第六話 邂逅
改めてこの世界で生きる決意をした俺は、アルを救うという目的を最優先に行動することにした。勿論、俺の身体の色が変わったことや、あのスライムもどきのことが気にならない訳じゃないけど、それについて考えるのは、アルを救ってからでもいいだろう。
むしろ、アルがいてくれた方が解決は早くなるかもしれないし。
というわけで、俺は魔法の上達、及び身体と精神を鍛えることにした。まあ、精神の方は伸び代があるかは甚だ疑問なのだけどね。
だが、その為には安全に安心して修行できる環境が必要だ。あのスライムもどきのように、突然現れてこの洞窟内に侵入された時に、冷静に対処できるようにしておかなければならないだろう。そもそも、あんなスライムもどきみたいな生物だったから良かったものの、もっと危険な生物だったら俺は死んでいたかもしれないのだから。
だから、今度はちゃんとこの洞窟とその周辺の、謂わばこの山の地形や環境の把握に努めることにしたのだ。
そして、そんな俺が今何をしているのかというと、アルナビに従いながら洞窟内を散策中だ。
地図があるとはいえ、実際に見るのとでは情報量に大きな違いがある。
それに、この地図は俺の得た最新の情報を反映して更新されるようなので、そのマッピングも兼ねている。
この洞窟は、俺の生まれた奥の大部屋から出口までは、曲がりくねってはいるが基本的に一本道で、その道の脇にそれる形で細い道や小部屋等が繋がっている。まあ、細いとは言っても俺が余裕で通れる広さではあるのだが。
だから、何者かが侵入してきた時に一番辿り着き易いのが奥の大部屋な訳だ。俺は奥の大部屋を拠点として考えているから、そういったときのために、敵に奇襲を仕掛けやすいポイントや、緊急時の避難経路を確認してチェックを入れていく。
そういった作業を十数回繰り返して、また別の小道に入りマッピングしながらある程度進んだとき、俺の魔力感知が生物の反応を捉えた。
ああ、言い忘れていたが魔力感知は勿論常時発動中だ。
えっと、この先は................行き止まりだな。
この道は小部屋に繋がっているが、その小部屋に繋がる道は地図上ではこの小道しかない。反応にあった生物は小部屋にいる。ということは、この道を通った可能性が高いわけだ。そうすると、そいつに逃げ道はないことは分かっている筈。奇襲や決死の覚悟で挑んでくる可能性が高い。
万が一に備えて、ヤバかったら何時でも逃げられるように心構えも忘れない。
俺は以前のように警戒心を全開に、しかし以前ほどテンパること無く静かに道を進んでいく。
そうして、小部屋の入り口に辿り着いた俺はそっと部屋の中を覗く。
やはり、いた。水色の身体で小さな人型をしている。
だが様子がおかしい。地面に倒れて気を失っているように見える。
「................ううっ」
どうやら意識はあるようだ。ならするべきことは一つ。まずは敵かどうかを確認しなければ。
この状況を見て罠かどうかを疑ったが、俺の魔力感知には目の前の生き物の反応しかない。
だが俺の魔力感知だって万能じゃない。感知出来ない存在がいるかもしれない。
だから、迂闊に近寄るのは危険過ぎるし、それ以前に部屋に入るのもダメだ。
ならいっそのこと、拡散させている魔力をこの部屋に集中して放出してしまおうかと考えた時、声が聞こえた。
「....ううっ.....だれか、いるの.....?」
女の声だ。そう思った瞬間ちょっとだけ緊張感が緩んでしまった。
いかんいかん。こういうところは直さねば。女だからといって安全とは限らないのだし、そもそも相手が女と決まった訳じゃない。
この世界では、そういう油断が命取りになることだってあるのだから。
俺は気を引き締め直し、返事をするべきか迷う。
ここには俺以外にはいないと思うし、あいつもおそらく俺に話し掛けているんだろう。
「.....おね...がい、たすけて.......」
......助けて、か。う~ん、迷うな。俺に害を為す生物ならそのまま放置が一番いいんだけど..........どうしようか。
「.....なんでも.....する、から.......」
......仕方無い、話だけでも聞いてみるか。このままほっとくのも忍びないし、何より人としての情が俺に訴えかける。なんか今にも死にそうだし、敵ならそのまま放置していけばいいや。
念のため、言霊を使った魔法対策を自分に施し部屋に入らず話し掛ける。
「おい、お前はどうしてここにいる」
「!.......わたし、この山に遊びに来て.................でもちょうどその時、火山の噴火が起きて.............................だから、この洞窟に逃げてきたの.........」
ふむふむ、もしかして俺が巻き込まれたやつの事か?
「おい、ならこの洞窟の入り口に結界が張ってあっただろ?」
「.......ええ、それを解除したんだけど..................力を使いすぎて、この洞窟で............................しばらく休むことにしたの..........」
うわっ、まじかよ。こいつが結界を解除したのか。
そうすると、こいつは俺よりも強いことになるのだが........まあ、見ての通り死にかけだ。
「.......でも、道に迷って...................だから.............ここに止まって、偵察の為に.........」
ここで道に迷うって、少し入り組んではいるけど迷路にはなっていない筈だぞ?方向音痴か?
「..........を出したんだけど...................その時、ピンク色の悪魔が.............!!」
.......ピンク色の悪魔?なんだそれは?ここにピンク色の.......ってそれ、ひょっとして俺の事か!?
いや、ひょっとしなくても俺しかいないよね。
でも、俺が何をしたんだ?
「.........魔力を、ぶつけてきて...........必死に隠れたけど........こんな状態になって............」
....うわぁ、それは完全に俺が悪いじゃんか。ちょっと責任感じちゃう。
話を聞く限り、こいつはたまたまここに来て、たまたま俺の魔力に当てられてしまっただけなんだな。
それで、死にかけていると。
なら、助けないとな。いやあ、死んでしまう前に見つけられて良かった。知らなかったとはいえ、このままじゃ後味が悪過ぎる。
俺は、警戒は解かずにそいつに近寄って行った。
側に寄れば、そいつがどんな姿をしているのかが良く分かる。
そいつは、水色の身体と言うよりは、液体の身体と言った方がいいかもしれない。透明で、地面が透けて見える。だけど、なんかビシャビシャっとしていて、輪郭がはっきりとは掴めない。
目もちゃんと見えていないようだが、俺が近寄っていく気配を察したのか、顔が俺の方を向いた。
助けるのはもう決めたが、何をすれば良いのかが分からない。だから聞く。
「なあ、助けようと思うけど、何をすれば良いんだ?」
「!!..........................ありがとう......」
うっ、俺のせいなのに。罪悪感を感じてしまう。
「いや、良いんだ。困ったときはお互い様だろ?」
なんて、心にもないことを口走ってしまった。
「.............................じゃあ、お願いするわ...........。..............私に、水を持ってきて..........くれない..........?」
「水?」
「............................ええ、出来れば......液体のものが良いわ...................」
水、水かぁ。 この洞窟には氷河がたっぷりあるが、俺じゃあ融かすことが出来ないし..........。
どうしようか。
とそこまで考えて、ふと、思い付いた。
水じゃないけど、液体の水っぽいのなら持ってるじゃん、俺!
そうなのだ。俺にはあの時保管した涎と、そして、泣いたときに貯まった涙を回収しておいたものがあるのだ。
これは、使えるかも知れない。まさか、こんなにも早く役に立つとは。
限り無く水に近いものだし、大丈夫だよね!
と思い、俺の涎と涙であることは伏せて提案する。
「なあ、水じゃなくても大丈夫なのか?ちょっと水は無理なんだけど、それに限り無く近いものは持ってるんだ」
「...................................本当は水が一番良いんだけど.............まあ、この状況で我が儘も.............言ってられないわね.....................。............................分かった、それでお願いするわ.......................それを、私にかけてちょうだい.......」
「おい、良いのか?訳の分からないものだったらどうするんだよ」
「..............................どのみち、このままじゃ..........私は消えてしまうもの.................。.............................あなたにすがるしか.........ないのよ。.........................だから私は.....................あなたを信じるの...........」
くっ.........よし、決めた。こいつをちゃんと責任を持って助けよう。そもそも、こうなったのは俺のせいなんだ。助ける義務がある。
そう心に決めて、例の液体をそいつにドバドバとかけてやった。
かけた直後は何も起きなかったが、暫くしてからそいつの身体に変化があった。
かけた液体(俺の涎と涙)が、そいつの身体に集まっていく。そして、一つに纏まって球体になったかと思うと、徐々に人の形を象っていった。
それは、女だった。さっきのように身体は透けていない。
俺に背を向けてはいるが、それが美しい女の姿をしていることは容易に想像できた。
そして、そいつはゆっくりとこちらを振り向く。
やはり、俺の想像通りその姿形は美しかった。長い青色の髪に、海のように深みのある紺の瞳。可愛い妹と言うよりは、綺麗なお姉さん系の容姿だな。体型もボッ、キュッ、ボンッだ。
少し見とれていた。だがそれだけだ。興奮はしない。見とれたと言っても性的なものではなく、どちらかと言うと素晴らしい芸術品を前にした時のような、そんな感じだ。
だが、それは俺が竜だからか、それとも彼女が人じゃないからなのか、今は分からない。
そんなことを考えながら少しぼーっとしていたら、不意に魔法が発動されるのを竜の感覚器官が察知した。
そして、その魔法を発動したのは目の前の彼女だ。
これはやばい。あんなに魔力を込めた攻撃系の魔法をくらってしまっては、流石の俺もひとたまりもないどころか消滅してしまう。
それは、絶対にダメだ。それが自業自得であろうと、こんなところで死ぬわけにはいかない。
そう思った俺は、咄嗟に彼女に頭を下げた。
「悪かったよ!!悪気はなかったんだ。弾みでやってしまっただけなんだ。だからこの通り、すみませんでしたっ!!!」
そうして、ずっと頭を下げたままでいると、暫くして魔法の発動が止まった。
恐る恐る顔を上げる。
そこには、難しい顔をした彼女がいた。
「........ねぇ、何で謝るの?」
「........へ?」
「悪いのは私なのに、どうして?先にちょっかいをかけたのは私なのよ?」
うん?何を言っているんだ?
「あなたが怒ってるのは分かってる。謝るのは私の方よ」
「いや、ちょっと待て」
なんか、話が噛み合ってない気がする。
「なあ、俺にちょっかいをかけたっていうのはどういうことだ?」
「え?それは......私があなたの事を笑ったことよ」
俺の事を笑った?誰かに笑われたことなんてあったっけ...........って、あ!もしかしてあのスライムもどきの事か?
「もしかして、あのスライムもどきの事か?」
「む!スライムじゃないわよ!私の分身体よ!道に迷って、偵察に分身体を出したって言ったでしょ?その時にあなたの、その......ピンク色の身体を見て、思わず笑っちゃったのよ」
成る程、そういうことだったのか。あれには本体がいて、それがこいつだと。
まあ、確かにあれは弱そうだったからな。そういうことなら納得だ。
「で、その後あなたが魔力を放出して、私はそれに当てられてあんな風になっちゃったのよ。私を探しに来たんじゃないの?」
なんか誤解してるっぽい。後々のためにも誤解は解いておこう。
「なあ、お前は大きな誤解をしている。まず、俺は怒ってはいない」
「え?」
「そして、お前を探しに来た訳でもない。お前を見つけたのは偶々だ。」
「そうなの?」
「そうだ。第一、お前を捕まえてどうにかしようとする奴がお前の事を助けようとするか?」
「........それもそうね」
どうやら納得してくれたようだ。だけど一つ、聞いておかなくちゃならないことがある。
「なあ、さっき何でいきなり俺に向かって魔法を放とうとしたんだよ。下手したら俺は死んでたんだぞ?自分が悪いと分かってるんだったら、こう言ってはなんだけどむしろ受ける側だろ?」
「うっ、それは.............その、びっくりしちゃってつい.....」
目をそらしながら、そんなことを言う彼女。
うわぁ、つい、で即死級の魔法を使っちゃうとか、こいつ頭のネジが飛んでるやばいやつなんじゃ......。
いや、そもそもこの山に遊びに来る時点でおかしいわ。
自分はこの山に住もうとしている事を棚に上げて、そんなことを思う俺。
暫くの沈黙。
「.......................」
「.......................あの、ごめんなさい!!」
「.................なんだよ突然」
「えっと.........、ちゃんと謝っておきたくて.........」
「気にしないで良いよ。俺はもう怒ってないし」
「........本当に?」
普通の男ならそれだけでイチコロであろう、上目遣いで見つめてくる。
だが、俺には通用しない。その事が、ちょっと悲しい。
「本当だよ。お前は俺の事を笑った。そして俺はお前の事を死にかけさせた。それでおあいこだ」
「..................」
あれ?何か、自分で言っておいてあれだけど、全然釣り合ってないような気がしてきた。いやでも、死にかけていた所を助けたんだから大丈夫だよね?
と俺の中では、やっぱり釣り合ってるよ!と納得したのだが、目の前の彼女は違うようだった。
始めは顔に疑問を浮かべていたのだが、次第に赤くなっていく。なんとなく、彼女の周りの魔力濃度が濃くなっていく気もする。
「..........ねぇ.........」
「...................」
「.........冷静になって、考えてみたのだけど...............私、あなたに殺されかけるようなこと、したかしら........?」
正直に言えば、していないと思う。そもそも笑われただけなのに、あそこまで怒った俺の方がどうかしていた。
「............してないわよね......?あなたのことを、笑ったのは事実だけど..................それだけよね?」
まあね。
「.....だから、........本当に釣り合わせたいのなら、これをくらって頂戴」
俺の感覚器官が、魔法の発動を感知した。それはもう、一目見ただけでやばいとわかるやつだ。
まあ、彼女も相当お怒りなのだろう。
だからといって、はいそーですかと甘んじてその魔法をくらうつもりはない。
........やり過ぎたっていう自覚はある。だが、もう終わってしまったこと。わざわざ自分から危険な目に遭うこともないだろう。
だから俺は、そそくさと小部屋から脱出したのだが、ちょうど部屋を出た辺りで彼女の魔法が炸裂した。
『.........氷結地獄.........』
轟轟と絶対零度の吹雪が吹き荒れる。かなり効果範囲が広いようで、出口付近にいた俺にも吹雪が迫ってくる。
くそっ!!
このまま逃げ切るより、多分追い付かれる方が早いので、俺は仕方無しに全力で魔力で周囲に防御壁を展開させる。
そして、俺はそのまま、吹雪吹き荒れる真っ白な世界に呑み込まれていったのだった。