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フレキシブル・ハート 戦魔災害復興支援局  作者: 竹中 姫路
第一章 戦魔災害復興支援局 トライアンフ
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003

 ビスラック湖から南東へと伸びる大陸を二分する大河の名をマルゾナ川と言う。

聖王国の主要な都市や町・村は主にこの大河に沿って築かれており、スゼットもその例に漏れずマルゾナ川から少し離れた小高い丘に作られた村であった。

 開墾当時はろくな城郭もなく、申し訳程度の教会を中心に村人の住まう家数軒を浅い堀と柵で囲むようにして作られた小さな村であったが、迷宮の発見によってこの村は町への変革を迎えるのだ。

 スゼットの迷宮と呼ばれるその場所は、住民から切り立っているからキリタチ山などと安易なネーミングで呼ばれるその山の中腹にある。

 王都へ行くのを阻むその山は、馬鹿正直に登るには険しすぎ、かと言って川を渡らず迂回するには大きすぎるため、誰もがマルゾナ川の北側に渡河し迂回するので道楽者のさる貴族が登頂に挑む三年前までのおよそ四十年間、誰もその迷宮の存在に気が付かないでいた。

 誰もが気にもとめなかった開墾村スゼットだったが、迷宮が見つければ話は変わる。

 キリタチ山は過酷なる試練の山オーディールと言う名に様変わりし、スゼットの村のあった丘から迷宮まで一直線に伸びる石畳の道が整備され、その道を中心に様々な店が立ち並び、三年後スゼットは丸太を城郭とする楕円形の大きな町へと変貌を遂げる。

 

「へっくし! ……へっっっっくし!!」

 

 フライアはそんなスゼット町より少し離れた草原で盛大なくしゃみを放っていた。

 季節は春、まだ日によっては少し肌寒い季節とはいえフロックコートを着ているにもかかわらず両肩を抱き、ガクガク震える彼女の様子は異様であった。


「フッ、心頭滅却すれば火もまた涼し、まだまだですなティーガー殿」

「うっさい! アンタ魔法使ってるくせに偉そうな事いってんじゃないわよ!!」


 日が傾きつつある中、春の風を仁王立ちで満喫するヨシミツに、フライアは寒さで動くのも億劫なのか射殺す様な視線で抗議する。


「なればフライア殿も使えばよろしいではないですか」


 しかしそんな視線などはねのける様に自身たっぷりに言い返すヨシミツ。


「クソ、適正が無いの知ってる癖によくそんな事が言えるわね、女々しいわよ!」

「なになに日頃の恨み辛みをここぞとばかりに吐き出してるわけではないですが、まぁ致し方ないといえば致し方無い事実です故、はっはっは」

「ッケ、どうせトラブルメーカーですよ……てか、そんな事よりとっととそのトカゲ共片付けなさい、上司命令よ!」


 言い返せず苦虫を噛み潰す事しかできぬフライアは最後の武器である上司権限を使用した。


「………よし、勝った」


 最後の武器まで使わせれれば、どちらが勝者かなど答えるまでもない。ささやかな喜びに胸を躍らせ、ヨシミツは二人の背後で待機していた二匹のドラゴンへと向き直る。

 

「ここまで世話になった、帰りもよろしく頼むぞ」


 エールワイバーンと呼ばれるそのドラゴンは、ドラゴン種の中では非常に小柄な体で通常の馬に比べても一回り小さい。小柄な上に臆病な気性故に、竜騎士と呼ばれる猛者が乗りこなす大型のオルグワイバーンと呼ばれるドラゴンの様に戦闘での騎乗には適さないが、片翼でも体の二倍以上あるその羽根は移動手段としてはこの上ないドラゴンである。

事実、エールワイバーンによって王都からスゼットまで馬車で望めば一月はかかるその道のりをわずか二日に短縮してしまっている。


「我、契約を果たせし者に、拝し、謝し、報ず、願わくば再び邂逅の期を請わん、マン・エオー・イングワズ」


 そんな類い稀なる移動力を持つ二匹のエールワイバーンを前に片膝を付き、ヨシミツはそう語りかけた後に持っていた革袋からウサギ肉を取り出し与える。二匹は美味しそうにその肉を食べ終えると、淡く青い炎に包まれ魔法陣の刻まれた拳大の石を残して消えていった。

 己の持つ魔力を代償に奇跡の御業を顕現する魔法と呼ばれる力。

 その魔法の一つに召喚術がある。

 読んで字の如く、異界の魔物や人、条件さえ整えれば神をも召喚し使役する事のできる魔法である。

 故にエールワイバーンは召喚術によって使役された魔物であり、召喚以外の手段ではこの世界に存在しない魔物なのだ。


「その肉って必要だったけ?」

「対価が魔力だけではいささか味気ない気がしましてな、あれは某の心ばかりの礼。儀礼とは一切関係ありません……では参りましょうか、ティーガー殿」


 ヨシミツはエールワイバーンの残した二つの石を回収する。

 通常召喚術は目的の対象を召喚するまでの儀礼に相当の時間と労力を必要とする。しかし復興局がエールワイバーンに対象を絞って作られた携帯型簡易召喚補助魔鉱石、通称”召喚石”のお陰で決められた召喚呪文の後に玉へ魔力を注ぐだけで召喚をすることが可能となった。

 どこでも手軽にエールワイバーンを召喚し、目的地に到着した際は送還さえすれば馬の様に納屋を必要としないこの召喚石は、出す場所に出せば一財産稼げる程に貴重で復興局情報部の足として便利この上ない魔具である。


「……へっくしへぇっっっっくし! ……早急に発熱する外套を開発課に要請しなきゃ」


 唯一の欠点といえば、早すぎる空の旅は真夏でも寒い事でぐらいだろう。


「ティーガー殿、贅沢は敵ですぞ」

「だから自前の魔法で暖をとれるアンタにそれを言う権利は無い!!」


 対策としては風魔法で前方から来る風を軽減したり、回復魔法で血流を活性化させ体を温めたり様々あるのだが、そのどちらも使えないフライアにはただ耐えるしか無いこの移動は冬場など耐えられるものではないのだ。


「っだぁぁぁぁぁ! だいたいなんでこのアタシがこんな辺鄙な田舎くんだりまでこんな寒い思いしてコなきゃなんないのよっ!!」


 極寒の上空とは違い、まだ日のある大地は暖かく、幸い風もそう強く吹いていない事もあってか徐々に体温を取り戻しつつあるフライアは、持てる怒りを空へと吐き出す。


「それは……まぁ自業自得としか言いようが」

「んなわけ無いでしょ!? あの昼行灯、よくもこんなお使いにアタシの第七調査班を!」

「………二人しかいない調査班ならむしろお使いくらいがほどよい」

「ほどよくない! アンタは栄誉あるこの班の一員となった事にもっと誇りを持ちなさい!」

「つい最近増設された部隊に栄誉も何もありますまいて」

「あんた何? どっちの味方なの!? アタシの部下なら部下らしく短剣持ってあの昼行灯に特攻しなさいよ!!」

「……はぁ、一班にいた頃は少々やんちゃながらも芯は輝くようなお人であったのに、どうしてここまで落ちたのか……やはり権力は人を変えるのであろうか」

「何よ! 文句あるなら行灯殺してからにしなさい!!」

「……古巣に帰りたい」


 望まぬ空の旅、その他諸々の鬱憤を晴らすかの様に、スゼットへと向かう道中フライアの口は火を吹き続ける。


「覚えときなさいよ! ワタシが局長代理になったら平局員に降格の上、最果ての地に飛ばす! もしくは前線送りよ! 死ぬまでこきつかてやる!」


 何がフライアをここまで荒ぶらせたのか、時はケイネス副団長襲来直後、二日前の午後にまで遡る。


『フライア・ティーガー、ヨシミツ・クロウ、両名参上いたしました』


 復興局一号棟二階、情報部統合作戦司令室。

 ヘメロカリスの描かれた盾を黄金色に輝く大麦が囲む、復興局の紋章が刺繍された旗を背後にハロルドのデスクは室内後方に位置し、


『さっきはお疲れさん』


 聖王国全土の巨大な模型が置かれ九つの席を有する中央に配された円卓は、召喚術を応用して作られた伝心符と呼ばれる布から調査班より送られる情報を集積し整える整合班のデスクで囲まれている。


『それにしても、まさか彼が出張ってくるなんて思わなかったなぁ』 


 非常時以外ではデスクのあるハロルド以外誰一人訪れることのないこの部屋は今、二十人を超える整合班の叫び声が行き交いここ数年ではまれに見る賑わいを見せていた。


『ほんと、迷惑千万だよね~』


 そんな中自分のデスクではなく円卓の一席に座るハロルドは、両手を枕に我関せずと背もたれにもたれかかりながら覇気のない言葉を呼び出された二人の局員に投げかける。


『テ、ティーガー殿』

『……わかってるわよ』


 ハロルドに同意を求めれた二人の局員。

 喉まで出かかっている罵詈雑言を必死に抑えるフライアと、その彼女に必死に耐えてくれと目配せするヨシミツ。ハロルドの右脇で二人は直立不動で次の言葉を待っていた。


『まぁ、大方の予想は付いてるだろうけど……かくれんぼで見つかりそうにになっちゃったからね、ウチの尻尾でも掴みに来たんだろう』


 ハロルドのかくれんぼ、と言う言葉にフライアの眉がピクリと反応する。


『まぁフライアちゃんのお陰でここへの侵入は防いでくれたわけだから事態は事なきを得たわけだけど』

『お言葉ですが、あのマクガイア卿が私如きに大人しく引いたとは考えられません』


 あの時、あの戦闘とも呼べない茶番で本気であったフライアに対してケイネスには明らかなる余裕があった。そもそも世界最強の戦闘集団の副団長が復興局の一戦闘員でしかないフライアに引くこと事態が間違っているのだ。

 フライアの訂正に、ハロルドはそうだね、と応える。


『たぶん彼知ってるんじゃないのかな? 一号棟が一筋縄じゃいかない施設だって』

『では騎士団はやはりこちらの事情を少なからず把握しているのですね』

 

 フライアの問いを再び肯定するハロルド。


『どこで漏れるたんだろうね。長年窓際部署としてがんばってきたはずなんだけどなぁ』


 復興局は騎士団やその他の組織と差別化を図るために聖王国の使う一般的に使われる名称とは異なる名称で組織図を構成している。

 組合や団などではなく局と言う名を使い、部隊に代わって部署が存在するのだ。 

 戦魔災害復興支援局トライアンフ。

 この組織にはそれぞれの局舎に様々な施設と部署が配置されている。

 正門の警備部を始めとして、

 活動資金の調達と管理を主な仕事とする経理・広報・営業部のある二号棟。

 復興支援の実行及び各支部への指示を飛ばす復興支援部のある三号棟。

 要人用の応接室と集会を行う議会場のある四号棟。

 休憩所、食堂、仮眠室など局員用の施設を集めた五号棟。

 正門から一番近い受付と観光客用の売店と展示のある六号棟。

 そして最後がそれら五つの繋がった局舎に囲まれ中央に鎮座する石塔、情報部と局長不在の局長室がある一号棟である。

 その情報部とは何なのか?

 経理部などの一部の部署と同様に人数の少ない部署であり、規模の小さな支部では存在すらしない。

 その仕事は魔物の群れや魔王軍の残党、川の氾濫や雪崩などの自然災などを相手にする事もあるため平和復興事業を生業とする復興局では例外的に死と隣合わせにある危険な部署である。故に他の部署と違い戦闘に長けた者が集まる傾向にあるため、復興局と騎士団、盾と剣に表現されるところから復興局の隠れた剣として時たま騎士団と手柄を巡って衝突する事があった。

 そう”あった”のであって今は無いのだ。

 すっかり平和を取り戻した世界で武力は無用の長物、それどころか騎士や王族に危険分子として睨まれる可能性を孕んだ厄介部署へと転落。かつては復興局の花形ともいわれたこの情報部も増設された新しい局舎にはその居場所はなく、栄えある復興局の象徴として使われぬ局長室と共に中央の石塔に閉じ込められる事となった。

 今では立派に石塔にある巨大な金庫の番人や他部署の雑用としてひそびそと窓際部署の地位を育んでいる。

 情報部は決して他国のスパイなどをする様な部署では無いのだ。


『その表の顔が通用していないとなると、次はどうします? いよいよ情報部は解散ですか?』

 

 ……表向きでは


『そうだねぇ、そろそろ引退ってのも悪かない、なぁんちゃって』

『……チッ、今も引退したような仕事ぶりじゃない』

『ティーガー殿ッ!!』


 表向きでは金庫である事以外に利用価値が無いとされる石塔の内部だが、その実は情報部お抱えである開発課の魔法技術によって大規模情報収集基地へとその姿を変えていた。

 狭い石塔では塔の階層毎に部屋を設けてもろくな部屋を作ることができないが、空間を捻じ曲げることで三人のいる作戦室の他、世に知られる局長室と金庫の他、第一から第七調査班室、書庫、武器庫、開発室と様々な部屋を有している。

 これら復興局の心臓部には全て結界が貼られており、外部の人間は石塔の扉を開いたところで真の情報部への扉は開かれず、そこにあるのは古びた石部屋と階段のみ。

 情報部の秘密にたどり着くことは決してできないのである。

 つまり情報部どころか復興局の人間ですら無いケイネスは石塔に向かうだけ無駄であったのだ。


『まぁそんな冗談いいとして、石塔に入っても無駄な事を知ってるからこその退却だと考えるなら……あれ? フライアちゃんの行動は敵に石塔には秘密があるって教えちゃった事になってないかな?』


 やる気のないハロルドが感情なく笑う。


『えっと、部長、それはもしかして、わ、私を批難しているのですか?』


 予想外の、しかしよくよく考えてみれば予想しえる失態の追求にフライアは激しく狼狽した。


『べぇつに、ただ復興局は基本的にはどの組織にもオープンな組織なわけだし、変に拒絶するよりはさせるだけさせて諦めさせればいいのにな~って思ってた矢先に騎士団の副団長様を空砲とは言え発砲したって聞いてびっくりしただけだよ?』

『そ、そのですね、石塔には金庫もありますし、なにより現在復興局は先日の作戦の結果、騎士団にその実情を暴かれんとする危機的状況にありまして』

『知ってるよ? ウチが五年もの歳月と多額のお金と大量の人員を費やした作戦が、まさかのマッセイヌカ不在と言う驚くべき原因で不完全燃焼に終わっちゃったって事だろう?』


 僕ぁ統括部長だからちゃんと詳細まで知ってるよん、と呑気な口調でハロルドはフライアの主張を遮る。


『世間じゃ残党の大群を騎士団が倒したって騒いじゃいるけど、将不在の残党軍なんてあり得ないからね〜。騎士団上層部は復興局が大将首とったんじゃないかって証拠探しに躍起になってらっしゃる。ホント、面倒極まりないよね』


復興局は騎士団と言う光に隠れる影である。そう位置づける事で、復興局は聖王国を含めた諸外国から恐れられる事なく力をつけ続けた。

しかし、近年その隠れ蓑に綻びが見え始めたのだ。

魔王軍残党のそのほとんどは名もない雑魚ばかりの上、徐々に平和になりつつある世界では戦う騎士団の姿よりも共に歩んでくれる復興局にその信奉の目を向け始めた事が原因である。

このままではもともと復興局を快く思っていない国々が難癖をつけはじめて来るのも時間の問題であった。

この事態を受けて、五年前、復興局はある一つの計画を立てた。

かくれんぼ、と名付けられた特殊作戦の始動である。

兼ねてから所在をつかんでいた魔王六将軍マッセイヌカを泳がせ、騎士団への支援要請を調節し、マッセイヌカの勢力を増大させる事で残党を一箇所に集める。

増大した残党軍を国境に誘導し、同時に聖王国騎士団と他国の騎士団を短時間で終結できるよう国境に騎士団も誘導する。

最後の仕上げに復興局のタレコミによってかつてない程の規模を持つ残党軍の存在が発覚し、騎士団によって討伐。

残党のほぼ全てとも言えるマッセイヌカ軍が消え、騎士団は真の意味で魔王との戦を終わらせた功労者として称えられる、はずだった。

しかし蓋を開けてみれば、騎士団が残党軍と接触した時にはすでに戦場は大混乱、マッセイヌカの姿はすでになく指揮系統が完全に麻痺した残党軍はなす術もなく騎士団に蹂躙されたのだった。

結果的には大勝利を納めた騎士団だったが、将を落とさずして終わった遺恨の残る結果に民は納得しても騎士団は納得できない、故の不完全燃焼である。


『だ、だからこそ万が一にも石塔の秘密が暴かれまいと、そ、それに金庫だってあるんです! 情報部の人間として侵入を阻むのは当然じゃないですか!!』


苦節十余年。幼い頃より復興局に所属し、情報部第一調査班として最前線で働いてきたフライアにとって、新設された第七調査班班長の座は夢にまで見た復興局幹部への大きな一歩である。

その班長に就任して早々、騎士団に情報部の実情を露見させるなどという大失態を犯すなどあってはならない事実であった。


『部長!!』


取り乱すなという方が酷である。


『まぁ色々解釈はできるけど、まぁ今回の件は不問としておくよ。僕もあれは予想外だったしねぇ〜』

『あ、ありがとうございます! この失態は次の任務で挽回いたします』


そんなフライアの必死の弁明が届いたのか、一度は胸を撫で下ろす彼女だったがハロルドの次の言葉にフライアを再び地獄に突き落とす。


『うんそうだね。ただ、一時かくれんぼ関連の捜査からは外れてもらうからそのつもりでね〜』


マッセイヌカの失踪、その真相を究明する事は現在情報部が、ひいては復興局が解決すべき最優先最重要案件であり、ここから外れてもらうと言うのは事実上の左遷である。


『そ、そんな、さっきは不問だって』

『いやね、なんか開発課が大量の召喚石が必要らしくってさ、確かスゼットの迷宮って暴走召喚式の迷宮だろう? 幾つか回収してきてほしいんだよ』

『であれば迷宮に潜るフーマーにでも回収させれば』

『軍備はありませんで通してる復興局が、武器転用可能な魔石を大量に集めてるなんてバレたらまずいっしよ? できるだけ身内で事を済ませたいけど、迷宮に潜るとなるとそれなりに強い人じゃなきゃ死んじゃうしね』

『だからってそんな、お使いなんて』

『あらら、そんな事言っちゃう? いやま副団長撃退の件は今更どうこう言う気はないけど、これ以上反論するならこの請求書、第七調査班に回すよ?』


左遷を回避すべく食い下がるフライアに、ハロルドは止めの一撃とばかりに一枚の紙切れを彼女に渡した。


『……見積請求書ってなんですかこの額!?』


 紙切れに書かれた額は金貨五十枚相当、情報部員という決して安くないフライアの年収とほぼ同額である。


『いやぁ、だってガラス割っちゃったじゃん? あれって高いんだよねぇ~』


復興局の窓はそのほとんどが鉄格子や木板によってできている。

そもそもガラスは高級品であり、それを窓にあしらうと言うのは贅沢な仕様であるのだ。

よってガラスでできた窓は復興局の中でも、その起源である石塔がよく見える様に観光客の訪れる六号塔の内側と、防犯の都合上一号塔へ向かう人間がわかる様渡り廊下に設置されるのみとなっている。


『………そ、そんな』


その高級なガラス板を一度の発砲によって数十枚割ったとあっては修理の額も跳ね上がると言うものだ。


『それじゃ、よろしく頼むよ』


それが決め手となり、以降真っ白な灰と化したフライアに代わってヨシミツは任務を拝命し休む間もなくスゼットへと飛び立ち、現在に至る。

 

「やっとスゼットの町に付きましたなティーガー殿」


 スゼットの町は村であった頃の中心部より迷宮に向かって大きく伸びた石畳を中心に構成されており、二人のいる東門はその大通りに最も近い門であった。

 人が十人は並んで歩けるほどに広いこの通りには、晩飯時ということもあって宿屋・酒場や食事処を中心として通りを歩く人々に向かって本日最後の賑わいを見せていた。


「ティーガー殿?」


 やや頭を項垂れ返事のないフライアをヨシミツは心配する。

 念願の班長職に就いた矢先の左遷に旅立ってすぐは再起不能、エールドラゴンにロープで括りつけねば落ちてしまいそうな程に消耗仕切っていたフライア。

それでも一度目の休憩の時には落ち着きを取り戻し、スゼットに付く頃には部長に逆恨みするまで回復していたのだが、まだあれから数日と経っていないのだ。まだまだトラウマが言えるには十分な時間が足りていない。


「………あれは絶対アタシは悪くない、アタシの優秀さを恐れた上層部の陰謀よ、絶対復讐してやるんだから」


 しかし目の前の女は強くたくましく呪詛を呟いているのだった。


「ティーガー殿、気持ちはわからなくも無いが、とりあえず今は任務に集中してはいかがか?」

「わかってるわよ! でもただこなしたんじゃ面白く無いわ! 最高に質のいい召喚石集めて部長の鼻を明かしてくれるわ!!」


 ダメだ、まったく反省していない。

 全くダメな上司では無いが故にやりづらい、フライアとは全く違う意味合いで項垂れてゆくヨシツネの頭は、これからどうすればフライアの暴走を止めつつ任務を遂行しようかと見つからない答えを探して思考の闇へと落ちてゆく、


「ちょ、ごめんよ!」

 

 少年とヨシミツがぶつかりそうになったのはそんな時でだった。


「うお!?」

 

 ぶつかる寸前のところで少年はフライアとヨシミツの間を抜けるように走り抜けていく。


「どけ、クソ! 待ちやがれこのクソガキぃ!!」


 そのすぐ後から屈強な三人の男達が二人を押しのけて少年の後を追ってゆき、すぐさま走る四人の姿は見えなくなっていった。


「やはり荒くれ共の多い町だけあって、治安の方は今ひとつ悪いみたいですな」


 四人の消えていった角を見つつ、呟くヨシツネは念の為に自分の財布を確認する。


「まぁ流れ的にあの子が何かやらかしたか……グルか、どっちかでしょ、スられてない?」


 人が多いと言うことはそれだけ犯罪の横行も増えると言うことだ。

 特に道具も力も必要としないスリはリスクの少ないお手軽な犯罪として、老人から子供まで幅広い年齢層が手を染めている。


「いえ、ティーガー殿は?」


 人にぶつかって財布を盗るのはスリの常套手段だが、人から追われているという状況は注意を散漫させるに十分すぎる手である。


「このアタシがスリ如きに負けるわけがないじゃな……」

 

 日々情報部として様々な町や国を訪れる二人は当然や偶然と言う言葉に信頼を置かない。

 

「……あれ?」


 と、格好付ける所を豪快に外すフライアにヨシツネは疑いの眼差しを向ける。


「……まさかティーガー殿」

「ち、違うわよ! 財布はあるから! そうじゃなくて、そこ! 地面を見なさい!」


 慌ててそれを否定するフライアは、先ほど少年が走り抜けた二人の間、その地面を指さす。


「財布、ですな」


 そこにはご丁寧にも外側に自分の名前と宿泊先の宿の名前が書かれた財布が落ちていた。


「これは持って行ってあげるべきなのかしら?」


怪訝顏で財布を拾うフライアは、そう自分とヨシミツに問いかける。

その時一陣の風がスゼットを吹き抜けた。

風は町を抜け、迷宮へと吸い込まれる様に入ってゆく。


夕暮れの町並みに役者は揃い、今物語の幕があがる。

一週間でここまで書いたの初めてですorz


よの連載作家さんぱないす、尊敬しますorz


また一週間頑張りますのでどうぞよろしくおねがいいたしますm(_ _)m

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