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 今年の夏休みは、本当に暑かった。


 三流大学をそろって受験するモテない連盟たちは、たいして勉強もせず、かといって遊ぶ元気もなく、夏バテでぐったりした日々を過ごすのみであった。


 カラオケに行ったのは、最初の一度きりだった。夏バテで思うように遊べなかった彼らにすれば、悔いがのこる夏休みである。


 日ごろ運動不足の彼らは、この暑いなかでクラブ活動に精を出す人種が信じられない。

 夏期講習などで勉学にはげむ人間は、もっと信じられない。自分が同じことをすると、頭から煙が出そうだ。


 そんな彼らにしても、大学受験の勉強はこれからが追い込みとなる。いままでのように、のんびりとしているわけにはいかない。


 しかし、休み明けの初日は病み上がりの病人のごとく、しんどいのは否めない。浩一も、やる気のなさそうな顔で学校へ向かうのだった。



 夏休みが終わってしまったのは残念だが、久々にクラスメートに会うのは、なんだか嬉しくなる。


 教室に入ると友理奈が登校していた。三年生になってから、いつのまにか朝一番で友理奈を探すクセがついていた。

 そのせいか、長い夏休みが明けた直後でも、そくざに友理奈の姿が目にはいった。


 一瞬、身体を硬直させた浩一だが、彼女から目を離して自分の席に着く。彼女の叔母が言っていたように、学校を辞めることはなさそうなので安心した。


 友理奈からは、なにも話しかけてこない。浩一も自分から友理奈に話しかけることは、なにもない。

 別にそれで良いのだが、妙に寂しいような気がするのは、なぜだろう。浩一がそう思っていると、モテない連盟のひとりが「おはよう」といいながら教室に入ってくる。


 浩一は彼の席まで移動する。そして、二学期の始業式がはじまるまで、他の仲間とともに話し込んで時間をつぶすのだった。



 始業式は体育館で行われた。浩一と同じように、やる気のなさそうな顔がならぶ。


 生徒たちは退屈なひとときを過ごし、教師の話が終わると、おのおの自分の教室にもどってゆく。

 すると、浩一の横に友理奈がならんだ。彼女は、浩一にそっとささやいた。


「放課後、教室で待ってて」


 友理奈はそれだけ言うと、さっさと教室に足を進める。

 友理奈の予期せぬひと言に、浩一は頭の中が真っ白になった。変な期待を抱いてしまう。


 もんもんと妄想をかきたてているうちに放課後となり、教室にいるのは浩一と友理奈の二人だけとなった。


 友理奈が浩一の机まで近づき、話しかけてくる。


「森川くん、このまえはありがとう」


 浩一の心臓が、異様に高鳴ってくる。


 ──このあと、ぼくたちはどうなるのだろう


 ドキドキしながら、彼女の次の言葉を待つ。


「あのときのお礼、まだいってなかったから」


 浩一は、公園での友理奈との出来事が、瞬時に思い出される。


「わたし、大学へ行く」

「え?」

「お金のことは、もう心配しなくてもよくなったから」


 友理奈の父親は、自分に生命保険をかけていた。さらに、勤めていた会社からも労災が支払われるという。


 これからの大学生活において、金銭的な心配は、まったくなくなったのだ。もっとも、まだはじまってもいない大学受験に合格しなければならないのが、先決なのだが。


 ともかく、友理奈が元気になったのは喜ばしいことだ。浩一は、心底ホッとしたように笑みを浮かべる。


「そうか。良かったね」

「うん」


 二人は、まるで恋人であるかのように教室を出る。しかし、浩一が期待していたことは、なにも起こりそうにない。


 ──モテない自分なんか、女子との関係が進展するわけがない


 一気に冷めた気持ちになった。校門を出て、帰り道が途中までいっしょなので、ならんで歩く。


 友理奈が、めったに見せることのない笑顔を浩一に向ける。彼女の、こんな明るい表情を目にするのはいつ以来だろうと浩一は思った。


 不意に、友理奈が口をひらいた。


「森川くんは、どこの大学を受験するの?」

「山崎たちと同じだよ」

「ああ、あの……」


 三流大学と言いかけた口を、友理奈はあわてて閉じた。


 そのときだった。浩一は、己のなかにひそむ何者かが、うごめくのを感じた。

 不気味なささやきが、胸の奥から響いてくる。


『獣になれ 』


 心臓の鼓動が激しくなる。その音が、やけに大きく聞こえる。


 浩一は心の中で叫んだ。


 ──うるさい、黙れ!


 得体のしれない声に、必死で抵抗する。理性が飛びそうになる。だが、公園でのときと同じように、身体が震えている。


 なにを恐れているのかわからないが、震える身体が獣になろうとするのを拒絶している。理由の見えない恐怖が、いまの浩一を支配していた。


 突然、友理奈の声が耳に入ってくる。


「どうしたの?」


 (きょ)をついたような彼女の声に、浩一はハッとし、いつもの自分に立ちかえる。


「な、なに?」

「森川くん、なんか怖い顔してる」


 その言葉に、浩一は少なからずショックをうけた。まさか、友理奈がいうほど顔に出ているとは思わなかった。


「べ、別に、なんでもないよ。ちょっと、やっかいなことを思い出しただけ」


 浩一は、必死になってごまかした。



 別れ道にさしかかる。


「森川くん、また明日ね」

「うん」


 そうして独りになった浩一は、自宅に歩を進めながら、頭を悩ませる問題にとらわれる。

 自分のなかに、得体のしれない何者かがいる。不気味な声で、獣になって友理奈に襲いかかれと、けしかけてくる。


 ──この大事なときに


 これから大学受験に向けて、全力で勉強しなければならない。受験生さいごの砦と呼ばれる三流大学であっても、浩一には余裕があるとはいえないのだ。


 ──なんで、こんなことで悩まなきゃならないんだっ


 誰にも相談できない。人に話したところで、誰が理解してくれるというのか。本当にやっかいな問題が、浩一におおいかぶさってくる。とても勉強どころではない。


 この日は、なにもできずに夜を迎えて寝るしかなかった。




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