表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
とまれ、青春  作者: 露草 彼岸
1章 運命探しの美青年
31/33

美青年、再来

「へぇ、神社行ってきたんだ! いいなー!」


 土曜日。毎週この日は神山さんとシフトが被る日だ。

 とはいえ、時間までは一緒ではないため、昼時の数時間だけということになる。

 昼時、そして神山さんの存在により大繁盛の喫茶店は、もはや落ち着いた雰囲気というには言い難いものになっている。

 例のごとく洗い物に駆り出されて、そのうちあかぎれとか手荒れとかなるだろうという予感を抱きながら、わずかにできた時間で僕は神山さんに昨日の出来事を報告していた。


「というかさ、私も誘ってくれればよかったのに!」

「とはいうけど、多分何か予定ありそうだなって思ったし」


 陰キャというのは人を誘うのがとても苦手だ。だって自分のことで相手の時間を奪いたくないし、断れたら傷つくし。なら誘わなければいいじゃんというのがセオリー。


「別に予定っていっても綾乃ののろけをきくくらいだったし、むしろ誘ってくれた方が助かったんだけどー!」

「東野さん、お熱いね。いいじゃん、ほら、神山さんだってそういうの知りたいんでしょ?」

「そりゃ知りたいけどさぁ。綾乃しか喜びそうにない話きいても面白くないし~。安達君、背中をくすぐられるのが弱いって知って何の意味があるのって感じ」


 安達君、勝手に弱点言いふらされてかわいそうに。まぁ、東野さんが安達君の背中を触れるくらいいちゃついているということなのだろう。


「ということで、もし次何かするなら私も誘うこと! 無理なら無理っていうから!」

「うい……わかった」

「うむ、わかればよろしい!」


「それにしても」と神山さんが口にする。


「登張君が言ってた謎の美青年、私も気になるなー」

「お、やっぱり神山さんも顔のいい男は気になる感じ?」

「言い方」


 ふふ、と神山さんが苦笑する。


「そういう気になるっていうか、私とタメ張れるくらいのイケメンっているんだっていうところでの対抗意識みたいな? だって私レベルの顔の人ってそうそういないよ?」

「それを堂々と言えるのもすごいし、否定しきれないのが嫌になるね。だけど、感覚としては同じ感じだったよ」

「ふぅん。気になるなぁ。……あ、ということは、登張君、私のこと、美少女って思ってくれてるんだ?」

「流石に神山さんレベルになると天邪鬼になる方が意識してる感じにならない?」

「確かに!」


 今度はからからと笑う。


「私も縁結びのお参りはしてみたいし、そのうち行ってみようかな。ね、一緒に行こうよ!」

「予定が合えばね」

「ぶぅ、そんなんだから女の子にモテないんだぞっと。はーい、今うかがいます!」


 何ともひどいことを言って神山さんは注文をとりに行ってしまった。いや、まぁ、実際こんなんだからモテないというのはその通りなのだけど。

 とはいえ、モテるためにわざわざ自分を矯正するくらいかと言われると、別に、とも思ってしまう。何の努力もしてないのだ。おみくじでも待ち人こずと言われるのもむべなるかな。

 店の扉が開き、リーン、という透き通った音が耳に届く。新しいお客さんだ。

 いらっしゃいませ、と言いながらそちらに顔を向けた僕は――固まった。


「どうも、1名なんですが」


 美青年がいた。昨日の彼がそこにいた。間近でみるとやはり美少年という言葉よりは美青年といったほうが適切な顔立ちだ。外の暑さでシャツが少し汗ばんでいるけれど、それすらも彼の魅力を引き出しているように感じられてしまう。あれだ、爽やかな汗ってやつだ。僕とかが汗をかいたら単に汗臭い男になるだけなのに、なんともイケメンとはずるい。

 他の客も彼の登場に固まる傍ら、昨日もみていたことでわずかに耐性のできていた僕は早めに脳の再起動を果たし、「かしこまりました。こちらへどうぞ」と案内する。そうして席についた彼のことを周りが無遠慮なまでにみる、魅入っている。中には彼と神山さんを交互に見ては自身の頬を叩いて現実チェックしたり、目をしばしばとさせて目薬を差し始めたり、こすり始めた人が続出する。

 ここに絶世の美少女と美男子がいる状況。うん、客の気持ちが痛いほどにわかる。なんだ、この店は。

 彼の登場によって注文が一時的に途絶える。その間にすすすと神山さんが近づいてきた。


「ひゃー、すごいね、あれ。びっくりした!」

「うん、僕もびっくりしたよ。なんせ、昨日見た話題の彼だったから」

「あ、やっぱり? 私ももしかしてって思ったんだけど、やっぱりだったんだ。はー、なるほどねー。確かにあれは私レベルだね」

「あっさりと認めるね」

「いいものにはいいと言うのも大切だと思っております。それに所作とか表情とか努力を感じるし、頑張ってる人なんだなっていうのも感じるしね」


 そういうものなんだ。見る人がみればわかるのだろうか。モデルとかも別に顔がいいだけでやっているわけではなく、美容の勉強したりダイエットしたり、体作りにポーズの練習に、とかなり努力しての雑誌での写真ってきいたことがある。

 にしても、何故にこの店に。一体どういう確率なのか。もしかして、これも神山さんのアニメのような人生の影響に巻き込まれているとか?

「すみません」とその彼から声が届く。すっと入ってくるような声だ。そこに向かうのはこれまた美少女の権化たる神山さん。メニューをみていた彼が神山さんの方をみて、彼もまた目を見開いた。まぁ、神山さんが驚くんだから、向こうも驚くよね。

 にしても、視界に収まる範囲に美少女と美青年。たまらず目を瞑ったり、脳の処理が追い付かず机に突っ伏す人がちらほらと。わかる、絵画かな? タイトルはお忍び貴族と看板娘で。

 少しして回復した彼は何でもないように注文をし、神山さんもまた何でもないように注文を受ける。


「いやはや、突然静かになったなと思ったら、このようなことになっていたとはね」


 裏で作業をしていた店長がいつのまにか隣にいた。


「初めて神山さんを見たときも驚いたが、彼もなかなか」

「ですね。僕、そろそろ目が痛くなってきました」

「はは、そうだね。あまりに眩しい」


 その後神山さんの注文をきいて店長が珈琲を作り始める。

 時間が経ってくればさすがにお客さんの脳も回復してきたようで。雰囲気が戻りつつある。

 初見殺しの登場以外は恙なく時間が進んだと言えるかもしれない。仕事の合間にちらりと彼をみれば、文庫本を開き、読書をしているようだった。その所作や姿勢のひとつひとつが写真を切り取ったかのようで。なんというか現実感がなくなりそうだ。

 ただ、あと30分もすれば神山さんの勤務時間は終わりを迎える。そうすれば少しは現実感も戻ってくるのではないだろうか。

 そう思い、えっちらおっちら洗い物をしていると、何か視線を感じた。またぞろ、神山さん想いの誰かが見当違いな嫉妬の視線でも浴びせてきているのかと顔をあげてみれば、件の彼と目が合った。向こうも目が合ったと認識したようで、小さく、手招きする。……なんなんだろうか。

 手を拭き、彼のもとへ行く。


「どうされましたか?」

「いや、少し伺いたいことがありまして」


 そう言うと、さらに手招きをして耳を貸すように言われる。

 いよいよなんだと思い、少し体を折れば。


「良くないことだとはわかっている。わかっているんですが、先ほどの彼女のことについて、きいてもいいでしょうか?」


 ……ふぅ、なるほど。


「申し訳ありませんが、当店ではそういったことのお伝えはできません」

「そう、か。いや、そうですよね。すみません、変なことをきいてしまって」

「いえ」


 やりとりはそれだけ。彼はまた本に目を向けた、が瞳が動いてないので実際には読んでないのだろう。動揺を隠したいのかもしれない。

 対する僕も何食わぬ顔で洗い物に戻り、ひとりごちた。


「なるほどねぇ」


 恐ろしきは神山さんか。あんな美青年すら虜にするとは末恐ろしい。だけど、当然と言えば当然かもしれない。自分が美青年だからって美少女に心を奪われないなんてことはないだろうし、顔がいい人は顔よりも内面が美しい人を選ぶなんて乙女ゲーのヒロインでもあるまいし。

 そして、それは逆も然りなのではないだろうかと思った。

 目ざとく僕と彼のやりとりを視界の端でとらえていたのか、すすす、と再度神山さんが近づく。


「はい、この洗い物もお願い、というのは建前で。ねね、なに話してたの?」

「彼、神山さんが気になるみたいだよ」

「ふぅん? ま、私ほどとなれば美男子もイチコロでございますよ!」


 実際イチコロしている手前、何も言えない。


「神山のことが知りたいって言われてね。伝えなかったけど、伝えた方がよかったりする?」


 もし神山さんも彼に気があるようなら、教えることはさしたる問題にはならないのではないかと思う。むろん店のルールとしては教えられないから外で、とか。

 だけど、神山さんは「ううん」と首を横に振った。


「私、別にイケメンだったら好きになるってわけじゃないし。顔がいい方がいいのは違いないけどね!」


 先ほど、顔がいい人は顔よりも内面が美しい人を選ぶなんて乙女ゲーのヒロインでもあるまいし、とこぼしたが、彼女はむしろそうらしい。


「そうなんだ。残念、神山さんも恋を知る日がくるのかと思ってたけど」

「なにそれ! というか、登張君そんなこと考えてたのー? こーんなに私が親しくしてあげてるのに他の男のところに行かないのを残念がるなんて……もしやNTR好きかな?」

「殴るよ?」


 もともと半ば脅しのような契約だ。十分こうしてやり取りしているだけでも僕にはお釣りのくる体験だろうし、恋を知るというところくらいは彼に譲りたかったんだけど。

 ただ、まぁ、今回は残念ながらお祈りメールのようだ。


「冗談だって! 私、あと30分だから。無事に帰り支度できるように、ちゃんと守ってね?」


 なんて、騎士を気取らせたいかのような発言をして、神山さんは仕事に戻った。

 それが本音でないことはわかりつつも、美少女から言われるのは、やはり不思議な感覚だ。


 その後、特になんの問題もなく時間は過ぎ、神山さんは帰っていった。そして、その後すぐに客の会計が増えていく。毎回思う。あからさま~。

 とはいえ、そんな顔はみせず、淡々と会計処理を行っていく。

 さらに30分くらいして件の美青年も席を立つ。

 殊更接点ができているわけでもないので、やりとりは他のお客さんと同じだ。

 そのまま軽く会釈をして、彼は店をでていった。

 それからは随分客足は落ち着き、店は喫茶店らしい混み具合になる。

 おかげさまで洗い物も追いついた。あとは注文が入るまでは実質自由時間みたいなものだ。

 改めて、神山さんの経済効果の高さに驚愕するしかない。


「落ち着いてきたね」

「店長」


 店長もひと段落したようで僕の隣に立って店内を見渡す。


「まぁ、落ち着く要因が思い当たるといいますか」

「美人とは恐ろしいものだよ。君が神山さんに惚れ込んでなくて本当によかった」


 時期も過ぎ、店長とも緊張せずに話せる関係になってきた。というよりも店長の人柄というか、店長が率先して僕が緊張しないようにしてくれたというか。


「惚れたところで、という話だとは思いますが。叶わない恋をしても、と思ってしまいます」

「そうかい? 彼女はずいぶん登張君を気に入っているようにみえるけど」

「そりゃあ、自分に惚れない相手なら何しても面倒なことにならない、という逆の信頼からだと思いますよ。多分僕が気があることを見せてしまえば、神山さんは距離を空けるんじゃないかなって思います」

「そういうものか。今の少年少女は色恋も複雑なんだね」

「神山さん周りが複雑怪奇、魑魅魍魎なだけだと思います」


 実際、神山さんが恋にまつわる感覚に疎いのは、その容姿がかなり影響している。こじれて恋なんて興味ないね、という人とはまた違った複雑さだろう。


「君は、神山さんと付き合いたいとかは思わないのかい?」

「店長、今日はやけに恋バナしてきますね」

「おっと。いや、なにせ、今日は珍しいお客様がこられたからね。もしかしたら登張君の強力なライバルになるかもしれないと、老婆心ながら心配してしまったのさ」

「生憎と、付き合いたいとは思いませんね。というか、思えない、思うだけ無駄? 先ほどの通り、叶わない恋をしたところで、と思いますし、神山さんと付き合っている自分を想像できないというか」


 そもそも、あり得ないことにうつつを抜かしても時間の無駄だ。その努力は否定するつもりはないけれど、僕は努力もする気がないのだから、IFを考える必要もないだろう。


「そうか。でも、そういう意味では安心したというべきかな? 君が失恋して悲しい顔をするのをみるのは私も悲しいからね」

「わかってはいますが、勝負したところであの美青年に勝てないと言われるとなんかくるものがありますね」

「はは、すまないすまない」


 そして、おもむろに店長は小袋をさしだしてきた。


「お詫びのつもりで用意したわけではないのだけれど。登張君、よかったらこれ、持って帰ってくれないかな」


 それは、店長が自家焙煎している珈琲豆だった。


「いいんですか?」

「ああ、少し時間が経ってしまったものでね。さすがに店ではだせないけども、個人的に飲む分には十分おいしく頂けると思う。折角こういったところでバイトをしているし、自分で珈琲をいれる体験もしてみてほしくてね」

「ありがとうございます。ただ、豆もひく器機がなくて」

「ああ、そうだよね。だから、これももらっていってほしい」


 そういわれて渡されたのは、よくある見た目のグラインダーだった。ハンドルを横に回すタイプのやつだ。


「蓋がないから珈琲のカスは飛ぶし、手動だからちょっと疲れるかもしれないけど、豆をひくことは問題なくできると思うよ」

「これも……ありがとうございます。部活のみんなで飲みます」


 これは嬉しい。別にもらいものがほしいわけではないけれど、バイト先特有のまかないだったり、役得だったりというのに期待したい気持ちはある。ここの場合は珈琲ときた。ちょっと楽しみだ。


「いずれ、君に好きな人ができたときに、珈琲を入れられるというのがアピールポイントになったら嬉しいね」

「店長、高校生がわざわざそれをするのはなんか、アピールが露骨すぎる気がします」


 そんなこんなで、今日も一日、異変が一つあったこと以外は恙なく時間は過ぎていったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ