表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フレキシブル・ハート 戦魔災害復興支援局  作者: 竹中 姫路
第二章 ”夢追わぬ少年と野心にまみれし少女”
7/7

003

 朝、窓から降り注ぐ朝日がヨシツネの頬を優しく撫でる。

 床に毛布を二枚敷いただけの寝苦しいことこの上ない寝具もどきの上で、ヨシツネは朝の光が煩わしいのか一度顔しかめ顔を影へと向けた。

 昨夜、遅くまで迷宮に潜っていたフライアとヨシツネ。町に着くなり迷宮入りをした二人は当然宿の予約などしておらず、深夜の町を宿を探して徘徊する羽目となった。

 ようやく雑魚寝ではなく、個室の空いた宿屋を見つけるも、部屋にベッドは一つ。


『今回宿を事前に取らなかったのは私のミス。ヨシツネ、あんたはベッドで寝なさい』

 

 自らの非を素直に認めヨシツネにベッドで寝るよう勧めるフライアは、


『……まぁ、私はこの固くて冷たい、虫やネズミも這いまわったであろう不衛生な床の上で』

『ティーガー殿』

 

 続く言葉で見事ベッドを手に入れ、ヨシツネが床に毛布を敷き終わった頃には夢の中へと旅立っていた。

 

「……う、うう」


 遅くまで働き疲れていないわけがないヨシツネだったが、冷たい床の上ではなかなか寝付けず魔法で体を温めつつようやく眠りに付いたのはフライアより一時間以上も先の事。

 

「む、無念……」


 悪夢を見るなという方が酷である。

 そうは言っても睡眠は睡眠。

 体を休めるという点ではこれにまさる方法はなく、ヨシミツは悪夢と戦いながらも必死に体を癒しているのだ。


「ヨシミツ! 起きなさい! 事件よ!!」


 しかしそんな僅かな癒しの一時は、フライアの嬉々とした笑顔によって一瞬にして崩壊する。


「……ティーガー殿、その笑顔から察するにろくでもない内容かと」


 笑顔とは元気を与えるもののはずなのに、目の前にあるこの女性の笑顔はどうしてこうも私を不安にさせるのだろうか。

 フライアのモーニングコールを受け、寝床とは名ばかりの固くなった毛布からむっくりと起き上がるヨシミツは目の前に置かれた無垢な笑顔に恐れを感じていた。


「おうおうヨシミツ君、言ってくれるじゃない? まぁ確かにこの前はちょっとヘマやらかしたけど、この山を追えば間違いなくアタシもあんたも昇進確実よ!」

「……それほどの事件ならまずは本部に報告を」

「あんた何言ってんの!? んな事したら手柄横取されちゃうでしょう!?」


 突然の胃痛に見舞われるヨシツネは我が身の不幸を呪った。

 どうして彼女が班長を任されてしまったのか、これは何かの策略なのか!?

 思えば第七調査班が創設さたのは半年程前から、ヨシツネの苦難は始まったのだった。

当時、第三調査班から異動を言い渡されたヨシツネの胸は踊っていた。

なぜなら第七調査班は数年ぶりに新設された若い世代への期待が込められた班であり、その班長が第一調査班で辣腕を振るっていたフライア・ティーガーだったからだ。

 フライア・ティーガー、御歳十八。

まだまだ年若い彼女だが、齢八の頃より十年、まだ勇者が局長として復興局の先頭を仕切っていた時代より第一調査班で活躍していた実績、そしてなによりその美さが男女を問わず情報部として日の浅い者達の心を鷲掴みにしていた。

 気品あふれるフロックコートを身に纏い、凛々しくも流麗たるその姿は女神そのもの。

 情報部員のみならず、実情を知らない一般局員からも支持の厚いそんな彼女が班長を務める第七調査班の一員となれるとあって、ヨシツネは喜び勇んで新設された調査班室の戸を叩く。


『おうおー』

 

 おうお? 

 扉の向こうから聞こえる不思議な声に首を傾げるヨシツネだったが、返事は返事、扉を開け、


『失礼いた、す!?』


 ヨシツネの顔目掛けて飛んできた白い何かを激突すんでの所で両手で挾み止める。


『はむ、んぐ、はむはむんぐ』


 ギリギリで受け止めた白い物体が、明らかに食後の汚れた皿であった事を確認するのに二秒。

 部屋奥の中央に位置する班長のデスクと思われる場所に投げつけれれた皿とほぼ同じ皿が山と積まれている事を認識するのに三秒。

 そしてその皿の壁の先でなお食事を進めている人間に気がつき、いやまさか本当にそうなのかと自問自答する事五秒。

 

『ふう……合格よ! 栄えある第七調査班へようこそ!』


 口元のソースをフロックコートの袖で乱暴に拭い、立ち上がりざまに右手のナイフをヨシツネに向けそう高らかに宣言する凛々しくも流麗たる情報部の女神。

 何故皿を? 合格とは? そもそもなんだこの食い散らかし様は!?

 この日を境に、ヨシツネの胃痛の日々が幕を開けた。

 隠密任務ではまどろっこしいと突撃を敢行し、尾行では対象を拉致拷問、即断即決即行動を旨として動く彼女はもはや盾に隠れた暗剣どころか刃渡り二メートルはあろうグレートソードと化していた。

 しかもやっかいな事にその大剣は意外と隠れるのがうまかったのだ。

 皿の代わりに積みに積まれた始末書を全て丸投げされたヨシツネによる内助の功もあるのだが、彼女の突飛な行動はその問題以上の成果を上げているからである。

 三ヶ月彼女と任務を供にしてヨシツネは悟った。

 切れすぎる大剣は時に盾をも突き破る、その盾が第一調査班の班員では復興局の損害は計り知れぬ物であるだろう。

 しかしそれが彼女一人であれば、話は大きく変わる。

 切り捨てるなら尻尾だけ、間違っても心臓は突き出せない。

 第七調査班はその尻尾であり、自分は人身御供であるのだと。


「さぁ、ヨシツネ! いくわよ!」


 今、目の前にある初めて出会ったあの時と同じ、屈託のない笑顔はヨシミツの胃をチクチクと突くのであった。


* * * * * * * * *

 

 フライアの言う事件、それは亜人の不審死であった。

 今朝未明、仕事のため市場へと向かっていた商人の奉公人である少年がたまたま近道をしようと裏道を使った所、道に迷って死体を発見したのだと言う。


「しかし、ティーガー殿、お言葉を反すようですが、死体、それも亜人とあってもこの町ではそう珍しい事でもありますまい」


 反論するヨシツネの言葉通り、死人が出たと言うにもかかわらずスゼットの大通りは朝一番の書き入れ時とあって昨日以上の賑わいを見せており、商人や町を行き交う人々の顔に不安の欠片も見当たらない。

 それもそのはず、迷宮で栄えるこの町では人の命は一際軽いのだ。

 町へとやって来たその日に魔物の腹の中に収まる者もいれば、幸運にもお宝を持ち帰った者が後日命を含めた全てを奪われてしまう事など日常茶飯事なのだ。

 加えて、通常その見た目や能力から忌み嫌われ聖都はもちろんその他の地方都市など人種の多い場所にはめったにいない亜人も、この町では見慣れた存在とかしている。

 原因はもちろん力のみが正義とされる迷宮であり、その存在が亜人の風当たりを弱くしているのだ。

 それが証拠に、二人の歩いている通りにもチラホラと亜人の姿があり、通常の人種の国ではありえない光景を生み出している。


「人の話は最後まで聞きなさいヨシツネ」

「……先ほど質問はあるかと申されなかったか?」

「っふっふっふ、実はその死体、ワーウルフだったのよ!」


 明らかに自分の推理力をひけらかしたいがために途中で話を切ったなと呆れつつ、ワーウルフを言う単語にヨシツネはこの事件の重要性を理解する。


「……ヤツの部下である可能性が高い、と言う事ですな」

「ま、それくらいはわかってくれないと部下失格ね」

 

 人のように言葉を交わし二足歩行を行い道具を扱う狼、ワーウルフ。トカゲの姿をしたリザードマンや緑色の肌を持ちまさに人並み外れた筋肉を有するオークと同じく、あまりにも人の姿からかけ離れ人に嫌われた亜人種の代表とも言える種族である。

 人に追われ極寒の地で暮らす彼等ワーウルフはこのスゼットの町でもそうそうお目にかかれぬ種族であり、人を憎む彼等の多くは魔王軍として人に仇なす存在と化していた。

 そんな彼等ワーウルフの中で最も人々に恐れられていた存在が、一介の歩兵からその腕一つで魔王六将軍の地位にまで上り詰めた化物、毒牙のマッセイヌカであった。


「それではまずその死体が本当にヤツの部隊に所属していたかどうかを確認しなければなりませんな」

「その必要は無いわ、十中八九あれはヤツの親衛隊よ」


 そう断言するフライアの横で、ヨシツネは再びジクジクとした胃の痛みに襲われる。


「……ティーガー殿、その根拠は?」

「何? アタシの目を疑ってんの? あの死体、資料にあったヤツの親衛隊リストの一人だったのよ?」


 個体差がいまいちはっきりしないワーウルフを、資料の映像のみで見分けるその観察眼はさすが元第一調査エースと褒めたい所だが、ヨシツネが問題としている点はそこではなかった。


「……ティーガー殿、現場をすでに見ておられるのですか?」

「寝てたアンタと違って、アタシはいの一番に現場をくまなく見てきたんだから~ふふふ」


 よほどの収穫があったのだろう、フライアはつい数時間前の現場検証を思い出し、このネタで部長を見返してやると言わんばかりの暗い笑みを浮かべる。


「……衛兵は?」

「ふふふ、あの昼行灯次あった時このアタシをこんな愚にもつかない任務に行かせた事を後悔」

「ティーガー殿、衛兵はいかが致したのかと質問しているのですが?」

「何よ!? ん? 衛兵?」


 衛兵とはつまり村や町に常駐し、その地域の規律と平和を守るため時に防壁に襲い来る魔物を追い払い、時に酔っぱらいの喧嘩の仲裁を行う、国民に最も身近で頼れる兵隊さんなのだ。

 その衛兵が死体を放置などするはずがなく、フライアのいう現場にも当然数名の衛兵が死体の回収・処理を行うためにいるはずであり、聖王国公認とは言え町の不審死事件は復興局の管轄外の案件に触れさせてくれるはずがない。


「衛兵は………まぁいいじゃない」

「棚上げするにはいささか問題が大き過ぎる!!」

「なによ!? 別にそんな荒っぽい事してないわよ! ちょっと気を反らせて気絶させただけよ!」


 曰く、野次馬にまぎれて様子を伺っていたフライアはすでに裏路地を占拠していた衛兵の気をそらすため大通りの空に小規模な爆発魔法を生じさせた。

 三名いた衛兵が二名、野次馬と供に大通りへと移動する中フライアはすかさず残った一人の衛兵を得物の入ったショルダーケースで昏倒させ現場へと急行した。


「だけって、それが発覚したらどうするつもり」

「アタシを誰だと思ってんのよ。素人じゃあるまいし、そんな足が付くような真似しないわ」

「そういうことを言っているわけでは……うう」


 もしもばれればこの十四年、世界から隠遁し続けた復興局の秘密その一端を騎士団にみすみす掴ませる事は明白である。

 その場合、自分達はどう処分されるのか?

 平和を愛する勇者が組織した復興局である、殺されこそしないであろうが、騎士団から遠ざけるためそこ何年も人らしい生活はできないだろう。

 想像するだけでヨシミツの胃はキリキリと痛み出す。


「ヨシツネ? このアタシが居るのよ、安心なさい!」


 もしもこの人が女じゃなかったら、上司じゃなかったら。

 ヨシツネは震える拳をそっと胸に押し込める。

 フライアはそんなヨシツネの様子を見て感動しているとでも思ったのだろう、泣くな泣くなと宥めすかして悦に入っていた。


「そうそう、まぁそんな事よりこれを見なさいヨシツネ」

 

 衛兵の件をさらっと流してフライアは胸ポケットから一つの財布を取り出す。

 

「……それは昨日拾った」

「そう、すっかり忘れてたのよ………今朝までね」


 昨日、町に入りったその時に走り去る少年の落とした財布。

 茶色い、そう高くはなさそうな麻袋とも言えるその財布の最大の特徴は表面にでかでかと縫い付けられた、おそらく少年の宿泊先と思しき宿屋の名と己の名前であった。


「それがいかがしたので?」

「っふっふっふ、これ、見てみて」


 不敵に笑いながら再び胸ポケットに手をやるフライア、その手には財布がもう一つ。

 茶色い麻袋の、宿屋と名前の張られた財布、それは最初に取り出した財布とうり二つであった。


「……まるで同じものですな……まさか!?」

「そのまさか、死体動かしてみたらその下敷きになってたの」


 勝利の女神は私に微笑んでいる。フライアはその財布を拾い、確信した。


「ほんと、衛兵が非力で助かったわ。お陰でこんなにいい拾い物ができたわけだし?」

 

 決して衛兵が非力なのではなく、全長二メートルを軽く超える巨大な死体を一人で捲れるフライアが異常なわけなのだが、ヨシツネはもはや指摘などしない。


「それで、彼を詰問するのですか?」

「馬鹿ね、とりあえず昨日の財布を届けに来た体で探るに決まってるでしょ?」

「……承知、くれぐれも頼みますぞティーガー殿」

「まっかせなさい、このアタシの絶大なる魅力で籠絡させてやるわ」


 痛む腹をくくるヨシツネと出世の足がかりを掴み息巻くフライア。

 一路、二人は財布に示された宿屋へと向かっていく。


「……待ってなさいよ、ロイド君」


 野心に燃える金の瞳は、少年、ロイドの背中を追っていた。

大変申し訳ありません、この小説を中断しえ一年以上経過しました。

自分勝手ではありますが、どうにもこの小説を書くことが出来ず、こんどまた新しい作品を書くことにいたしましたので、真に勝手ながら、できればそちらをお読みください。

大変申し訳ありません。


次作は今書きためているところです。

よろしくお願いいたします。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ