5、放心
押し倒されいくつもの逃げる人に踏みつぶされる者。
否応なく触角の餌食になり、ゆっくりと口でバケモノを受け入れさせられる者。
「肉」として扱われ、ムカデに群がられ、体を少しずつちぎり取られていく者。
その瞬間、眞希は、殺意が、破壊衝動がわきあがってくるのを実感した。
この虫けらを壊してやる、原型が分からなくなるくらい・・・粉々に!
拳を握り、駆け出そうとしたその時、柑奈と莉音が二人で眞希を抑え込んだ。
「放せよ!!」
と、全力で振り払おうとした。
「高園君は死んじゃったの!私はあなたまで失いたくないの!やめてよ!」
「・・・」
理性が、怒りの支配を振り切った。
「とりあえず、屋上に行きましょ、少なくとも上から襲われるのを心配する必要がなくなるわ」
「そう・・・だな・・・」
上の空で答えながら、眞希は物思いに沈んでいた。
守りたかったものに、守られている・・・。
情けない。情けなすぎる。友は守ることすらできなかった。情けなさすぎる。
「勝手に死なせるな!」
「え?」
隆大が戻ってきたのかと思った。でもそれは、朝の掛け合いの記憶が戻ってきただけだった。
涙が出た。
かつて交わした会話が、冷泉の様に湧き出る。
「あー・・・ショック受けんなよ?俺は・・・水橋が好きだ」
「マジかよ!?」
「マジだよ・・・こういうリアクションされるから言いたくなかったなんだよな・・・」
「らしくない暗さだな」
「・・・でも、お前が反対しちまうんじゃないかと思って・・・」
「何でだよ、お前の自由だろが」
「いや、幼馴染が成長してからお互いを意識してどうこう・・・っていうのはよくある流れで・・・」
「お前ゲームしすぎだって!!!」
涙が、止まらなくなった。
だからこそ、眞希は思った。だからこそ、柑奈は、守る。隆大の守りたかった柑奈を、柑奈の一番の理解者の莉音を、守る、と。
恥ずかしくはあったが、本当に思ったこと。
フラフラと屋上へ歩いて行く。
屋上の空は、さっきまでの青空はどこかへ押しやられ、真っ白の薄曇りになっていた。
みんなはどうしたのだろうか、屋上には、誰もいなかった。
壁に寄りかかり、気分を落ち着けようとする。
「な・・・なんなのよ?アレ」記憶が戻ってきたらしい。莉音が聞いた。
「分かんない」
と柑奈が答える。
「なぁ・・・柑奈・・・」ぼんやりと、呼びかける。
「なに?」
「さっきは・・・サンキュ」
「ふふ、いいんだよ、これくらい」
あぁ、隆大は、こういうところが好きだったのか・・・
再び湧いてくる、哀悼の感状。
「先のこと・・・考えないと・・・ね?」
柑奈が言った。そう、それは眞希自身が皆に放った一言。
「そう・・・だな」
返した声に力はなく。
ふと、違和感を覚えて立ち上がった。
「悲鳴が・・・」
「さっきより増えたな」
どうやら、最初にあの化け物が出てきたのは4組と放送室だったらしい。関連性は・・・分からない。それよりも、恐ろしいことに気がついた。足が震えだす。
「ってことは、その内ここにも来るってことか」眞希の独り言に莉音がビクリとする。
至近距離であんな目に遭ったのだから、当然と言えば当然だが。
「そうね」柑奈も、平静を装ってはいるが目の恐怖の色を隠すことはできない。
「でも、どのみちあいつらは来る。絶対に来る」
「嫌!嫌!嫌ぁぁぁぁぁ!!!」
パニックに陥り泣き出す莉音。
「落ち着こう・・・ね?」
柑奈が必死に落ち着かせる
「眞希君も、そんなに自分を追いつめなくていいんだよ?」
「分かってる。でも、戦うか逃げるかしないと・・・俺ら・・・死ぬからな」
「そうだけど・・・」
「一刻も早くこの狂った街から抜け出さないと、それに、隆大の仇を、討たないと・・・」
「そうだね・・・でも・・・少しだけ・・・このままでいさせてよ」
「・・・分かった」
柑奈が、莉音を落ちかせようとする。少し待つと、不思議なほどすぐに、嗚咽が収まった。