山に棄てられたモノ
時刻は午前0時を少し回った頃。
山奥の細道を、二台の大型トラックがライトを切ってゆっくりと登っていく。荷台には黒いビニールで覆われた大量の廃棄物が詰まれていた。
「おい、こっちでいいのか?」 「問題ねぇよ。カーナビのログも残らないし、監視カメラもねぇ。完璧な場所だ」
運転手たちは笑いながらトラックを停めた。木々に囲まれた小さな広場。そこは、すでに“ゴミ山”と化していた。
冷蔵庫、ソファ、オフィス机、バッテリー、プラスチックごみ、薬品タンク――
ありとあらゆる産業廃棄物が、自然を覆い隠すように積み上げられていた。
「じゃ、さっさと降ろしてトンズラだ。長居は無用ってな!」
荷台が傾き、黒い塊が転がり落ちる。
金属がぶつかる音、ビニールの裂ける音、化学薬品のきしむような臭い。
だが――その時だった。
「……ん? おい、見たか?」
木々の間に、“何か”が立っていた。
トラックのライトに照らされたのは、全身に鋭い棘と硬質な装甲をまとった、異形のシルエット。
「な、なんだよあれ……動物か?」
動かない。音も出さない。ただ、じっとこちらを見ている。
男の一人が車に手をかけた瞬間――
ズシンッ!
怪人が一歩踏み出した。
その足音は、まるで地面を踏み抜くような重さだった。
「ひっ……お、おい、ヤバいぞアレ!」
「や、やめろ! くるな!!」
逃げ出そうとする男たちに目もくれず、怪人は無言で“ゴミ山”へと向かった。
一歩。二歩。三歩。
そして、次の瞬間。
ズガァアアン!!
怪人の腕がうなりを上げ、巨大な産廃の山に叩きつけられた。
鉄の棚が砕け、廃冷蔵庫が粉砕され、薬品タンクが真っ二つに割れる。
轟音と破裂音。
静まり返った山中に、ただそれだけが響いた。
男たちは逃げた。誰も怪人の前に立ちはだかることなどしなかった。
それから怪人は黙々と動いた。
鉄くずを潰し、家具を砕き、プラスチックをひしゃげさせ、タンクを踏み抜いた。
何時間も、何度も、何も言わず。
ただ――破壊だけが続いた。
◇ ◇ ◇
夜が白み始めたころ、すべてが粉々になっていた。
大地には、散乱する金属屑と無惨な廃棄物の破片。だが、確かに「山」は崩されていた。
怪人はしばらくその場に立ち尽くすと、静かに森の奥へと姿を消した。
そこに、誰も魔法少女は現れなかった。
何者も、彼を止めようとはしなかった。
◇ ◇ ◇
――翌朝。
報道ヘリが上空を旋回していた。
「こちら現場上空です。山中にて大量の産業廃棄物が破壊された状態で発見されました。投棄者の逃走経路にはタイヤ痕が残されており、警察は違法投棄の可能性があるとして、調査を開始しています。なお、破壊された痕跡は人為的なものではなく、何らかの“異常事態”があったと見られ――」
その下で、地元住民たちはぽつりと呟いた。
「……また、怪人か?」
「けど、アイツ……俺らを襲ったわけじゃないんだよな……」
「……ただ、ゴミを……壊してただけで……」
やがて、ニュースは別の事件へと切り替わっていった。
だが、そこに魔法少女の姿は無かった。
破壊だけが、静かに山を片付けていた。