Aqua Hand in Joker: Backup Move(アクア・ハンド・イン・ジョーカー:バックアップ・ムーヴ)〈中編〉
十二人の生徒が命を賭けて挑むデスゲーム×学園ストーリー
【追憶の海底】にて過去の自分の記憶を見て、再び託された使命に向き合ったアラリックとリオライズ。
一方、彼等が不在の学園では、選別阻止の為——
二人の青年が、大きな賭けに出る。
《Death of the Academia》をお楽しみください
教室に足を踏み入れると、見慣れた空間にささやかな違和感が混じっていた。
いつもより二つ多く並ぶ机と椅子。
ヴェイルはそれを目にすると、Ⅱ組の生徒達に声を掛ける。
「分かんねぇけど、後ろの席にはⅡ組の順位順で座ると良いかもな」
ヴェイルのアドバイスに頷くように、窓際の席から順に――ゼオン、ネリカ、エニアル、サイラスが腰を下ろした。
「殆どⅡ組の教室と変わらないのに、Ⅰ組の連中がいるだけで気が散る」
頬杖を突きながら不満を漏らしたのは、風属性を得意とする、大剣使い——ゼオン。
この学園で唯一、十八歳未満での入学を果たした特例の存在だった。
「まぁ、まぁ。落ち着いてよ、ゼオン」
ゼオンの横暴な態度に、ネリカが宥めると、ストリクスが火に油を注ぐように、嘲笑する。
「ゼオンってば、この前アラリックに負けたのが、そんなに悔しかったの? なら、その頭と戦闘能力をもう少し磨いた方が良いんじゃない?」
「――チッ」
ゼオンは軽く舌打ちをし、窓の外へとじっと視線を送る。
リオライズは、籠手の近距離型。ゼオンは、そのうえで大剣も使いこなす両特化型か……
第一授業から、同属性ということもあり、二人の仲は良好……か。
「ごめん。そこまで強く言うつもりは、なかったんだけど……」
これから、仲間の候補に入る彼等と、不必要な亀裂を作ってはいけないと思い、言いたいことを言った後に、すぐ謝罪の言葉を口にする。
暫く沈黙が続いた後、ゼオンが答える。
「別に気にしてねぇよ。あんた達といると気分悪くなるのは、事実だけど……ヴィンティスに、腕を吹っ飛ばされるよりかは、全然良い」
不満げだった声色が少しだけ和らいだその瞬間、ヴェイルはそっと胸を撫で下ろす。
そして、いよいよ――
デスゲームの内容、そして”選別”という名の授業の口実が聞かされる。
「よく集まってくれた。お前達」
数分後、静まり返った教室に、重々しい足音が響く。
グランが無言のまま教壇に立ち、八人の生徒を見下ろした。
その瞬間、教室全体が氷のような緊張感に包まれる。
彼のまとう雰囲気は、まさに冷酷無慈悲そのものだった。
そして、グランが来てから、早速一つの疑問がストリクスの中で、浮かび上がる。
グランが現れる前から、薄々気付いてはいたが……アラリックとリオライズの名前を、誰も口にしていていない。
記憶はあるはずなのに、二人の話題がなされなかったのは、呪いの影響か……
突如――
その瞬間、グランの足元から漆黒の瘴気が立ち昇る。
耳鳴りのような低い音と共に、空気は次第に重く濁り始めた。
吐き気を催すほどの魔力に、彼等の戦争は――既に始まっていることを示唆していた。
周囲の六人の瞳が、一斉に妖しく輝き始めた
――紫に染まったその光は、まるで呪いの証のように。
こいつ……! 解呪した僕達は無害の攻撃。だけど……記憶持ちじゃない奴等は、無意識に……
その瞬間、教室の空気が一変する。
灼熱の爆炎玉が轟音とともに炸裂し、赤く染まりながら燃え上がる火柱が、生徒達を包み込んだ。
やがて、グランから溢れていた闇の気配が、じわじわと薄れていく。
紫に染まっていた生徒達の瞳が、次々と本来の色を取り戻していく中――
最初に我を取り戻したネリカが、水魔法で周囲に残る熱気と混乱を鎮め始めた。
「急に魔法なんて放って……! ヴェイル君、どうしたの?」
困惑に満ちた声で、術を放った張本人のヴェイルに問いただした。
小さく一呼吸置くと、彼は飄々と答えた。
「わりぃ、わりぃ。魔法を発動する時の、イメージトレーニングしてたら実際放っちまった……! ごめんな、皆」
「だとしたら、相当お前って馬鹿だなぁ!」
「そういうのやるなら、外にいる時にやってください……」
サイラスの毒舌と、エニアルの怯えながら必死な訴えを聞き、ヴェイルは苦笑いしながら、グランへ話を促す。
「次から気を付けるって! じゃあグラン、授業の説明頼むぜ」
呆れのため息が漏れる中、唖然とするストリクス。
ヴェイルを見ると、微かに見えるグットポーズと口の微笑みが向けられた。
ストリクスは、ヴェイルの仕草にだけ安堵を覚え、静かに息を吐いた。
グランの説明が進む中、彼は放たれた魔力の真意を探り始める。
さっきの魔力……僕とヴェイルだけ、完全に影響を受けていなかった。
つまり、グランが放ったのは“呪いの重複”。
ヴェイルは、それを逸らすために、あえて自分に意識を引きつける術を使った……火の爆炎玉で。
しかし……アラリックのあの膨大な魔力がないのを良いことに、少し呪いの気配が強くなった気がする。
アラリックが、リオライズとの対人戦で見せた光を宿した魔力。
グランにとって、自分の魔力を即座に消し去るかもしれない存在がいないのは、好都合だったのだ。
一拍の沈黙のあと、口元に狐を描いた。
「その名も“4対4のカルテットデスゲーム”だ」
グランが、目線を流すように全員の顔を見ると、満足げな表情で続けた。
「現在、各クラス成績最上位者の二人は、別の試験を受けている。そして、今まで形として成立していなかったデスゲームを、“即日に開催する”」
なるほど。ここで僕等の二人どちらかを落とす……もしくは、記憶持ちになりかけた人間の攻防で、勝ち取る為の口実か。
「チーム分けは、俺達の完全シャッフルな振り分けとなる。異論は、認めん。自分だけが勝ち残る為に……せいぜい死なないように頭を使い、牙を向くことだ」
周りの様子を見ても、誰一人としてデスゲームを疑うような瞳や、拒絶するような反応は見せなかった。
だが――
ふと一瞬だけ、ストリクスはネリカと視線が交わり、彼から感じた気配が他と違ったように思えた。
ネリカもまた、不思議そうにストリクスを見ていた。
これは、”希望の始まり”か”絶望の鐘の音なのか——
最後まで読んで頂きありがとうございました。




