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──森川くんを助けなきゃ
そう思う友理奈は、放課後になって川辺に向かう浩一のあとを追った。
いま、浩一のとなりに座っている友理奈は、浩一の真っ青な顔を心配そうにのぞきこんでいる。
「森川くん、大丈夫?」
友理奈をじっと見ていた浩一は、彼女から目をそらした。
「ぼくは……」
なにもいいたくないと思うのに、彼女のそばでは懺悔するかのように言葉が出てくる。
「最低の男だっ」
浩一の顔が、苦しそうに歪む。 その頭を左手でささえる浩一に、友理奈はいった。
「わたしのことなら、気にしないで」
浩一の心が沈んでゆく。 女子になぐさめられる自分が情けなかった。
みじめな想いが、浩一の心を埋めつくす。
──これ以上、ぼくに関わらないでくれっ
そう叫びたかった。放っておいてほしいと思う浩一に、友理奈は言葉を続ける。
「わたしは、森川くんを信じてる」
「………」
「外山くんも、森川くんを信じてるわ」
彼女は、必死ではげましてくれているのだろう。それはわかる浩一だが、友理奈の声は、浩一を苦しませる以外のなんでもなかった。
突然、友理奈が浩一の首に抱きつくように、両手をまわす。意表を突いた、まったく予期せぬ友理奈の行動に、浩一の身体が硬直する。
「よ、吉野?」
友理奈は、ひきつった声を出しながらうろたえる浩一を意に介さず、信念のこもった目をして告げるのだった。
「森川くんは、獣にはならない」
そして、顔を近づける。
──吉野、近い……
浩一が声に出すはずのセリフは、声にならなかった。
言葉となるまえに、友理奈のくちびるが浩一のくちびるをふさぐ。その瞬間、浩一は頭の中が真っ白になった。
ふと、忘れていた記憶が目を覚ましたごとく、よみがえる。
一学期の終業式が終わって、帰りに雨の降る公園で友理奈と出会ったあの日。降りしきる雨に濡れ、大きな声で泣いている友理奈を抱きしめたとき、決心するように想ったことがあった。
──どんなことがあっても、吉野を守らなければならない
友理奈は、触れあったくちびるを離すと、浩一の首にまきつけていた腕をほどいて立ち上がる。
「森川くん、また明日」
そして何事もなかったかのように、浩一のもとを去って行く。
浩一は、自分から遠のいてゆく彼女の後ろ姿を、呆然と眺めていた。
そのときだった。浩一をたぶらかす悪魔のささやきが、またしても浩一の胸に響いてくる。
『獣になれ 』
だが、このときの浩一は、いつもの浩一とはちがった。覚悟を決めて開き直ったように、不気味な声に立ち向かう。
──おまえには、絶対に負けない
浩一の心に、強い意志が芽生えてくる。
──ぼくは、吉野を守る。おまえからも!
強烈な意志の力が、己のなかに居座る何者かを強く締めあげる。得体のしれない邪悪な存在は、あがくように呻き声をあげる。
『けもの……に……』
浩一は、あらんかぎりの心の力を、胸の中にいる邪悪な相手におもいきり叩きつけた。
──ぼくのなかから、消えろっ!
バシュンッという音が、身体の内側から聞こえた。浩一を悩ませ続けた存在が、跡形もなく完全に消滅したのがわかった。
どうしようもないほど苦しんできた問題に片をつけた浩一は、すっくと立ち上がる。
「吉野」
去りゆく友理奈に視線を移し、彼女に感謝する。
「ありがとう」
数ヶ月も続いた悩みから解放され、己自身の弱さからも吹っ切れた浩一の胸には、すがすがしい気分がひろがっていた。
今日のことは、単なる思い出にはならない。きっと、死ぬまで忘れないだろう。
浩一は確信するように、そう思うのだった。
帰宅した浩一は自分の部屋に入って着替えると、机の上に教科書とノートをひろげた。
いつもならこのままにして、ベッドに身体をあずけるのが毎日のパターンだ。つまり、勉強するふりをするだけで、教科書もノートも触ることはなかった。
しかし、今回はちがった。
──勉強していなかった分、がんばらなきゃ
真剣な顔になり、大学受験に合格するよう真面目に取り組もうとする。
この日から、浩一の日常は変わってゆく。
勉強が苦にならない。これは、大学受験の合格を目指すという目標があるからだろう。
ご飯も食べるようになった。おかわりをする浩一を見て、母親は安心する。やはり、健康であることが一番だ。身体をこわしては元も子もない。
浩一自身、思う。
──生まれ変わった気分だ
本人は知らないが、顔つきからしてガラリと変わった。どす黒くきびしい表情が、なんの悩みもなさそうな穏やかな顔になった。
大学合格が目標だが、いままで目標に向かって突き進む己の姿など、想像したことがない。ご飯もおいしく食べられる。
そして勉強の合間に、ふだんはやらない腕立て伏せや腹筋運動をしようと、身体がそのように自然に動く。無意識に、健康である状態を保とうとしている。
まるで、成功への道を導かれるように進んでいるようだ。
──これでいい。大丈夫だ、きっとうまくいく
浩一は、いまの自分を信じた。




