8、死別
途端。皆が凍りつく。忘れていた。大声を出していたが、ここは、バケモノの巣なのだ。
キュッ・・・キュッ・・・
足音は、間違いなく二本の足。多くても、二本の足。百の足を持つバケモノではないことだけは確か。
緊張した面持ちでドアを見つめる。
金属のドアが開いた。
そこから先は、完全な同時進行。
まず、ドアの方向に、谷が拳銃を向けた。
それから、ドアから二人の人が現れた。
一人は崎ヶ谷倫。
もう一人は、草津 七穂
パニックに陥りそうになった柑奈を抑えていた眞希は息を呑んだ。
「草津・・・さん?」
一瞬で眞希は表情を変化させた。そしてそれを見て、柑奈の表情は暗く変化した。
対照的に、倫と草津は、表情が全く無かった。もっとも、草津はもともとそうだが。
「何だ、倫ちゃんか・・・」
そう言って、ゆっくりと近寄る。
「おい!ダメだ!よけろ!」
谷が叫んだ。
「え?」
振り向いたその一瞬。倫の口から触角が。
「またか」そう他人事のように呟いた。
その言動とは裏腹に、体は、生き残りたいと告げていた。
後ろで、悲鳴が聞こえた。
とっさの反射神経で左に飛び退いた。その眼の前には、表情の変わらない草津の姿が。
―まさか。
あってはならない疑念が、首をもたげた。
―草津さんは・・・もう・・・?
体が勝手に後ろに飛び退いた。だが。
(そんな!?嘘だ・・・嘘だ・・・!)
心は裏腹に凄まじい感情に支配されていた。
体が後ろに移動する。
柑奈の、近くに。
「どいて!!」と谷が叫ぶ。
ゆらり。
二人が近づいてくる。
谷が「倫ちゃんだったもの」に銃口を向けた。
「恨むなら・・・奴らを!」
その声にこもった憎しみは、どこに向けられたものだったのか。
倫ちゃんは吹き飛ばされた。
その銃声に、眞希は我にかえった。
次に谷が銃口を向けた先は・・・草津さん。
「おい・・・谷さん・・・やめろ・・・その人は多分・・・生き・・・」
そこから先の言の葉は、銃声に消された。
眞希は見た。思いを寄せた人が、藁人形か何かの様に、そこで体をくの字に折ってくずおれるその瞬間を。
何回絶望の叫びをあげればいいのだろう?
何故こんな事になったのだろう?
引き裂くかのような叫び声が、屋上を満たした。
それから、彼は泣いた。餓鬼の様に、泣いて、叫んだ。周りの目も気にならなかった。
あのムカデ(谷が『ピード』と呼んでいるらしい)は、オスとメスがいて、オスは見境なく人、つまり、肉を喰う。
メスは小さく、人体に入り込むと、身体を操りながら中で卵を殖やす。
どちらにせよ、このムカデに襲われていいことは何一つ存在しない、そういうことだ。
そして、訪れる「死」は、ゆっくりと焦らしながらやってくる。
ここまでが、谷と仲間が調べてくれたこと。
「・・・それで?」谷は落ち着いていた。
「それでって・・・何」眞希が切り返す。
「どうするんだい?」
「もう後には引かない。絶対に、あなたについていく」
「・・・ふぅ・・・」
そのため息は、何に向けられたものだったのだろう。
使命感に釣られて死地に飛び込んできた自分への後悔か。
ここまで来て感じた希望を、抑えつけようとしたのか。
「でも・・・女の子二人は?」
「もういいんだ・・・私はついてく」
「私は・・・そうね、柑奈と一緒。もうここまで来たら、仕方がないでしょ・・・」
諦めと、怒りと、憎しみと、淡い思いとが交錯した。そして、谷は言った。
「でも、駄目だ」
「は・・・?どうして・・・」
「さっきだって『ピード』のメス一匹でここまで騒いでた・・・無理だ。いまの状態じゃとても」
「っ・・・!」
「君らの執念と怒りは分かってるつもりだよ。でも、だからこそ、君らには生きてもらう」
谷の決意は、ひっくり返せそうになかった。
「僕が病院まで送る。そこでヘリに乗れ」
眞希は渋い顔をして、柑奈は無表情で、莉音はどこかほっとした顔で頷いた。
「ここから先は、みんなムカデだ。いいな」
その言葉の意味は、「僕ら以外信頼できない」
・・・何処か、切なかった。
「行くぞ」
さっきの銃創が、壁に突き刺さっているのを見つけた。
転がっている倫、七穂、渡。
突き刺さった銃創。
胸が、痛んだ。
七穂さん、俺も、あなたのことが―
伝えたい思いは、死骸には届かない。