研修スタート
月曜日。
市内合同研修の初日。
「ふぅ……」
新幹線に乗り辿り着いた会場、研修センター前で、小さく息を吐く。
図書館勤務だけじゃない。
市役所、文化施設、福祉課、体育館、地域センター――いろんな部署の若手職員が集まるらしい。
参加人数は思った以上に多かった。
【参加者:38名】
【雑談発生率:高】
(どうしよう胃が痛い)
受付を済ませ、名札を受け取る。
“中央図書館 石村紗奈”
会場へ入ると、すでにあちこちで会話の輪ができている。
「去年の研修どうでした?」
「え、同期いるの?」
「昼どこで食べる?」
明るい声。
軽い笑い。
テンポの速い会話。
(ううぅ……)
私は端の席へ座り、資料を整えるふりをした。
すると。
「そこ、空いてます?」
顔を上げる。
同年代くらいの男性職員だった。
ネームプレートには、“都市整備課 前田 明”とある。
髪は少し短めで、笑う顔に笑窪が浮かんでいる。
距離感が近い人だ、と直感で分かった。
「あ、はい」
「よかった。知ってる人全然いなくてさ」
そう言いながら自然に隣へ座る。
【会話継続意欲:高】
【対人距離:近め】
【親和性アプローチ中】
(うわ、陽キャだ……!)
「図書館なんだ。静かな職場って感じ?」
「はい。比較的」
「いいなー。こっち毎日電話鳴りっぱなしでさ」
気さく。
しかも会話を止めない。
「石村さんってさ、普段からそんな落ち着いてる感じなの?」
「え?」
「なんか、“ちゃんとしてる人”って感じする」
突然の直球に、思考が止まる。
「いや絶対そう。後輩とかから頼られてそう」
前田さんは悪気ゼロで笑う。
距離の詰め方が凄すぎる。
私は曖昧に笑って、資料へ視線を落とした。
すると視界の端に表示。
【推奨対応
・軽い相槌
・質問返しで会話分散可能
・無理に盛り上げなくて良い】
(助かる……)
「前田さんは、こういう研修慣れてるんですか?」
「いや全然。でも人と話すの好きなんだよね」
即答。
眩しい。
「石村さんは?」
「私はちょっと苦手です」
「へぇ? 意外」
全然意外じゃないと思う。
でも前田さんは本当に不思議そうだった。
研修開始のアナウンスが流れる。
少しだけ安心した、その時。
「昼、一緒に食べない?」
さらっと言われる。
「え」
【昼食イベント発生】
「他にも何人か誘うし。せっかくだからさ」
断りづらくない言い方。
でも自然に逃げ道も残している。
人付き合いに慣れてる人だ。
「はい。じゃあ」
そう答えると、前田さんは嬉しそうに笑った。
「楽しみだね」
その笑顔を見ながら、私は静かに思う。
(この五日間……思ったより大変かもしれない)
昼休憩。
研修室の空気が一気に緩む。
「はー疲れたー」
「午前だけで情報量すごくない?」
「席ずっと同じだと眠くなるよな」
あちこちで椅子が動き、グループが自然にできていく。
隣の前田も立ち上がり、話しかけに行く。
(……どうしよ)
筆記具をまとめ、そっと鞄を抱えた。
一人で外に出てもいい。
でも初日から露骨に離れるのも、なんとなく気まずい。
視界の端に小さな文字。
【推奨:集団行動】
【初日単独行動→“話しかけづらい人”認定率 増】
(うぅ……)
「石村さん」
声に振り向く。
前田だった。
「昼、隣の定食屋でいい?」
「あ……」
前田が軽く後ろを振り返り、示す。
「まだ他の店よく知らないし、時間も限られてるしね」
見ると、さっきまで話していた男女数人が自然と集まってきていた。
「定食行く人ー?」
「はいはーい」
「俺も腹減った」
自然な流れ。
“みんなで行く流れの中に入る”感じ。
その空気の作り方が上手かった。
「行きます」
「よかった」
前田は朗らかに笑った。
定食屋。
六人掛けのテーブルを二つ囲み、会話は絶え間なく続いていた。
「私は上司に言われての参加でー」
「おすすめの天丼美味しそ」
「最終日の発表ってさー」
話題が次々飛ぶ。
私は麦茶のグラスを持ちながら、基本的に聞き役へ回っていた。
(速い……)
悪い空気ではない。
みんな普通に優しい。
ただ、会話のテンポが目まぐるしい。
誰かが話し終わる前に次の人が反応して、 笑いが起きて、 別の話題へ移る。
図書館とは全然違う。
視界の端。
【現在会話速度:高】
【推奨行動:無理な割り込み不要】
(そうする……)
すると。
「石村さんって図書館勤務なんだよね?」
前田が自然に視線を向けた。
急に全員の注目を集める感じではない。
会話の流れの中に、そっと混ぜるような聞き方。
「おすすめの本とかやっぱりあるの?」
「あ、はい。幾つかありますね」
「へー。なんかプロっぽい」
周囲も「確かに」と笑う。
「でも図書館って静かで羨ましいかも」
「いや、変なクレーマー利用者とか絶対いるって」
「あーそれはそうだね」
話題がまた広がる。
少しだけ息を吐いた。
(……息しやすい)
前田はずっとこんな感じだった。
無理やり中心へ引っ張らない。
でも、一人だけ置いていかれそうになると自然に会話へ戻す。
誰かが黙っていても、そのまま放置しない。
たぶん、元々そういう性格なのだ。
【前田】
【集団内フォロー傾向:高】
【“孤立者検知”頻度:高】
(そんな分析も出来るんだ……)
「石村さん、デザートは?」
気づけば前田がすぐ隣からメニューを差し出してきた。
距離が近い。
「あ、もう大丈夫です」
「そう?この団子一本食べない?」
肩が触れそうなくらいに近い。
本人はたぶん無意識。
でも私には少し刺激が強い。
【対人距離:近】
【警戒値:低】
(悪い人じゃない)
会話は楽しい。気も遣ってくれる。
だけど。
人との距離が近い人特有の、常にこちらへ意識を向けてくる感じ。
それだけで、じわじわ気力を使う。
定食屋を出る頃には、私の脳は茹だっていた。
「午後眠くなりそうだなー」
「絶対なる」
みんなが笑う中。
気づかれないよう小さく息を吐く。
(私、体力もつんだろうか……)




