八代視点①
豊島遥斗とは、もう何年もの付き合いになる。
同じ職場で働いているし、周囲からは親友だと言われることもある。
まあ、否定はしない。
ただ、あいつは昔から少し変わっていた。
まず、とにかく仕事が好きだ。
出世欲が強いわけじゃない。 誰かに認められたいわけでもない。
ただ純粋に、自分の仕事をきちんとやることが好きなのだ。
だから任された仕事は最後までやるし、手も抜かない。
休日に業界誌を読んでいても不思議じゃないし、勉強会があれば普通に参加する。
本人は趣味の延長みたいな顔をしているが、周囲から見れば十分仕事人間だった。
一方で、人間関係は驚くほど淡白だ。
喧嘩もしない。
誰かを嫌うことも少ない。
けれど積極的に近づこうともしない。
飲み会に誘えば最低限参加する。 話しかければ返事もする。
だが、自分から誰かを誘うことはほとんどない。
気付けばいつも一定の距離を保っている。
そのくせ顔だけは妙に良い。
背は高いし、整った顔立ちをしているし、清潔感もある。
学生時代からモテたらしい。
実際、職場でも好意を寄せられている場面を何度か見た。
けれど豊島は本当に変わらない。
愛想よくするわけでもなく、 勘違いさせるようなことも言わない。
かといって冷たく突き放すわけでもない。
「ありがとうございます」
「お気持ちは嬉しいです」
そんな感じで丁寧に対応して終わる。
本人に悪気はない。
むしろ誠実なんだろう。
ただ、相手からすると手応えがなさすぎる。
何人か玉砕するのを見てきたが、豊島は毎回同じ反応だった。
だから俺はずっと思っていた。
こいつはたぶん、誰かを好きになること自体があまりない人間なんだろうと。
仕事。 本。 身内。
興味があるものなんて、そのくらいだと思っていた。
少なくとも、あの日までは。
だからあれには本当に驚いたんだ。
改札前。
人混みの中で、俺は待ち合わせ相手を見つけて手を上げた。
「おー、いたいた」
壁際に立っていた豊島がこちらを見る。
「悪い、遅れた」
「いや、会議が長引いたんだろ?」
相変わらず淡々としている。
「しかし珍しいよなー。お前が飲み会来るとか」
「まぁ最低限は」 「それ絶対すぐ帰るだろ」
笑いながら言った時だった。
豊島の視線がふっと横へ向く。
つられて見る。
改札を抜けてきた女性がいた。
小柄な黒髪ボブの飾り気のない容姿。
こちらに向けて会釈をしたその女性に豊島も会釈を返した。
「知り合い?」
何気なく聞く。
「電車でたまに会う方」
へぇ。
女性の方も少し戸惑ったような顔をしている。
なるほど。 顔見知り程度か。
……にしては。
豊島が珍しく相手の様子を気にしているように見えた。
「へぇ?」
少しからかうように声を上げる。
面白そうな予感につられ、女性に声をかけようとした瞬間
「絡むな」
即座だった。
思わず吹き出しそうになる。
(あー……)
これは珍しい。
豊島は誰に対しても一定距離を保つ。
女性にモテないわけじゃない。 むしろ見た目だけなら普通にモテる。
でも本人が興味を示さない。
だから今の反応はかなり珍しかった。
「はいはい」
肩をすくめる。
女性は少し居心地悪そうに会釈して、そのままホームへ向かっていった。
人混みの中へ消えていく後ろ姿。
その時。
豊島の視線が、一瞬だけその背中を追った。
本当に一瞬だったけど。
長い付き合いの俺には分かった。
(へぇ……)
面白いものを見た。
「何だ」
豊島が怪訝そうにこちらを見る。
「別に?」
にやけそうになる口元を押さえる。
たぶん本人は自覚していない。
だから余計に面白い。
将来の飲み会のネタが一つ増えたな、と思いながら、俺は豊島の背中を軽く叩いた。
「ほら行こうぜ、豊島」
「分かってる」
そう返事をする声はいつも通りだったけれど。
少なくとも俺には、かなり機嫌が良さそうに聞こえた。




