表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
地味スキル“空気読み補助”で人生が快適になりました  作者: 野山みつ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/48

祖母

休日の午後二時。

家の空気が少しだけ慌ただしい。


父が車のキーを片手に「そろそろ出るぞー」と玄関から呼ぶ。

今日は、家族三人で祖母のいる老人ホームへ面会に行く日だ。


私は後部座席に乗り込み、シートベルトを締める。

車が走り出すと、視界の端にいつもの半透明ウィンドウが浮かんだ。


【家族間空気安定度:良好】

【本日の推奨行動: 会話を埋めすぎない】


最近分かってきた。

この能力は、“正解の会話”を教えるというより、空気の流れを少し整えてくれるものだ。


父が運転しながら言う。


「紗奈は、最近どうなんだ仕事」

「うん。まあまあ楽しいよ」

「今度、CMの展覧会が図書館であるじゃない?お母さんも見に行くから」


助手席の母と何でもない会話をしているうちに、老人ホームへ着いた。

エントランスには季節の飾りが並んでいる。

六月らしい、柔らかな新緑色。


受付を済ませ、祖母の部屋へ向かう。

コンコン、と父がノックした。


「母さん、来たよ」

「はーい」


中から聞こえた声は、思ったより元気だった。

部屋に入ると、祖母は窓際の椅子に座っていた。


「あらぁ、みんなで来てくれたの」


柔らかく笑う顔を見て、胸の奥が安心する。


「久しぶりおばあちゃん」

「紗奈ちゃん、また可愛くなったんじゃない?」

「おばあちゃん、それ毎回言うよね」


笑いながら椅子を寄せる。

父は冷蔵庫に持ってきたゼリーを入れ、母は花を花瓶へ。

自然と役割が分かれている感じが、なんだか心地いい。


【“家族慣性”を確認】

【長年の関係性による無言連携が発生】


(そんな分析まで出るんだ……)


祖母は私の顔を見ながら言った。


「お仕事、どぅ?」

「まぁまぁかな」

「無理はだめよ。紗奈ちゃん昔から頑張りすぎるから」


その言葉に、少しだけ言葉が詰まる。


昔から。

確かに私は、周囲を気にして、空気を読んで、疲れてしまうことが多かった。


けれど、今は。


「……最近はね。前より上手くやれてるんだ」


ぽつりとそう言うと、祖母は嬉しそうに目を細めた。


「それならよかったわ」


窓の外では、春の風が木々を揺らしていた。

父と母の会話。 テレビの小さな音。 花の香り。

賑やかではない。 でも静かで、優しい時間だった。


帰り際。

祖母が私の手をそっと握る。


「また来てね」

「うん。また来る」


その温かい手を握り返した瞬間。


【“安心できる居場所”を認識】

【疲労軽減効果:微上昇】


(……こういうのでいいんだよね、たぶん)
















老人ホームを出る頃には、空はすっかり茜色になっていた。

車へ向かいながら、父が言う。


「腹減ったな、どこかで食べて帰ろうか?」

「そうしましょう」


結局、昔からよく行くファミリーレストランに入る。

窓際の席。

運ばれてくる料理の匂い。

周囲の控えめな話し声。

どこにでもある店なのに、家族で来ると少し安心する。


「紗奈は、何にする?」

「うん……オムライスにする」


メニューを眺めながら答えると、視界の端に文字。


【家族会話イベント発生率:上昇】

【話題予測:  仕事/結婚/健康】


(げげ)

私はそっと水を飲んだ。


料理が届き、しばらくは普通の会話だった。

祖母の様子。最近のニュース。

父の会社の話。


だが。

母がサラダを取り分けながら、何気ない顔で言う。


「紗奈はどう。いい人いないの?」


来た。


【回避推奨】

【ただし不自然回避は逆効果】


(めんど……)


父も「お?」みたいな顔でこちらを見る。


「別にいないよ」


できるだけ平坦に返す。


「職場とかは?」

「そんな出会いないかな」


「常連さんとかで素敵な人とかどうなのよ」

「それは出会いって言わないから」


嫌な感じではないのだ。

ただ、一人娘の恋愛事情が気になるだけなのは分かる。



「気になる人もいないのぉ?」


母のその言葉に、少しだけ手が止まる。


“気になる、人”


……頭に浮かんだのは。

静かで。距離感が自然で。

必要以上に踏み込んでこない。

狸の栞、読書する横顔。


「……」

「え、いるの?」

「いないよ」


ちょっと早口になった。

視界の端。


【動揺を検知】

【母の観察精度が上昇しています】


(うう……)


父が面白そうに笑う。



「違うからね」

「怪しいわぁ」


母が完全に楽しみ始めている。

でも不思議と、嫌ではなかった。

前ならこういう話題は疲れるだけだったのに。

私はオムライスを食べながら、目を瞑った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ