6、襲撃
「ごめん・・・またあんなのと対面しなきゃいけないと思うと・・・耐えられなくて・・・」
「仕方がないよ」柑奈が慰める。
「なんか・・・その・・・悪かった」眞希が謝る。
「ううん・・・いいの・・・私が悪いから・・・」
「・・・」
気まずい雰囲気になったので、コンクリートの小さい塊をいくつも拾いに、少しだけ莉音から離れた。
(隆大の弔い合戦だ!見てやがれよ)
その時、ドアが開いた。
反射的に、その重い鉄のドアに向けて、コンクリートの塊を投げつけた。
カンッ!と鋭い音がして、鉄のドアに石が当たった。
しかし、中から出てきたのは教師、渡だった。眞希との距離は3m、莉音たちとの距離は7mほどだ。
マズい!そう直感した眞希は後ろに飛び退いた。だが、明らかに説教を避けられる距離ではない。めったに怒らない代わり、年がら年中皮肉を吐いているような人なのだから。
渡の皮肉がいつも通りアサルトライフルの様に飛んでくるかと思った・・・のだが。
近寄ってくるだけで全く喋らない。全くもってらしくない。まぁ、ありがたいとは思ったが。
訝っているうちに、顔が至近距離まで近づいてきた。
莉音は警戒心を解き、歩み寄ろうとした。
嫌な予感がしたので、眞希はゆっくり下がることにする。
「莉音、駄目だ、下がって。」
おかしい。絶対に、おかしい。あの皮肉屋ワタリズムが、ここまで無言を貫くなんて話は聞いたことがない。
柑奈が首を傾げてこっちを見ている。
「どうしたの?」とその眼が訊いている。
声をかけてみることにした。初めて、その眼をじっと見る。
「わ・・・渡先生?どうしたんですか?」
いつもなら、「はい、なんでしょう?」と、裏のあるニヤニヤ笑いでわざと物腰柔らかに喋ってくるのだが。
眼がおかしい。渡は虚ろな眼をしていた。
ゆっくりと、口を開く。
「・・・ゲロ」
「は・・・?」思わず不躾な問い返しが出てしまった。焦って顔を覗き込む。
だが、渡はやはり、無表情で、無機質な眼をしていた。それはまるで、そう、デスマスク。
この世で役目を終えた魂が帰って行った、その残骸。
「・・・吐瀉物?」
皆が首を傾げて、固まった
その隙を渡は、いや、渡の「中身」は見逃すことはなかった。
―ブヂンッ
何かがちぎれる音がした。
次の瞬間、渡の対の眼球が外れ、ポロリと落ちた。そして、目からさっき嫌というほど見せつけられたあの触角が、姿を現した。
「きゃぁぁぁああああっっ!!!!!!」
柑奈と莉音の、同時に上げられた悲鳴。
機能を失った眼球が転がっていく。
「・・・に・・・・げぇ・・・」
渡の、声にならない呻き。
聞こえてはならない筈の響きが、また。
逃げなければ!そう思っても、足が言うことをきかない。勝手に震えている。
「やめ・・・さいご・・・まも・・・」
渡の意識はまだあるようだ。却って、これは酷だろう。
次の瞬間、渡の体は眞希に襲いかかるかのように飛びかかり、同時にそれを止めるかのように踏ん張った。
次の瞬間、渡だった「それ」は、こめかみからどす黒い液を出しながら横ざまに吹き飛ばされた。