合戦
エンジン音のような馬の嘶きが聞こえる。金属をカチカチと鳴らして、小川を登ってくる。赤い鎧に身を包んで背中には、何本か矢が刺さったままになっている。出血はない。
「サキチ、鎧武者だ。隠れろ!」
親子は茂みに身を隠し、様子を伺う。
武者は、兜を取り、髪をほどいて、愛馬から鞍を外した。
「馬を休ませているんだ」
ユキチは、解説する。
「ということは、戦国時代か何か?」
「いや、ここは夢のなかだ。何が起きても不思議じゃない」
「誰かが来る!」
無数の足音が、水音と慌ただしくやってくる。雑兵だ。
若武者は、舌打ちをして、馬を逃がそうとして茂みに追いやる。しかし、そこにはサキチ親子がいて、馬は驚き、もう一度、嘶いた。
小鳥が飛ぶ。
「いたぞー!」
若武者は、戸惑いを隠せず、下流の様子を探るため、茂みと反対側の岩場に身をひそめる。
「狩り出せ!」
雑兵たちがやってきた。軽い鎧をまとい、槍を持つ者、刀を持つ者、指示する者と、さまざまで統一性はない。
「8騎か」
若武者は呟いて、刀の鯉口を切った。岩場に背中合わせとなって、様子を探る。サキチたちは、馬をなだめながら、茂みで成り行きを見守っている。
雑兵は散りながら、陣形を崩さずに、気配を消して辺りを捜索する。
小川の上流から風が駆けて、静まり返った。
その中のナタを構えた男が、若武者のいる岩場へ近づく。若武者は屈み、足元の小石を手にとった。
男が近づく。サキチは息を呑んだ。
ナタの男が、岩陰に潜む人影に気づいた。若武者は、反対側へ注意をそらすため小石を投げる。
ポチャン!
雑兵たちの注意が、茂みの方へ向いた時、ナタの男は岩場に引き込まれ、音もなく首をへし折られた。その他の兵は、消息を絶った仲間に気付かない。
「気のせいか、撤収だ!」
皆が安堵した時、若武者の足元から赤い鮮血が下流に流れでた。尾を引くように、兵士たちの足元へと流れてゆく。薄まれど、清くはない。
「誰か居る!」
(しまった!)
ナタが脇腹をかすめたようだ。脇腹を圧迫して止血しながら、七騎を相手にする策を練る。兵たちが急いで戻るので一刻の猶予もない。
「大丈夫かなぁ」サキチは父に問う。
「静かに!」
死体からナタを奪い、刀を抜く。
「いたぞ! そこの岩陰だ!」
槍を持つ兵が接近する。刀を持つ兵が岩場をまわりこむ。
(包囲される前に)
眼前を一筋に警戒する槍をナタで打ち下ろし、殺傷能力を無化する。素早く距離を詰めて刀を胸に突き刺す。雄叫びを上げる兵を背にして、3人一組の刀を相手にする。三人に背後を取られないように、岩場を背にして、退く。
(進退ここに極まれり。三人は相手にできないことはない。しかし、先ほどから的確に指示を飛ばす将兵がいるようだ。それに、あとひとり、どこかに隠れている)
若武者は周囲に目を配る。
(どこから見ている!)
「いたぞ、岩陰の裏側へ回っている!」
その時、若き侍の顔を矢がかすめた。
(弓兵がいたか! ということは!)
振り向きざまにナタを矢が来た方向に投げ返す。雄叫び。下流の岩場に陣取る将兵と、落ち行く弓兵が見える。
「早く仕留めろ! 相手はひとりぞ!」
走って取り囲む兵。
(焦りが見える。勝機を逃しはせんぞ)
「やーっ!」
一人が斬りかかった。
軽く刀でいなし、右に打ち払う。続けて、左にいなして、一対一に持ち込む。上段から斬りかかる。受けたところを足で蹴りあげて、体制を崩し、重心を浮いたところを仕留める。
「引け!」
振り向くと兵がふたり、下流に逃げてゆくのが見えた。将兵の姿はない。
(追うまい。それにしても素早い判断、あっぱれだ)
傷口が開いたせいか、返り血を浴びたせいか、あたりは赤く染まっていた。