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フレキシブル・ハート 戦魔災害復興支援局  作者: 竹中 姫路
序章 はじまりはとある魔人の不幸と供に]
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序章

趣味作品です。

指摘・感想・誤字・脱字

どしどしいただけると幸いな事このうえありません。

 世界は救われた。

 悪逆非道、残忍にして狡猾なる魔王を倒した勇者一行によって、世界は救われたのだ。

 その知らせは風が丘を駆け抜けるが如く、瞬く間に広がっていった。

 魔王は倒された、と。

 どれほど長い間この知らせを待ち焦がれていただろうか。

 麦摘みの少女は落とした麦を拾うのも忘れて母とともに兵である父のもとへと走った。

 村を焼かれた若者はかつて血が滲む程握りしめた拳で涙を拭った。

 多くの戦いを生き抜いたある騎士は友の剣を地面に突き刺し、静かに酒を注いだ。

 財を、国を、家族を、希望を、ありとあらゆる物を奪われ続けてきた人類にこれ以上の喜びはなかった。

 その日から七日七晩、人々は大いに飲み、食べ、歌い、踊り、神と大地、そして勇者に感謝の祈りを捧げたのだった。

 解放祭―ヘメロカリス

 そう名付けられた宴は毎年国を、世界を挙げて盛大に行われる事となった。

 そしてその日、人々はいつもの様に、この日のために用意した一級の肉や新鮮な魚を惜しむことなく使った豪勢な料理を広げ、この瞬間のために禁酒をしていた男たちは杯に酒をあふれんばかりに注ぎ、街に祭りの開始を知らせる火を焚こうとしていた。

 今年もまた例年通りに始まり終わることを、人々は信じて疑わなかった。


「ま、魔軍が!」


 十四度目の宴の日、この日を迎えるまでは。


 魔軍。

 魔王なき残党達。


「……ふ、ふは、ふははははははは……久しいな」


 その中で、一際大きな存在感を放つ一人の魔人の声が低く唸る。


「………勇者よ」


 かつての魔王六将軍が一角、毒牙のマッセイヌカ。

大の大人が見上げるほどの巨躯に、禍々しい悪鬼を模した鎧を纏う狼の魔人。その牙と爪がどれほどの人の命を奪ってきたのか、赤黒い鎧の染みが雄弁にそれを語っている。


「そしてここが、貴様の墓場だ!」

「しょ、将軍。しばしお待ちを」


 まさに将軍、まさに魔王、そんなセリフを言い放ったマッセイヌカに部下の待ったが入った。

 マッセイヌカよりも二回りも小柄な側近の魔人はおずおずと彼の前に立つ。


「……どうした?」


 決め台詞に茶々を入れられ、マッセイヌカはやや不満気味に尋ねる。


「セリフ少し飛んでおります、台本五ページ目を御覧ください」

「うむ………」

「ここは魔王様が倒された事でマッセイヌカ様が次代の魔王であると宣言する部分が抜けております」

「す、すまぬ、少し気が早ったようだ」

「いえいえ、あの戦いで傷を負い、ようやく準備が整ったのです。気がはやるのは当然かと」


 打倒勇者、その目的を果たすためまずは聖都を陥落せんと兵を進める魔軍。

聖都までの道のりは長い。まだまだ距離のあるその地でマッセイヌカは野営を貼り、部下の用意した台本をもとに今宵の軍議の課題である『勇者と相対した場合その一』を開始していた。


「しかし、あれだな、勇者を慄かせる虚言とは言え、魔王様に不尊な言葉を吐くのは気がひける」

「いえいえ、将軍は次代の魔王様を名乗るに相応しき御方、きっと先代も地獄で喜ばれていることでしょう……では続けましょう、台本にもう一度目をとおしていただいてもよろしいでしょうか?」

「うむ、あいわかった」


マッセイヌカは素直に部下の言葉に従い、ロウソクの明かりを頼りに淡々と台本を読み始める。決して狭くはないが、その巨体と相まってやや狭く感じるその空間で、側近である数人の部下に見守られながら、マッセイヌカは背中を丸め、時折ポリポリと頭をかく。


「……うむ」


 やがて、ぱたんと台本を閉じ、


「ふ、ふは、ふはははははは」

「将軍、今一度よろしいでしょうか」


 おもむろにシミュレーションをし始めるも再び部下に止められた。


「む、今度はどうした?」

「笑い方に威厳が足りませぬ、それではこう、中ボス程度の風格にございます。もっと腹に力をこめ、四方から声が轟くよう、ふ・は・は・は、と」

「うむ、ふっはっはっは」

「『っ』をいれてはなりませぬ『っ』を入れては軽くなります。将軍は芸を見て笑っておられるのではないのです。勇者を威圧し、蔑む笑いなのです。一文字一文字に魂を込め、ふ・は・は、と!」

「うむ、ふ・は・は」

「その調子にございます! ふ・は・は」

「ふ・は・は」

「ふ・は・は・は・は」

「ふ・は・は・は・は!」


台本を片手に、実直に発声練習をする二人は、端から見ればそれはもう滑稽であることこの上ない状況ではあったが、部下も、そして外にいる誰一人として笑う者はいなかった。

 かつてマッセイヌカは勇者に破れ、長い年月を治療に費やしていた。

魔王が倒れたその日、何をすることも叶わぬ憤り、しかしマッセイヌカは耐えた、耐え兵を集め鍛え、そして今日この日、先代の仇を討ち新たな魔王となるため聖都へと進軍を開始したのだ。

 あの屈辱に比べれば、この程度!

 マッセイヌカは高笑いをすべく立ち上がり伸びをし始め、


「ぶぅわぁはぁ、はぁ……はぁあああ!?」


 盛大に前へと吹っ飛んでいった。


「お前らぁ………」


 何が起きたのか、見守っていた部下や当のマッセイヌカでさえわけがわからない状況の最中、その声は轟く。


「アホかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああ!!」


 空気を震わすほどの大声が混乱する部下達をすくませる中、マッセイヌカはようやく事態の一端を理解した。

 自分は今、あの声の主に、侵入者に背中を蹴られたのだ、と、


「が、ごほごほごほ……だ、だ誰だ貴様は!?」


 こみ上げる咳を無理やり抑え問いただすも、将たる自分の背後をまったく気配も感じさせずに取られた上になかなかに恥ずかしい現場を見られたとあって、ひどく狼狽する魔王六将軍、毒牙のマッセイヌカ。


「あのなぁ、将軍だなんだか知らねぇけどなぁ」


 そんな彼のことなど気にも止めずに、侵入者は続ける。


「あんた今日がなんの日か知ってんのか? あ?」


 侵入者は裏切った魔族でも、目覚めた魔人を討たんとする勇者でもない、


「今日がなんの日だと? それは吾輩の」

「今日なぁ、へメロカリスの初日なんだよぉ!」


 齢二十にも満たない少年であった。


「へ、ヘメロカリス?」

「そうだよ! それも初日だ! 初日なんだよ……」


 黒い短髪をガリガリとかきむしり、怒りを顕にする少年の黒い瞳はマッセイヌカへと向けられていた。

――何なんだこのガキは

くたびれた白シャツに黒いチョッキ、同色のパンツにただの革靴。

ザ・町民。

とても万はくだらない魔軍の野営地、それも 将軍のテントに乗り込んでくる装備ではなく、武器らしい武器と言えば右手に握る妙に柄の長い短剣のみ。どうしてこんな奴がこの場所にいるのか、あまりに場違いな少年にマッセイヌカは混乱した。


「あんたこの祭りがなんなのか知ってんのか!? あぁ?」

「おい、小僧、貴様何が目的で」

「るっせんだよこのド変態が!」


 わずか数歩の先にいる少年を、肉塊に変える事などマッセイヌカにしてみれば造作もない事である。しかし、動けない。

 いっそ攻撃してしまうか? いやしかし、この大規模野営地の中央に単騎で突入できるはずがない、少数精鋭? なれば何故ここにきて攻撃もせずにいる? もしや我が兵は全滅し、外には王国の軍勢、それゆえの余裕か?

 動けない。

マッセイヌカは少年の出方を伺い思考する中、部下達は固唾を呑んで見守るしかなかった。


「・・・・・・いかにしてここに、目的はなんだ?」

「目的ぃ? 復讐じゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!」


 少年の叫びに驚いた魔物が一匹、早って少年に牙を向いた。しかし、牙は少年には届かない。右足を軸にわずかに左足を引き少年の体が横向きになる、最低限の動きで魔物の攻撃をかわすと、引いた左足膝を魔物の腹部に叩きこむ。たまらず魔物は吐瀉物を撒き散らすが、少年はその汚物が地につくよりも速く、隙だらけの背中に短剣を突きたてた。しかし反撃はまだ終わらない、少年は流れるように体を半回転させ短剣を引き抜きながら、魔物に腹部に一撃食らわせた左足を軸足に、今度は右足を背中に叩きこむ。


「ぐぎゃ!?」


 魔物はそのままテント壁を突き破り外へと文字通り叩き出された。


「・・・・・・・・・ッ!?」


 身の丈マッセイヌカの半分あるだろうかという少年、その少年が部下の一人を軽々と足蹴にする光景に、マッセイヌカは驚きを禁じえなかった。

 魔物はマッセイヌカと同じく狼の魔物、大きさこそマッセイヌカには及ばないが、同種の魔物よりは十分大柄、加えてこの魔物はマッセイヌカの側近である。そこらの雑兵とはわけが違う。


「き、貴様、何をしたぁ!?」

「動くな! 下手に動くでない!」


 今にも少年に向かって行きそうな部下達を抑え、マッセイヌカは立ち上がる。

 正面から攻めて不利ならば、計を巡らすが必定。


「復讐、と言ったな。我ら魔軍に家族を奪われたか」

「家族ぅ? んなもんどうでもいいわぁ!」


 復讐、報復、恨みつらみを晴らす行為は得てして根が深く、目の前にその仇がいるとなれば罵詈雑言を浴びせたくなるのが人情と言うものだ。


「であれば……恋人でも殺されたか?」


 我を前にし、おそらくこの少年は怒りは最高潮、怒りのあまり言葉も出ない。

 マッセイヌカ思考を重ねる。

 であればその言葉の堰を突付き、吐き出させようではないか。


「………あぁ?」


 今までにない少年の反応に、マッセイヌカの口が綻ぶ。

 一度堰が決壊すれば、その勢いはすべてを吐き出すまで止まらない、少年が語り出した時、その時が最大の好機である。

 マッセイヌカは足に、腕に、徐々に力を込め、堰の崩壊を今か今かと待ちわびる。


「ふ、ふぁっはっはっは、そうか、貴様は恋人の仇を取りにこの毒牙のマッセイヌカに、単体で挑むか、っはぁぁぁぁぁぁぁっはぁっはぁはぁ!」

「…てめぇ」


 来る、来るぞ!

 少年の顔が憎悪に歪む、まさに決壊の時、振り上げたマッセイヌカの右腕は、


「んな恋人ほしいわぁ!!」


 そこでピタリと止まる。


「………んん?」


 先ほどまで怒りに満ちた少年の顔は一転、その目からは大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちている。恨みのあまりに流れる血の涙ではない、哀愁ただよう敗者の堕涙。

 マッセイヌカはあまりに予想し得ない展開に頭が真っ白になる。


 いやいやいや、そこは違うだろ?


 マッセイヌカが求めていたのは罵声であって、悲哀ではないからだ。


「あのなぁ、へメロカリスは年一のイベントなわけよ? 最大のイベント、誕生日と新年がいっぺんに来るようなもんなのよ、人にとっては? わかる? 誰も彼もが浮かれあがる解放祭なのよ、心も、体も! 心も体もッ!! つまり女の子を引っ掛けるのにこんだけ都合の良い日はねぇんだよ! いつもはまき餌でおびき寄せて静かにうきが沈んでは浮かび沈んでは浮かぶ嘘とホントの騙死愛が、ただ針つけて引っ掻き回す転がし釣りに変わるんだよ! それで大量だよ! こんな男に引っかかる私じゃないけど、まぁ今日くらいはいいんじゃない? って、サイコーだよ! その、その初日をだよ? どこの馬の骨とも知らねぇ馬鹿に潰されて怒らねぇわけねぇだろうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁああああああああああ!!」


 堰は破られ、言葉の濁流がテントを満たす。少年の最大の隙にして、攻撃最大の好機、だが誰も動かない、動けない。


「ちょ、すまぬ、つまり貴様は」

 マッセイヌカは内心まさか、そんなわけがないと心に言い聞かせながら、恐る恐る少年へと状況の整理を持ちかけた。


「ナンパ邪魔すんじゃねぇよてめぇえ!!」


 しかし現実は非情であった。


「………な………」


 轟く怒号は、


「……んぱ……」


 凪を迎え波一つ立っていなかった感情の水面に波紋を産んだ。


「…だと?」


 波紋はやがて波に変わり、波はうねり嵐となる。


「貴様そんな事でこのマッセイヌカを討ちに来たというのかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああ!!」

「あぁん!? 自分にとってはどうでもいいことでも、他人にとっては大切な事があるって先生にならわなかったのかよ! そんなんでよく人の上に立てたなぁ? あ、そうか魔族だから別にそんな気を使わなくったっていいわけだ、いいよなぁ魔族はかぁいいお姉ちゃんがいっぱいいてよぉ!」

「貴様まだそんなくだらん戯言をぬかすかぁ!」

「あ、てめ今くだらないって言ったか? 言ったな? カッチーん、もう何言っても許さねぇから、素っ裸で逆立ちして鼻からスパゲッティすすっても絶対ぇ許さねぇから!」

「死ねぇぇぇぇぇぇぇええええええええええええええええええええええ!」


 こうして少年とマッセイヌカの戦いの火蓋は、最低な形でもって切って落とされたのだった。


数時間後、国家いや世界存亡の危機に駆けつけた連合騎士団によって魔軍は全滅した。

人類は再び勝利を収め平穏を手に入れたのだ。

ヘメロカリスは再開し、国は騎士達を、新たな勇者達の凱旋を、それは盛大に迎え入れ国の英雄たる騎士達は意気揚々と民草に語った。


『魔王を失った魔軍など恐るるに足らず、将のおらぬ軍など烏合を蹴散らすが如く』


 騎士達は知らない、

魔王六将軍 毒牙のマッセイヌカ

とある不幸な魔人がいた事を。

ここまで読んでいただき有難うございます。

仕事の都合上、不定期連載かつ作者の筆は非常に遅いです。

大変申し訳ありません。

それでも期待していただける方!

ありがとうございます!

頑張って書きますので見捨てないでください。

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