。


 突然の事に驚いたが、彼女の提案について考えてみる。

 内容だけ考えれば、それはとても魅力的なものだ。あのレベルの魔法を使える彼女なら、魔法のエキスパートと言っても良いだろう。俺は、知識はあってもその使い方はまだ殆ど知らない。教師役としては彼女は適役かもしれない。

 だが...............。


 彼女の方を見る。


 「......な、何よ」


 思わぬ視線にたじろぐ彼女。


 悪い奴じゃないのは分かってる。でも、いつ何をやらかすのか分からないのが気になる。言い方は大袈裟だが、まるで爆弾を抱えているような感じだ。

 

 そんな疑問を感じ取ったのか、彼女は唐突にこんなことを言い出した。


 「........お願い!!ここにいさせて、シンジ!!私、帰りたくないのよ。さっき言った通り、できる限りのことはするから!!」


 頭を下げるマリー。


 俺は下げられたその頭を見ながら、一体何度頭を下げれば気が済むのだろうか、と場違いなことを思うのだった。









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