Memory and Time: Voice of the Master(メモリー・アンド・タイム:ヴォイス・オブ・ザ・マスター)後編
十二人の生徒が命を賭けて挑むデスゲーム×学園ストーリー
土、火、水、風の四属性をメインに、学園の闇に気付いた四人の生徒達。
リオライズが母親との幸せな日常、復讐に人生を捧げた六年間。
そして目指すべき新たな目標を見つけた——
そして明かされるアラリックの過去。
感情を表に出すことが少ない、青年の人生とは——
《Death of the Academia》をお楽しみください
大気中に小麦粉が微細な霧のように舞い続け、手巾で口を覆っていなければ、一息ごとにむせ返りそうなほどだった。
腰に巻いていたナイフケースから、小型ナイフを一本取り出して扉側の壁に背を付ける。
手巾を取って小さな呼吸で、相手の気配と足音に全神経を集中させた。
数十分後、
“過去の”アラリックが何かに気付いたように、一人呟く。
『きた……』
明らかに変わる秘密基地の空気。
それは、外からの殺気と思えるほど強大な気配が、近づいているのを示していた。
杖を突く音が近づく……
丘の大地を歩く「コツコツ」とした足音も同時に近づき、緊張で呼吸が乱れながらも、冷静を保ち続けた。
ギィィィィィィ……
扉をゆっくりと開ける音が聞こえた。
一回目の杖が突かれる音を聞いた瞬間――
“過去の”アラリックは身を滑らせるようにキッチンから飛び出し、小型ナイフを逆手に構えるや否や、標的の胸元へと放った。
しかし標的は、杖をレイピアのように扱い小型ナイフを弾き飛ばした。
驚く暇もなく、“過去の”アラリックの首元に杖が一閃。
本当に、レイピアが振り払われるような感覚に、一瞬の恐怖を感じ取りながらも、身を屈めて躱した。
『男……!』
その時、初めて彼は標的が男の老人だったことを理解する。
ハットは深く被りながらも、目つきと小さく笑ったような声が、低い男の声だった。
無意識に、靴底に仕込んだ薄刃が踵と共に閃く。
踏み込みながら足を横へと薙ぎ払うと、鈍い感触と共に赤い血が飛び散った。
その一瞬の隙を見逃さず、よろめく男をキッチンへ押し飛ばした。
そして目にも止まらぬ速さでマッチに火が灯る。
火の着いたマッチが、宙を漂う粉塵の中心に落ちた——
次の瞬間、空気そのものが爆ぜたような轟音と共に、炎の衝撃が扉を震わせた。
爆風に弾かれ、床を転がるようにして肩を強く打ちつけた。“過去の”アラリックは、痛みを堪えながら立ち上がり、向かいの部屋の窓へと駆け出した。
小さな体を巧みに使って、外へ出る。
秘密基地から、数メートル離れた場所で“過去の”アラリックは拳銃のロックを外して、構えを取った。
――刹那
粉塵爆発とは異なる二回目の爆発が起きた。
白い煙が高々と上がり、警戒心を強める。
爆発音に混じって、何かが切り裂かれるような“風の音”が一瞬だけした。
そして、霧にも近い煙を突っ切るように、木の板が“過去の”アラリックめがけて放たれる。
拳銃の引き金を引く。
手の中で感じる発射圧の衝撃と共に、想像よりも遥かに大きな銃声が耳を突いた。
飛び出した弾丸は、木の板に一発、はっきりとした穴を穿ち、そのまま板は力を失って地面に落ちた。
体制を立て直そうと、拳銃をもう一度握った瞬間――
突風のような勢いと共に、風を裂く鋭い音が耳を裂いた。
気が付けば杖の先端が、“過去の”アラリックの首元へと突き出されていた。
呼吸が止まった。
引き金にかけた指先が、凍りついたように動けない。
初めて感じた死の恐怖と、敗北の絶望を——
声が出ない。まるで、怪我をして怯え切った子犬のように竦んでいた。
そして杖を下した老人が、奇妙なことを呟く。
『四歳にしては、教え込まれた戦い方。戦術の選び方も、二流程度には成長しているか……』
その低い声色は、歴戦を生き抜いた強き者としても聞こえた。
しかし、訳の分からない分析を呟く老人に対して、初めて“過去の”アラリックが口を開く。
『な、なんだよ……! 殺したいなら殺せばいいのに』
その瞳は、恐怖に打ちのめされながらも、最後まで強気な姿勢で戦おうとする者の目つきだった。
『お前は“守るべき対象”とされている……だから、代わりに地獄を見てもらう』
恐怖から、段々と困惑に変わっていく“過去の”アラリック。
老人は、構わず言葉を続けた。
『拒否権は無い。私が貴様の前に現れた時点で、言うことは絶対だ』
今になって、パニックになりかける彼は、銃口を向け一発。
老人の頭に向かって打ち放った。
しかし、標準を合わし切れていなかった弾丸は、ハットを掠めるだけだった。
ひらりと落ちるハット。
その時初めて、老人の素顔が明らかになった。
白髪のオールバックに、オレンジ色の瞳。
鍛え上げられた体は、大きく背もずっと高かった。
長く生きた証のように、顔には数本のシワが刻まれるように出来ていた。
その姿を見ていた“今の”アラリック。
何かに気付いたように、じっくりと老人を観察する。
『瞳の色が、あの人と一緒……』
一番に脳裏を過ったのは、天の声として自分を導く、どこかの騎士団に所属している一人、ルキウスだった。
その瞬間、再び頭痛が走る。
“今の”アラリックは、学園に来てから何かを思い出そうとすると、必ずこの現象に悩まされていた。
今回も、時間は待ってくれない。
頭痛を気にせず、ひとつの説に結び付けようとした時、記憶の続きが流れ始める。
【秘密基地の丘にて】
『パニックは時に、人を殺して自分を殺す。どんな職業や状況であろうとも、大悪手の一つだ』
“過去の“アラリックの右手と腹部に杖を突く。
痛みで拳銃を完全に離して、その場にお腹を抑えて倒れ込む。
悶絶しながら、次に目を開けると、自分の左目に、レイピアの牙の先端が今にも当たりそうな至近距離に佇んでいた。
『まず初めに、半壊した自分の秘密基地を、一週間以内に直すことが最初の特訓になる……』
『従わなかったら……ぼくの右目を潰すつもりか……?』
『無論だ……』
目の前の老人から放たれる、“何か”だけは違った。
“逆らえば殺される”。
そう思わせるほどの、濁流のような圧力。
静寂の中に、風がひと筋、丘の上を滑るように流れた。
まるで、それが始まりの合図だったかのように。
淡々と返される会話の中で、“過去の”アラリックはようやく、答えを出した。
『分かった……どっちにしろ、秘密基地がこわれて、修理するのも想定内だったし、拳銃も元の場所に返す。……これでいいか』
その声に、嘘は一切なかった。
脅されているというより、目の前の現実を冷静に受け入れた者の声だった。
死にたくないからではない。
自分の意志で“納得して”従っている。
そう思わせるほどに、“過去の”アラリックの目は揺らがなかった。
『よかろう……では、一週間後に再び訪ねる。もしもクリアできた報酬は何が良い?』
レイピアを下して、“過去の”アラリックに問いかける。
回答には少しだけ悩む素振りを見せたが、欲しいものが思いつかなかった彼は、案外普通な物を要求した。
『“名前“が良い。これから師として一緒にいるなら、名前くらいは知っておきたい』
『分かった。では貴様が一人で一週間以内に、修復できることを期待している』
その目には、戦士の冷たさと、教育者の静かな熱が同居していた。
こうして、小さな少年と不思議な老人の物語が幕を開ける――
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