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ゴールデンウィークが明けて、三年生たちを待っていたのは進路相談である。
浩一は担任教師の和泉と真正面に向きあうと、妙に威圧感が伝わってきて緊張する。自分が合格できそうな大学は、受験生さいごの砦とよばれる三流大学しかないと思っている。
この三流大学というのは、正式名称は「三流橋大学」というのだが、偏差値の低い学校からの受験生が多く、みんなは「さんりゅう大学」といっている。
だからといって、馬鹿でも合格できるほど大学受験は甘くない。ふだんから勉強していない浩一には、他に選択肢がないのは当然のことといえた。
将来、なにになりたいかなど、まったく考えたこともない。担任教師の和泉は、最初から最後まで渋い顔だった。
進路相談が終わり、いつになく緊張した雰囲気から解放された浩一は、ホッとしながら自宅に足を進める。
その途中で、友理奈のことが思い浮かんだ。
──吉野は、どの大学を受験するのだろう?
自分とくらべると頭のできが桁違いに良すぎる彼女は、やはり国立大学をめざすのだろうか。浩一はそんなことを考えながら、自宅に帰り着いた。
自分の部屋でのんびりしていると、モテない連盟の同志である山崎から電話がかかってきた。今日の進路相談のことを聞きにきたようだ。
「森川は、どこを受験するんだ?」
「三流大学だよ」
「おまえもか……」
モテない連盟は、ほぼ全員が三流大学を受験する。女子にモテない上に、頭の悪い連中がそろったものだと、二人で嘆いた。
がんばれば、もう少し上の大学に進めるかもしれないとは思う。しかし、「かもしれない」ではダメなのだ。
一発で合格を決めなければ、浪人となって食わせてもらえるほどの余裕は、浩一の家庭にはない。きびしい現実だが、浩一には浪人という選択肢は、最初から存在しないのである。
また、三流大学を受験するにしても、合格を約束されたわけではない。
──せめて、吉野の十分の一でも頭が良ければなあ
どうにも気がめいり、なにもやる気が起きない。
寝るまでのあいだ、ぼーっとした時間を過ごして、そのまま一日が終わる浩一だった。
日曜日の翌日は、月曜日である。わかりきったことだが、休み明けで学校へ向かう足どりは、やる気がなさそうに重い。
朝から、しんどそうに歩を進ませる浩一は、ちょっと気になることかあった。
きのうの日曜日、いつもの仲間でカラオケに行った後に、みんなでファーストフードの店に入った。他愛もない話をしているうちに、大学受験のことが話題となる。
「俺たち、そろそろ本格的に受験勉強はじめないと、やばいんじゃないか?」
「確かにな」
「しかし、みんなそろいもそろって、三流大学とはな」
「でも、そこを受験して落ちたってもんなら……」
「もう、救いようがないぞ」
事の重大さにいまさら気づいたように、みんなの顔から血の気がひいてゆく。
しばらく話し込んでいると、友理奈の名前が出てくる。 話をきりだしたのは、山崎だ。
「このまえ、女子が噂しているのが聞こえたんだけどな」
彼はみんなに伝える。
「吉野の家庭、なんか大変らしくて、あいつは大学に行かずに就職するんじゃねえかって」
「本当か?」
「吉野、頭いいじゃん」
「奨学金なんかもあるんだろ。なんで大学へ行かないんだ?」
そういう仲間の声に、山崎は眉を寄せながら答える。
「それは、わかんないけど。そもそも吉野ぐらい頭が良かったら、こんな誰でも入れるような学校じゃなくて私立の進学校へ行くのがふつうじゃないか?」
全員が、納得したようにうなずいた。
山鈴東高校は、それほど偏差値は高くない学校である。誰でも入学できるというのはいい過ぎの感があるが、そういう印象が強いのは確かだ。
国立大学を受験する生徒は、ほとんどいない。学校側としては、寂しく感じるところだ。そんな学校に友理奈が入学したときは、まったくの場違いというほどの違和感があった。
浩一は、ふと思い出した。三年生になった初日にクラスのふりわけを見ていた際に、友理奈と話していたときのことを。
浩一が「今年は、大学受験だね」というなり、彼女は浩一から目を離してうなだれた。友理奈にとっては、触れたくない話題だったのだろう。
──それで、か……
あれから、ひと月以上が経過しているが、当時の記憶がまざまざとよみがえる。
あのとき、浩一は、わけのわからない罪悪感におおわれた。一日中、友理奈のことが心に引っかかった。
──もう、過ぎたことだ
いま、学校へ向かう浩一は、頭の中から過去の出来事をふりはらう。
校門をくぐって校舎に入り、自分の教室に足をふみ入れた。まっ先に目についたのは、やはり友理奈だった。
彼女の存在が異様に気になっているのだと、浩一は自分でもわかる。しかし、その理由がわからない。
──なんで吉野のことが、こんなに気になるんだろう
そんな想いにとらわれながら、休み明けの一日が終わるのだった。