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苦手な方はご注意ください。

CreatorS WarS ~The first day~

作者: 荒川サハラ

皆様に楽しんでもらえるようなモノを描きたいと思います。


頑張りますので、宜しくお願い致します。


荒川サハラ

見上げた夜空に月と星。

やがて月と星は沈み、太陽が昇るだろう。

その悠久の時流(とき)の中で、君を。


☆ ☆ ☆


今これを読んでくれている誰かが、男であれ女であれ、大人であれ子供であれ、老いていようが青春真っ盛りでいようが、少しだけ過去を思い出してほしい。

こんな思い出がないだろうか。

もう顔も名前も思い出せない友人達と、ヒーローの話をした記憶だ。

こんな上から話している僕自身、そんな遠い日々のことを昨日のことのように思い出せる1人だ。

友達から聞いた英雄譚に眼を輝かせ、英雄に関する本をねだり、読めない漢字を必死に調べた記憶がある。

何でこんな話をしているのか、不思議に思う人が大半を占めていることくらいわかっているつもりだ。

それでもこんな話をしているのは、それが僕の生き方を大きく変えてしまったからに他ならない。

流石文明の利器だ。

こんな簡単に、こんな眉唾な話を不特定多数の人々に読んで貰えるなんて。

眉唾な、とはいえ、この話は紛れもない事実で、だからこそ嘘臭い。

全て過去の若い思い出。

それは誰もが持ちうる歴史であり、恥じることはないと僕は思う。

あなたのご両親も、同じような経験をしているだろう。

今一度考えてほしい。

あの頃、色んな想像を膨らませ、星の筆で銀河のパレットに壮大な物語を描いていた、あの感動を。

その作品は自分だけのモノで、誰の目にも入ることなく、頭の中の引き出しのなかで埃を被ってしまっているかも知れないけれど、一度その引き出しを開ければ、昔と変わらず、あの色鮮やかな世界を見せてくれるはずだ。

今から語るのは、僕の物語。

いや、僕らの物語だ。

忘れはしない、忘れられないあの日々を、この機会に、多くの人の目に入れておきたい。

信じてくれとは言わないし、笑い話にされても構わない。

ただこれは1人の中年のぼやきだ。

ひたすらに、この指の力が続く限り書き綴ろう。

赤裸々に、正直に、力強く。



― ――――さぁ始めよう。

僕と、友人達と、英雄たちの想像(ものがたり)を。



☆ ☆ ☆


心臓が激しい鼓動を刻んでいる。

より激しさを増す音に急かされるように、足を速めた。

通い慣れ、見慣れた通学路。

耳に響くのは心臓の音だけだ。

その暗い道を照らすのは切れかけた街灯の心細い明かりだけ。

街は既に寝静まっていて、いつもの喧騒が嘘のようだ。

「ハ―――、ハ―――ッ」

息があがる。

クソ、運動不足だからってここまで酷くなくても良いだろうに―――!

悲鳴をあげる両足を強引に押し出して、一人学園を目指す。

一葉も一葉だ。

こんなに遅くまで学園に残るなんて。

いくら明日が学園祭といっても限度があるだろう。

時刻は一時を回っている。

十時ごろからそわそわしはじめ、日付が変わった頃には辛抱堪らんくなってしまった訳で。

もっと早くに迎えに行ってやれば……と後悔しつつ。

山に紅が似合う十月中旬。

まだ冬は先のこととはいえ、夜風は冷たく頬を叩く。

それに反して顔は火照り、汗が額を濡らしている。

たかだか五キロの道程があまりに遠く感じられる。

勇祭(いさまつり)市。

その東側は山が連なっている。

そんな東側に居を構えている人々の学園といえば、山の中腹に位置する山典晃(さんてんこう)学園だ。

略して山学(さんがく)

山岳の間違えではない。うん、本当に。

その人々の中に、我が家族は含まれる。

そういった地形ゆえに、五キロの道程の大半は山道だ。

緩やかな上り坂なのがまた質の悪い。

疲れたダルいうざったい。

そんな愚痴を溢して登下校する生徒が大半を占めていることくらい、考えなくても解るだろう。

そんな道を走る。

シャツは背中に貼り付き、不快感を全身に伝えている。

喉が痛い、肺が苦しい。

そもそも何で山の中腹になんか学園を建設したのか。

いろいろと推測はされているものの、あくまでもそれらは推測の域を出ない。

例えば、そこにしか空きがなかった、とか。

例えば、そこにしか建てられない何かがあったんだ、とか。

理由はどうあれ、山中はないだろ、山中は。

どうにかこうにか坂を走りきり、一息ついた。

街を一望することのできる場所。

明かりの消えた街の上の夜空は、満天の星々を抱いていた。

ここまでくれば、家から四キロということだ。

残り一キロ。

そう思えば、自然と足に力がはいった。

荒い息づかいだけれど、まだ走れそうだ。

その視線の先、一キロ先に、微かな光を灯した二階建ての建物が見えた。

時代錯誤な木造の校舎だ。

あそここそ、僕が目指している目的地。

さて、心なしか軽くなった足を早めよう。

きっと一葉のことだ、もう寝てしまっているだろう。

教室の隅で膝を抱えて眠る一葉の姿が容易に想像出来る。

もう校舎は目前だ。

錆び付いて立て付けの悪くなった門を開いた。

次第にはっきりとした輪郭を見せた昇降口へとラストスパートをかけ、僕は校舎へとたどり着いた。




いつの時代も、真夜中の校舎ほど不気味な場所はない。

少なくとも、僕はそう考えている。

ましてやこの山学は木造だ。

一歩足を出す度に床板が鈍い軋みをあげる。

「夜の学園で何ビビっちゃってんの?」と強がりを言うことはできない。

ほら、だって怖いじゃん?

そんなこと言えるのは頭のネジが外れかかったヤツだけだ。

昇降口を抜けると、目の前に階段が見える。

二階へ上がるための唯一の通路だ。

日の当たる日中でさえ暗い階段は、月光を浴びてさらに暗く、そして美しくその全体を際立たせている。

上履きに履き替えて階段に向かい大股で歩き、一段飛ばしで上がって行く。

ギシギシという嫌な音を聞き流し、ただ前だけを見据えている。

怖い時の対処法その1である。

息をすることも忘れたまま階段を上がりきり、左へ足を向ける。

階段を上がって左側に六つ連なった教室の、奥から二番目が目的地だ。

……ったのだが。

「電気付いてないって!」

思わず一人、誰に向けてか突っ込んでみたものの、声の反響の大きさによりビビる。

おい嘘だろマジかよ。入れ違えなんてお呼びじゃない!

と思ったところで結果が変わる訳もなく。

もう一度本当に電気がついていないことを確認して、踵を返す。

そこでピンときた。

図書室。

一葉は大の文学好きだ。

本屋で六時間以上立ち読みをしていて店員に注意されたと話していたのを思い出した。

まぁ、そこにいなかったら諦めて帰ろ。

回れ右して歩き出す。

図書室は一階の昇降口のすぐ右だ。

さっき電気がついていたから、誰もいないということはないだろう。

暗さにも慣れ、廊下の全体像が感じ取れるようになり、歩くペースを少しだけ上げた。

階段を二段飛ばしで駆け降り、図書室のドアを開ける。

天井に届こうかというほど高い本棚がところ狭しと屹立している。

その棚一段一段に、あらゆる本がびっしりと並べられている。

この学校は公民館も兼ねているため、こういった施設は十分すぎるほど充実しているのだ。

見掛けはそうでもないのだが。

その本棚の奥、いくつも並べられた長いテーブルに、一人の女子高生が座って本……ノート?を読んでいる。

足音に気付いたのだろう。彼女は顔を上げた。

「あ、お兄ちゃん」

どうしたの?と言わんばかりの口調だった。

「こら一葉、明日が学園祭っていっても限度があるだろう?心配するから電話でもかけてくれよ。」

「ふぅーん?心配してくれたんだ?」

「そりゃな。家族だし、妹だ。心配しない訳ないだろ。」

「……そっかそっか。」

この女子高生こそ、探していた一葉……僕の妹である。

家事全般を得意とする至高のスキルを持ちつつ、それを活かしきれていないなんとも言えない残念娘だ。

「いやぁ、申し訳ないねぇ。ちょっとハマっちゃってたよ」

「まぁ次は連絡入れろよ」

「ういー」

「……」

尋常じゃなく不安だ。十中八九またやるだろう。

でも良いかと思う。その時はその時だ。

「で、何をよんでんの?」

「あ、それ聞いちゃう?聞いちゃうの?」

「……」

いたずらな笑みを浮かべて一葉は聞く。

「お兄ちゃんは見ない方が良いと思うよぉー?心に傷を負うよ?立ち直れないよ?それでもいいなら……教えてあげるケド?」

「すげー気になる、けど……全力で僕を押し留めようとする僕がいる」

「そんな言葉遊びはいいからさー、見たいの?拝見したいの?熟読したいの?どれ?」

「見ないって選択肢はないんですね!」

「さあ、選ぶんだお兄ちゃん!」

目を輝かせて僕を見る一葉。

そして僕は。

「見る」

この短くて大切な物語の、始まりの行為を選んでいた。



なんでもないこれが、物語の始まり。

この選択が無ければ、物語は始まらなかった。この出来事が無ければ、僕はいつまでも一般市民で、こんな作者まがいの事をしていることもなかっただろう。

それは当たり前のように日常に溶け込んでいるなんてことも、この時の僕らはまだ知らない。

いや。

むしろ、ここでは僕らが異常だったのだろうか。



「ほい、お兄ちゃんwww」

「何で語尾に草生やしたんだ?」

「見ればわかるよ?」

こっちに向けて差し出される手には、ノートがある。

角がぼろぼろになっているから、最近の、とは思えない。

半ば奪い取るように、そのノートを受け取った。

裏を見ても、名前や、教科名なども書いてない。

「ほら。昔の自分とご対面だよ!」

一葉の言葉から察するに、これは僕に関係するナニかだ。

だからといって、一葉に「見る」と言った手前、開かないことはできない。

やけになって、それを開いた。

1ページ目……何も書いてない。

もう1ページめくった。


『世界には、英雄と呼ばれる人々がいる。私は、彼らの中で最強の存在を知りたい。だが、トーナメント形式の戦闘をしたところで、それが彼らの実力とは言い切れない。Aという英雄が初戦でBという英雄を倒し、二回戦でCという英雄に負けたからと言って、B<A<Cという結論にはならない。Aに負けたBがCに勝てないとは言い切れない。つまり、英雄同士の戦いでは、英雄の本当の強さは見えてこない。だとすれば――――――』


「……こ、れは」

かなりイタイ。

何がイタイって「カッコつけてるゼ」感がありありと感じられる。

そして更に破壊力を高めているのは、この文を書いたのは他でもない僕自身であることで。

「うぐおあぁぁぁぁぁぁあっ!?」

「あははっ!それ着メロにしたいwww」

そんな一葉の声など耳に入りはしない。

今の僕にあるのは一刻も早くこの暗黒物質(ダークマター)を処分するという使命感だ。

なにが英雄の実力を知りたいだ。

中学二年生にも程がある!

いや、確かにこんなモノを書いたような気もする。

友達と一緒にあれこれ話し合った記憶もある。

でもなんだってこんなモノが今さら―――

「一葉!これ……」

「昔お兄ちゃんが使ってた部屋……つまり今の私の部屋から発掘したのだ!」

ドヤァ。

おおおおぉ、僕の馬鹿!

こんなの忘れてたよ!

いくらあの頃そーゆーカッコ良い文章に憧れてたからって自分でこんなの書いちゃダメだろっていうか何処に隠してたんだ大掃除したときにも見付からなかったのにそもそも何でこんなのを大事に取ってたんだ僕は!?

「さらばあの頃の僕ーーーッ!」

そして僕は大きく振りかぶって―――――

「コラ落ち着けお兄ちゃん」

一葉に頭をぶっ叩かれた。

ショボンとなる。

なんて辱しめなのか。

妹に黒歴史をみられるなんて。

我が人生一生の不覚。

「さて、帰ろ?もう遅いし」

見れば時間は2時を回っていた。

「そう……ですね」

もう喋る気力も失せた僕はそう返すことしか出来なかった。

一葉は完全に脱力した僕の手からノートを引ったくると丁寧にスクールバッグにしまいこんだ。



帰り道をどのように帰ったのかは記憶にない。

気づいたら家の自分の部屋で布団を被っていた。

夜遅いということもあってか、眠気はすぐにやってきた。

それに身を委ねる。

意識がブラックアウトする瞬間。

「あのノートって……誰に渡されたんだっけ……?」

買った記憶ないなぁ。

誰かに貰った気がするなぁ。

そんな事を考えていた。



☆ ☆ ☆


赤い×××の夢を見た。

思えばそれは太陽だったのだと、目覚めてから気付いたのを覚えている。

頬は冷たく濡れていた。

涙は止めどなく流れ続ける。

どんな夢の詳細は思い出せないけれど、確かに僕は、悲しい×××の夢を見た。

赤い×××の夢を見た。

悲しい×××の夢を見た。

庭の紅葉が、朝の秋風にゆれている。



☆ ☆ ☆


哀しみとは人生の糧である。

それは誰の言葉だったろうか。

昨夜と同じ道を辿り、学園を目指す。

昨夜というが、実際のところ今日の深夜だが。

欠伸を噛み殺しながら、坂を上がっていく。

昨日の全力ダッシュのせいか、太股が地味に痛みをはなっている。脹脛(ふくらはぎ)は張っていて、いつにも増して歩き辛い。

今日から学園祭。一葉のやつ、朝起きたらもういなくなっていた。

テーブルに上には、「先に行くね、寝ぼすけ兄貴♪」と書かれた置き手紙。

起きたのは6時。

一体何時に出てったんだろうか。

いくら楽しみだからって、早く行き過ぎもなんかなぁ…

3年の僕はクラスの出し物はない。

一方、2年の一葉はクラスの実行委員だそうだ。

大変だな、と思う。

そう思っても、確かに去年の今頃、僕も一葉のように学園祭を心待にしつつ、準備に追われていたのだと思えば、1年という時間の短さが感じられる。

哀愁、とは違うけれど。

何となく懐かしい気分になる。

あの頃隣にいた友人たちはもういない。

今でこそ僕は、学園に言ったところで特につるんだり、放課後一緒に遊んだりする友達はいない。

まぁ、別に僕自身が口下手だったり、人付き合いが悪かったりする訳じゃない。

友達は人相応にいたし、遊ぶ友達もいた。

ただ、ここのところ巡り合わせが悪いだけだろう。

夢をみて飛び出した友達、海外に行った友達、いろいろいたけれど、どんな形であれ、皆自分で人生を取捨選択している。

未だ時間潰しで学園に身を置く僕に比べれば、皆大人だ。


学園に到着したのは8時半過ぎだった。

少しのんびりしすぎたな。

教室の隅にある自分の机に座り、突っ伏す。

暗い視界の中、夜の出来事が断片的に思い出される。

今では失笑ものの子供の遊びだけれど、当時の僕らは真面目に、真剣に、本気で書いていたんだろう。

ただの想像、勝手な空想。

でも今は、そんな想像をすることもなくなっている。

僕は、何でもないことを考える。

いつからこんなにつまらない人間になったのかと。

チャイムが鳴り、思考が遮断される。

「はい、起きろー、ホームルーム始めるぞー」

がらがらと扉が開けられる。

やる気のない四十路の教師の声が耳を震わせる。

続いて聞こえるイスを引き摺る音。

いつものこと、見慣れた光景。

そしてそこに眼球を揺らすノイズ―――――


ノイズ?


視線をあげると総てが壊れていた。

先生は首が飛び、黒板の右から左に白い罅が走り、時計は逆に回転している。

しかし学園祭の予定はあるはずのない先生の口から語られ、そのジョークに皆は笑う。

横を見た。

隣の席の鷺島は、半分人体模型のようになってジョークに茶々を入れていた。

鷺島だけじゃない。

クラスの全員が壊れ、砕け、崩れていた。

僕は無事だ―――――

窓を見る。


しゃれこうべがこちらを向いて座っていた。


「は―――――」

なんて、デタラメ―――

こんなことがあるはずがない。

あるはずがないのに、こんなにもリアルだ。

僕は―――


『眼を背けるな。この光景が汝の思い描いた世界の切れ端だ。これが汝の想像の果て。汝の望む世界そのものだ。汝が描き、汝が求め、汝が欲する想像の極地。それが此れだ。』


虚空から誰かの声がする。

やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ。

頭を抱えたその腕は、やはり白く硬い、骨そのもので―――――


「あああああああぁぁぁぁあぁぁぁぁ―――――ッ!!」


声帯のない喉を震わせ、僕は絶叫した。




「お兄ちゃん……?」

一葉はスカートを下ろしかけていた手を止めた。

兄の声が聞こえた気がした。

教室に作られた仮設更衣室の中。

これから身に纏う筈だったメイド服を一瞥して、小さな溜め息をついた。

「そっか、始まっちゃったのか。学園祭、やりたかったんだけどなぁー。でもま、こうなるようにしたのは私なんだけどね♪」

誰にでもなく、一人呟く。

その眼は、笑っているようでもあり、泣いているようでもあった。


「お兄ちゃん……いえ、一樹。貴方の現実(しんじつ)を見つめて。貴方の存在する瞬間を、生きている意義を見つけなさい」


呟かれた言葉は妹のそれではない。

だが。

そこには、抱えきれないほどの愛情がつまっていた。


そして世界は反撃の狼煙を上げる。

この僕に向けて。この現実に向けて。

まだ僕は知らない。この結末の果てにある、意味のない終焉を。



この日、世界が壊れだした。

その日、世界が牙を剥いた。

あの日、世界が己を否定した。


そして僕は。


真実に出会う―――――



☆ ☆ ☆


ねじ曲がった世界の中、僕はただひとり逃げ出した。

どうするかなんて考えることなく、どうしてという疑問だけが延々と頭の中を回っていた。


頭が理解しない。心が現実を認めない。

あまりに不可解な上に非現実なこの現状の認識を拒んでいる。

ならば此れは夢であるという結論を探し始める。

見つかるはずのない答をただひたすらに、延々と。

校舎の中、僕は走る。

一葉。一葉は―――。一葉だけは―――――。

今見える希望は一葉だけだ。

ひび割れた壁、崩れかけた地盤。

踏み締めた廊下は触れた瞬間砕けていく。

そして階段に差し掛かる。一段目、二段、三だ―――――

無い。

踏み込んだ先に奈落。

黒い空間は足を支えることなく、その深淵へ身体を飲み込んでいく。

あぁ―――これは死んだな――――――

人間、一回りすると冷静になるようだ。

死という現実は、先程の現実よりも現実味を帯びていた。



現実から死へと墜下(らっか)する。

暗い世界の小さな窓から現実を覗いている。

この暗黒に果てはない。

あるのは永遠の零だけだ。

始まりはなく、終わりもない。

零に始まり零に戻る。

終わらない世界からの逃げ道なんてものあるはずがない。

一人だけが存在し、無限多数の個人が存在する空間。

隔てる壁は見えないもので、存在意義は無条件で認められ、存在理由は認められない世界。

そんな世界の中を墜ちる。

いや……既に堕ちているのか、留まっているのかすら解らない。

小さな窓は遥かに。

思考は燃え尽き、身体は腐敗した。

心は澱み、精神は磨耗した。


「見つけたよ、創造者(クリエイター)


声、がし。た。

彼方の方から、確かな声。

喉は退化していて、声を出すことはできない。


「酷いな。こんなところまで来てあげたのに返事ナシ?」


誰だろう?

この(ゼロ)に存在することはできない筈なのに。


「いつまで腐ってんのさ。ほら、君はもう存在しているだろう?僕が君の存在を認めた時点で此処は輪廻(メビウス)から外れているんだから。あとは君が僕を観測するだけだ」


観測ったって、何をすればいいのか―――――


「僕を見て。君が僕の想像者なら」


眼を開けた。

この泥の闇に眼が()んでいないことが驚きだった。

まだ、微かに見えていてくれた。

暗い深い海の中、明るく輝く星がある。

いや、あれは―――――


恩恵(めぐみ)の光を御所望かい?」


太陽―――――




☆ ☆ ☆


眼を開けると空が見えた。

青々とした中に白い雲が漂っている。

一際異彩を放つのは、輝く光点だ。

何気無く手を伸ばした。

遠いなぁ。そんなことを思っただけ。

そこでふと気付いた。

骨がみえない。

いつもの見慣れた自分の腕だった。

何でもないことに、幸福を覚えた。

たとえこの光景が夢だったとしても、こうしてその事実を認めることのできる今が、どうしようもなく幸福で。

視界が涙に曇っていくことすら幸せで。

「目覚めたかい?」

声は頭の上から聞こえてきた。

陽光を遮る影を見上げた。

ハスキーな声。ショートヘアの似合った、中性的な顔をした人だ。

纏う衣装は北欧を思わせるローブのような白衣装。

手首に巻かれた草で編まれたミサンガが似合っている。

不思議な神々しさがあった。

この人自体が太陽のような。

「あ、ぼ。くは……」

「そうだよね。理解が追い付かないのは当然だ。いや、なかなかに骨が折れたよ、君を探し出すのは」

「だ、れ?」

未だに固まったままの喉は、そんな一言にすら悲鳴を上げた。

ゲホゲホと咳き込む。

その背中を、彼女――彼かも知れないが――が擦ってくれた。

「ごめん、自己紹介だね。ボクはソ――――、いや、サン。ヨロシク、(マイ)創造者(クリエイター)

?くりえいたー?

記憶にない言葉の羅列。

「君のことはずっと前から知ってるよ、羽切(はぎり)一樹(かずき)。君が総ての根源であることも知ってる。そして、この叙事詩(ものがたり)の作者。それが君だ」

サンと名乗ったその子は、僕をそう呼んだ。

「でも、作者の君が描いた物語は書き替えられた。ボクらが今いる世界は君の創造した世界(ものがたり)基盤(ベース)にして新しく創造された世界(ものがたり)だ。だから君はさっき自我を失いかけ、なんの前触れもなく世界を離脱した 」

立て続けに語られる言葉は、あまりにも想像の範疇を越えていた。

僕が?世界を創った?

訳が分からない。

そんなもの創った記憶すら無い。

それでいて記憶にもないそれを書き替えられる筈もない。

それに、誰が書き替えたというのだろう―――――?

「取り敢えず……一樹でいいかな?」

「え、あ、あぁ、何が?」

「呼び方だよ呼び方!君とかなんだか他人行儀過ぎるでしょ?」

「うん、別に構わないけど」

喉は順調に回復してきている。

まだ違和感は残るものの、声に支障は無さそうだ。

「ボクのことはサンって呼んでよ。ホントは違うんだけど、最初はね」

「わかったよ……サン」

「うん♪改めてヨロシク、一樹」

そうしてサンは手を差し伸べてくる。

僕はその手を掴んで立ち上がる。

握れば折れてしまいそうな華奢な掌は、驚くほど強い力で僕を引っ張り上げた。

周りを見渡すと、見慣れた街中のメインストリートだった。

今が何時頃なのかは分からないが、いつもはそれなりに多くの人が行き交うそこは、全く人の気配を感じさせない。

「此処は君の心に最も強く根付いている風景。そして僕らに用意された戦場(はれぶたい)だ。君の描いた筋書きに沿い、誰も知らない結末に終わる世界の始まり」

さて―――とサンが背伸びをした。

健康的な白い肌が眩しい。

「こんなところで難しい話をしてても疲れるしさ、君の家に行こうよ」

サンは鼻歌を歌い、スキップをしながらメインストリートを駆けていく。

「え、ね、ねぇ!僕の家わかるの!?」

その背中に投げ掛けた声に、サンは振り返って。


「一樹と暮らしていた家を忘れる筈ないでしょ?」


そんなことを口にした。




☆ ☆ ☆


家に帰ると、ふざけた話を聞かされた。

サンからの話を要約すると、こういうことだ。


1、この世界は僕が作り出した。

2、僕が作り出した世界を上書きした誰かのせいで綻びが出来てしまっている。

3、サンのような存在はこの世界に6人いる。

4、彼らは戦う運命にある。

5、その結末は決定している。


家で聞いたサンの話。その話は、まるで昔僕がノートに書いたようなものだった。

いや、むしろそのままだったと言っても良いだろう。

それくらい酷似していた。


「一樹。この世界の決められた寿命は七日間。そのうちに全てがわかる。一樹は全てを知らないといけない。でないとこの世界の収束に巻き込まれて存在もろとも現実世界から消える」

いいかい、とサンは続けた。

「これは一種のゲームなんだ。クリアできれば一樹の勝ち、ゲームオーバーならば一樹の負け。クリアすれば元々の世界に帰る権利が与えられる。できなければ一樹の存在は消える。」

「信じられないよ……」

「無理もないけど、これが今の現実なんだ。現実と向き合わないとダメだよ。じゃないと選ばれた意味がない―――――」

「選ばれたってなんだよ!僕がこの世界の作者?ふざけるな!こんなストーリーなんて描いちゃいない!なんだって僕がこんな……」

「君が、この世界を求めたから」

「っ!」

「あっ、一樹!」

逃げた。逃げ出した。

ろくに靴も履かず、ドアを叩き開けて飛び出した。

後ろでサンが大声で呼んでいる。

足は止めない。止めるものか。

信じられない、認められない。

死ぬ?存在が消える?

誰がそんなことを信じられる?

嘘だ。きっとそうに決まってる。

そのうち一葉が出てきて「ビビった~?」とか言うに違いない。

ただがむしゃらに足を動かした。

どこをどう走ったのか。

気づいたら大通(メインストリート)りにいた。

先程と変わらぬ人気のなさ。

ただひとつ変わっているところと言えば。


なんだアレは。


思わず足を止めた。

異常な光景に眼を奪われた。

あまりに時代錯誤な、今の時代に不釣り合いなソレ。

黒い甲冑が立っている。

その足元に平伏すのは、豊かな顎髭を蓄えた初老の男性だ。

胸元からは真紅の液体が流れ出し、大きな水溜まりをつくっている。

まだ微かに痙攣する腕に握られたのは装飾を施された刀剣。

その体も、次第に崩れて消えていく。

10秒足らずでその男性は光の粒子になって消えた。

黒い甲冑は動かない。

右手と一体化している黒い剣からは、鮮血が滴っている。

が、それも男性の後を追うように消えた。

「一樹!危ないからそんな走っちゃ……っ!」

追いかけて来たのだろう、サンの声。

不自然に途切れたということは、これを見たのだろう。

しかし、既に遅い。

黒い甲冑が振り返る。

と同時に、いったいどれだけの膂力なのか、こっちに、僕に駆けてくる。

泡をくって逃げようとしたが、走り通しで疲れきった足は思うように動いてはくれなかった。

背後から迫る死の気配。

その時だ。

僕の頬を、熱い風が掠めていった。

時を同じくして死の気配が動きを止める。

サンと黒い甲冑が向かい合っている。

その右手(つるぎ)は、サンの左手に止められていた。

「やぁ、手荒い挨拶だね。名乗りも無しに殺りに来るのは感心しないなぁ。君はなんだ?英雄は英雄でも、生粋の英雄って訳では無さそうだ。なんなんだ?」

「―――――――――――」

「話さないのではなく話せないとみた。君の創造者(クリエイター)はかなり想像力がなかったらしい。可哀想に、公明な真名すら公にできないじゃないか」

「―――――――――――」

挑発的なサンの言葉すら何処吹く風。

黒い甲冑は佇み、何かを思案しているようにみえる。

「君も名のある名将ならさ、その剣で語ったらどうだい!」

後方へ飛び、サンは吼える。

サンが右手を掲げた。

その右手を中心に、蒼い焔が乱舞する。

大きく空間を揺らめかせる焔は、サンの右拳を覆った。

サンの付近に散らばっていた紅葉が燃え尽きる。

蒼焔の熱波は僕でも感じられる程だ。

そして黒い甲冑は、その時明確にサンへと意識を向けた。

持ち上がる黒剣。

「―――――――ッ」

瞬間で距離を詰めた黒騎士は右手をぶれさせた。

音もなく、黒剣はサンの首に吸い込まれる。

だが。

薄皮一枚のところで、黒剣はサンの拳に止められていた。

黒剣を焼きつく さんとするかの如く、焔は荒れ狂う。

「君は……違うな?(まっと)うな英雄じゃない。古今東西神話伝承寓話歴史……それ以外の物語、死を与えられていない者でなければこの焔に触れて正気でいられる筈がない。あぁ―――これは面白い。さっきの発言は取り消そう。ねえ、ボクの全力、君なら耐えて見せてくれるかな?」

「―――――――」

突然だった。

黒の騎士の左手に、装飾を施された刀剣が顕れた。

見紛うことなき、あの男性が握っていた刀剣。

ソレを見て、サンが顔色を変えた。

「フルンディング……ッ!」

一見にしてその剣の総てを悟ったのか。

黒の騎士が龍殺(フルンディング)しを振りかぶる。

すかさずサンは黒の騎士を足蹴にして距離をとった。

両者の間、実に十メートル以上。


フルンディング。

知識の浅い僕でもその名は知っている。

デンマークに伝わる伝説の王の剣。

(グレンデル)殺しの、龍殺しのベオウルフ。

一度の過ちから命を喪った英雄―――――

あの消えていった男性がそうだと言うのか。


サンは動かない。

いや動けなかったのだろう。

黒の騎士とサンを結ぶ直線の延長線上に僕。

動けば最後、僕を守れないからだろう。


時は黄昏。

雲の切れ間、一筋の夕光が黒の騎士を照らす。

その光を受け、龍殺しの聖剣は輝く。

白く、激しく、鋭利な光。

その輝き足るや、まさしく聖剣と呼ぶに相応しい――――!


と、不意に首根っ子を引き摺られた。

ズルズルとメインストリートの脇道に引き込まれる。

離されてから後ろを見た。

何処かでみたことのある――――

「さっさと臥せやがれ馬鹿野郎ッ!」

その声に押され、身体を地面に密着させた。

何がどうなっているのか解らないけれど、そうするしかない。

コンクリートの陰から前を見る。

そこで僕は。

神話の断片を視認した。




☆ ☆ ☆


最上段に振り上げられた龍殺し。

黄昏の光を纏い、世界に雄叫びをあげる。

臨界はとうに超えている。

今にもその牙は己の身体を食むだろう。

身体が震える。

今すぐ逃げろと叫んでいる。

「冗談」

笑みが零れる。

人界を離れて幾世霜。

未だ嘗てこんなに胸が躍ることがあったろうか。

この世界に一瞬でも自分を求めた誰かがいる。

この背中に命を預けた誰かがいる。

ならば―――――

「いいよ、やろう名無しの騎士。その剣の真価を君が引き出せるのかどうか、見せてよ――――!」

空に浮かぶ身体。

ああ、やはりボクは。

太陽でなければならないだろう――――――


「―――――!」

黒の騎士が龍殺しを降り下ろす。

その衝撃波に空気が悲鳴を上げる。

紅い斬撃。

弾けた空気を巻き上げ、更なる爆発を引き起こす。

大通りの建物は崩壊し、道の舗装は剥がれ飛ぶ。

その爆発の先に。


悠久(フレア)の―――――」


二つ目の太陽が顕現する。


恵光(ライズ)―――――』ッ!!」


龍殺(フルンディング)しの威力が爆裂ならば、サンの一撃は焼滅か。

サンを中心に大気が燃える。

龍殺しの一撃など比べ物にならない。

獄炎に触れた全てを滅し、太陽は勝利の名の元に光を放つ。

黒騎士は陽炎の中へ飲み込まれ、影すら見ることもかなわない。

その熱は拡がりはしない。

最小限の範囲に凝縮した紅蓮の世界。

聖剣もろとも焼き尽くす為の、出し惜しみ無しの必殺。

元来、サンのような存在は常識に囚われない。

即ち、それは異常だ。

その存在事態が異常ならば、存在を否定することすら異常でなければならない。

だからこそ、同列の存在たる黒騎士に刃を向けることができる。

先の一撃、黒騎士を消滅させるだけの威力で放った。

あれだけの魔力の爆発を受け、動くことのできるモノは、魔物、若しくはそれに準ずるモノだけだ。

サンの眼には、黒騎士が英雄だと認識できた。

黒騎士を異常ととらえたからこそ、奥義を使ったのだ。

紀元より存在するものは、その在り方がどんなに歪であれ、その在り方は不可思議(じょうしき)として認識される。

異常でありながら常識なるもの、それを超常と呼ぶ。

森羅万象総ての頂に君臨する超常を具現する。

それが今の奥義の根幹だ。

超常に、異常と常識は敵わない。

故の必殺。


だが。

だが何故。

紅蓮の世界を歩む黒い姿が見えているのか―――――!


「ッ、―――――!」

右に飛んだ。

今までいた空間を切り裂く剣に容赦など微塵もない。

傷一つなく、黒騎士は剣を振り切った姿で健在していた。

左手に握られた龍殺しは木端(こっぱ)へ変わり、その木端は銀の雫となってひび割れた大地に散在している。

伝承と伝説。

両者の間に大きな違いはない。

共に人の想像に産み出された存在。

総ての物語は神話に基づいている。

この戦いの基盤も神話だ。

神話を織り混ぜた世界における頂上決戦。

簡単に言えばコレはそういうものだ。

しかしサンは理解する。

コイツは違う。

全ての物語で語られている筈がないのは当然だ。

なぜならこの黒騎士は、本当に……


サンは警戒を解かずに一樹を横目で見た。

よかった、最小範囲のため、被害はないようだ。

追い縋るつもりはないのか、黒騎士は動かない。

サンは一樹に向かって跳躍する。

取り敢えず、ここは退くしかない。

黒騎士が何者であるか解らない以上、勝機を見付けるのは難しい。

後ろを盗み見る。

未だ黒騎士は動かない。

右手の剣だけが、黄昏の陽に揺れていた。




☆ ☆ ☆


両者の間に交わされた(やいば)はほんの数回。

見えなかった。

見えたのはサンの爆裂のみ。

筆舌にし難いその一撃は、周囲を片っ端から灰塵にした。

それでも、黒騎士は倒れなかった。

それだけで黒騎士の異常さが分かったし、サンが退いたことにも頷けた。

ただ、その黒騎士の姿に、何処か懐かしいものを感じたのはなんだったのだろうか。


「一樹ッ、退くよッ!」

サンの声で我にかえる。

脇の下に入る腕の感触。

暗く狭い路地の壁スレスレを抜けていくスリルに絶叫が口からこぼれた。

その絶叫に重なるように、「家で待て」という言葉が届いた。




☆ ☆ ☆


家の中は静かだった。

いつも玄関から響いてきた「お帰り」の声は、今は聞こえない。

大通りからの空中散歩の後だ、食欲なんてものはキレイさっぱりなくなっていたし、あったとしても、食事担当者がいなくなった我が家にある食料と言えば、即席麺ぐらいだ。

居間にサンと二人、言葉もなく腰を下ろしてから、もうどれだけ経つだろう。

もうとっくに日を跨いでいる。

寝るにしても、今日はいろいろ有りすぎた。

しかし、時間も時間だ。

今日のところは整理をつけるべきだろう。

「サン、元の世界に戻るにはどうすればいい?」

サンはゆっくりと俯いた顔を上げた。

僕は眼を見開いた。

サンの頬には、二筋の涙が伝っていた。

「あ、うん、そうだよね、説明するよ」

ぎこちない笑みを貼り付けた顔でサンは言った。

「このゲームを攻略するしかないよ。それだけが元に戻れる唯一の方法だからね」

そう言ってまたサンは項垂れた。

それはさっきも聞いた事だ。

攻略するということは、つまり、黒騎士のような存在と戦うことを意味している。

勝てるのだろうか。

あのサンの太陽に飲まれてなお無傷だった騎士に勝つことは出来るだろうか。

まだ解らない事があまりにも多すぎる。

結論を早まり、結果を失っては意味がない。

まずは、リスクを最小限に抑えるべきだろう。

考えるとキリがない。

よし―――と身体を動かして、身体が固まっていることに気付く。

走って逃げて空飛んで……

それだけやっているんだ、固まっていてもおかしくない。

サンも色々辛いようだし。

風呂にでも入ろう。

「サン、風呂入らないか?」

何気ない提案に、サンは先程泣いていたのが嘘のように――――まるで別人のように――――笑った。

「おいおい創造者(クリエイター)、お前正気か?出会って直ぐ風呂誘う奴があるかよ。普通に考えて可笑しいだろ、それ」

「え――――?」

はじめて聞くサンの口調。

「はぁん?そういうことか。だったらしゃあねぇか。おい創造者、その言葉は、昼間のオレに言ってやってくれ。生憎とオレには裸の付き合いをする趣味はない。やるんだったらもっとアイツを引きとどめてからにしな」

じゃあな――――と、サンは立ち上がり―――

「ま、アイツは相当慌てるだろうがな。頑張れよ創造者」

そう呟き、玄関を越えていった。


……目の前で起きた出来事は夢のようだった。

サンが口にした言葉のどれもが、今までのサンの口調と違いすぎている。

目眩がした。

説明を受けてなお、僕は何一つ―――サンの事さえ理解することが出来ていない。

解らぬことなど当たり前で、解ろうとすらしていなかった。

この狂った世界から抜け出すために必要なのは、サンの力だ。

信じなくてどうするのか。

いや。

正直なところ、未だに混乱している。

だとしても、サンが僕のために戦うというのならば、僕はサンを信じなくては。

まだこの世界がどういった経緯で創られ、顕れたものなのか解らないけれど、この世界で唯一信じるに値するのはサンだけなのだから。

まだ一日だけ。

あと六日間もある。

少しずつでいい。

サンのこと、戦いのこと、世界のこと。

足りない頭を絞って、理解していこうと思う。



☆ ☆ ☆


―――――笛が鳴っている。

世界に響けとばかりに風に乗る音。

だがその音色はどうしようもなく切ない(かなで)だった。

言うなれば、それは終曲(フィーネ)

始まりを讃え、経過を尊び、終りに涙する。

そういった哀しみの音色。

静寂の支配する街に風は溶け、それに倣うように笛の音もまた溶けていく。


この日、全てが始まった。



☆ ☆ ☆


・残騎数五

黒騎士 サン(????) ???? ???? ????


・脱落騎数一

ベオウルフ


残日数六


終末の巫女顕れず

終笛(ギャラホルン)確認済


☆ ☆ ☆


The first day is end. And next second day.

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