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ある町娘と、勇者の父(仮)の事情。〜かくして勇者は産まれなかった〜

作者: 織子


「え?結婚?あなたと私は結婚できないわ」

「どうして」


「あなたは聖女のリリィシアと結婚して、勇者アレンの父親になるからよ」

「は?」


王都の外れにて。アルゼは幼なじみのキースに結婚を申し込まれていた。側にいる母親達は2人の会話を微笑ましく聞いている。


結婚を断った子供は、アルゼ・カノン。カノン商会の一人娘。申し込んだ子供は、キース・アーカー。2人とも今年で6歳になる。


「どうして俺が知らない人と結婚しないといけないんだ?アルゼがいい」

「そう言われても。じゃないと魔王が世界を滅ぼしてしまうのよ」


アルゼは当然のように言うと、また花冠を作ることに集中した。キースは納得いかず頬を膨らませていたが、やがて一緒に花を摘み始めた。


キースはアルゼが大好きで、アルゼもキースが大好きだけど、キースと自分が結ばれない事を知っていた。

 


物心付いた頃から、前世の記憶があったからだ。




――1年後。


「だめ!アルゼは俺と結婚するんだって!」

「何でだよ!アルゼはキースとは結婚しないって言ってるじゃん!だから俺とするんだ」


街の広場で子供たちが騒いでいる。 

「アルゼ、モテるわねー。どっちと結婚するの?」

「どっちともしないわよ」

アルゼはため息をついた。前世の記憶と合わせて、精神年齢で言うと一体いくつになるのか?子供2人が自分を取り合ってケンカするなんて、微笑ましいとしか思えない。


キースが相手の男の子を殴って泣かせたので、さすがにアルゼは止めた。

「やめて!ケンカするような人とは結婚しません」


キースはピタリと止まる。

「じゃあケンカしなかったら俺と結婚するのか?」


「さあね」

アルゼはいつものようにかわして、泣いている男の子を優しく撫でた。


「そんな奴に優しくするな。そいつ、アルゼがお金持ちだから結婚したいって言ったんだぞ」

「あら?キースは違うの?」

(まったく7歳ってこんなにマセてたかしら)


「俺は違う」

不機嫌な顔をして言うキースにため息をつき、アルゼはキースの手を取った。


「もう帰ろう?お母さまたちが心配するわ」


アルゼはこの街で有名な商会の一人娘だ。キースはアルゼの邸の使用人の子供だった。アルゼの母と、キースの母は身分差はあれど親友のように仲が良かった。



しかしアルゼは知っている。キースはいずれ王都へ行くことを。父親であるアランドラ公爵が迎えに来るのだ。


手を繋いだまま、キースが言った。

「ねぇ、どうして俺と結婚してくれないの?今じゃないよ。大人になってからでいいんだ」

「うーん、私知ってるんだ。キースには使命があるのよ。世界を救うような大きな使命」

「しめい?なにそれ」

「えっと、やるべきこと」

「前に言ってた、勇者の父親?」

(覚えてたのね)

自分も幼かったので、深く考えず言ってしまったことを後悔した。


「そう。お母さまも、お父さまも言ってるでしょ?最近魔獣が増えて困ってるって」


魔王も、魔獣も、魔術も存在するこの世界。アルゼはまだ魔獣も見たことがないので、実感は薄いが、アルゼが知る限り、30年後には魔王が世界を支配し、魔獣が蔓延るダークファンタジーの様な世界になるらしい。


(私も今から出来ることをやっておかないと)


「勇者に魔王ねぇ···」

キースはぽつりと呟いた。


「でも俺はアルゼと結婚したいのに」

「今はこんなに小さな街にいるからよ。もっと大きな街に行けば、綺麗で可愛い子がたくさんいるんだから」


勇者の父親だからか?キースは見た目が良い。美しい銀髪に、透き通った湖のような蒼い瞳。成長すれば美青年になるに違いない。子供とはいえ、何度も求婚されればアルゼもまんざらではない。でも、駄目なのだ。分かっている。





――3年後。


相変わらずキースはアルゼの近くに居た。しかしもう求婚はしてこない。

「アルゼ。今日も畑に行くのか?」

「うん。この間植えた種、そろそろ芽吹くはずよ」

「じゃあ夕方迎えに行く」

「えっ!いいのに」

断る間もなく、キースはいなくなっていた。


10歳にもなると、子供でも遊んでばかりではいられない。アルゼとキースは、午前中は邸で家庭教師と勉強をし、キースはその後訓練。アルゼは土壌が悪くなっても育つ作物の研究をしていた。


(キースが騎士になりたいと言うなんて、前は想像もできなかったわ)

キースは元々頭が良い。アルゼが知っているシナリオでは、公爵家に行った後は王宮に務め財務大臣になっていた。


(キースもストーリーでは脇役だもの。このくらいの差はあるのかも)

キースのストーリーや生い立ちは、サブイベントでざっくり語られるだけだ。主人公である勇者の父として。

剣とは無縁なキースが、騎士になることもあるかもしれない。





街の外れにある、アルゼの専用の畑。魔王が君臨した後でも、家族くらいは守りたい。アルゼはその一心で出来ることを探した。

まず街の周りに魔獣が近寄らないよう、鉄柵で囲んだり、街の騎士団に匿名で寄付したり(アルゼのお小遣いだから微々たるものだが)。

今は魔獣が出す瘴気で汚染された土壌でも育つ作物の研究をしている。


「うーん、まだ芽が出ないわね」

農業をしている知り合いと共同して行っているとはいえ、やはり限界がある。

アルゼはため息をついた。


「アルゼさん。昨日そこの柵が壊れたので、あまり近寄らないでくださいね」

アルゼの畑を見てくれているダイナスは、カノン商会の邸の庭師もしている。

「ダイナス。そうなのね。お父さまに言って早く直してもらわなきゃ」


報告するなら確認せねば。

アルゼは壊れた柵に向かった。柵を作ったとはいえ、街の近くで魔獣の報告はまだ受けたことがない。柵を壊したのも猪か何かだろうと、アルゼは完全に油断していた。



柵までもう少しという所で、聞いたことのない音が聞こえた。興奮した獣の声。前世でも犬は飼っていたが、こんな鳴き声は知らない。


ゾッと背筋に鳥肌が立つ。アルゼの位置と5メートルほど離れた雑木林に、2つの目がギラギラと光っていた。狼のような獣がアルゼに向かって飛びかかった。


咄嗟に振り返り、走りだそうとしたものの足が震えて転んでしまった。恐怖で叫ぶことも出来ず、思わず目を閉じる。


「ギャンッッ」

つんざくような獣の叫び声と、重いものが倒れ込む鈍い音がした。


「アルゼ」

とっさに顔を上げると、額に汗をかき、青ざめたキースの顔があった。

「無事か?怪我は?」


キースは襲われそうだったアルゼよりも震えている。

「大丈夫よ」

と言うと、キースはアルゼを抱きしめた。


アルゼは首を回して後ろを見た。しかしすぐにキースに前を向かされた。


「見なくていい。ほんとに怪我はないのか?」


一瞬だったが、狼のような獣には剣が深く突き刺さっていた。



「あれは魔獣だ。街の近くで発見されたのは初めてだな」

「お父さまに報告しなきゃ」

「ーはぁ、もう不用意に柵に近づくなよ。肝が冷えた」


「ヒール」

キースが唱えると、キースの手のひらから暖かい光が灯り、アルゼの膝の怪我が消えた。


これもアルゼの知らないことだった。物語にはキースが聖魔術を使えるとは書いてなかった。


「誰に習ったの?」

「騎士団の人。何人かいるよ。回復魔術使える人」


「そうなんだ」

こうしていると、物語が嘘のようだ。ゲームの中では少ししか触れられなかった人物も、それぞれの生い立ちがある。少し変わっただけで、すぐに物語から外れてしまうかもしれない。


(変わることがあっても、キースが聖女と結婚して勇者さえ産まれれば、みんな死なずにすむよね。)



「立てる?」

「う、ん?」

キースが手を引き、立ち上がらせようとしてくれたが、足に力が入らない。


「うーん、ダイナスさん。騎士団を呼んで魔獣の処理をお願いしてくれる?俺はアルゼを連れて帰るから」

そう言うと、キースはアルゼを軽々と持ち上げた。体格差はそんなにない。ふわりとお姫様抱っこをされて、アルゼは少し暴れた。


「は、放して」

声が裏返る。


「暴れるなよ。落とすだろ」


「うう、この抱き方は恥ずかしい」

「そうか?」


(お姫様じゃあるまいし)

完全に照れてしまい、顔が赤くなるのを感じる。アルゼは両手で顔を隠した。


「そんなに恥ずかしいのか?分かったおんぶにする」

「うん····」


少しだけ手を動かしてキースを見ると、アルゼを覗き込むように微笑んでいる。アルゼはすぐに目を逸らした。

(だめだめだめ)

アルゼは蓋をする。キースがこの街を出ていくまで、開けない蓋を。



キースは結局、邸までアルゼを背負った。アルゼが途中で寝てしまったからだ。

「アルゼ。もう着くぞ」

「え、わっ。ごめんキース。重かったでしょう」

「いや全然」

淡々と答えるキースは、息も全く乱れていない。同じ体格の人間を背負って歩いて来たとは思えないほどだ。


アルゼを地面にゆっくり降ろす。

「歩けるか?」

「うん、もう大丈夫」

「――ん?まて。邸の前に馬車がある」

途端にキースの顔が険しくなった。もう日が暮れる。来客があるには遅い時間だった。


アルゼは振り返ると、馬車の紋章がすぐに目に入った。

(あれはアランドラ公爵家の家紋だわ)


キースには腹違いの兄がいる。公爵家の跡継ぎだった兄が難病に倒れ、公爵はキースを探しに来たのだ。キースを次期公爵にするために。


(それが、今日なのね)

来るべき時が来た。思っていたより冷静な自分に、我ながら驚く。

「キース。邸に入りましょう」




邸に入るなり、キースは応接間へ連れて行かれ、アルゼは自室に戻された。


「また明日ね」

とキースと別れたけれど、明日の朝キースはまだいるのだろうか?辛いばかりで早く寝てしまいたかったが、とても眠れるとは思えなかった。



(私が、物語など覚えていなければ、キースと結ばれることもあったのかしら?いえ、きっとこれも物語の一部なのでしょうね)




翌朝、アルゼの目は寝不足でなかなか開かなかった。恐らく、アランドラ公爵はすぐにでもキースを連れて行くだろう。本当に今日が最後の日になるのなら、腫れぼったい目ではなく、一番可愛い自分でありたかった。

(キースの思い出に少しでも残りたい)


しょんぼり階段を降りて行くと、エントランスにキースが立っていた。


間違いなくキースなのだが、別人のようだった。

金糸の刺繍が施された黒いジャケットに、クラバットまで結んでいる。いつもはふわりとしていた銀髪も、丁寧に整えられていた。


「アルゼ?」

見惚れていたアルゼはすぐに我に返った。

「キース、驚いたわ。どこの貴公子かと」

キースは一瞬目を丸くして、ニヤリとした。 

「惚れそうだった?」


否定しようかと思ったが、今日で最後かもしれない。否定する意味もない。アルゼは微笑って言った。

「ええ。惚れちゃいそうだわ」


キースはまた目を丸くした。アルゼの返事が意外だったらしい。

「ふむ」

キースは思案する。


「今日、王都へ行くの?」

考え込んでいたキースはパッとアルゼを見た。

「もう旦那様に聞いたの?そう。俺、公爵家の次男だったんだって」

「そう···なかなか会えなくなるわね」


「会いには来るけど、すぐに出発したくなかった」

キースはクラバットを少し緩めながら顔を歪めた。


不機嫌な顔をしたキースに、アルゼは淡く期待を込めて聞いた。

「公爵家に行くの、嫌なの?」

「いや、公爵家に行くのは嫌じゃない。でも急すぎる。もう少しアルゼと居たかった」

(嫌じゃないんだ)


アルゼは少し落ち込み、キースのクラバットを整えた。

「私も寂しい。手紙をちょうだいね」

「うん·····アルゼは知ってたの?」

「何を?」

ピクリとも反応しなかった自分を褒めたい。キースはすぐに首を降った。

「いや、なんでもない」


扉の向こうから、キースを呼ぶ声が聞こえた。

「ほら、もう行かないと。元気でねキース。風邪引かないように」

アルゼが微笑んで言うと、キースは頷いた。

「そんなに大層なことじゃないよ。頻繁に会いに来るつもりだから」

けろりと言うキースに、アルゼは微笑みを崩さなかった。


「じゃあちょっと行ってくるね」

近所にお使いにでも行くように、キースは扉を開き出て行った。


そして、扉の外が静かになるまでアルゼは微笑みを崩さなかった。 



使用人の声、馬の蹄の音、馬車の進む音、全てが聞こえなくなったら、アルゼはしゃがみ込んで泣いた。

それでも嗚咽を我慢して泣いていたので、もう一度扉が開いたことに気付かなかった。

「アルゼ」

びくりとしてゆっくり顔を上げると、キースがそこに居た。


「わすれもの」

キースはアルゼの顔を包むように支えて、顔を近づけた。口と口が触れる寸前で止め、少しずらして頬にキスをした。


「泣かないでいいのに」

そう言ってまた出て行った。


キスされた口の真横を手で押さえ、アルゼの涙は引っ込んだ。

開けた蓋を見られてしまった。でももういい。アルゼもキースが好きだった。もう隠さなくていいことに、アルゼは少しだけ喜んだ。






 ❉❉❉❉❉❉❉


キースが王都へ発って1年が過ぎた。

頻繁に来ると言っていたが、音沙汰はない。

父も母も、「仕方ない」と言う。

平民と、この帝国の筆頭公爵家だ。もうこれ以上の交流はないだろうと皆分かっていた。


アルゼもしばらく泣いて過ごしたものの、覚悟していたことなので、時間が経つにつれ寂しさは紛れていった。


キースが王都へ行き、しばらくして騎士団が新たに街に赴任した。魔獣のこともあり、王都から送られてきたようだ。

更に薬草学と農業の専門家が商会を訪れたり、アルゼは慌ただしく過ごした。後から知った事だが、これらがキースが公爵家へ行く条件として提示したものらしい。

(もちろんこれだけではないだろうけど)

もうお礼すら言えない。アルゼは研究に没頭して気を紛らわせた。そしていくつか新種の種を開発することに成功した。




――それから更に5年。アルゼは16歳になった。


王都を賑わせた号外は、しばらくして街の方へも知り渡った。聖女が降臨したのだ。



アルゼは家族で夕食を取り、早めに自室に戻った。泣いてしまうかなと思ったが、涙は出て来なかった。


バルコニーに出て風に当たる。寝間着のままなので、少し寒い。


(もう少ししたら、キースと聖女が出会って恋に落ちるのね。もう立派な小公爵になっているだろうから、かっこいいんだろうな)

最後の日に正装したキースを思い出した。

(でも、普段のキースの方がカッコよかったわね。きっと、聖女の知らないキース。ふふ。聖女が知らなくて私が知ってるなんて)

知らず知らず優越感に浸る。浸ってみて更に落ち込んだ。

(このままでは駄目かもしれないわ)

「私も良い人を見つけないと」



「――良い人って?」


少しだけ怒気を孕んだ聞き慣れない声がした。


バルコニーの階下から、人影が飛んだ。ヒラリと柵を飛び越え、アルゼの前に降り立った。


アルゼの記憶より背が高く、声も低くなっている。だが間違える訳はなかった。


「·······キース?」

「うん。久しぶり、アルゼ」


スタスタと近付いて来て、キースはアルゼをすっぽりと腕の中に包み込んだ。アルゼを包み込めるほど背が伸びている。アルゼは慌ててキースの胸を押し返そうとした。

しかしそうすればするほど、キースの腕の力が強くなる。

「くるしい、キース?」

「ごめん、もう少し」

小さく、震える声で言うキースに、アルゼは離れることを諦めた。


「久しぶり。キース」



しばらく抱き合ったものの、さすがにアルゼももう一度抵抗を始めた。キースが顔を首元に埋めてくるので、くすぐったいからだ。

「キース、いい加減に離してちょうだい」

手で押し返そうとするものの、びくともしない。アルゼは目の前にあるキースの胸筋に驚いた。

(な、何これ。すごい)

弾力のある胸筋が目の前にあるものだから、アルゼは好奇心に負けて触った。


「アルゼ」

キースが手を掴んだ。顔が力んでいる。

「あ、ごめん痛かった?」

「そうじゃない。でも今はよせ」


(今は?)


ため息をつきながらキースはアルゼを腕から解放した。


「キース、どうしてここに?」

「戻ってきた」

「ええ?」


キースは出て行った時の貴族令息の姿ではなく、無造作な髪にシャツと羽織りだけ。とても小公爵の姿ではなかった。


「どういうこと?おしのびとか?」

「そうじゃない。ここに戻ってきたんだ。もう王都に用はない」


アルゼは理解が追いつかない。

「用がない訳ないじゃない。聖女さまだって降臨したのに·····キースは、聖女に出会って、聖女を好きに····」

最後までは言いたくなかった。


キースの瞳はいつものように動じていない。冷めたままだ。

「ああ、聖女か。この間紹介されたよ。確かに婚姻を提案されたけど、断ってきた」

「え?」

(断った?)


「断っちゃ駄目じゃない!」

さすがに叫んでしまった。何故こんなことに?


「なんでだよ。さすがの俺も傷付くぞ。俺が誰を好きか知ってるだろ」

「だって、じゃないと勇者が、魔王が」


「ああ、それも大丈夫だ。魔王はもう倒してきたから」

「は?」

さっきから何を言っているのか。倒せるの?魔王が?勇者意外に?


「ああ。魔王がまだ子供だったらどうしようかと思ってたけど、しっかり魔王だった。性格が既に終わってたから、倒す時も躊躇せずに済んだよ」

(しっかり魔王って何なの)


キースの言動に、アルゼは逆に冷静になった。そういえば、ここ1ヶ月魔獣の出没報告を受けていない。


「いつ、倒したの?」

「1ヶ月前に」


「どうやって?」

「剣で刺して」


アルゼは頭を抱えた。文字通り抱えた。

アルゼがプレイした限り、勇者と、聖女と、魔法使いと、更に剣士の4人でやっと倒した敵だったはずだ。――それを勇者でもない、勇者の父(仮)が1人で?


「信じられないか?でも事実だ」

キースはニヤリと微笑った。蒼色に輝く瞳はギラリと光り、危うい輝きを放っている。


「しばらくすれば王宮から触れが出るだろう――さて、これで俺と結婚しない選択肢はなくなったな?」


アルゼは身構えた。後ろにはバルコニーの柵があり、逃げ場はない。キースはアルゼを挟み込むように手を柵にかけた。

「アルゼ。俺と結婚してくれ」


アルゼは思わず頷いてしまいそうになったが耐えた。

「ま、待って!貴方は次期公爵でしょう?平民の私では釣り合わないわ」


キースはきょとんとして言った。

「それも大丈夫。公爵家から籍を抜いて来たから。公爵家は兄が継ぐよ」


「お兄様の病気は?」

「俺が治した。そのおかげで聖属性が上がって聖騎士になっちゃったよ。他に質問は?」


すでにキースの顔がアルゼの目の前に来ている。息を感じるほど近付いているキースの顔に、アルゼは観念して自分からキスをした。

唇と唇が一瞬触れ合う。アルゼが放すと、キースは素早くアルゼの頬を手で包み込み、深くキスをした。離れたら、もう一度。ちらりとキースを見ると、蒼い瞳に熱が籠り、扇情的に輝いている。キースの欲望が自分に向いている。


もう息が続かないアルゼは必死で訴えた。

「キース、もうくるしい」

「これで最後」

そう言うと、キースは首に、口の横に、耳にもキスをした。


「ーはぁ。もうやめておかないと。とまらなくなる」 


キースは下を向いて息を吐き、アルゼに向き直った。何かに耐えているキースは艶っぽく麗しい。


「駄目だ。やっぱり止まらない。アルゼ、愛してる」


またキスをされると思い、アルゼは思わず目を瞑った。しかしキスはされなかった。キースは耐えている。アルゼの答えを待っているのだ。


(規格外の勇者の父親は、規格外だった。それだけのことなのかも。もう父ではないけれど。物語は相応にして変化するものよね。私にとって、いえ私たちに取っては、物語ではなく現実なのだから)


「私もキースを愛してるわ」


2人は目を閉じて唇を重ねた。





―――かくして、勇者はうまれなかった。








         ――完――

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― 新着の感想 ―
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