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Death of the Academia 〜十二人の生徒達が紡ぎ世界を巡る英雄譚〜  作者: 鈴夜たね
追憶の海底に眠る、向き合うべき過去の姿編【アラリック編】
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Memory and Time: Voice of the Master(メモリー・アンド・タイム:ヴォイス・オブ・ザ・マスター)前編

十二人の生徒が命を賭けて挑むデスゲーム×学園ストーリー


土、火、水、風の四属性をメインに、学園の闇に気付いた四人の生徒達。


リオライズが母親との幸せな日常、復讐に人生を捧げた六年間。

そして目指すべき新たな目標を見つけた——


そして明かされるアラリックの過去。

感情を表に出すことが少ない、青年の人生とは——


《Death of the Academia》をお楽しみください

黒衣の男が現れた日から、変わらぬ風景が淡々と繰り返される。

少年は毎朝、決まった家から食材を木籠に詰め、丘の上の秘密基地へと向かった。


包丁捌きは日に日に冴えを増し、素振りで握りしめた両手には、やがて豆が浮かび上がる。


とある日のこと――

“過去の”アラリックはキッチンの床板を外し、その下に隠した木箱へと、短剣や糸のように細い紐、料理などで使われる白い粉の類を、丁寧にしまいこんでいた。


おそらく“過去の”アラリックも、幼いながらも敵襲の警戒を危惧していたのだ。


そして、三週間の時間が経ち、彼と杖の人物を意図的に巡り合わせるような出来事が、起こる――


いつもと違う情景が浮かぶ。

そこは、白いレンガと青い屋根で彩られた、あの家の中だった。


“今の”アラリックの予想通り、故郷へ初めて帰った時に声を掛けてきた、女将だった。


『サティカおばさん、風邪?』


過去の情景では、一階の窓辺のベッドに横たわり咳を込んでいた。

青ざめ、手入れの行き届かぬバサバサの長髪が、彼女の深刻な様子を物語っていた。


だが、“今の”アラリックは――それが演技であることを、一目で見抜いていた。


『ごめんねアラリック。今日の食材は、左の籠に分けてあるから持って行ってちょうだい……』


向かい側の食卓に置かれた二つの籠。

“過去の”アラリックは、迷いなく籠を手に取り、そのまま家を後にする。


――食材を切っている時、微かだが変色しているのに気付いた様子を見せた“過去の”アラリック。

しかし一切の迷いもなく、底が深い鍋に具材を投入し、母が作っていた時、調味料の分量などをメモしたノートを見ながら、手際よく朝食を完成させていった。


やはり、怪しさまで気付いても……この時のアラリックは違和感程度で、確信まで辿り着く脳を持ち合わせていない……


煮詰めたトマトの具沢山スープと、小さなロールパンがひとつ。

コップ一杯の水をテーブルへ運び、日記のようなものを書きながら食事していた。


数分後。

覗いた日記の内容は、こう書かれていた。


“今日サティカおばさんが体調を崩したが、どことなく元気そうだった。

貰った食材は、腐っているようだったが味に違和感は無し。

先日、怪しげな人影を見たからその人とグルで自分をはめたのかもしれない。

明日はどんな顔をして、自分を騙そうとするのだろうか”。


エルリックが産まれる前、父はよくアラリックに、絵本の読み聞かせをしてくれていた。

物語を書く美しさに感動して、いつしか日記や母の料理の作り方を書き込むのが好きになっていたのだ。


初めてこのノートを見つけた時、“今の”アラリックは弟のものだと信じ込んでいた。

だが、今回の記憶がすべてを明らかにした。


これは、自分自身が綴っていた記録だと——


太陽が昇り切る頃、“過去の”アラリックは、丘の上でひたすら木刀を振り続けていた。

時折、目に見えぬ敵を想定して踏み込み、舞うように打ち込む。


風を切る音が、静寂な昼の空気に溶けていく――


だが、何度目かの素振りの途中――視界がぐらりと歪む。

世界が揺れ動く錯覚に襲われ、異常を悟った“過去の”アラリックは、足元がふらつくのを堪えながら秘密基地へと駆け込んだ。


『いじょう発生……やっぱり仕掛けてきた……』


確信を抱いた瞬間、“過去の”アラリックの意識は、闇の中へと沈んだ。


人間は無情で、不平等で、信用なんて到底できない者の集まり。

だから僕は、ストリクスも……アーサーですら道具のように利用していた。

仲間意識も信頼関係も——築いたつもりはない。




何故……それは、“絆を結んでしまったら、裏切られるのも裏切ることも可能になるからである”。


胸元にそっと手を当て、自問するアラリック。

ほんの僅かに早まった鼓動を感じた、その瞬間――情景が切り替わる。



どれほどの時間が経ったのか――

“過去の”アラリックが目を覚ますと、そこは二階の自室。

ベッドに横たわる彼の頬に、赤く燃えるような夕日が差し込んでいた。


だが、最も異常だったのは――倒れたのは秘密基地の一階。

目を覚ましたのは、二階のベッドだったということだ。


つまり、“過去の“アラリックが倒れた後、誰かが介抱したことが理解できた。


状況の把握は、やはり早い。

父の教育の賜物か、それとも天性の勘か。

アラリックは、すぐさま身を起こした。


父の自室に足を踏み入れたアラリックは、五段の橙色の棚に目を留める。

よく見ると、三段目だけが不自然に閉ざされており、そこには小さな鍵穴があった。

彼は即座に、部屋の中から鍵を探し始める。


ベッドの下、棚の裏――

丁寧に探っていくうちに、棚の下で鈍く光る銀色の何かが、埃の中に埋もれていた。


小さな肩に力を込め、背丈をわずかに越える棚をぐっと押しのける。

やがて、その下から、一つの小さな鍵が姿を現した。


埃を手で払い落とし、鍵穴に鍵を差し込む。

「ガチャリ」という確かな音と共に、棚の扉がゆっくりと開いた。


恐る恐る棚の中を覗き込むと――

そこには、黒光りする拳銃が、待ち構えていたかのように収められていた。


いつどこで襲われてもおかしくない。

アラリックに、迷っている暇など残されてはいなかった。


拳銃とマガジンを抱え、アラリックは足音も気にせず一階へ駆け下りる。

弾を込めたその銃を、キッチンにある隠し板の中へとしまい込んだ。



夜が更け、吹き抜ける風が微かな音を残す中、”過去の”アラリックは静かに秘密基地へ罠を仕掛け始めた。


床板を外し、三本の小型ナイフを革製のケースへ収め、それを腰に巻きつける。

網籠に満たした小麦粉と、包丁捌きで鍛えた器用な指先で、細い紐をわずか数分で太い結束紐へと変えていく。


調理に使っていた踏み台に乗り、キッチンの入り口に籠を吊るす。

僅かな揺れが粉を舞い上がらせ、白い霧のように空中に漂わせた。


最後に数本のマッチをポケットにしまい、拳銃のセーフティー《安全装置》に手をかけたまま、目を閉じては一分ごとに脳と体を休めていく。


そして彼は、夜が明けるまで——杖の人物を待ち続けた。

最後まで読んで頂きありがとうございました!

次回もお楽しみに!

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