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とまれ、青春  作者: 雨草 綴
序章の1 青春を求める少年
3/33

いざ千葉

 

「登張、海行こーぜ!」


 中間テスト1週間前の学生とは思えない言葉がなんか聞こえた。


「ごめん、何か言った? いや、多分幻聴だと思うけど」

「人の言葉を勝手に幻にするな。海だ、海。海が俺たちを呼んでいるんだ!」

「……ごめん、何か言った?」

「だから幻にするなって!」


 僕はひとつ、これみよがしにため息をついて見せた。


「あのね、達也。1週間後には何があるか知ってての言葉なの?」

「別に1日勉強しなかったからってテストにそんな影響でるもんでもないだろ? その分頑張れば良いだけのこと。それよりも、だ。夏休みが始まる前に海に行かねぇと人で溢れちまう!」

「いや、別にいいじゃん、溢れてても」


 すると、達也は「だめだ」と暗い顔になる。


「俺はな、人混みにいると、あまりの情報量の多さにいるだけで疲れ果ててしまうんだ……」

「陰キャの鑑だよ、君は。この似非陽キャ君」

「ひどくね?」


 第一夏休み間近は十分人がいてもおかしくないと思う。

「というか」と僕は言葉を返す。


「そもそも海ってどこに行くのさ。ここが海なし県なのは知ってるよね?」


 僕たちが住むここ、埼玉県。東京に近いという利便性はあるものの、じゃあ他に何があるのと言われれば、ことさら何かがある訳でもない内陸県。


「そりゃあ、海有り県に行くに決まってんだろ。場所はそう……房総半島!」

「房総……どこそれ?」

「千葉の南を占めるところだってよ」

「千葉? それってあの夢に溢れた国で、人はいっときの夢想を引き換えに逃げることのできない現実に晒されるあそこがある県?」

「お前のその陰湿な表現はなんなんだ……まぁ、そうだよ、その千葉だ」

「でも、あそこってそんな行きたくなる海してたっけ?」


 悲しいことだけれど、僕たちの知ってる海とは東京湾のあの色だ。沖縄だとかそこまでいけば綺麗な海が出迎えてくれるのは知っているけれど、生憎関東地域で綺麗な海というのは期待していない。


「それが、行きたくなる海をしてんだな」


「ほれ」と達也がネットで検索した海を見せてくる。

 房総半島。

 千葉の南に位置する、チーバくんの足の部分だ。そして、達也が表示しているのはその中でも爪先に近いところにある沖ノ島海水浴場。

 どうやら、夏になるとシュノーケルをする人など、多くのお客さんが来るようだ。


「ほえー、確かに綺麗。先入観の影響が強いのかな」

「だろだろ? ってことで今日は金曜日、明日行くぞ!」

「そっかぁ。行ってらっしゃい」


 僕が手を振ってお別れしようとするも、「おい!」と達也が肩を掴んだ。


「お前も行くに決まってるだろ?」

「だから、僕は勉強が――」

「俺はな、お前が勉強しようとしまいとほどほどの点数になるのを知ってるんだ。そう、可もなく不可もなく、な。つまぁり! 勉強しようとしまいとテストの点数は変わらんッ!」

「殴るよ?」


 僕が拳を握ってみせると途端に「いやいや、暴力は良くねぇと思うなぁ!?」と慌て始める。

 それをみて、殺意を削がれた僕はため息を着く。

 まぁ、確かにそうなのだ。こんなのを得意と言いたくないけれど、僕の点数は何故か怒られはしないけれど別によく褒められるようなものでもない点数に落ち着く傾向がある。それが勉強をしてもしなくても起こるのだから、もしかしたら僕はなにか勉強方法が致命的に間違っているのかもしれない。だってつまりは、勉強の結果が出ていないということだから。

 ただ、そういったことを意識すると当然勉強する気も失せるもので。


「……はぁ。……はぁッ!」

「これみよがしにため息つくの、やめてくんね!?」

「まぁ、わかったよ。行くよ。だけど、何か奢ってもらうからね」


 それが僕なりの譲歩の仕方というものだった。


 ・

 ・


 バイトもしていなければ家が金持ちというわけでもない僕たちにとって、交通費というのは無視できない要素だ。

 何が言いたいかと言うと。


「ひもじい、ひもじいぜ……」

「だねぇ」


 ここに来るまでの交通費で既に僕達の財布は大ピンチとなっている。

 現在浜金谷駅。さらにここからバス代やら帰りの交通費やらを考えると絶望しそうになる。


「いや、分かってはいたが埼玉のご近所って言ってもここまでくると距離もあるし、金もやべぇな……」


 時間も確かにそうだ。この時間で行けるところを計算してみると、とても気軽に海に行こうと言える距離じゃない。


「達也、奢られる覚悟はしておくことだね……」

「こわっ!? いや、悪ぃとは思ってるが俺もカツカツなんだって!」

「これだけのお金、それなりのゲームが買えるんだよね」


「ぐっ」と言葉を詰まらせる達也。その姿にひとまず僕は溜飲をさげ、あたりを見渡す。


「それで、こっからバスで海にいくの?」

「ん? ああ、いや、せっかくここまできたから海だけというも勿体ねぇなって思って別口も考えてる。観光するのが海ひとつってのもなんつーかなって。んじゃあ、ぼちぼち歩いてこうぜ」


 僕は首を傾げ、だけど達也の後をついていく。

 そこからはしばらく歩き続けた。歩いて、歩いて、大体10分くらいして、到着した。


「鋸山ロープウェイ?」

「んだ。よし、乗るぞ」


 と当然のように行こうとする達也の肩を掴む。


「あのさ、まさかだけど、これから登山とか抜かす気?」

「いやいや、登山はそんなにする気はねぇって。だからこそのロープウェイだし。ちっと上り下りはあるかもしれねぇけど。い、いやいや、これはな、ふかい、ふかーい事情があるんだ!」

「……ほう?」


 夏、日差し、暑さ。そして、歩き疲れ。それにやられていた僕の怒りの沸点は明らかに低くなっていた。というより、沸点近くまで既にたまりにたまっていたという方が近い。

 ただでさえ、外に出歩き慣れていないというのに長時間電車に揺られ、暑い中歩き、そしてロープウェイに乗って登山? この男は僕を殺す気なのかと思いたい。だけど、深い事情とは。


「ここ、な? めっちゃ景色いいんだよ。それを一回見てみたくてな? それで、その解放感に迫ってみたいと!」

「……で、前置きはいいとして、深い事情とやらは?」

「それだけだが?」


 一瞬の沈黙。

「わかった、食いしばれ」と僕が拳を振り上げると「殺生な!?」と達也が両手をあげた。


「お前も一回みればきてよかったってなるから! な? な?」

「……はぁ……」


 懇願するような達也の目に殺る気が削がれた。

 確かに観光というなら折角だし色々行くのは賛成だ。だけど、せめて一言言ってもらわないと体の準備ができない。

 ひとまずロープウェイ代は達也に払わせることで僕は溜飲を下げることにした。

 恙なく乗車する僕たち。


「そういえば地味に僕、ロープウェイ乗るの初めてかも」

「おお、偶然だな、俺もだ」

「偶然というか、そりゃあ僕たち、まーるで外にでたことないんだから当然なんだろうけどね」


 少しドキドキだ。

 やがて、音楽が鳴り、がたんと車体が動き出した。


「お、おお」


 電車とも車ともまた違う感覚。外をみると、どんどん地上が遠くなり、視界が広くなっていく。

 ほんの少しの時間ではあったけれど、広がっていく景色、遠くに見える青々とした海、どこまでも広がる青空に僕たちは思わず感嘆の声を挙げていた。


「な、すごいだろ?」

「そう自慢されるとつい反論したくなるけど……でも、初めてのロープウェイ、よかったよ」

「だな! 俺も同感だ。が、本番はこっからだぜ? ひとまず順々にまわってこうぜ」


 降りた先は早速の観光スポットとなっていた。目の前にあるのは視界に入りきらないくらいの大仏だ。壁画、というべきなのだろうか。一般的な大仏の像とは違って平らで、壁画のように見えるのだ。


「これは、百尺観音だな」

「とは?」

「しらん。どでかい大仏だなぁ」

「おい」

「待て待て、今調べるから。んーと? これは戦没者の慰霊と交通安全の守りのご尊本として作られたもののようだな。高さ30.3m、つまり百尺あるから百尺観音なんだとか」

「へぇ。それで百尺。……学校の、3階くらい、かな」

「もうちっとあるような……んにゃ、そんなもんか?」


 そう言って達也は大仏を見上げた。


「にしても壮観だよなぁ。ここ、中華ファンタジーのステージとかにできそうじゃねぇか?」

「言われてみれば。じゃああれ、実は隠し扉になってたり?」

「おお、こう大仏と壁全体がゴゴゴって動き出すんだろ?」

「そのまま地下空間が広がってるみたいなね」


 あまり観光の仕方としては如何なものかと思わなくもないけど、こういう想像をしながらの観光というのも面白い。

「よし、次行くか」という達也の言葉で僕たちはようよう移動を開始する。その道中も高い壁が両側にそびえ立ち、幻想的な景色を生み出していた。特徴的なことに、壁を見ると縄の後のようなものが見える。


「そういえば、この山ってそもそも何の山なの? 僧の修行場とか?」

「もともとは石切場だな。建材として採石されてたらしい。が、自然保護が〜って声が強くなって役割を終えた感じだ」

「ありゃま。時代だねぇ」

「だなぁ」


 そのまま進むと道が二つに分かれているので、登りの道を進む。

 距離としてはそんなにかかってないのだろうけど、階段を登るだけでも僕にとっては重労働で、山頂に着くまでに随分息を切らしてしまっていた。


「うーし、山頂、到着! おお、おいおい、登張、見てみろよこれ!」


 達也が何かに気づいたように崖の柵をつかみ景色を指さす。

 よろよろと近寄った僕はそこから見える景色に息を飲んだ。

 ロープウェイより広く広がる景色だ。

 なんと言葉にすれば良いのだろうか、ただただ驚きで、すごいという言葉思いつかない。


「すげぇな、これ! 写真で予習してたつもりなんだが、やっぱ生と写真じゃ全然ちげぇわ!」


 達也の言葉に僕は頷く。


「あ、富士山」

「マジだ! ここからだとよく見えるんだな!」


 僕たちとしては富士山もそう見慣れているものじゃない。学校で天気が良い日に時たま富士山の先っちょが見えて学生がはしゃいでいるような、そんな景色でしか基本見た事は無いから、生で、しっかりと見れたというのは本当にすごいという気持ちにしかなれない。

 しばらく景色に見とれていた僕たち。

 ふと、横を見るとやけにとんがっている崖を見つける。


「お、あそこ、よく写真で載ってるやつだ。行ってみるか」


 そう言われて達也について行く。

 そこに立つと、三方が崖という状況、強い風に足がすくみそうになる。


「こ、こわっ!?」

「これは怖い。死を感じるね……」


 スマホで写真を撮ってみるけれど、ちょっとバランスを崩してしまえば風にあおられてスマホが地上の藻屑になりそうになる。

 早々にその場を離れて息をつく。


「鋸山って日本百低山に選ばれるような標高の低めの山なんだが、いや、普通に怖かったわ。地獄のぞきって呼ばれんのも納得だな」

「だね。ただ、景色は文句なしだね。海に近い山だからこそ見れる景色だ」

「だろ? 千葉の観光スポットで調べたらどこもかしこもおすすめしてくるもんだから来てみたんだが、こりゃ正解だ!」


 そう嬉しそうに笑う達也に僕も相好を崩しかけーーだけど、あれ、と首を傾げる。


「だけど、景色は綺麗だけど、これって青春イベント的にはアリなの?」

「大アリだ。今どきの高校生はな、一度は山に登る。んで、汗を流しながらいい景色だねって笑い合うんだ。みろ、俺たちを! 山を登り」

「ほとんどロープウェイだったけどね」

「山を! 登り! 海と開けた地上と大空が見せる絶景を目の当たりにし汗をかくのも気にせず、夢中になっている! おいおい、俺たちはいつから主人公になっちまったんだって気持ちだぜ!」


 そうして、達也はスポドリを豪快に飲むと「ぷはぁ!」と満足気な息をつく。


「あー、やべ、登張、あと6時間くらいここにいね?」

「流石に無理。現時点でもかなり時間かかってるだからそろそろおりるよ」


 まだ本命の沖ノ島にすらついてないのに、達也に付き合い続けたら間違いなく日が暮れても帰れない。


「というか、沖ノ島の海辺で黄昏れるって言ってたくせに。日が暮れたらみれないんじゃないの?」


「あ、マジだ」と今気づいた様子の達也に僕はこれみよがしにため息をついた。


「じゃあ早く降りて次の目的地にーー」

「ああ、待て待て、確かに日没までには行かにゃあならんが、まだ時間もありあまってる。他にも見所はあるからそっちも観光しながら降りようぜ」


 そう言うと、達也は来た道とは別の階段をおり始める。

 そうしてしばらくの間、鋸山の観光をすることになった。

 例えば通天閣。階段にできた岩の門みたいなもので、振り返って行きの視点からみてみると、ここは現代なのかわからなくなるような神秘が出迎える。


「なんか文明崩壊SFとかにありそうだね」

「確かに。いや、だがここは中国拳法の達人が仙人になるための道中ステージってのも捨てがたい……!」


 例えば日本寺大仏。高さは31mもあって、日本一の高さなのだとか。見上げるだけでも圧巻。近づくほどにその迫力に舌を巻きたくなる。これを人間がつくりあげたという現実にいっそ非現実感を感じたくなる気持ちだった。


「でっかいねぇ……まさか、こんなところで日本一の何かが見れるとは思わなかった。千葉なのに」

「お前、その言い草は千葉県民に殴られても文句言えねぇぞ……」

「達也、あれくらいビッグな男になるんだよ」

「なれるか!」


 他にも様々なスポットを見て回った。

 人の手が深く入っている山だからか、あちこちに何かがある。


「特に仏教関連のものが多いよね」

「それはいいんだが、途中にあった首が落ちまくった仏像たちはなんなんだよ……怖ぇよ……」

「やっぱり首が一番細いし負担もかかりやすいんじゃない?」


 そうして一周回るように鋸山をみていった。

 そう、一周。つまり、一度降りたら今度は登らないといけない。

 故に。


「はぁ……はぁ……」

「おう、登張、気張ってけ~。あとちょっとだ」

「この、陰キャを自称する癖に体力は陰キャじゃないやつめ……」


 僕は体力がない。それはもうない。むしろあったら驚きだ。

 よちよちと息を切らして、どうにかこうにか百尺観音のところまできた僕はそばのベンチに腰かけた。


「つ、疲れた……」

「お疲れさん。これにて前半戦は終了だ」

「……僕、もう、帰る……」


 正直膝が笑っているし、これ以上動こうものなら僕の足は引き裂かれるのではないかと思う。


「ほんと体力ないのな……まぁ、このあとは昼飯にするつもりだし、そこでめいいっぱい休んでくれ」

「悪魔……鬼……恋愛拗らせ野郎……」

「おい最後」


 だけど、確かにずっとここにいるのも観光客の迷惑になってしまうだろう。

 くたくたの足で僕は立ち上がった。


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