馬鹿
「舞さん」
振り返ると、そこには一人のイケメンが立っていた。少しドキッとした……けれど。
「清野舞さん」
「……そうですけど、何?」
「そんな怖い目で見ないでよ」
「用がないなら行きますね」
「ちょっと、待ってよ」
「困るんですけど。こんなところ誰かに見られたら、めんどくさいことになるし」
「わかった、わかったよ。単刀直入に言うと、頼み事があって来たんだ」
「……何?」
「誕生日プレゼントを、一緒に選んでくれないかな?」
私は大きく溜息をついた。
「無理です! 絶対無理!」
踵を返して、そそくさと歩き出した。すると彼は私の前に回り込み、いきなり両手両膝を地面に着いた。
「お願い! お願いします!」
土下座してる。……嘘でしょ、何この状況。とにかくヤバい。こんなの誰かに見られたら、どんな噂を立てられるか。
私は咄嗟に彼の脇に手を差し込み、無理やり引き剥がそうとした。
「ちょっと! 立ってよ!」
「僕の頼み、オッケーしてくれるなら」
「わかった、わかったから! わかったから早く立って!」
そう言うと彼はひょいと立ち上がり、掌と膝の埃を払って笑った。
「はい、これ。僕の連絡先ね」
押し付けられるようにメモ用紙を受け取ると、「後で連絡してね」と言い残し、彼は意気揚々と立ち去って行った。
してやられた……。私はもう一度、深く溜息をついた。
何を隠そう、あの男は柏倉正臣――桜の彼氏だ。生徒会副会長にしてサッカー部キャプテン、成績優秀。さらに実家は病院経営という絵に描いたような金持ち。
ちなみに桜は生徒会長だ。噂では、彼女に近づくために柏倉が生徒会に入り、副会長の座を射止めたのだとか。
そして来週は桜の誕生日。まあ、私の誕生日でもあるのだけれど。
私の誕生日なんて、桜のオマケでしかない。仮面家族の誕生日パーティーは桜のためだけのものだ。その証拠に、用意されるプレゼントは桜のものだけ。私には「これで好きなものでも買いなさい」と言わんばかりに、味気ない商品券が贈呈される。無いよりはマシ、なのだろうか。
柏倉はきっと、私を桜のマネキンのようにして、服やアクセサリーを試着させるつもりなのだ。やっぱり嫌だ。
家に入ると、桜がいるのかいないのかが直感でわかる。一卵性の双子ゆえのシンパシーか、それともただの気配か。
彼女が不在であることに胸を撫で下ろし、柏倉から渡された連絡先を取り出した。
あれから、ずっと平穏な暮らしをしてきたつもりだった。互いに距離を保ち、二人で使うこの部屋も、本棚や箪笥を間仕切りにして中央に置いている。プライベートは死守していた。イヤホンで耳を塞げば、私は誰にも干渉されず一人になれた。ずっと、一人で生きてきたのだ。
桜と揉めるような真似はしたくない。『触らぬ神に祟りなし』だ。こんなもの、捨ててしまおう。
私はトイレに駆け込み、柏倉の連絡先が書かれたメモを投げ入れ、レバーを引いた。くるくると回る紙切れが、渦の中心へ飲み込まれていく。次の瞬間、冷たい水が顔に跳ねた。
私の右腕は、便器の奥底でびしょ濡れの紙を握りしめていた。
「……何やってんだ……バカ」
私は自分に吐き捨てるように言った。




