残像
流れるような景色は、まるでサキチのこれまでの生い立ちを早送りで見ているようでもある。昼下がりの急行電車で、サキチはひだまりに足を投げ出して、目を伏せる。
誰もいない車中で、スマホにつながるコードから直接耳に注ぎ込まれるうなりに任せて、水彩画のような淡い空間に溶け込み、ダイブする。混ざり合い、薄められた意識は、プールの中に落とされたマニキュアの一滴だ。消え行く感情と、薄れ行く思考の狭間で、かろうじて気持ちを保つ。
私は、いる。
私は、水の中にいる。
太陽が水面に揺らいでいるのが見える。サキチは、ほんのりと温かい子宮にいるような感覚を覚えた。が、突然、息苦しくなり、腕をばたつかせていると、自分の腕を掴んでくるもうひとつの腕がある。
(父さん……)
ばしゃばしゃとバタつかせながら、立ち上がると、もう服はずぶ濡れだ。黄色いパーカーも、ブルージーンズも、水を含んで鎧のように重い。
「探したんだぞ」
サバイバルベストを着込んでアウトドア・スタイルで決めたユキチは、すこし怒ったように言う。
「あぁ、ワリィ。ちょっと眠りかけた」
そういって、茶髪を絞る。そこは、浅瀬の小川だった。周囲は静かな森に囲まれている。鳥のさえずりが聞こえ、木々の擦れ合う音が心地いい。
「これは、だれの夢?」
サキチはあたりを見回してから、父に問いかける。
「それを探し当てるのが、おれたちの仕事だろ?」
「だな」