珈琲を淹れてみよう
「というわけで」
「どういうわけだ?」
「こういうわけで」
そう、僕は長机の上にコーヒーミルと珈琲豆の入った袋を置く。
「店長からコーヒーミルと豆をもらったので、珈琲を入れてみようと思います」
「いいと思う……」
達也よりも先に月城さんが反応する。心なしか目がきらきらしているように感じる。
「お、月城さん、珈琲好きな感じ?」
「うん……香りもだし……苦いのが癖になるの……」
「ブラック派なんだ。すご」
僕はまだブラックはちょっと無理だ。この前店長に淹れてもらったとき、表情が渋くなって神山さんに笑われたことがある。
「折角だし、みんな一回ずつやってみない?」
「いいのか?」
「僕がひとりでやるっているのもなんだかねって思って」
目の前で自分だけやるのはなんか自慢みたいに感じられそうだし。
「なんなら、達也と月城さんはお互いの珈琲淹れてみたら?」
そういえばと思いついたことを口にする。……いや、これは中々良案なのでは?
心の気ぶる僕がよくやったと快哉を上げている気がする。
僕の提言に達也が顔を赤くする。一方で月城さんは「それだ!」と言わんばかりの顔になっている。
「い、いや、だがよ、もしくっそまずいの作っちまったら申し訳ねぇっていうか……」
「私……久野君の……のみたい……!」
ずいっと顔を寄せる月城さんに達也の顔がさらに赤くなる。
「い、いいのか?」
「うん……それに……私も上手につくれないかもだし……お互い様……」
「そ、そうか。うし、んじゃあ文句は言わないでくれな?」
「うん……」
ということで、実際にやってみることにしました。
「まずご用意しますは電気ケトル」
「おう、どっから持ってきたそれ」
「家から少々拝借をば」
流石にコンロを使うわけにはいかないので。
「続いて用意しますは水にござい。水道水はなんかあれだし、天然水を」
「準備がいいな」
「そりゃあね」
さすがに準備不足で延期とかしたくないし。
「コップに関しては持ってくるの面倒だったので紙コップでよろしく」
「全然いいよ……そういうのも……なんだか趣深い……」
さすがは月城さん、理解がある。
「で、計量は量り持ってくるの面倒だったので計量スプーンと計量カップで。で、ペーパーフィルターとドリッパー、そしてポット」
「……よく全部バッグにはいったな」
「気合い」
結構窮屈だし、重いしできつかったけれど、案外どうにかなるものだ。
「さて、まずは僕から作ってみようかな」
店長からきいたやり方メモを机に置き、実践してみる。
今回は豆10gに対し、水180ml。なんでも1:18のバランスが良いのだとか。「でも、人によって好みはわかれるからね、色々と試してほしい」とは店長の言葉だ。
コーヒーミルにいれるまえに軽く水を吹きかけておくと、静電気でグラインダーに粉がくっつかなくなるそう。だけど、今回ちょうどよくそれができるのはないし、どうせ同じ豆を使うしと今回はパス。
挽きの細かさはダイヤルを回して調節するそうなのだけど、どれが良いのかはわからない。まぁ、無難に真ん中を選択しておく。
そうして、回し始める。速度をつけすぎると、摩擦熱がでて良くないらしいので、一定の速度で早すぎず、遅すぎずを狙っていく。
「……これ、結構、きつい」
「そうなのか?」
傍からみるとそうでもないように見えるかもしれないけれど、これが結構重労働なのだ。一定にとはいったが豆を砕くのにひっかかるし、砕いたら砕いたでガコンとくるし、意外と力をいれないと回らないし。店長は手挽きでいつも淹れているけれど、涼しい顔でとんでもないことをしているのだと戦慄してしまう。
店長が言っていたように、カスがコーヒーミルから飛んでくるけれど、無視。そういうものなのだ。
そうして、都合何分かやったところで、ようやくからからとした音になった。
手を見れば、指が震えている。なんて軟弱な手なのか。
「普通に疲れた……」
「私……できるかな……」
「できるところまででいいさ。もし疲れたら変わるぜ」
達也の言葉に月城さんが嬉しそうに頷く。
そんなイチャつきをしり目に電気ケトルの電源を入れる。珈琲を淹れるときは温度も大事だって店長は言っていたけれど、残念ながら我が家の電気ケトルは沸騰させる機能しかないのだ。まだ、みょんと珈琲を淹れる感じの注ぎ口が伸びているタイプであるだけ良いと思っていただきたい。
沸騰するまでの間にドリッパーにフィルターをセットし、粉を入れ、とんとんと平らにする。ポットの上にドリッパーをセットしたところでケトルが沸騰を知らせる。
火傷をしないようにもち、まずは軽く全体にお湯を注ぎ、ここで1分ほど待つ。
「蒸らしって作業だって」
「必要なのか?」
「うん。これによって珈琲の細胞が壊れて、成分の抽出がしやすくなるとか」
ぷくりと膨らむのは二酸化炭素が排出されているということ。新鮮な豆でもある。確かに個人で飲むには十分おいしくいただける鮮度なのではないだろうか。
時間になったら、そのまま、2から3回にわけて注いでいく。ふわりと香る珈琲の香りにたまらず、「おお……」と声が漏れる。
「あぁ……いいな、これ、香りが最高だわ」
「なんだか……カフェにいるみたい……」
本当に、まだまだ暑いこの気候さえどうにかなったら最高のシチュエーションだったのではないだろうか。こんな暑い日にホットコーヒーなんて、と思うけれど、アイスのために氷を持ってくるのも面倒だし。
規定量を注ぎ、ポットを回し渦巻きを作る。攪拌することで、濃さが一定になるらしい。
無事に完成したそれを紙コップに入れて……は、入りきらない。仕方ないのでいくつかの紙コップにそそぐことでどうにか空にする。なにこれ、わんこそばならぬわんこ珈琲? もうちょっと量少なめにした方がよかっただろうか。
「まぁ、いいや。よし、完成」
とにかくできたという体験が大事なのだ。
次は、と視線を向けると月城さんが手をあげる。ちょっとそわそわした感じなのがなんとも可愛らしい。
補佐は達也に任せ、僕はひとまず自分のつくったものの出来を確認する。さて、一口目はブラック――
「にがぁ」
わかってはいたけれど、苦さはやはり健在だ。
砂糖とミルクを入れて調整することでようやくいただくことができる。
「あぁ……だけど、これ、いいかも」
自分で淹れるという体験もそうだし、部室で飲むというなんともいえない特別感。これは、今しかできない体験だ。今だからこそできる体験だ。
僕の中の何かが満たされる感じがする。
味ももとより珈琲は珈琲味としかわからない僕だ。感想としては珈琲ですというひとことになるけれど、まずくはない。
ひとり優雅にすすりつつ、月城さんの作業を観察する。
自身で言ったように、珈琲豆を挽く段階で結構疲れてしまったようだ。それでも3分の2くらいは頑張り、続きは達也が行った。筋トレを日課にしている彼にとってはそう苦でもない作業だったようで、順調に作業が終わる。その後、同じように、多分僕よりも丁寧な所作でいれていく。
そうして完成されたいくつかの珈琲カップが達也の前におかれ、うちひとつは月城さん自身が確保する。
「私も……自分がつくったの……気になるから……」
むべなるかな。
月城さんから受けとった達也は「ありがとな」と口にして、僕と同じようにブラックで飲む、どころか1個目で飲み干してしまった。
「達也、大丈夫なの?」
「いや、にげぇ。にげぇが、なんつーか、カフェインを感じるぜ……」
それはよかったというべきなのか。
「そっか……よかった……」
そうして喜ぶ月城さんだけど、それは喜んでいいものなのか。
「もちろん、味は申し分なしだぜ。俺は美味く淹れてくれたって思うが、月城はどうだ?」
「……うん……美味しい……それに……自分で淹れると嬉しいね……」
と、月城さんがはにかんだ。
そうして最後は達也の番だ。
僕たちの流れをみていたか、多分作業は一番スムーズだったと思う。
挽く作業もほんとにスムーズだ。こういうところ、ちゃっかり器用なのがなんというかむかつく。
完成した珈琲を受け取る月城さん。すごく大事そうに珈琲をみつめている。
「……久野君の成分……」
「待て、待て待て、それはなんつーか根本的にちげぇと思うぞ?」
ぽつりとつぶやかれた言葉に達也が慌てて声をだした。僕も頷く。なんだ、達也の成分って。
意図して言ったわけではないのだろう。はっとした月城さんが顔をほんのりと赤らめて珈琲を口にする。
すると、彼女はほうっと息をついた。
「……久野君を感じる……」
「正気に戻ったわけじゃないんかーい!」
だけど、今度はダメだった。なんか恍惚としているもん。
「もしかして、達也の手から麻薬みたいな成分がでてる……?」
「登張も何言ってんだ!?」
もしでてたとしたら月城さん特攻の麻薬だと思うけれど。
そんなのでわちゃわちゃしていると、扉がノックされる。
このタイミングでくるとなると、多分神山さんだろう。
「……どうぞ……」
恍惚の表情のまま、月城さんが答えると、扉が開く。
そこに現れたのはやはり――
「って、え?」
神山さんではなかった。奇麗に整えられた黒髪、一種非現実とも思える端正な顔立ち、優し気でありながら意志のある表情、瞳。すらりとしつつもほどよく鍛えられたことを感じさせる体型、女性を抱きしめるとすっぽりと胸に収まりそうな身長。
今回が僕的に4度目ましてになる、神山さんの男バージョンこと件の美青年である。
その彼の目が僕をみて。
「ここにいたんだね。よかった。はじめまして、と言いたいんだが……お取込み中、だったろうか?」
現状、恍惚とした表情がひとりと、少年の手を見詰める少年が一人と、慌てた様子の少年がひとりと。
そして散乱する紙コップと器機と充満する珈琲の香り。
うん、なんというかごめんというか、タイミングの悪いお人だ。
ひとまず、こほんと息をつき、「えっと、お席にどうぞ?」と僕は取り繕った。




