黒き疾走
――午前十一時二十七分。
初夏の陽射しがアスファルトを揺らし、都市間高速道路には休日ドライバーの車列が伸びていた。小さな子供の笑い声。後部座席でうとうとする祖母。そんな日常を裂いたのは、制限速度の倍を超える異常走行だった。
道路管制センター。
モニターの前で監視員が椅子から跳ね上がる。
「おい、異常車両だ! ……いや、違う。人型……か?」
カメラに映ったのは、黒光りする異形の存在。人型ではあるが、人間のそれとは明らかにかけ離れていた。脚は反り返り、関節が逆方向に曲がっている。金属とも皮膚ともつかない表面には、走行中の風圧すらものともしない鈍い輝きが走っていた。
「生き物……なのか、アレ?」
機械的な四肢を折りたたみ、異形の怪人は路面を這うように走る。制御不能の速度で、走行車線を走行しながらも、前方の車両を寸前でかわし、路面標識すら回避して突き進む。その姿は、まるで高速道路を知り尽くしたプロレーサーのようだった。
――その異形の怪人の向こうから、一台のセダンが突っ込んできた。
急ブレーキの音。何台かの車がハンドルを切る。
衝突は一瞬だった。
怪人は無言のまま、セダンの正面を受け止め、勢いごと押し返す。金属音とともに車体がねじれ、ボンネットが潰れた。
そして、怪人は反動で小さくのけぞったあと、車の側面に手をかけ、そのまま――
蹴り飛ばした。
破壊されたセダンは回転しながら、道路脇の路側帯へと叩きつけられ、数回バウンドして停止する。空気が砕けたような静寂が、車内のドラレコ映像とともに記録された。
それを、上空の一機のヘリが捉えていた。
「こちら現場上空の中継です! 見えますでしょうか、怪人が、怪人が今、車を蹴り飛ばしました! ……あっ、緑地帯に向かって移動していきます。どうやら――あっ! 空に、あれは……」
カメラが空を向くと、青空の中に色とりどりの影が現れた。七つの光の尾を引いて、魔法少女たちが飛来していた。地上の惨状に向かって、まっすぐに、凛然と。
「魔法少女です! 全員そろっています! これは……セブンレイディアントです!」
その姿がカメラに映った瞬間、安堵と興奮が混ざり合った声が実況のマイクに乗った。
「怪人は……すでに接触事故を起こした後でした。……まさか、車とぶつかってまで、何かを探していたのでしょうか……?」
怪人は、無言のまま緑地帯に身を沈める。七人の魔法少女が高度を下げるその前に、怪人の姿は木々の陰に飲まれていった。
不気味な沈黙とともに、事件は始まった。
。