Memory and Time: Countdown Promise(メモリー・アンド・タイム:カウントダウン・プロミス)
十二人の生徒が命を賭けて挑むデスゲーム×学園ストーリー
土、火、水、風の四属性をメインに、学園の闇に気付いた四人の生徒達。
リオライズが母親との幸せな日常、復讐に人生を捧げた六年間。
そして目指すべき新たな目標を見つけた——
そして明かされるアラリックの過去。
感情を表に出すことが少ない、青年の人生とは——
《Death of the Academia》をお楽しみください
老人とのミッションの約束を交わした後、“過去の”アラリックは、半壊した基地へ足を踏み入れた。
彼が外に出た部屋は、壁が切り刻まれたように崩れ落ちており、キッチンを覗けば、粉塵爆発の痕跡が生々しく、ほとんど更地になっていた。
“過去の”アラリックの怒りは、その声の調子だけで、”今の”アラリックにも手に取るように伝わってくる。
『二次被害……なんで、あの人が壊した壁まで、僕が修理しなきゃいけないの……?』
ストレスが限界まで溜まっていたのだろう。
深いため息を吐いて、殺意のこもった舌打ちが漏れた。
ふと見上げた天井には、ぽっかりと大きな穴が空いており、二階の自室が丸見えになっている。
それを見た“過去の”アラリックの顔は、更に険しくなったようだった。
次の瞬間——
記憶は白い霧に包まれ、情景が切り替わる。
丘の上、太陽が照り付ける夏の昼時。
半壊した基地を背に、彼は折れた木材の破片をパズルのように組み合わせていた。
『違う……これも違うな。これは、合ってるかも』
独り言を呟きながら、手際よく破片を選り分けていく。
既に、三枚の板が綺麗に接合されて脇に並べられていた。
木材専用の接着剤効果のある粉と、木の板の色そっくりの茶色の塗料。
また、ぽつんと置かれているマニュアルらしき、資料もあった。
“今のアラリック“が、基地に近づいて資料の内容をそっと覗いた。
“もしも基地が壊れてしまったら
壊れた素材は、捨てずに修復できないかを確認。
このマニュアルと一緒に入っている、粉と塗料を使えば安心!“
材料の在処も、図入りで明確に書かれていた。
——その瞬間
鋭い痛みが、何かに貫かれるように“今の”アラリックの頭を襲う。
このマニュアルを、誰かと一緒に書いた記憶が、断片的に蘇りかけていたのだ。
それでも、思い出せない。
顔も名前も声も。
確信まで辿り着く推測を“今の”アラリックには、持ち合わせていなかったのだ。
再び、記憶の光景が動き出す。
黙々と破片を選り分ける小さな手。
西日が差し始める頃、老人が壊した壁の板が一枚、見事に修復されていた。
それを慎重に持ち運び、大きく開いた穴へと静かにはめ込む。
すぐに家の中へと走り、塗料で円を描くように丁寧に塗り固めた。
その瞬間。
“過去の”アラリックの強張っていた表情が、ふっと緩む。
怒りも悔しさも消えて、やっと肩の力が抜けたようだった。
たった一日で、彼は一部屋の修復を終えたのだった。
子供は、小さくて非力だ。
けれど無邪気な行動が人を救い、自分自身さえも助けることがある。
何が善で、何が悪か。
何が正解で、何が間違いか――そんな基準もまだ曖昧な子供だからこそ、誰の目も気にせず、自分の「やりたい」ために戦えるのだろう。
……もう、この記憶は十分だ。
当時の自分には、それだけの才能があった。
クリアできないことの方が難しい。
三日もあれば、今の僕でも余裕で終わる。
キッチンの完全修復までは、出来なくても何か別のアイディアを出す可能性もある。
“今のアラリック”の思いに応えるように、情景は故郷の街並みへと切り替わった。
彼はひとつの看板を見つけて、自分の故郷が《ルエヴァ―ラ》という名前であることを初めて認識した。
第一授業の後に訪れた時は、ただ基地の確認に来ただけだった。
思い出も、愛着も、心のどこにも引っかかるものはなかった。
秘密基地に好んで住んでいたのだろう。
“今の”アラリックに、ルエヴァ―ラでの思い入れや記憶は、何も蘇らなかった。
ふと耳に届く声。
サティカの家の窓から、幼い“過去の”自分の声が聞こえてきた。
『あれから三日かけて、基地を直した。ただ、僕の体重だと二階の床が抜けないか分からないから、一緒に来てくれない?』
“今のアラリックの”予想通り、あの頃の自分は、ミッションを滞りなくクリアし、才能の片鱗を既に発揮していた。
『い、嫌よ……! どうして私がそんなことをしなきゃいけないの!』
サティカの強い拒絶にも、”過去”のアラリックは怯まなかった。
『だって、利用するってことは、利用される覚悟のある人間ってことでしょ?』
サティカが本当に、老人と組んでアラリックを試したかは、定かではなかったが、紐づけるには十分すぎる証拠も残っていた。
『父さんが言ってた。“嫌なことも良いことも、必ず自分に返ってくる”って』
その言葉に、サティカの眉がわずかに動いた。
アラリックの父を知っている……そう思わせるだけの反応だった。
『人の大事な物を奪えば、自分もいつか大事な物を奪われる。他人を傷付けたら、いつか自分も傷を付けられる』
サティカの瞳が揺れる。
彼女の口から反論ではなく問いが漏れる。
『じゃあ、良いことをしたらどうなるの?』
『人を助けたら、自分を助けてくれる存在に会える。良いことをしたら、必ずすべてが恩として返ってくることはないけど、悪いことじゃない』
そして“過去の”アラリックは、”今の”アラリックが時折、頭を悩ませていることを口にする。
『悪いことも、全部が返ってくるわけじゃないけど、災いが自分の元へ降ってくる可能性は高いって』
そう――
学園の闇を暴き、世界の謎に迫る為に、大人達と対峙する彼等の行動は、”善”なのか”悪”なのか。
アラリックは、追憶の海底に行く前の夜。
“今の”自分とは性格も話し方も全く異なる、もう一人の自分と白い霧に包まれる夢の中で、対話していた――
『この世界の常識を変えようとするのは……“善“だと思う?』
“今の”アラリックは、夢の中の自分に問いかける。
すると、意外な回答が返ってくる。
『“善“とか”悪“とかはないけど、壊れた物を元に戻そうとするだけなら、問題ないと思うよ』
“今の”アラリックからは、考えられないような感情のこもった言の葉たち。
爽やかで、もう一人の自分は笑顔も見せて、ただ眩しかったのか──今となっては分からない。
『僕は、今の腐った選別の世界でも良いけど、出来れば平穏に暮らすのが夢。例え、地獄を見ることになっても手段は選ばない』
“今の”アラリックの曲げない覚悟と信念に、諦めたようなため息を吐いた。
『本当に頑固な性格は昔と何一つ変わらないね』
そして、霧と一緒に消えるように、夢のアラリックは言った。
『でも忘れないで……君が死んだら、この世界が“残ることは絶対に無い”』
それは、誰かがアラリックの死を悲しむというのを伝えたかっただけなのか、あるいは本当に特別な存在として、アラリック・オーレルという人物が消滅した時、世界が終わるのか。
彼にも、真相は分からなかった――
時間は戻り、追憶の海底――秘密基地の丘にて
“ 過去の”アラリックの一言に、サティカはついに基地の確認を承諾した。
三日かけて修復された秘密基地は、キッチンの再現こそ叶わなかったが、立派な「部屋」としての形を取り戻していた。
折れた木材の破片は、細部にまで手が加えられ、もはや一目では修復の跡すら分からない。
両側から丁寧に釘を打ち込み、しっかりと強度を持たせている。
石窯や食器棚は消えていた。
その代わりに、いつか帰ってくる“弟の為の遊び場”のように――全体がオレンジと白で彩られ、黄色い花型のシールが無数に貼られた、明るく賑やかな空間へと変貌していた。
やがて二階に上がり、床の補強を確認するために、サティカが恐る恐るその上に立つ。
軽く跳ねるようにジャンプをしてみたが、床は軋みすら見せず、しっかりとその体を受け止めた。
『……うん。大丈夫そう。流石、アラリックね』
『どうも、ありがとう。……キッチンのことも、自室のことも、父さんにはちゃんと謝るから』
こうして、秘密基地は“ほぼ”元通りとなり――
約束の日まで、残された時間は四日。
“過去の”アラリックは、毎日木剣を握りしめ、汗水流して黙々と特訓を続けていた。
そして、彼の本気が伝わったのだろう。
サティカもまた、毎日弁当を届けに現れた。
約束の日は、もう――残り一日となっていた。
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